となり町
小さな町に到着した。
門はないし、門番もいない。砂埃が舞っている。
西部劇のゴーストタウンみたいだな。
「泊まりたいんですが、空いてますか」
「空いている、一泊、銀貨2枚」
「一泊でお願いします。それで少しご相談があるんです。ウサギを買ってくれるところありますかね」
ジロリと睨まれたので少し怖い。
宿主はお父さんの知り合いだった筈。
「お前、タンの子供じゃないか。親父はどうした」
「死にました。村を出て冒険者になるつもりです」
「……そうか、それはすまなかった」
少年は宿主の名前を知らなかった。だからしばし無言。
ウサギを見せてみろと言われたので、リュックの中から取り出して見せた。
「丁度いい、ここで買ってやる。1羽、銀貨2枚、全部で6枚でいいな」
「はい」
「食事はどうする」
「夕食は外で、朝食はここで」
「追加料金は無しでいい。2階の右端の部屋に泊まれ」
「わかりました」
階段を上がって右端の部屋は簡素なベッドがあるだけだった、
「俺、ここでやっていけるか不安になってきたよ」
「マスター、王都ならここより進んでいるんじゃないですか」
部屋に入って、窓際から外を見る。窓にガラスはなく、閑散とした町並みが目の前に広がっている。
テーブルも椅子もないので、部屋で食事はできない。
「そうであって欲しい。夜、虫がいっぱい入ってくるな、これ」
「マスター、これからどうするんです。外に食事に行くんですよね」
「お酒が飲みたい」
「マスターはかなりお好きだったようで」
そうなんです、オジサンは我慢できません、晩酌はかかさずである。
「しかし街頭なんかないですよ。夜は真っ暗です。見えなくなりますよ」
「でも改造したんだろ、見えるんじゃないの」
「……マスター、忘れてました。暗視もできました」
お前、AIなんだろ、忘れることあんの。
突っ込みたいが、止めておく。
階段を下りて宿を出る。この町には酒場が2軒。
宿主に勧められた酒場に入ると、もう10人くらい男達が騒いでいた。
閑散とした街の中で酒場は、にぎやかで人気の場所らしい。
からまれると怖いので、一番距離が取れる席につく。
まだ15歳だからね。
「いらっしゃい」
「食事とエール、エールは後で」
宿主に一番の美人だと教えられたお姉さんを見て、少年はドキドキしている。
しばらくして運ばれてきたパン、肉、スープを食べ終わると、エールを持ってきてくれた。
代金、銀貨1枚渡す。
「あの人たちは冒険者かな」
「ちがうわよ、こんな所にはめったに来ないわ」
彼女は冒険者にあったことあるんだよね。
「でも結構早くから酒場で飲んでるじゃん。農民じゃないでしょ」
「農民よ。今の時期は暇なんでしょ。ここにはギルドもないし」
「そうか、見たことないから、てっきりそうかと」
エールは予想通りあんまり美味しくなかった。日本のビールが恋しい。
ちなみに少年の記憶に飲酒はないので初体験だ。
喉が渇いていたので、すぐに半分飲んでしまう。
「どこから来たの」
お姉さんはすぐ戻らないでくれた、ありがたい。
「冒険者になるんだ。ガーラ村から出てきたんだ」
「そう、どこに稼ぎに行くのかしら」
俺は一気にエールを空ける。
「王都に行きます。ねえ、お酒ってほかに何かある」
「ワインとバーボンはあるわよ、銅貨50枚」
「バーボンと……あとチーズとかハムとかない、つまみたいんだ」
「チーズとハムは銅貨20枚で40枚よ」
銀貨1枚を渡しながら、チップを渡していないことに気づいた。
お姉さんはすぐにバーボン、チーズ、ハムを持ってきてくれた。
銅貨10枚もテーブルに置いてくれる。
「お釣りはいいよ。とっといてよ、チップだね」
「マスター、チップは変換できないので直接出力です」
「あら気前いいわね」
うれしそうな顔でさっさとしまう。
彼女にはこいつの声は聞こえない。
「あれ、間違ってるのかな、そう聞いたんだけど」
お姉さんは少し怪訝な顔で「何のこと」とつぶやいた。
少年の言語野にはチップに該当する言葉は存在しない。
俺も高校生くらいまでチップなんて知らなかったし、米国の常識だったな。あとはバーニーちゃん。
「僕が聞いた酒場の常識さ。実は初めて酒場にきたんだ。
それに冒険者の常識もわかんないから、酒場で冒険者に聞きたいと思ってたんだ。
税金はどこで払うんだろうとかね。お父さんは狩人で村長に分割払いしてたけど……」
「あきれたわね、あなたいくつ」
「15歳」
「そう、わたしだって冒険者じゃないから、そんなに知らないわ。
だけど冒険者は税金を冒険者ギルドで払うわ。平民は金貨5枚、冒険者も同じよ。
この国は王様、貴族様、士族様、平民、奴隷の5つがあるでしょ。
平民は王様、貴族様、士族様に税金を払う。奴隷は払えないわ。持ち主が払う。これは知ってるの」
