自然の猛威に跪け
ヴェルムートは後悔した。かの邪智暴虐の吸血鬼からの手紙を読んだからだ。
開封しなければよかったと思う手紙など、そうそうない。だが、今手元にある手紙は正にそのレア物であった。
読みやすい字で、慇懃無礼の髄を極めた文体で書かれたその手紙の内容を、ざっくり書くと、こうだ。
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拝啓 魔王ヴェルムート様
新緑がまぶしい季節となりました。いかがお過ごしですか。
我々無神教におきましては、先の襲撃の被害が深刻です。
それで、魔王様。覚悟はお済みですか。
新緑の季節だというのに、お城の外観が殺風景ですよね?
僭越ながら緑を贈らせて頂きます。外観をご覧下さい。
敬具 無神教教祖シューニャ
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外観が何だというのだろう。首を傾げつつ城から出たヴェルムートは、すぐにその手紙の意味を知ることとなる。
目の前に広がる、緑の暴力。
「何ぞこれ」
思わず呟いた。さっき帰って来た時には、こんなに草なんか生えていなかった。何だこの、白く可憐な花を咲かせる草は。
「あ、これどくだみだよ」
ひょこっと背後から顔を出して、ジャンヌが教えてくれる。
「薬草なんだよ。もう少し南の方で生える草だって聞いてたけど、ここでも生えるんだね」
薬草と言われても。
「こんなにモサモサしてたら邪魔だな、抜くぞ」
「あ、ちょっと待って」
ジャンヌの静止を聞かずに、ぶちぶちと適当に引っこ抜き――後悔した。
生臭いとしか形容出来ない臭気が、嗅覚を容赦なく襲う!
「ぐぅ……っ!?」
吐き気を催すそれに思わず鼻を押さえるが、素手で引っこ抜いたせいで手にも臭いが!
「くっせえ!!」
パニックを起こした脳内で絶叫する。何ぞこれ! どうしろと!
「それ、凄く臭いの。もう遅いけど」
遠巻きに見えるのは鼻をつまむジャンヌ。涙が出て来た。
「そして凄く増えるの。ほら」
ジャンヌが指さす先を見て、ヴェルムートは卒倒しかけた。生えている。さっき抜いたはずの、どくだみが。
「増えるとかそういうレベルじゃねえだろコレ!!」
絶叫。
そして自棄を起こして再度どくだみを引っこ抜く。抜いたしりからまた生える。すぐに。そう、すぐにだ!
「うわあああああああああああ!!」
臭い移りなど気にしている余裕もなく髪を掻きまわす。こんな植物見たことない。どうしようこれどうしよう。パニックのまま火炎魔法を詠唱しかけた、その時。
哄笑。
声のする方、魔王城入口のすぐ上、二階部分のテラスに目を向ければ、そこには、腹を抱えて笑い転げる吸血鬼が居た。
頭が冷える。背筋が凍る。目が合う。吸血鬼が嗤う。他人を、いや、魔王ヴェルムートただひとりを見下す壮絶な笑顔で。
「自然の猛威に跪け!」
「ッ!!」
頭に血が上る。瞬間、展開された魔法陣が、憎き鬼を掻き消した。
逃げられた。拳を握る。翼に力を込める。優先順位を書き換える。やはりあいつは最初に殴り殺す。
殺意を込めて、鬼の居た場所を睨みつけていると、
「お茶が沢山作れるよ!」
先ほどの鬼とのやり取りが幻のように、ジャンヌの弾んだ声が耳に届いた。少し落ち着く。
「……茶?」
「そう、お茶。体に良いんだって。あと入浴剤や、化粧水も作れるよ。これだけあったら女性陣大喜びだね!」
楽しそうに、嬉しそうに、ジャンヌが笑う。久しく見ていなかった、無邪気な笑顔だ。
彼女の笑顔を最後に見たのはいつだっただろうか。間違いなく、魔王討伐の旅に出る前……まだ、レティシアが勇者なんかじゃなく、普通の女の子だった頃だ。
「ねえ、燃やさないで刈ろうよ。無駄にはしないからさ」
ああ、その笑顔が、その弾んだ声が、レティシアに似ている。
その笑顔を見た瞬間、ヴェルムートの中で、どくだみに対する意識がさくっと変わった。
増えようが臭かろうが、喜んでるから、良いか。
「ああ、分かった」
「ありがとう! 刈ったらまとめて干さなくちゃね」
そしてひとり、胸の内でほくそ笑む。鬼め、今回は俺の勝ちだ、と。




