深い森の女神の憂鬱
何が書きたかったって、運命の人たちがその瞬間、その場所で巡り会うって本当に奇跡だなって。
太陽の輝く大国。
この国には伝説があった。
《3000年に1度だけ女神が現れる。
人々に何をするでもなく女神は深い森の奥深くで目覚め、森を再生させる。
全ての再生を見届ければ再び眠りにつく》
その姿を見た者は森の虜となり文字通りの帰らぬ人となる。
そして太陽の輝く国バスタ王国3000年、彼女が目覚めるのは今日。
一般的に人間への影響はないが王家や貴族への影響は甚大である。
女神の影響なのかその時代のその王国は必ず幕を閉じるのだ。
幾人かはいつの時代も未知の存在に焦がれ恐怖し森へと姿を消す。
好奇心、研究対象、冒険、金儲け、裏家業、主の指示、その他諸々。
人の数ほどある利己的な理由で人は足を踏み入れる。
そして、3000年に一度あるお触れが必ず出る。
『女神を殺せ』
王族の声が国中に響き渡った。
森の奥深く・・・
彼女は朝日と共に目覚めた。
とてもかったるいといった様相で森に話しかける。
「おやすみなさい」
『森を修復しろ!3000年も寝てまだ寝足りないか馬鹿娘』
「・・・でもね、私。あと少しでイケメン大天使様と恋に落ちるとこだったの」
『目を覚ませ(激怒)』
どっちの意味で?そんなセリフと共に彼女は母なる森に聖堂から投げ出された。
人間にすれば16の年の頃だろうか何処かあどけなさが残る彼女は間違いなく伝説の女神。
薄い緑の神に茶褐色の瞳。
薄い絹のワンピース1枚で白い肌を曝け出しながら家を追い出された。
「目覚める度に扱いが酷くなる気がするわ」
そんなセリフを吐きながら朝風呂のため湖を目指す。
そう遠くはない歩いて5分で着くはずの湖は10分歩いてみるも、周辺をグルグルしても見当たらない。
かつて湖と呼ばれたそこにあるのは沼だった。
「くっ!環境汚染だわ。3000年前は確かに此処が湖だった」
悔しがりながら久しぶりの森を散策する。
「ここまで月日が経つと起きる度に森を確認しなければならないから面倒だわ、地図くらい作って欲しいものよ」
そして、
ガサッ、
「・・・お前、誰だ?」
人に出会ってしまった。
「・・・」
獣道、お互いが草を分けた瞬間の事だった。
お互い見つめ合ったまま固まること数分。
やがて相手が口を開く。
「迷子か、お前こんなとこにいちゃ危ない!!付いて来い、森から出してやる」
「え?無理。私、この森を修復しなきゃ」
「へぇ、偉いな。番人の娘か??でもダメだ。伝説の女神が目覚める。この森はすでに立入禁止警戒区域になっている」
「禁止区域って、誰が決めたのよ」
「俺だ」
「あんた何様よ」
ちょっとチグハグの会話だがお互いにお互いの正体に気付いていない。
方や伝説の女神。
この国では少しありふれたカラフルな髪色と瞳。
方や実は一国の王子である。
真っ暗な闇を思わせる黒い髪と瞳。
どちらかと言うと悪魔よりの容姿。
「あんた悪魔ね」
「見た目で人を判断すると痛い目見るぞ」
「見た目通りよ」
雲行きが怪しくなるくらい険悪な雰囲気漂う中さすがは一国の王子。
民だと思っている少女のこれからの安否を気遣い思案する。
「・・・おい、ちんちくりん。とりあえず森の入口の小屋へ来い」
「モリーに怒られるわ」
「モリー?」
「母なるモリーよ」
「あー母上か」
母なる森の存在はいかなる者にも話してはいけない。
何故か偶然とは言え王子は勘違いをした。
手を引かれしぶしぶ王子の後を付いていく事になった女神。
「お前、名前は何だ?」
「知らない」
「名前がないのか?母上はいるんだろう!?」
「母なるモリーは私を呼ばない、呼べない」
「呼べない?」
「私はモリーより偉い」
「あー、手を焼く娘か」
「・・・名前を聞いたんじゃないの?」
「着いたぞ」
暗い森を抜け少し開けた場所に小さな小屋が建っていた。
「いつの間にこんなものを・・・」
思わずと言う言葉が口をつく。
