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無慈悲な侵略に震えろ

 ヴェルムートは絶句した。魔王城外観に広がる爽やかな香りにめまいがする。

 ふらつく背中をジャンヌが支えた。何ぞこれ。呟きは口内にとどめて、現実の直視を試みる。

 事の始まりは、再び届いた吸血鬼からの手紙である。

 留守番を任せた兵が、三人ともやられた。そしてその手には手紙。デジャヴ。

 ジャンヌが調べても何の呪いもかかっていない。だが、不幸の手紙に違いない。

 開けて読んで、今度からは燃やそうと心に誓う。その手紙の内容をまとめると、こうだ。


*****


 拝啓 魔王ヴェルムート様

 

 暑い日が続きますが、いかがお過ごしですか。

 我々無神教におきましては、先の襲撃への怨恨が根深く残っております。

 だから、魔王様。覚悟はお済みですね。

 お城の外観に、涼しげな緑が足りないと思いませんか?

 僭越ながら、再び緑を贈らせて頂きます。外観をご覧下さい。


 敬具 無神教教祖シューニャ


*****


 またかよ! 悲鳴に似た怒号を噛み殺し、慌てて外に出れば、これだ。

 暴力的なまでの群生する緑と、清涼感溢れる爽やかな香り。

 薄荷だ。


「良い香り」


 嬉しそうなジャンヌの声が聞こえる。確かに、好ましく感じる者からすれば良い香りなのだろう。

 だがヴェルムート的には御免蒙りたい香りである。刺激的なので昔から苦手なのだ。


「俺はこの香り無理だわ。抜いても良いだろ?」

「良いけど、どくだみの時と似た状況だね」


 そうだ。この状況もどくだみの時と似ている。と、言うことはだ。

 素早くぶちぶちと薄荷を抜いてみる。すぐ生えた。ぽんっと。ぽんっと!


「やっぱりか――!!」


 弾ける薄荷の香りの中で絶叫する。これはどんな呪いだ。

 俺が何をした、と叫びだしそうになったが、心当たりが多過ぎたので口を閉じる。


「くっそ、やっぱり生えやがる」


 めげずに再度、薄荷と向き合う。ぶちぶちと、先ほどより丁寧に摘んでいると、


 哄笑。


 手が止まる。声が聞こえたのは、背後。そう、背後だ。自分のすぐ後ろ、手の届くところに、奴が。


「無慈悲な侵略に震えろ!」


 吸血鬼からの宣戦布告を認識。振り返りながら拳を握る。その顔面に、拳を。

 その勢いを展開された転送魔法陣が殺す。まばたきひとつで吸血鬼は消えた。侮蔑の笑みを残して。

 舌打ちひとつ。


「どうしたの?」


 ジャンヌの声がする。彼女は前回も今回も、吸血鬼とのやり取りを認識していない。

 自分の被害妄想なのだろうか。くしゃりと髪を掻き回せば、手についた薄荷の香りが漂った。助けてくれ。

 だが自分とは対照的に、自力で抜いた薄荷の束を抱えたジャンヌは笑顔だ。


「お菓子作りがはかどるよ!」


 お菓子。そうだ、この草は食用だった。この前のどくだみは苦くて、消費するのに苦労したのだが、その恐怖再びなのか。


「料理には入れるなよ」

「えー」


 すかさず釘を刺せば、ジャンヌが抗議の声を上げた。

 何でこんなことを言ったかといえば、以前、レティシアが作ってくれた料理で、ラムチョップローストに薄荷ソースをかけたものがあったのを思い出したからだ。

 ソースがどうしても食べられず、肉だけ食べたのを覚えている。それから二度と、彼女がこの料理を作ることはなかった。

 あの時きちんと食べていれば良かっただなんて、今さら思っても遅いというのに。


「えーじゃない。俺、薄荷苦手なんだよ」

「そうなの? ソースにして、ラムチョップローストにかけると美味しいんだけどなあ」


 絶句する。心でも読まれたかとも思う。だが、そんな術式はこの世界に存在しない。偶然だ。ただの。


「……どうしたの? 凄い顔してる」

「あ、いや、何でもない」


 困惑をごまかすように、頭をひと振り。


「じゃあ、試しに食ってみたいな。今度その料理作ってくれよ」


 恐らく、あの時食べられなかった味と、同じ味がするのだろう。

 何も知らないジャンヌは、分かった、と満面の笑みを浮かべた。

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