第一話 究極レアは女の子!?
黒髪の男が剣と鎧、それに盾を身に着け、何者かと対峙している。
相手は真っ黒な靄に包まれ、姿形すら読み取ることが出来ない。
対する黒髪の男は、決意を秘めた鳶色の瞳に力を漲らせ、黒い物体へ果敢に斬りかかって行った。
彼の武具もまた、漆黒で彩られているようだ。
黒き物体も腕状の鋭利な物で、彼と激しく打ち合っている。
これはなんだ?
ここはどこだ?
俺はいったい、何を目撃しているんだ。
長く激しい闘いの末、彼は黒き物体を霧散せしめた。
勝ち名乗りを挙げる武者のように、天へ剣を突き出す彼の周囲を、顔は見えぬものの歓喜に満ちた少女たちが取り囲む。
そして彼は振り向いた。
その笑顔。
あれは────俺!?
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「いってぇ! 誰だお前は!? ……あれ?」
無論、俺意外無人だが、もし誰かいた時のための牽制行為である。
取り敢えず、うたたねしていた俺の脳天に、何かがぶつかったのだけは確かだ。
痛む頭をさすりながら、さして広くもない自室の天井を見回す。
特に何もおかしなところはない、と思う。
蛍光灯も割れた様子は無い。
一瞬、隕石かと思ったがな。
ま、隕石ならもう死んでるか。
天井に穴が開いていないことに少しホッとする。
実は天井裏に、ダメな本を隠してあるからだ。
あれは、世に出してはいけないものだ。
俺が墓場まで持って行かなくてはならない品のひとつである。
ふと足元を見ると、卵くらいの大きさの、水晶みたいなものが転がっていた。
「なんだこりゃ……? どっから湧いた?」
ちょっと引き気味にそれを眺めていると、なにやら虹色に光っているような気がした。
爆発とかしないだろうな、おい。
嫌な予感しかしないぞ。
握っていた携帯端末を机の上に置き、その水晶のようなものをそっと拾い上げて、窓の方へかざしてみる。
熱くはない。
隕石だったら高熱だろうし。
「へー、よく見りゃ綺麗な色してるわ」
色々な角度からためつすがめつしてみたが、やはり虹色に輝いているようだ。
何故か俺の心を鷲掴みにする色だ。
「なんだかレア度の高そうな石だな」
今やっているゲームの事を思い出し、ちらりと机の方を見る。
むしろ、ゲームの方で出て欲しい色の石だ。
最近、ろくに当たりが出ない事を思い出し、ちょっとムカつく。
そもそも出現確率がおかしいんだよな。
あんなのをバンバン引けるやつは、無限に課金できる石油王か、圧倒的な激運持ちだけだろ。
SNSで引き当てた画像を載せている連中は、呪われるべき存在だぞコンチクショウ。
「チッ、高い宝石とかなら売り払ってゲームに課金したり、アレしたり、ソレしたりできるのになぁ」
おっ、自分で言っておいてなんだが、ナイスアイデアだ。
価値を調べてみよう。
てか、どこから落ちてきたんだこれ。
まぁいいや、さっさと調べて売るのがベストだ。
隕石でも高額になるらしいしな。
俺はちょっとウキウキしながら机に向かった。
だが、異変はその時起きた。
ピシッ
突然妙な音が聞こえたのだ。
ピシシッ!
その音は俺の手元から聞こえる……ような……
「えええーーーー!?」
何故か突然ヒビの入った水晶を慌てて放り投げる。
床に落ちたそれが、割れもせずに転がって行く。
冗談じゃないぞ、やっぱり爆発するのか!?
くそ、こんなもん窓から投げ捨てちまえば良かった。
クリアファイルを顔の前にかざして盾代わりにし、ビビりながらも水晶を見ていると、全体にヒビが入り、まるで孵化する卵のように所々欠け始めているのが見て取れた。
何が起こっているんだこれは。
もしかしたら、俺は今日、死ぬのか?
まさかそんなお約束みたいな事が俺の身に!?
ふざけんな! お約束ブレイカーを舐めるなよ!
その欠けた隙間から虹色の輝きが溢れ出す。
まるでスパークだ。
舐めてました、すいませんでした。どう見てもダメなやつですこれ。
さっさと諦めて、来世に賭けます。
さらば現世。
願わくば、来世はモテモテになりますように。
あと、せめてエッチなことくらい経験してから死にたかったです。
パーーーーーーーン!!
水晶が一気にはじけた。
そして軽快なリズムの効果音が、どこからともなく流れる。
あまりの眩しさに視界を奪われた俺は、椅子から転げ落ちた挙句、セイウチかアザラシのようにビタンビタンと床をのたうった。
「目がーーーーー! 目があァーーーーーー!! ああぁぁーーーーー!!」
まるで色眼鏡をかけた、どこぞの変態王族だ。
彼は滅びの呪文によって崩壊した天空の城から、真っ逆さまに落ちて行ったっけな。
そうこうしているうちに虹色の輝きは少し収まってきたようだ。
今のうちに部屋から逃げ出そうか迷うところだが、って、なんだこれ……は。
部屋の壁にまるでプロジェクションマッピングのようにデカデカと────
S S R
の文字が金色の、そしてやたらと仰々しいフォントで映し出されていた。
「………は? ………………なにがSSRだ! 舐めてんのか!」
色々起こりすぎて、つい逆ギレしてしまう。
水晶があった場所はまだ輝いている。
金色の靄状の光だ。
そして、その輝きがなにやら形を変えていった。
それは棒状に伸びて行く。
棒……いや、杖か?
