ガーラ村
30分くらい歩くと小さな集落が見えた。
なんかしきりに話しかけてきたが無視してた。ずっと少年の記憶をさぐっていたから。
少年の意思も感じられるのは不思議な気分だ。
ずっと気になっていたことをたずねる。
「俺、こっちの会話は大丈夫かな。さっきまで日本語しゃべってたんだろ」
俺が知らない言葉をしゃべるので、少年はとまどっていた。
「ああ、やっとお話していただけました。聞いてましたか」
「聞いてなかった」
ひどいな、俺。
「マスター、この子の言語野で声帯に変換しますから、大丈夫です。自動切換えです。
でも、これからは現地人との会話はこちらの言語に固定します。よろしいですね」
そんなの欲しかったな、英語苦手だったんだよね。
親父の口癖は「これからは英語だ」で聞くのが嫌だっだな。
「語彙はどうなるの」
「現地語に該当する単語がなければでません。口パクですね、あるいは直接出力です」
かっこ悪い。
「マスタのお国の“こんにちは”はないみたいです。会釈はするみたいですが。“こんにちは”を直接出力しますか」
「止めとく」
翻訳が少し気になったので聞いてみる。
「俺がここガーラ村を、例えば銀座だと認識して、銀座と発声したら、実は現地名のガーラ村に自動切換えするって事?」
「……マスター、少年が王都と呼んでる場所の地名、行ってみないとわからないですよね。
もしそこを銀座と取りあえず呼称して、現地にいったら、ダラスという地名だった場合、我々の翻訳システムは以後、
銀座と発声したつもりでも、実際はダラスと発声することが可能です」
おお、正確な地名を覚える必要がないってことか。
「少年の言語野に俺の言語野が加わって2つに分かれているのかな」
「マスター、ご明察です。そのような認識でほぼ正解です。
あらかじめマスターが持っている地理情報の地名を、この国の場所に付けて置けば翻訳システムが勝手に発声します。
でも違和感が残りますが」
「どうやって、現地語を解析したんだ。会話をしないとわからないだろう」
「地球の常識だとそうなりますか。そうですね、我々は少年と会話をしました。本当の会話ではありません。例えるならば言語野と言語野の会話です」
凄い技術なんでしょうね。
「マスター、少年の会話はこの世界では未熟でしょう。ですから知識レベルの高い人間と会話して下さい。
そうすれば、翻訳システムはどんどん向上します」
少年の集落は通り過ぎることにする。
6時間も歩くと、宿屋がある大きな集落に到着できるらしい。
そこを目標にしよう。
「今日は村を出て宿を取るつもりだ、さっさとここを出よう」
「了解です」
移動中に村人にはあったが無視した。
この集落は農業中心、この辺りの集落は全てそうだと記憶がある。
親子は獲物の肉を売ったり交換をしたりしていたらしい。
この辺りの作物は麦と野菜で、ここは平和でいいところだそうだ。それに魔物が少ない。
ガーラ村を出るときに、急に悲しくなった。少年の感情が突然流れ込んできたから。
年上の少女との記憶があったが、その少女は今ここにはいない。
涙がこぼれている。不思議な感覚だ。
「マスター、どうしました」
「少年の感傷だな、思い出もあっただろうし」
オジサンになってから涙もろくなった。その影響もあるかもしれない。
「なあ、少し頭の整理をしたい。現在把握している事をまとめてくんないかな」
「マスター、了解です。でも何から行きます」
「任せる」
「この惑星の大陸は魔素の森で8割は覆われてます。魔素の濃い場所には人間は見当たりません。少ないです。
人間の分布状況から、ここが国であると予測してるわけですが……」
こいつの会話はまるで人間そのものだ。間を取ったりもする。
「少年の記憶では、この国は王制です。で北に王都でしたか。予測では王都地域までは400キロ以上あります。
大規模な建築物がありますから。城下町に入るまで徒歩で20日はかかりますかね」
「この国のおおまかな地形、面積とか規模を知りたい」
「マスター、おおまかに日本の都道府県地図に例えましょうか」
