第百三話 失敗続きの手籠め作戦
交易商のおっちゃんと別れてから、更に二日が過ぎた。
おっちゃんは無事に目的地へと辿り着いただろうか。
いや、おっさんはどうでもいい。
差し迫った問題は、ちっともティナとお近付きになれないことだ。
俺が不穏な動きを見せると、マッハを超える速さでアホアホ三人娘が邪魔をするのだ。
ティナにちょっかいを出そうとした回数は、既に二十を数えている。
だが、その悉くを阻止された。
くそ、あいつらには何かのセンサーでも付いているのか。
精度が高すぎて怖いぞ。
もうすぐ北部地方の小さな街へ到着してしまうと言うのに、全く成果が出ないじゃないか。
あれ、そう言えば街の名前も知らないや。
これは最近知ったことなのだが、点在する街には全て名前がある。
何を当たり前のことを、と思うかも知れないが、始まりの街とか第一の街とか呼んでいたから、そちらの方が俺としては当たり前になっているのだ。
これには一応理由があって、基本的に街の名前には領主の名がそのまま使われるのだ。
第三の街なら、領主さんはサドアって名前だから、サドアの街と言う風にな。
だが、政変や事故、戦争などで、そこそこ頻繁に領主が変わっていた時代があったらしい。
なので、住民たちはころころ変わる街の名前に辟易し、当選者が現れる街を始まりの街として、そこから近い順に第一、第二、と適当に呼び始めたと言うのが定説になったと言う話だ。
長々と説明しておいてなんなんだが、本気でどうでもいいな。
おっと、今はそれどころじゃないんだ。
俺は散り散りになっていた意識を収束させる。
眠気に負けそうな頭脳を、懸命に働かせた。
現在の御者は、ヤヨイとシャニィに任せてある。
つまり俺は馬車の中にいるのだ。
今はこの中に、俺とフラン、そしてティナしかいないってわけよ。
監視役であったであろうフランは、俺に寄り掛かってすっかり夢の中の住人だ。
ティナも少し眠たそうに、窓から代わり映えのしない景色を眺めている。
ティナは北の生活が長かったし、何か思うところがあるかもしれないが、その可愛らしい横顔からは何も読み取れなかった。
へっへっへ、これはチャンスなんじゃないですかね?
「ティナ」
「?」
俺は、くれぐれもフランを起こさないようにと、小声で話し掛けた。
ティナの大きな瞳が俺を捉える。
く、そんなに無垢な目で俺を見ないでおくれ。
「もうすぐ着く街の名前は何て言うんだっけ?」
「ウノスの街なの」
ティナも小声で答えてくれた。
「どんな街なんだ?」
俺はフランからそっと身を離す。
起きるなよー……
「小さい街だけど、街道沿いだからとても活気があるなのよ」
「へぇー、そうなのかぁ」
意識を集中しろ。
よっしゃ、フランから離れられたぞ。
あっ。
ベシンと倒れこみ、長椅子に顔面を打ち付けるフラン。
だが、スピースピーという鼻息は変わっていない。
痛くないのかこいつ……本気でアホだな。
だがこれで自由の身になったぞ!
俺は、自然な素振りを装って、ティナの隣へ腰かけた。
なるべくわざとらしくならないように、小さなティナの肩へと手を回す。
「街に着いたら美味いもん食おうな」
「は、はいなの」
頬を染めてうつむくティナ。
初々しいですのう。
邪魔者チェック、良し、気配は無い。
「ティナはキスとかしたことあるのかなぁ?」
「なっ、ないです、なの!」
我ながら変態じみたおっさんのようだ。
だが、これを千載一遇と言うのではないかね?
俺はそっとティナの肩を抱き寄せる。
抵抗は全く無し。
いける!
「少しだけ、俺と大人の階段をのぼってみないか?」
「……はい、なの。アキトさんとなら……」
少しだけ考えたティナは、恥ずかしそうに頷いてから、瞼をそっと閉じた。
そして唇を俺の方に向ける。
むほほー!
きたきたきたぁ!
僭越ながら、イカせていただきます!
俺は、逸る心を必死に抑えつつ、顔を近付ける。
ティナの甘い吐息を感じるほどに。
そして、唇と唇が───
「シャニィクラーーーーーーッシュ!!!」
「ぎゃーーーーーー!!!」
ドアを破って飛び込んで来たシャニィの小さな二つの拳が、俺の両目に直撃した。
なんちゅうお約束だ!
目が潰れるわ!
「なに!? なにごと!? 怪物!!??」
俺の絶叫と振動で目を覚ましたフランが、あたふたと逃げ惑う。
ティナは頭を抱えて床へ避難していた。
シャニィはそのまま俺の上でマウントポジションを取る。
ちょ、シャニィに全力で殴られたら洒落にならんぞ!
顔はやめて!
無防備なの!
「…そんなにキスがしたいなら、いくらでもわたしに言えばいいのに…」
「え、おま、こら」
シャニィは全力で息を吐きだして、肺の中を空っぽにしている。
待て待て待て!
これはまさか、領主邸で再会した時に食らった技か!?
やめろ!
アレは嫌だ!
ぶっちゅ~~~~~~~~~~!!!
「んぐううううううぅぅぅぅ」
シャニィの強烈な吸引力!
俺の口から、内臓までも引きずり出そうと言うのか!
せめて、呼吸はさせて!
バタバタと、もがく俺。
ジュルリ、ジュルリと何かを執拗にすするシャニィ。
「う、うわぁー、なんかグロい……」
「こ、怖いなの……」
その様子をドン引きで見つめるフランとティナ。
見てないで助けろよ!
