神奈川南西ギルド
翌日は快晴だった。
「王都まで徒歩はきついな。400キロはあるんだろ」
「マスター、そんな筈ないですよね。残りは380キロ」
「俺は精神的なことを言ってるの」
俺の身体は20%程能力が上げてあるそうだ。しかも元々少年は猟師なんで平地なんて、へっちゃらな筈か。
「マスター、今日はどのようなご予定で」
「ノルマ、20キロ以上なんでしょ。どこに泊まるか計画してよ」
「……」
「衛星から見ればどんな町に泊まるか予測できるでしょうに」
「通信中です」
少年は未知の領域を移動中です。地理名は記憶にございません。
「マスター、酒場のお嬢さんがいってたギルドの町は、そうですね、2番目の集落と予想されます。
徒歩なら最初の集落が12時、2番目の集落が16時くらいに到着予定ですね」
「じゃあ、それで」
今日はのんびり歩くだけか。でもウサギを狩らなきゃいけないかな。少しこいつにも聞いてみようか。
「今日はどうして欲しい」
「マスター、希望を言ってもいいですか」
「もちろん」
なんだかんだで言っても、命の恩人だ。少しは言うことを聞いておかないと。
「マスターは、まだ私の用意した肝心な機能を使用してません。使って欲しいです。確認しましょうよ」
「そうだね、そうかも。でもこの辺は魔素はほとんどないって言ってたじゃん」
「神奈川南西ギルドの西側は結構ありますよ」
神奈川南西ギルドなんだ。
「でもさ、到着は16時なんでしょ。ひょっとして夜に魔物を狩れって言ってるの。魔物も夜はお休みなんじゃない」
少年は夜は狩りをしない。
「そんなこと言ってませんよ。昨晩、確認しました。晩酌は必要です」
「怒ってんの、良い情報取れたでしょ」
「マスター、晩酌を止めたりしません。衛星やレーダーでは無理な情報が取れますし、それにマスターがご機嫌になります」
何言ってんのかわからん。
「マスター、ご説明させていただきますね。昨日の収入は銀貨6枚、出費は7枚です」
わかってますよ。でも赤字だったのか。
お袋に良く言われたな、見栄を張るなって。
「移動中に狩りするよ、ちゃんと稼ぐよ」
「マスター、ウサギ5羽リュックに入れて、ずっと歩きます?」
「重たい、入るのかな。効率悪いね」
「マスターの1日の生活費は銀貨10枚は必要です。物価も上がるでしょうし。でもウサギは銀貨2枚、魔物はもっと稼げますよ。だからギルド周辺で狩りましょうよ」
「待て待て、ギルド登録の時間もかかるんだから」
「だからアクセルを使って下さいってお願いなんです」
わかってしまった。そうだね。
「マスター、レーダーとアクセルは同時に使用可能、だから人にも見られないです。サポートします」
「……何倍速をつかえばいい」
「理論的には何倍でも。ああこう言い方嫌いですよね。おすすめは8倍速です。なんと2番目の集落の到達予測時刻は9時です。
ギルド登録しても稼ぎにいけるじゃないですか」
「8倍速だと体の負担も8倍だったけ。バテバテじゃないかな」
「マスター、先日マスターの思考を学習しました。マスターの負担軽減を考えろ、先回りして予想しろと。ですから」
「……」
「すでに疲労回復ポーションの予備を上空に待機させています。アクセルを度々使えばマスターの身体能力の向上も格段に期待できます」
失敗したな。
これは断れない。
「アクセル」
なので、すぐ加速した。
走る、走る、走る。
俺、中高と陸上部だったな、足が遅いので長距離だったけど。
高校で中退した。
高校では盲腸で入院して、退院して復帰したんだけど
走るのつらくなったんだよね。
ちなみに盲腸治療は手術だった。1週間も入院した。
まだ腹切の時代だったなぁ。
少し回想。
全速力で走るのはホントひさしぶり、何十年ぶりかな。
加速の体感は……周りの景色は車窓から見えるような感じ、でも流れが速い。
レーダーで人間を確認、止まるのも面倒なので、視界に入らないように迂回した。
「これ何キロくらいかな」
「時速80キロくらいですかね」
「ちょっと待て」
停止。
「ハアハア、人間が80キロで走ったら壊れちまうでしょ」
すでにぜいぜいである。
少年は混乱していた。
そりゃ、びっくりするよね、お互い。
「マスター、リュックにポーションが」
すぐに飲むと回復するのがわかった。
「加速中は疲れないのかね。停止したら息があがったぞ」