「まあ言ってみて頂戴」
「マスター、ここは神奈川の南端です」
「さびれたな、神奈川」
「王都は群馬にあります。東京、埼玉を通過して移動することになりますね」
「群馬、凄いじゃん」
「残りの県は千葉、茨城、静岡、愛知、このあたりに人間がいると思って下さい」
「そうなんだ」
「近くの国はそうですね。九州、北海道に、日本海と中国、ロシアは全部魔素の森です。イメージ沸きますか」
「少しだけ」
「実は愛知にも大規模な建築物があって人口もありますけど」
「この国の人口予測は」
「5000万くらい」
「人口過密じゃん」
「マスター、おおまかな位置関係の例えです。千葉、茨城、愛知、静岡は結構大きいです。あと南は海ですね」
「了解、もう地理は終了。お金や政治の話は」
「税金は人頭税が確認されています。金貨5枚だから、年間50万円ですかね。父親は村長に分割で払ってたみたいです。
冒険者も農民も狩人も同じ金額だそうです。あとは奴隷制ですか。税金を払えなければ奴隷に落ちる、マスター聞いてます」
「聞いてるよ、税金40%と仮定すると年収120万くらい。月収10万か、ぞっとするね」
でもポルポトのカンボジアよりはましかな。
俺が戦後直後に行った時は、月収30ドルの家庭があったし。
「でも納得できますね、所持金から」
まったくだ。全財産がこんなもんだしね。貧乏だっだんだろうな。
少年が魔法袋を手に入れることは一生なかったのかもしれない。まあ俺は大丈夫だけど。
これからどうしようか。
しばらくは草原が続く。
この国は結構裕福なのかもしれないな。
奴隷制はきっとあたりまえだ。地球だって20世紀まで存在した。
石油とか石炭が採掘されるようになったら、産業革命が起こって、王制が打倒されるのかね。
「マスター、会話しましょうよ、こちらも不安なんですから。沈黙こわいんですよ、なにか怒らせたかなとか」
悪かったね。
「すこし狩りをしてみよう、この辺はウサギがいるみたいだしな」
「マスター、いいですね、ぜひお願いします」
この身体の性能を知っておきたい。
「ウサギを売って情報収集だな。ウサギなら2、3羽持っても重くないかもしれん」
「我々の生体技術、確認して下さい。サポートは万全です」
「……」
俺はこいつに改造された。
俺は仮面●●ダーで、こいつは○○○カーだな、例えが古いか……いずれ戦うことになる?
ちなみにレーダーは本当だった。脳裏の平面地図に点々とターゲットが表示される。
「点々がウサギ、それとも動物」
「そうですね、今はウサギです、レーダの捕捉対象はマスターの意思で決定されますから。種類は色と形状で変えてますね……」
「俺が欲しいなという情報が表示されんだ」
これはすばらしい。弓を構えて左前方に走る。脳裏ではターゲットまで50メートル。
でもどこにいるかわからん。ウサギは身を潜めてるだろう。
「どこにいるかがわかるのは素晴らしいね。でも視認できない」
「マスターの目、改造されてます。そうですね、望遠レンズにもなってますよ」
なるほど、目をこらすと見えてきた。
少年の記憶では30メートルくらいで射るみたいなので、もう少し近づいて弓を引いた。
少年の意思に身体をまかせる。
びゅん。
ウサギに命中。
「マスター、お見事です」
「俺は感動している」
少年の腕前は素晴らしい。地球で俺は散弾銃を撃ったことはあるが獲物を取ったことはない。
オジサンでは絶対無理だ。ウサギは30メートルまではほとんど逃げない。時間をかけずに3羽狩った。
レーダーのおかげで接近、射るで終わり、簡単な作業だ。
ウサギは地球のものより一回り大きい。
リュックはかなり重くなった、もう入らないかもしれない。
これからは紐で縛って抱えるか。
「これでレベルって上がるのかね」
「さあ、冒険者ギルドの道具で測るそうですからね」
「おたくの世界でレベルって測れたの?」
「体重や身長なら。マスター、大体ギルドで何を測定しているか全く不明です。要調査です」
もっともだ。
それも調査目標でした。