その杖の上に何やら文字が浮かぶ、聖杖……なんちゃらとか書いてあるようだが良く見えない。
杖はポトリと床に落ちた。
ここまでくると、何者かのふざけた作為を感じてしまう。
「はいはい、解ってる、解ってる。どうせロクな事にならないんだろ! こんなもん、へし折って燃やしてやるわ!」
怒りに任せて拾い上げた時、まだ残っていた金色の靄の中に、人影が見えた気がした。
俺は直感した、人影は少女であると。
怒りも忘れ、全身全霊を込めて願う。
頼む! どうせ出るなら美少女にしてくれ! 色々捗るから!!
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と、取り敢えずいったん落ち着こう。
まだ慌てるような時間じゃない。
二、三度、深呼吸をする。
俺の手に握られた杖のような物を今一度じっくり眺めた。
先のほうには、赤くやたらとデカい玉がくっついている。
まるでプラスチック製のバット並みに軽い。
妙に手に吸い付くそれを、俺は思わずブンブン振ってみた。
意外と頑丈だ。
うむ。
これなら勝てる。
何に勝つのかは解らないが、部屋に転がってるボールを無性に打ってみたくなる。
その衝動に負け、ゴルフスイングで力いっぱい杖を振り上げると。
「ま、待ってー! 待ってくださーい!!」
と悲痛で切迫した声が背後から聞こえてきた。
もはや達観とも言えるレベルまで精神を昇華した俺は、「どうせお約束だ、なんでも来い!」とばかりに振り返ってやった。
一応、言っておくが、声は可愛いぞ、声は。
よっしゃ!
心の中でガッツポーズを決める。
見れば大粒の涙をダバダバ流している女の子が、膝をガクガク震わせながら立っているじゃないか。
思っていたよりも、かなり可愛い。
「グスッ……そ、その杖は私のです……グスッ……かえしてくださぁい……」
流れる涙もそのままに、両手を合わせて懇願している少女。
それにしても、なんだその格好。
ゴールドとピンクを合わせたような色の長い髪、ヒラッヒラの赤とも桃ともつかぬ色合いの服。
もしかしたら、花を模しているのだろうか。
印象的な目は青く、パッチリとしている。
桜色の小さな唇も愛らしい。
パッと見だが、年齢はミドルティーンくらいだろうか。
うむ、どこに出しても恥ずかしくない、立派な美少女だ。
俺は安心させるようにその子に笑いかけ、その笑顔のままゴンッと力強くボールを打った。
これは俺を混乱させた罰である。
「うわーーーーん!」
ひとしきり全力で泣いた女の子が落ち着き始めた頃合いを見計らって、俺は椅子にふんぞり返り、居丈高に聞いてやった。
「で? 一応聞いてやるが、お前は何者なんだ?」
まだグスグス言ってる少女は、
「……とりあえず、杖を返してくだしゃい……」
とかなんとかぼしょぼしょと言った。
多少可哀想になり、そっと杖を目の前に置いてやると、パッと顔を輝かせて杖に覆いかぶさった。
「あっ! テメェ嘘泣きか!」
「うぇーんうぇーん」
「嘘こけ!!」
こいつ引っ叩いてやりたい!
俺は衝動をグッと堪えて、杖に損傷はないか撫でまわしている少女に尋ねた。
「で? お前は結局のところ何なんですかね?」
少女はハッとしたようにスックと立ち上がると、妙なポーズを決めた。
スカートからチラチラと何か白いモノが見えてますけど。
取り敢えず、勿体ないので目に焼き付けておこう。
「私はフランと申します」
「腐乱?」
「フーラーン!!」
「わかったわかった」
「貴方はミウラアキト様ですねっ!?」
「違います」
「あれっ!?」
謎の少女、フランはわたわたとメモのようなものを引っ張り出して確認している。
もしかしてこいつ、アホの子か?
きっとそうなんだろう。
要領も悪そうだしな。
「で、この三浦秋人に何の用なんだ? 俺の彼女候補になりたいのなら検討してやらんでもない」
「えっ、ミウラアキト、様……で、いいんですか?」
「うむ」
おっ、フランの額に一瞬ビシッと青筋が見えたぞ。
怖い怖い。
フランは怒りとも羞恥ともつかない顔色になり、口の端をピクピクさせていたが、気を取り直したように「オホン」と咳払い。
大仰なくらいニッコリしている。
非常に胡散臭い。
スカートの両端をつまんでポーズを決める。
くるりと背中を俺に向けて。
「私がこのお話のヒロイン、フランです! よろしくねっ!」
壁に向かって手を振っている。
俺からは見えないが、きっと花が咲いたような笑顔をしていそうだ。
いったい誰に語り掛けているのだろうか。
しかも自らヒロインを名乗るとは、とんでもなく図々しい。
いや待てよ、むしろ俺も言うべきなのかもしれないぞ。
俺がこの物語の主人公、アキトです! 自堕落学生やってます!
中肉中背、顔は普通! ゲームと平和な日常を愛しています! よろしくねっ! と。
やめた。
思ったよりキモいことになりそうだ。
謎の挨拶を終え、俺の方に振り返ったフランは必要以上に溜めた後、高らかにこう告げたのだ。
天使のような笑顔と、福音でもあるかのような声で────
「アキト様! この度は、SSRの御当選おめでとうございます!!」
アホの極みかっ!
全く意味がわからんわ!
頭痛がしてきた俺は、頭を抱えるのであった。