「マスター、加速用に改造したって私言ったじゃないですか」
「覚えてない」
「マスター、身体強化、伝染病予防だけじゃないんですよ」
「よく考えたら人間全速力って10キロだったか。もっと速いんじゃないか、80キロってホントか」
「私、マスターの身体を完全に把握してます。大丈夫です、壊れる前には警告します。いや、加速制限します。だから信じて下さい」
「あのなぁ」
「もうすぐ最初の集落です。もう半分の距離を移動しました」
「……」
「マスター、少年の身体能力を早く上げましょうよ、危険な世界なんですから。毎日1時間でも2時間でもアクセル使って下さい。体も慣れます」
仕方がない。
実際レーダーで確認すると最初の集落である。
それではもう1回。
「アクセル」
そういえば、盲腸のことで思い出した。
体育祭の騎馬戦で、頭にきて相手をどついた。
そしたら審判の3年生に引きずり落とされて
2時間後、脂汗たらして病院行って、入院したんだ。
審判の3年生には悪いことした。病院まで見舞いにきたんだよね。
結構後悔したなあ。
レーダーで2番目の集落を確認し、停止した。
呼吸が苦しい。
ポーションを飲むとすぐに回復した。
「漫画だね。ずいぶんと人間を迂回したと思ったけど」
「マスター、道中59名を迂回しました。1キロに2人か3人いたってところですよ。それより少し慣れた気がしませんか」
「若干」
「若干ですか、そんな筈ないんですけど。たぶん後10回もアクセルを使うと息切れしなくなります。そういう予測値です。ポーション毎回飲んでくださいね、慣れるまで」
「……」
俺の足元に大きなラジコンヘリみたいな奴がいました。
びっくり、いつの間に。
「迷彩偽装を解除しました。リュックのポーションが切れましたので。いくつでも補充してください」
ラジコンヘリが蓋を空けたので、4本補給した。
もう非常識は無視しよう、考えても仕方ないな。
「マスター、王都到着までにはアクセルの完全順応を」
「言うとおりにする」
神奈川南西ギルドに入ると、3つのカウンターがあったので空いていたおじさんのカウンターに移動した。
「ギルドに登録したいのですが」
「名前は」
「ジン・タンです」
「年齢は」
「15歳」
「これを触りなさい」
差し出された野球ボールみたいな玉をさわる。
なんか模様がついてますね
反応なし……。
これが魔道具ですかね。
「おまえまだ15歳じゃないな」
ちょと待て。少年の記憶は15歳、村長にも認めらている。
少年の戸惑いがひどい。
「村長には成人したと認められました、本当です」
「じゃあ、早生まれだな。この水晶玉は15年きっちり経過しないと反応しない」
「……」
「農民は村長が生年を確認している。そして年が変わると年齢がかわる。その年の12月30日生まれでも1月になったら1歳だ。冒険者ギルドの規則は満だ、年数えじゃないってこと」
「マスター、想定外です。冒険者で稼げません」
「稼げないんですか。困りました。どうすればいいんでしょう」
おじさんは俺の慌てた姿が面白いのかニヤニヤしている。
「冒険者見習い登録だな。まあしょげるな。大体お前はもっと年上にみえる、身体がでかい、18歳くらいかな」
ダブルショックだ。地球でも同じことを言われて、傷ついたんだよね、あの時……。
「これはよくある話だ、ちゃんと救済策はある。結構あるんだよ、冒険者見習いでも依頼を受けれるんだ」
「あの駄目なことって」
「冒険者見習いは、これでレベル測定できないが。8級以下の依頼は受けることができる」
おじさんがカウンターの上のバスケットボールくらいの黒い玉を指差しした。
「これ触ってもいいですか」
「構わん。確認してみろ。何も表示されない筈だ」
確かにその通り。
「最初に触った玉とかこれとか魔道具ですか、年齢とかレベルとかを測る」
「そうだな。冒険者見習いでも魔素の森に行けば、7級以上の魔物が襲ってくる。退治したって文句はいわない。ただ自分のレベルがわからないだけだ」
「マスターは14歳になったばかりですね」
少年は12月21日生まれ、レベル判明まであと300日以上もあるんだね。
がっかり。
「ちゃんと登録してやるから安心しろ」
おじさんは親切な人で、いろいろ教えてくれた。
冒険者ギルドは日出から日没まで営業。ギルドカードは全国で有効で、冒険者は冒険者ギルドに報酬を預けて、