「知らなかった」
少年は奴隷に会ったことがない。
「マスター、いいですね。もう少し聞いて下さいよ。魔法のこととかも」
もう少し聞きたいが、彼女はそろそろ戻るタイミングだ。
バーボンを一気に空ける。
「ワインも飲んでみたいな。チーズと干し肉にしようかな」
「大丈夫なの。お酒、初めてなんでしょ」
「美味しいですね、もっと飲めそうです」
銀貨を1枚渡すとすぐにワイン、チーズ、干し肉を持ってきてくれた。
「ひょっとして、前払いとか思ってる」
思ってました。現地の人、算数できない人が多いと思ったんだよね。
だから都度払いかなと。
「酒場は後払いよ。だってそうでしょ、銅貨を毎回何十枚も数えてたら大変じゃない」
「すいません、面倒をお掛けしました、これからは後払いで」
「チップというのは知らないわ。きちんとお金を管理しないと奴隷に落ちるわよ」
少しお怒りである。
「なんで奴隷に落ちるの」
「前に来た冒険者はね、1日銀貨10枚は稼いでいるっていってたわ。武器の剣は金貨1枚で、年に少なくと5回は買い換えだって。
それに家がないから宿を借りてるとも」
そこでお姉さんは少し考えて
「単純計算すれば、わかるじゃない。年に金貨36枚、武器が金貨5枚。1泊銀貨3枚くらいだとすると月90枚。
年に金貨11枚でしょ。年収は手取りで20枚よ。でもそんな筈ないじゃない。見栄はってるでしょうし。
他にもお金はかかる。農民、狩人と大して変わんないわよ」
おう、さすが暗算ですらすらだ。少年は算数は駄目だった
俺は実は戸惑っている。
少年は村の少女の記憶はあるが、女性と接触をほとんど経験していないので興奮しているのだ。
俺は一通り酒も女も経験している。酒場の女なんて、ちょっとくらい綺麗でもどうってことない筈なんだが。
「その人はいくつでした」
「20歳でレベル20だっていばってたわ。お父さんの方がよっぽど稼いでるわよ。家だってあるし」
お姉さんが胸をはる。ちょっと小さめか。
少年がやっぱりドキドキする。
「酒場って儲かるんですか」
「ここは田舎よ。たくさん儲かってるなら自由人になるわ。それに自由人は税金が金貨12枚。ここでは無理よ」
税金が平民の2倍以上って、富裕層だね。何か特権があるのかな。
「あのね、20歳の冒険者がそんなもんなのよ。冒険者は命がけでしょ。怪我もするじゃない。
あなたみたいな若い子は気をつけなきゃ駄目。大人になって税金払えなかったら、借金奴隷に落ちるんだから。
無駄遣いは控えなさい」
お姉さんはテーブルに手をついて忠告してくれた。
「新人の冒険者の半分は奴隷になるって話もあるのよ」
ありがとう。
感動が心を満たしている。心の中でうなづく。
素直にそう思える。これは俺ではない。
今後、少年の意思にかなり影響を受けるな。
「大変なんですかね、やっぱり。少し自信がなくなってきたなあ。でも稼げる人もいるって聞きましたよ、魔法を使える人とか」
ここで店内にいた8人がお帰りだ。
お姉さんはぱたぱたとお見送りに行ってしまった。
お店はもうガラガラだ、もう少し話せるんじゃないの。
「マスター、彼女、帰ってきてくれますかね」
「後片付けでしょ。暇になったら、来るんじゃない」
「冒険者のレベルって年齢ですかね、そんな訳ないか」
「お前、AIなのにそんな思考するの、変じゃない」
「マスターのお国の言葉だったら、あいまい機能ですかね。実装されてます」
「今の会話は日本語だよね、ほんと、俺の頭どうやって切り替えてるんだ」
俺は耳も改造されている。こいつの声は耳の中で聞こえる。
音声で会話をしているんだが、こいつらの技術なら音声なしでも意思を伝えられる筈。
だから「なぜ会話が必要なんだ」と聞いたら、無声会話だと、協力者が高確率でうつになるのでと説明された。
おかげで俺は周りから見ると痛いぶつぶつ人間だ。
忌々しい。がつがつとつまみを口に運び、ワインを飲んだ。
ワインを空けたら、すぐお姉さんがやって来た。
もう一杯バーボンをお代わり。
「魔法は見たことがないわ。でも貴族様は魔法を使えるそうよ。平民はめったにいないそうよ」
「マスター、奴隷のことも聞いて下さい」
「僕、奴隷も見たことないんですよ」
「見分けつかないわよ、この辺にいても。だって目印がないもの。奴隷の財産は持ち主のものよ。
だから持ち主が人頭税の金貨1枚を払うの。そうそう、貴族様なら奴隷にエルフがいるわね。エルフは魔法使いよ」
酔っ払ってきたので、お勘定。
少年が下戸の体質ではなかったので、とっても満足。
かなりいける口だね。
銀貨を2枚、お姉さんの手に握らせて店を出た。
ドキドキする。
「あとはチップ」
「あんた、人の話を聞いてたの。気をつけなさいよ」