新鮮な肥料に種を添えて
シューニャは跳躍した。魔王城の屋上から、先日骸骨兵を撃ったテラスまで。吸血鬼の脚力なら、助走をつければ楽勝である。
装備品は、服の右ポケットに薄荷の種と魔王への手紙、左ポケットに固形蜂蜜。腰には二丁拳銃。
軽装だ。魔王城にカチコミするには舐めきった服装だよな、人間だった頃はもっと重装備で来たっけなあ、とひとり笑う。
斥候を頼んだ精霊によれば、魔王は今回もほぼ全軍を率いて留守。
留守番は、魔王城入口に大きめの敵影が三つ。
城内には悪霊の類がうようよしているらしい。
小賢しくも、侵入への対策を行ったようだ。少しだけシューニャは感心して、しかし鼻で笑う。
今代の魔王はアホだ。まず封じるべきは精霊だ。植物の隠蔽は精霊の力なくしては出来ないというのに。
部下の亜精霊に配慮したのかもしれないが、進軍中は彼女らを連れているのだから、留守中は精霊避けを行うべきだった。
まあ、常識的に考えて『精霊の好む男はマッチョ』『男の亜精霊は存在しない』のだから仕方がないか。
……男の亜精霊、ここに居るけど。シューニャは自嘲した。
シューニャは第三世代亜精霊の成れの果て、後天的な吸血鬼である。
誰かに亜精霊だとバレたらただでは済まないだろう。生まれる確率がゼロだとされた、希少種なのだから。
頭を振って溜息ひとつ。
繰り返すが今代の魔王はアホだ。何故城の入口に兵を置くのか。
魔王城に真正面から突っ込む輩など勇者しか居ないだろうに。留守中に謁見に来る者も居ないだろう、普通はアポを取る。
城内の悪霊は、場内侵入時の迎撃用だろう。あとは入口の兵がやられたあとの増援用か。城内に天候操作用の術式でも仕掛けたのか、曇天が広がっている。
重ねて言うが今代の魔王はアホだ。城内の増援は扉が開いているから出て来られるのだ。
扉など、閉じてやればいい。
「【扉を閉じよ 逃げ場を塞げ 二度と生かして帰さない】」
かつて人間だった頃に聞いた、魔王城に存在する全ての扉を閉じる呪文だ。
魔王城の扉は特殊な術がかかっている。閉じれば、物理的な障害を無視する幽霊でさえ通り抜けることが出来ない。
おそらく、先代魔王はこの手を使わなかったのだろう。今代以降の魔王はこの恐怖の呪文の存在を知らないまま過ごすのか。正直勿体ない。
絶対に勝てない相手に追いかけられている時に、目の前で扉が閉じる恐怖と絶望は半端ではないというのに。
轟音を立てて、全ての扉が一斉に閉じていく。
城門からざわめきが聞こえる。
良かった、肥料を心配していたんだ。シューニャはにやりと笑った。
喋れる、ということは、甲冑の下には肉がある。どくだみに根こそぎ奪われたであろう大地の養分も、その血肉で賄えるだろう。
ホルスター越しに、腰の拳銃に触れる。二対一ならともかく、三対一は少し分が悪い。
連射術式を使うか。ぼんやりと戦法を考えながら、ためらいなく、テラスから飛び降りる。
魔王城入口、敵影を確認。甲冑を着込んだ兵士が三人。いかつい甲冑の奴が隊長だろうと判断。
着地。
思った通り、いかつい甲冑を着込んだ兵士が鋭く叫んだ。
「貴様、何者だ!」
「シューニャです!」
鼻で笑って名を名乗れば、三人が揃って得物を構えた。
隊長が戦斧、他二人が片手剣。当たらなければどうということもない。なので先手必勝を狙うことにする。
二丁拳銃を引き抜き、銃身に刻まれた連射術式用魔法陣を起動すべく詠唱開始。
「【三千世界の神々穿ち】」
「させるか!!」
戦斧が振り下ろされる、だが、
「【屠り抜いても未だ足りない!】」
遅い!
術式起動。銃口に連射用魔法陣展開。そこから放たれる魔弾の名は、
《Crossfire Sequence》
引き金を引く。それだけでいい。
連射モードに変化した銃より連続で放たれた弾丸は、魔法陣により雨の如く複製され、甲冑兵を射抜いていく。
文字通り、蜂の巣だ。
銃弾のうち、何発かは甲冑の隙間から中に入ってしまったらしい。肉を穿つ嫌な音が響き渡って――
数秒後、ごとりごとりと、甲冑が崩れ落ちる。だくだくと流れ出す血液に、シューニャは満足げに笑った。
「姉妹よ、精霊達よ。僕の声を聞いておくれ」
高らかに精霊語で歌えば、何事かとばかりに精霊が集う。
「母なる大地に、生贄を捧げよう! その命の雫を、この魔王城の土へ行き届かせて」
くるりとターンして、シューニャは薄荷の種を撒いていく。
歌いながら、シューニャは動かない甲冑兵に手紙を握らせた。
「あと、前に育てた花のように、秘密の草を育てたいんだ。魔王がこの手紙を読んだら、それが合図。一斉に生やして」
手紙を握らせるついでに、薄荷の種を甲冑の中に入れていく。
合図をすれば、死体から芽吹くだろう。
「お礼は蜂蜜だよ。ついでに、家に帰して欲しいな」
ぽぽん、固形蜂蜜が三個、宙を舞う。了解したとばかりに、宙に魔法陣が浮かぶ。
「【扉を開き歓迎しよう 新たな贄の訪れだ】」
証拠隠滅のために唱えられた、全ての扉を開ける呪文を残して、シューニャの姿は消えた。