冒険者ギルドが納税を代行するのが一番大事な役割だろう。あとは魔石、素材、装備の販売、冒険者向けの住宅も提供している。
一番有難かったことはいろいろな決まりが書いた紙を目の前で広げて見せてくれたことだった。
【討伐推奨レベル】
1級ドラゴン(25)
2級ワイバーン(25)
3級グリフォン(25)
4級オーガ(25)
5級オーク(20)
6級魔ハチ(20)
7級魔アリ(15)
8級ゴブリン(15)
9級ラビット(10)
10級スライム(10)
【報償】
ドラゴン 金5000
ワイバーン 金500
グリフォン 金500
オーガ 金5
オーク 銀16
魔ハチ 銀8
魔アリ 銀4
ゴブリン 銀2
スライム 銅50
虎 銀8
熊 銀2
狼 銀2
【摩石】
ドラゴン 金5000
ワイバーン 金500
グリフォン 金500
オーガ 金5
オーク 銀5
魔ハチ 銀3
魔アリ 銀1
ゴブリン 銀1
スライム 銅50
【素材】
魔ハチ 銀10
魔アリ 銀10
虎 銀10
熊 銀10
狼 銀2
猪 銀10
鹿 銀10
兎 銀2
鴨雉鶏 銀2
薬草 銀1
【装備】
剣 金1
槍 金1
ナイフ 銀5
弓 銀20
矢 銀1
少年は読み書きは出来なかったので、こいつの指示通りにいろいろ質問した。
ありがたい。
わかってるよな、相棒。
「まあとにかく8級以内の依頼を受けて仕事してくるんだな。そのとき詳しく教えてやる。どうせ覚えられないだろ」
「素材や魔石の買い取りもこちらで」
「ここは小さなギルドだからな、問題ない」
「それに8級以内は常設依頼だ。ここでは壁の依頼票を持ってくる奴もいない、覚えちまっているからな」
それからカード発行までの10分はこいつの指示で壁に貼ってある依頼票を見ていた。
「マスター、視覚情報は全部記録しましたから、ご安心を」
「年齢とレベルの魔道具、解析できたの」
「マスター、魔道具はまだ解析できません。いろいろやってますけど。視覚と触覚だけではたぶん無理です」
ちなみに俺の手は生体センサー付きらしい。
冒険者見習いカードを受け取って外に出る。
定番の新人いびりには合わなかった。まあ避けてたけど。
「マスター、ギルド登録うまくいきましたね」
「冒険者見習いなのに。レベルわからないのに。少年はかなり落胆したぞ」
「マスターに責任はありません。それにレベルはいずれ判明します」
この近くの魔素の森は、円周上の壁に囲まれた町の西門を出て、5キロから広がっていた。
「作戦を提案してよ。まあ聞いた感じはゴブリンでいいと思うけど」
「マスター、その通りです。8級がゴブリンです」
「スライムも魔石がとれるんだよね」
「賞金はスライムが銀貨1枚、ゴブリンは銀貨3枚ですね」
「スライムは千円、ゴブリンは3千円か。ゴブリンって剣や弓で襲ってくるんだろ、命懸けでやる仕事じゃないな」
「マスター、レベル20で20歳の冒険者が日当1万円って話でした。ゴブリン3匹とスライム1匹の報酬に相当します」
「ゴブリンを毎月90匹も剣で殺すのか。大変だぞ、確かにゴブリンと剣で交戦したら壊れちゃうよね」
「マスター、剣士の経費率は少なくとも15%。弓士なら年に7回弓を交換して毎日矢を1本失うのと同じです」
酒場のお姉さんは剣士は年に5回は剣を交換すると言ってたな。
「少年の記憶では矢は毎日きちんと回収しているね。弓なんてめったに交換しない。生涯3回だ。剣を使って狩りなんかしないんだな」
「マスター、ひょっとしてビビッてます」
「当たり前だろ。でもまあ仕方ない。ちゃんと冒険者やるよ。少年はやる気だ。それもかなりだ」
「マスター、持ち帰るのは魔石と右耳。重くないから、遠慮せずに討伐して下さい」
「ゴブリンがたくさんいるかわからない」
「マスターは特別です」
そうだけどさ、気がすすまない。命懸けで狩りなんてしたくない。
「マスター、動物も冒険者ギルドで引き取ってくれますね」
「少年は猟師だったんだから、それくらいは知ってる」
「特に熊と狼は報償がゴブリンと同じで銀貨2枚。猟師は冒険者になると稼げますね。なんであそこにいたんでしょうか」
「お父さんの意思は永遠に謎だ。猟師は平民に獣の肉を提供するのが誇りだそうだぞ」
「マスター、そろそろ始めますか」
レーダーでゴブリンを捕捉する。
「北西に3匹、ゴブリンだな」
