追撃は未だ終わらず
シューニャは安堵した。重体者達が全員、命の危機を脱したからだ。
それもこれも魔王城に生えた大量のどくだみを大量にくすねて加工、信者に使わせたおかげである。魔王城の広大な土地に感謝。
しかも、加工したものを近隣諸国に持ち込んだところ、かなりの儲けになってしまった。笑いが止まらない。
儲けた分は砦の修繕資金にしよう、と思っていたらユーリが全部綺麗に直してくれた。見返りは給料の値上げのみ。欲のない男である。
砦が直ったことを確認し、ふらりと庭を散歩していると、セレネイドを見つけた。彼は一礼すると、
「怪我人達に、どくだみ風呂が人気です。傷の治りが早くなるとか」
機身兵である彼には無縁な話ではあるが、信者が喜ぶ姿は見ていて嬉しいのだろう。声が弾んでいる。
「しかし、一体どこから、どくだみの調達を行ったのですか?」
セレネイドも遺跡のことは知っている。その広さも、生える薬草の量も。
いくら際限なく生えてくる薬草といえど、生える領域自体は狭い。
ちまちまと刈った量ではないことが分かったのだろう、顎に手を当てたその姿は、説明を要求している。
だからネタばらしだ。
「家庭菜園って、楽しいよね?」
セレネイドは即座に、その真意を弾き出す。
「……なるほど」
それが復讐ですか、と続ける機身兵に、鬼は笑顔で応じた。
だが残念なことに、魔王軍と自分の熱心な収穫作業により、除草剤を撒かずして魔王城のどくだみは駆除されてしまった。
「でも足りない。まだ足りないぞ。三人も殺してくれたんだ、あと二回は泣かす」
「二回ですか」
「人数分だ、優しかろう? 俺はそこそこ寛大なんだ」
だが何を植えてやろう。これから暑くなるし、ジュースによし薬味によしな紫蘇でも撒いてくれようか。
いやしかし、生えると嬉しいだけのものを撒くのも癪だ。今代の魔王はアホだが、腹心は切れ者のようだ。美味しく料理されてしまうだろう。
おそらく、どくだみも美味しく頂かれているはずだ。女性の探求心は凄まじい。美と健康に関するものに対しては、特に。
それに追撃を警戒しているのか、魔王が中々出撃しない。魔王城に居る精霊達に状況を確認してはいるのだが……
「悪茄子は撒かないのですね」
ぽつりとセレネイドが零す。
悪茄子は、繁殖力が凄まじく、除草剤も効かず、有毒の実をつけ、害虫の温床となるとんでもない植物だ。植物テロという目的には適していると考えられる。
だがシューニャは却下だ、と即座に言い放ち、
「あれはただの毒草だ。家庭菜園なんだから、あとで収穫出来る薬草縛りで行くぞ」
「承知致しました」
しばし逡巡し、セレネイドは弾き出した案を口にする。
「では、薄荷はどうでしょうか」
「薄荷」
「清涼感のある爽やかな香りで、良く増えます」
薄荷なら自室に品種改良用の種があったな。そんなことを考えている間にも、セレネイドは続ける。
「食べるにしても、好き嫌いが分かれます。それに、魔王軍の主戦力は死体兵のようですので……」
こしょこしょ、とシューニャに耳打ち。それを聞いたシューニャは、
「お前、邪悪だなぁ」
「貴方様には敵いません」
その返しに、くつくつと、愉快そうにシューニャは笑って、
「決まり。次は薄荷の種を撒こう」
「お気をつけて」
「先に犯行声明文書いておこうかなぁ」
機嫌よく砦に戻る主の背に、セレネイドは一礼した。