結局、拷問はシャニィが満足するまで続いた。
顔全体が腫れあがるほど吸われたぞ。
どうせなら普通にチューしてくれよ……
「アキトさーん! 街が見えてきましたよー!」
ヤヨイの声が御者台から聞こえる。
アホな事をやっている間に、どうやら街へと到着したようだ。
俺は御者台へ行き、ヤヨイの隣に座る。
寒さのせいか、ヤヨイの鼻が赤くなっていた。
俺は手でヤヨイの鼻をあたためてやる。
「すまんな、寒かっただろ」
「ふぇいきれす。アキヒョさんの手、あっふぁかいでふね」
鼻を押さえているから、ヤヨイが何を言ってるのかさっぱりわからない。
それでもヤヨイは、なんだか嬉しそうに笑っていた。
愛い奴め。
馬車は街へと入って行く。
聞いていた通り、さほど大きな街ではない。
だが、これも聞いていた通り、活気はあった。
街道沿いだけあって、商人のような風体の連中が大勢行き来している。
彼らの商品を乗せた荷車や馬車もだ。
ここまでの道中で、すれ違った人数はごくわずかだった。
つまり、南へ向かう商人は少ないってことだ。
となると、北地方では北方面だけでの流通が盛んなのかもしれんな。
さて、まずは酒場か宿屋を探すとするか。
その辺の商人風な人物を捕まえて聞いたところによると、街の北側に数軒の宿屋があるようだ。
教わった通りの道筋で進む。
途中で酒場を見つけたものの、大した情報は得られなかった。
こりゃいかんな。
盗人たちの目撃情報が無いってことは、街道沿いを進んでいないってことだろう。
山の中を行かれたら、たまったもんじゃないぞ。
俺たちは、銀世界亭と書かれた看板の前で馬車を止めた。
商人に教わった宿屋がここである。
旅の商人が多いせいか、何軒も並んでいる宿屋の内のひとつだ。
馬番の兄ちゃんに馬車を任せ、屋内へ入る。
一階は食堂で二階が宿の、こちらでは典型的な造りだ。
ただ、酒場は兼任していないらしく、食堂は宿泊客専用となっていた。
うむ、そのほうが落ち着いて食事できるな。
俺たちは五人なんだが、空いているのは六人部屋だけか。
ちと割高になるが、バラけて泊まるよりは良かろう。
案内された部屋は、既に暖炉であたたまっていた。
俺たちは安堵の溜息をつきながら荷を下ろす。
いやー、寒かった。
フランの淹れた熱いお茶で人心地つけ、今後の相談をすることにした。
俺は正直言って何も思いつかない。
なので、ここは女性陣に託そう。
「何かいい案がある人!」
俺の声に、暖炉の前で車座に座った女子たちが次々と挙手をする。
おお、頼もしい。
フランなどは、鼻息も荒く自信満々な表情だ。
最近冴えてるし、これはもしかするかもしれないぞ。
「はい、フランさん」
「はい! 真っ直ぐ港町へ向かうべきだと思います!」
「その心は?」
「面倒臭いからです!」
「アホかっ! 却下!」
「うわーん!」
一瞬で却下され、泣き崩れるフラン。
コイツに期待した俺がバカだった。
「じゃあ、次はシャニィさん」
「…はい。わたしとアキトで駆け落ちを…」
「却下却下! はいはい、次の人!」
「…ひどい…せめて全部言わせて…」
言わせてたまるかっ!
「次! ヤヨイ!」
「あれっ!? さん付けは!?」
「はよ!」
「私の扱いが雑じゃないですか!? まぁ、いいです。取り敢えず、この街から先へと進みます。ここから先は、旅人も多そうですし、目撃情報を集めながら次の街へ向かいます」
「ふむ、初めてそれなりに評価できる意見が出たな。だけど消極的すぎるのでボツ」
「がーん」
だが、多少はまともなことを言ったから、ご褒美にヤヨイの頭とほっぺを撫でてやろう。
単に俺が触りたいだけなんだがな。
最後はおずおずと手を挙げているティナか。
「はい、ティナちゃん」
「「「ちゃん!?」」」
三人娘から贔屓だ贔屓だとブーイングの嵐。
耳をパタリと閉じておこう。
「はいなの。このウノスの街と、次のキユの街の間の山に、酒樽族の村があるって聞いたことがありますなの」
「「「「おおおー!」」」」
思わず歓声を上げる俺たち。
なんて頼りになる子なんでしょう!
「あ、待って、待ってくださいなの。聞いたことがあるってだけで、場所が全然わからないなの……」
「うーむ、そうかぁ。でもありがとうな。とっても有益な情報だったよ」
俺は優しくティナを抱きしめた。
後頭部も軽くポンポンしてやる。
「「「ああぁぁ~~…………」」」
トーンダウンしていく三人娘。
自業自得だろう。
憶測だが、酒樽族は自らの村に帰るだろう。
金属を手に入れても、加工できなければ何の意味もないからだ。
となれば、機材や溶鉱炉のある場所へ向かうのは当然と言える。
問題は、その村の場所だ。
詳細を知っている人間がこの街にいると良いのだが。
ま、明日にでも聞き込みするしかないな。
「あ、マキシマムなら知っているかもなの」
「そうか! そうだった! 無線機があったんだよな!」
俺は早速荷物の中を漁って、無線機を探すのであった。