「マスター、アクセルを」
「了解」
7キロ移動して50メートル後方でアクセルを停止して背後を取る。今回は弓だ、
第1射がゴブリンを後頭部から貫通すると残りの2匹が奇声を発した。
俺はもう第2射の矢を弓で引いている。
第2射はゴブリンが振り向いた瞬間にもう1匹の頭部を貫通した。
最後の1匹は剣を振り上げて向かってくる。ゆっくりと狙いを定めて第3射を放った。まったく問題なかった。
いや問題があった。
ぜいぜい息があがっている。
すぐポーションを飲んだ。
「マスター、お見事。しかし何でまたアクセルを停止して、弓なんですか」
「いやいや接近戦なんて駄目だろう。3倍の敵なんだぞ、安全優先だ。それに矢は銀貨1枚、剣は金貨1枚。経費の問題だよ」
「アクセルだったら、ゴブリン止まって見えますよ。余裕です」
「アクセルを止めたのは、少年の弓の腕前を試したかったからだ。普通の冒険者としてやっていけるか確認した」
「マスター、少年は狩りで剣を使ってません。剣技を磨いてあげましょうよ。それにこの剣は簡単に壊れません、強化しましたよね」
そうだった。メンテナンスしたくないと言った記憶がある。
矢をきちんと回収、魔石は胸で、討伐証明は右耳。
嫌な作業を3回繰り返して、水を飲んで休憩した。
少年は大丈夫だ。
「殺人者誕生」
「マスター、結構きてますか」
気持ち悪い。だけど少年の体はスムーズに動いた。一切の迷いがない。
「厳しい世界に放り込まれた」
「慣れて下さい、まだ2時ですよ」
「3時にはギルドで換金する」
「じゃあ、もう1回アクセルしましょ」
「はいはい」
「マスター、アクセルで討伐の成功確率は99%です。剣で片付けてください」
10キロ先に弓5匹、剣とナイフが5匹のゴブリンの集団を捕捉した。
背後から近づいて最初に弓5匹を、それから残りを片付ける。確かに簡単だった。
ゴブリンは完全に停止していて、相手の剣は微動だにしない。殺戮だよね。恐ろしい。
ゴブリンを全て処理して、町の手前までダッシュ。
そこでアクセルを停止、ポーションを飲む。
「マスター、完璧です。文句なしです」
「アクセルでは通常戦闘の剣技が磨かれないことがはっきりした」
少年の誇らしい感情が入ってくる。
魔物をお父さんの剣で討伐した。
少年がうれしいのならそれでいい。
冒険者ギルドに到着。俺はまたおじさんのカウンターに並び、順番はすぐ回ってきた。
「行ってきました。換金をお願いします」
「速いな、昼に出たばかりのに。すぐに獲物が見つかったのか」
「そんなところです。本当にカウンターに出すんですか、汚れるし気持ち悪いですよ」
「おい、リュックの中を見せろ」
「どうぞ」
「……」
大事なリュックの中は血まみれだ、おじさんはしばらく無言。
リュックに入りきらない剣はまとめて紐で縛って抱えてきた。
ゴブリンの剣も価値があるんじゃないかな。
冒険者の剣は金貨1枚でしょ、あきらかに2本はそうだと思ってね。
「ゴブリンが13匹を討伐しました。それと剣が5本です」
「リュックと剣を渡せ。少しだけ待て。今聞いたもの以外は手を触れない。約束する」
「マスター、ポーション2本と黒い袋だけは取り返して下さい」
カウンターの上にそれだけを置いてもらって、俺は待った。
いくらになるかな。
剣が売れるとうれしいな。
でも売れるんじゃないかな。
5分くらいでおじさんは戻ってきた
「ゴブリンの賞金は全部で銀貨39枚だ。冒険者の剣2本で銀貨80枚。残りの剣3本は銀貨3枚」
ゴブリンの剣もお金になるんだね。
金貨1枚と銀貨22枚をお財布の袋に、その後受け取ったリュックにポーションと黒い袋を戻した。
「おい、魔石袋と討伐証明袋を買え。袋に入れてカウンターに出すのが常識だ」
やっぱりね。そうでしたか。
怒られてしまった。
「すいません。申し訳ありません。どこで買ったらいいですか」
「売ってやる。どちらも銀貨1枚」
あわてて銀貨2枚でそれらを購入する。
「マスター、お奨めの宿屋も聞きましょう」
「すいません、あと2つほど相談が」
「言ってみろ」
「風呂付の宿屋があったら紹介してくれませんか。それと冒険者がよく行く酒場も」
「風呂付の宿屋なんてない。銭湯に行け、宿屋と酒場は……」
ちゃんと紹介してくれた。
いい人だ。
でも疲れたなぁ……
所持金は金貨2枚、銀貨28枚、銅貨55枚。