第百話 筋肉からの贈り物
マキシマムとの激闘を制し、意気揚々と凱旋を遂げた俺たち。
現在は領主邸にて、朝食と洒落込んでいる。
クソむさい男たちを全て邸内から叩き出し、元々のメイドさんたちを再配置したのだ。
彼らは今頃、厳しい親方連中の元で労働に勤しんでいる事だろう。
ヤヨイとシャニィの手によって匿われていた人質も全員招いた。
未だ精神力の回復していない、クレアの祖母アレアだけは寝室にいるものの、長い軟禁生活を経たとは思えないほど皆元気そうだった。
領主の娘エリィなどは、俺を窮地から救ってくれた白馬の王子様とでも思ったものか、頬を赤らめてじっと見つめている。
そこまで見られると、逆に食べにくいんですけど。
しかも、実際に助けたのはヤヨイとシャニィだし。
クレアとルカも、嬉しそうにニコニコと笑いながら、俺にべったりとくっついている。
救うのが遅くなってすまなかったな。
「ところでマキシマムさんよ」
「なにかしらぁン」
膝の上に領主さんを乗せ、甲斐甲斐しくあーんと食事をさせているマキシマム。
その様子が気持ち悪い事この上ない。
「あんた、緑の騎士なんだってな?」
「あらン? アキト様も黒の騎士でしょう?」
「へ?」
「各地のダンジョンに眠る武具たちに認められた者だけが騎士になれるのよぉン。王都の連中が聖騎士なんて名乗ってるけど、あれはただの自称なのよン」
マジかよ!?
知らなかったぞそんな事!
あと、様付けはやめて! 虫唾が走るから!
「アタシがいた北のほうには、まだその手のダンジョンがいくつか残ってたわよン」
「つまり、あんたもダンジョンでその鎧を手に入れたのか」
マキシマムは、所々つぎはぎになった深緑に輝く鎧を、再度身に着けていた。
金属パーツ自体には全く傷がついていない。
俺の鎧とは違って、ヤツの鎧は接続部が脆い。
製造法か製作者が違うとでも言うのだろうか。
よく考えたら、この武具も謎だらけだよな。
「あれ? 武器も一揃いじゃなかったのか?」
「勿論あったわよン。やたらとでっかい剣がね。でも、アタシには邪魔だから置いてきちゃったわン」
そりゃそうか。
素手で闘うのが矜持の格闘王だもんな。
かえって武器が足枷になっちまうか。
放置してきたのは勿体ない気もするけど。
「認められた騎士って、どれくらいいるんだろうな。知っているのは、俺とマキシマムと蒼の騎士……」
「アァァァァン! 蒼の騎士様ァァァァン!」
突然絶叫するマキシマム。
俺の言葉を遮るなよ!
「アタシの憧れた蒼の騎士タチバナ様ァァ! いったいいずこへおわしますのぉぉン!」
げぇ、コイツが惚れたのって、リッカの父親でもある橘博士なのか。
確かに格好良いおっさんだったけど、多分あの人はSSR聖騎士王レインとデキてるぞ。
む? 向かいのヤヨイがピクリと反応した。
きっと彼女が脳内に持つ、ホモセンサーが作動したのだと思われる。
妄想に浸って楽しそうだし、ほっとこう。
「でもまぁ、アタシはここにもっと素敵な人を見つけたからねぇン」
「うぐぅ!」
熱烈なキスの猛打を、領主さんに雨あられと浴びせるマキシマム。
うへぇ、地獄絵図。
「エリィはこれでいいのか? ある意味お父さんが二人になっちまったけど」
「……」
返事もなく、俺をうっとりと見ているエリィ。
目がイッてないか?
「エリィ?」
「は、はい! いいんじゃないでしょうか。恋愛とは自由なものですし」
「寛容だね!?」
流石、性癖に関しては何でも有りの世界だ。
俺なら嫌だけどなぁ。
ま、エリィにも思うところはあるのだろう。
それが変な方向に行かないといいのだが。
「ねぇ、アキト。これからどうするの?」
自分の分の食事を平らげ、俺の皿まで狙っているフランがそんな事を言った。
こら、意地汚いぞ。
「そうだなぁ。取り敢えず王都へ行きたいところなんだが、港町がなぁ」
「めちゃくちゃになってたもんね」
「きっとタクミたちが頑張って復興してるさ」
そう言いながら、フォークで俺の皿の肉を刺すフラン。
俺はそのフォークをピンと指で弾き、上へ飛んだ肉を口でキャッチする。
うむ、ジューシーで美味い。
「やめてくださいよ二人とも。お行儀悪いですよ。フランさん、私のを食べてもいいですから」
「わーい!」
咎めるヤヨイと、浮かれるフラン。
これじゃどっちが年上だか解りゃしない。
だけど、どっちも可愛いから困っちゃうんだよな。
「あらン、アキト様たちは聖王都へ行きたいわけぇ? だったら、北にも小さい港町があるわよン」
「マジか!」
マキシマムの言葉に、俺が気勢を上げたその時。
「報告です! 始まりの街からの先遣隊が本日中に到着するとのことです。これより、十名がその護衛に向かいます」
ならず者ではなく、正規の伝令役が声高に報告した。
おー、先遣隊も無事だったか。
まだ数日しか経っていないが、ルリアの笑顔が懐かしく脳裏へ浮かぶ。
女将さん共々、元気にしてるかな。
「もうひとつ報告があります。街の西にあった謎の金属塊が、何者かの手によって持ち去られました」
「なんだって!?」
おいおい、金属塊って、シャトルだろ?