「ここは歴史が古いぞ、3000年前建国された折に女神の眠りと共に番人を設置し作られた」
「人の迷惑顧みずね」
「迷惑?お前は本当に可笑しな女だな、女神の代わりに守ってきたんだ」
「守る為にする破壊は正義と?恥も外聞もなく良く言えたもの」
「・・・なるほど。俺たちの傲慢な行いだったか」
「知らない、私には関わりのない事よ」
空を見上げれば茜色に染まり夕暮れを知らせていた。
森も危険な上に街に行くには距離があり過ぎる。
然りとて彼女は受け入れ難いその建物を絶対零度で見つめている。
「・・・冷えてきた、傲慢な象徴かもしれんが寒さを凌ぐには丁度良い。紅茶を淹れてやろう」
「番人は?」
「田舎が嫌だと今は街に住んでいる。だから俺が貰ったんだ」
簡素な扉を開け中へ促すが彼女にとっては嫌悪感の塊のそれにおいそれと入るわけにもいかず、
それでも冷えてきた空気を言い訳に中へと入る。
明るく暖かいパチパチと弾ける暖炉にコポコポッと耳障りの良い紅茶の淹れたての音が心を少し落ち着かせた。
初めて見るクッキー、マカロン、ケーキと言う個性豊かなお菓子からは甘い匂いに誘惑されるが手を伸ばせず戸惑うばかり。
「あー、名前を名乗ってなかったな。俺はウィラン、この国で希望って意味だ」
「何ですって!!私たちのアイドル大天使様の名前だわ」
夢にまで見た憧れの大天使の名を持つ青年に目を輝かせた。
「なるほど、お前はこの国の者ではなかったのか、大天使・・・光栄だな」
「悪魔には似合わず尊い名前だわ」
「サラッと失礼ブチかます奴だな。お前も名前がないのなら・・・あー、俺が大天使ならお前は女神の名前にしたら良い」
「女神の名前?」
「我が国では伝説の女神がこの土地を守っている、いつからか勝手に人間が付けたんだが[クラシック]と呼んでいる」
「クラシック・・・」
「意味は古の言葉で再生だ。どうだ?気に入らないか?」
「ネーミングセンスに欠けるわね。エリザベスとかクレオパトラとかマリーアントワネットとか思いつかないものかしら?」
「どこの女王だ、お前は」
「それに、さっきから、女神って何なの?」
「・・・知らないのか?」
「知ってたら聞かないわ」
身も蓋もない答えにウィランは困惑する。
伝説の女神と言えばこの国の伝承だが世界広しといえど有名な話だったからだ。
再生をテーマに国教にする国があるほど。
どんな辺鄙な町であっても耳にはするはずだった。
先ほどから話をしていて何も知らな過ぎるところや深い森にいた割に薄い着衣、布きれ1枚に違和感を感じずにはいられない。
思い当たる存在にしては若過ぎるし、もしかしたら・・・
「クラシック、お前・・・」
「・・・?」
「妖精か?」
・・・・・・・・・
数分の間。
顔をボンッと音を立てて爆発しそうなほど真っ赤にさせたクラシックが口をワナワナさせていた。
「はっずかしぃ事言わないでよ、存在しないモノを平気で口にするなんてどんなメルヘンな育ち方してんのよ!!」
「はぁ?!俺だって口にしたかねぇがこの世界の常識を知らないちんちくりんって言ったら魔の者か架空の精霊くらいだろぉ??」
「魔の者はあんたでしょ」
「ひっはるなっ!!」(引っ張るな)
ウィランは頬を思い切り引っ張られた。
この世界に女神は存在すれど精霊の類は幼児でも理解できるほど存在しない物語の喋る犬とか長い靴らしきものを履く猫ほどの認識だった。
ゴォォオオ。
ヒョオオオオ。
少し体が温まった頃、突如吹いた強い風が窓をガタガタと揺らす。
「ん?・・・なんだ?この森にこんな風吹いた事ないぞ?」
変な緊張感が部屋を包み込む。
クラシックの顔が張り詰めていく。
「・・・終わる」
「どういう事だ?」
「森が終わるのよ」
「・・・終わる?」
「この森は3000年に1度必ず終わる、深い森の聖堂を除いて全てが朽ちる。それから半年かけて小さな魂を受け継いで再生させていくのよ」
「3000年前の歴史か、なるほど、その文献や資料は俺たちとは随分違うんだな。女神の存在を知らないのはその為か?」
「何の話?」
「でも、その自論だと女神の存在意義は?森が勝手に再生するのか?」
ウィランは考え込む様にブツブツと言い始め大きな1枚の古めかしい紙を広げた。
そこから2人の会話は途切れ唸る森の声だけが聞こえてきた。
クラシックは静かに目を閉じ涙を流していた事を1枚の古く大きな地図を眺めるウィランは気付く事はなかった。
彼女は知っている。
この種族の時間は短い。
瞬きする間も惜しいと感じた数千年前。
見た目年齢13の頃。
『悪魔っ!!』
『相手を見た目で判断すると痛い目見るぞ孤独な妖精』
『見た目通りね』
目覚めて水浴び用の湖を求めての事。
少し森の入り口辺りまで来すぎた少女は驚いた。
その存在は知っていたが自分には関わりのない者たちだと思っていた。
[人間]
母なる森に聞けば彼らは共存を求めず破壊をもたらす恐ろしい種族だと言った。
同時にその因果かとても短命だとも教えられた。
何故かひたすら森に通い彼女に会いに来る男と共に森が唸りを上げ時間をかけ終わる姿を見た。
『おい見ろ、あんなに素晴らしい緑豊かな要塞が朽ちていく』
好奇心だった。
『私が目覚めたから』
彼に関わった事は。
『・・・なるほど、お前は森の死の立会人か』
『立会うわけではない、私が森を・・・殺している』
『お前は自分を否定するのだな。生と死は隣り合わせだ、古き良きものが居座り続けても意味はない。死と同じだけ生はある、見届け再生させるのもまたお前の役目なのだろう』
時間をかけ朽ちる森の奥に彼は聖堂を作り始めた。
未完成だが幾重にも重ね結界を張り森の影響を受けない様に施し、そして彼女を[クラシック]と呼んだ。
『クラシック?』
『あぁ、良い名だろう?意味など知らなくても良いがお前にピッタリだ』
太陽の様な微笑みで彼女に捧げた聖堂と名前。
『ネーミングセンスがどうかしている。エリザベスやクレオパトラ、マリーアントワネットに改名する』
『どこの女王様だお前は』
呆れつつも笑いかける彼に何故か心が軋んだ。
重ねる日々が募れば募る程に、彼女の為と聖堂を作ると宣言した時も名も無きこの存在に名を付けられた時も・・・心が軋んだ。
その意味を知るのは3000年後、完成した聖堂で目覚めた時。
手元に添えられたボロボロの手紙には・・・
『孤独な妖精クラシック、重ならぬ時の中で君と共に永遠であろう・・・名も無き悪魔より』
ガタンっと椅子を鳴らしクラシックが立ち上がる。
「帰って、森は朽ちる。この建物も時期に崩れ落ちるわ」
「・・・え?ダメだ、この建物には俺を知る為の物で溢れてる。手離せない」
己を知るもの?と周りを見回せば何故か懐かしい匂いがした。
数千年の時は経ってるはずなのに見た事もない物が主張してくる。
名も無き悪魔は約束を守っているぞ!っと。
そこで気付く、思い出さずにいた過去が戻って来た理由。
「あなたの髪や瞳は先祖返り?」
「・・・な、ぜ?」
大きく見開いた瞳の動揺は答えだ。
「その地図は、私の物よ。私の、名も無き悪魔にあげた物」
「名も無き悪魔?だから、俺は魔の者じゃ・・・」
「彼のが数十倍はイケメンで発言に品を感じたから気付かなかったわ」
「悪かったな」
暫く顔を伏していたクラシックが晴れやかに答えた。
「もぅ、いっか」
ニコッと満面の笑みで何もかもを放棄した。
意味を知るのは数週間もすれば理解した。
「ここは再生しないのか?」
ウィランが荒野を見つめ問う。
かつて森があったそこは今や聖堂を残して草一つない場所と化していた。
「私が眠るのを止めたから時間が止まったの」
「・・・あー、なるほど、お前が伝説の女神か」
ちなみにクラシックは聖堂を作ってくれた彼には恋をしてません。
してたとしても永遠に気付きません。
逆に彼は、生涯独身を貫きます。
ウィランの祖先ではありますがウィランは彼の兄弟の血筋です。
時代や時間を超えても人は変わらず森もまた変わらずあり続けるが、いつかは終わる。
そんな世界の小さな一幕。