徹底的に調べ上げた後、溶かして街の復興に役立てようと思っていたのに。
こっちの報告の方が俺にとっては重大だぞ。
それにしても、誰が何の目的であんなものを盗んだんだ。
いくらオーバーテクノロジーとは言え、この世界の連中じゃちんぷんかんぷんだろうと思うんだが。
「どうやら夜のうちに運び出したらしく、多数の足跡が北へと向かっていたそうです」
「いくつもあったろう? あれを全部?」
「いえ、持ち去られたのは七つの内のひとつです」
「じゃあ、残ったのは街の近くへ運んでおいてくれないか?」
「ハッ! すぐに手配します!」
駆け出していく伝令を見送る。
「何の話なのン?」
ズイッと身を乗り出し、興味津々で尋ねてくるマキシマム。
そうか、彼、いや彼女も俺たちの世界から来たんだもんな。
説明しても通じるだろう。
俺は、掻い摘んでこれまでの経緯を話した。
「へぇ~、シャトルねぇン。アキト様たちって随分と大冒険をしてるのねぇン」
「完全に成り行きだけどな」
「アタシが勝てないわけだわン」
「まぁ、そう言う事なんで、シャトルの管理を頼む」
「任されたわよン」
グッと力強く親指を立てるマキシマム。
流石は伝説となった格闘王、無駄に頼もしいわ。
「で、結局私たちはどうするの?」
おっと、そうだったなフラン。
ん?
待てよ、今、頭の隅に引っかかったぞ。
誰かに何か言われてたような……なんだっけ?
思い出せん。
北、と言うキーワードはなんとなく覚えてるんだが。
あー、フランの顔を見てたら思い出した。
フラン大好き不死王様、もとい、初代聖騎士王レオンが夢枕に立った時だ。
途切れ途切れだが、北へと言っていた気がする。
こりゃもう、決まりだな。
「俺たちは北へ向かう。マキシマムの話だと港町があるらしいしな」
「おふン。マキシィって呼んでってばぁン」
「うるせぇ、黙ってろ。シャトルを奪った盗人を追いながら港町を目指すぞ」
「そうだわぁン、アキト様。だったらこれを持って行ってン」
マッチョが差し出したのは、なんと無線機だった。
まだ残っていたのか。
てっきりヤヨイとシャニィが、全て粉砕したもんだと思ってた。
「最後の一組よン。こことすぐに連絡取れるようにしておくわン」
「それはいいが、これってどれくらいまで繋がるんだ?」
「この世界は余計な電波がないからねぇン。超短波だしぃ、ざっと数百キロはいけるわよン」
「そいつはすごい! いや、こりゃ助かる」
「星の曲率がなければ、いくらでも届くんだけどねぇン」
言っている意味は良くわからんが、これは便利な代物だぞ。
伝書鳥ですら、どうしてもタイムラグが発生するからな。
これならリアルタイムだ。
「じゃあ、シャトルを見つけ次第ここに連絡するよ」
「了解よぉン」
よし、そうと決まれば準備をしなくちゃな。
メイドさんに必要な物を手配してくれるように頼もう。
「アキトさん! 私も一緒に行きたいです! アキトさんと毎日寝食を共にしてじわじわとねんごろな関係になってそれでそれで既成事実を作っちゃえばこっちのもので……」
「今度は私も行くっすよ!」
両脇のクレアとルカが、同時に立ち上がる。
あー、そう来たか。
予想はしてたけど、どうしたもんかな。
マキシマムが言うには、北ってところは場所によってはとんでもなく高位の怪物が出るらしいからな。
「唾を飛ばすなクレア、妄想はやめて取り敢えず落ち着け。ほれ、ルカも座れ座れ」
鼻息も荒い二人を座らせる。
「クレア、アレア婆ちゃんはどうする気だ? お前が付いていてあげなくてどうする」
「うぐっ! ……それはそうなんですが……でも……」
「ルカ、お前の飯がこの街の復興を促進する原動力なんだぞ。もうお前の食事なしでは生きていけない連中がごまんといるんだ」
「はうっ! そうかもしれませんが……それでも、行きたいっす!」
むぅ、なかなか粘るな。
俺はフランに救けを求める視線を送った。
駄目だ!
デザートを夢中で頬張ってる!
俺の方すら見向きもしてねぇ!
ならばヤヨイとシャニィはどうだ?
……くそっ!
コイツらも置いて行かれると思ったのか、露骨に顔をそむけてやがる!
お前らはどうせ何を言っても付いてくるだろ!
「クレアちゃん、ルカちゃん。アンタたちは、はっきり言って戦力外よン」
救世主はマキシマムだとぅ!?
「北を舐めちゃいけないわン。このアタシですら何度も何度も死にかけたのよン。アンタたちが行って、今回みたいにすぐ人質になったらどうするのぉン? アキト様に迷惑をかけるだけよねぇン。ンま、アタシが言えた義理じゃないんだけどねぇン」
無駄に説得力があるな。
一発でクレアとルカが黙っちまった。
だが、マッチョの話は至極まともな事を言っている。
その通りなのだ。
なんにせよ、マッチョに初めての感謝を捧げよう。
「ぐすっ……わかりました……お婆ちゃんとここで待ってます……」
「……私も待ってっるすー……武運と無事を祈ってるっすよ……うわーん!」
「何も泣かなくても。必ず帰ってくるからさ」
泣きまくる二人を慰めることしか出来ない。
俺は彼女たちが泣き止むまで、頭をそっと撫で続けた。
そして俺たちは───
「フラン、ヤヨイ、シャニィは出発の準備を。おい、いつまで食ってんだフラン、太るぞ」
「ギクッ!」
「はいっ!」
「…はーい…」
───またもや新たなる旅へと、その一歩を踏み出すのであった。




