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自然の猛威に跪け

 ヴェルムートは後悔した。かの邪智暴虐の吸血鬼からの手紙を読んだからだ。

 開封しなければよかったと思う手紙など、そうそうない。だが、今手元にある手紙は正にそのレア物であった。

 読みやすい字で、慇懃無礼の髄を極めた文体で書かれたその手紙の内容を、ざっくり書くと、こうだ。


*****


 拝啓 魔王ヴェルムート様

 

 新緑がまぶしい季節となりました。いかがお過ごしですか。

 我々無神教におきましては、先の襲撃の被害が深刻です。

 それで、魔王様。覚悟はお済みですか。

 新緑の季節だというのに、お城の外観が殺風景ですよね?

 僭越ながら緑を贈らせて頂きます。外観をご覧下さい。


 敬具 無神教教祖シューニャ


*****


 外観が何だというのだろう。首を傾げつつ城から出たヴェルムートは、すぐにその手紙の意味を知ることとなる。

 目の前に広がる、緑の暴力。


「何ぞこれ」


 思わず呟いた。さっき帰って来た時には、こんなに草なんか生えていなかった。何だこの、白く可憐な花を咲かせる草は。


「あ、これどくだみだよ」


 ひょこっと背後から顔を出して、ジャンヌが教えてくれる。


「薬草なんだよ。もう少し南の方で生える草だって聞いてたけど、ここでも生えるんだね」


 薬草と言われても。


「こんなにモサモサしてたら邪魔だな、抜くぞ」

「あ、ちょっと待って」


 ジャンヌの静止を聞かずに、ぶちぶちと適当に引っこ抜き――後悔した。

 生臭いとしか形容出来ない臭気が、嗅覚を容赦なく襲う!


「ぐぅ……っ!?」


 吐き気を催すそれに思わず鼻を押さえるが、素手で引っこ抜いたせいで手にも臭いが!


「くっせえ!!」


 パニックを起こした脳内で絶叫する。何ぞこれ! どうしろと!


「それ、凄く臭いの。もう遅いけど」


 遠巻きに見えるのは鼻をつまむジャンヌ。涙が出て来た。


「そして凄く増えるの。ほら」


 ジャンヌが指さす先を見て、ヴェルムートは卒倒しかけた。生えている。さっき抜いたはずの、どくだみが。


「増えるとかそういうレベルじゃねえだろコレ!!」


 絶叫。

 そして自棄を起こして再度どくだみを引っこ抜く。抜いたしりからまた生える。すぐに。そう、すぐにだ!


「うわあああああああああああ!!」


 臭い移りなど気にしている余裕もなく髪を掻きまわす。こんな植物見たことない。どうしようこれどうしよう。パニックのまま火炎魔法を詠唱しかけた、その時。


 哄笑。


 声のする方、魔王城入口のすぐ上、二階部分のテラスに目を向ければ、そこには、腹を抱えて笑い転げる吸血鬼が居た。

 頭が冷える。背筋が凍る。目が合う。吸血鬼が嗤う。他人を、いや、魔王ヴェルムートただひとりを見下す壮絶な笑顔で。


「自然の猛威に跪け!」

「ッ!!」


 頭に血が上る。瞬間、展開された魔法陣が、憎き鬼を掻き消した。

 逃げられた。拳を握る。翼に力を込める。優先順位を書き換える。やはりあいつは最初に殴り殺す。

 殺意を込めて、鬼の居た場所を睨みつけていると、


「お茶が沢山作れるよ!」


 先ほどの鬼とのやり取りが幻のように、ジャンヌの弾んだ声が耳に届いた。少し落ち着く。


「……茶?」

「そう、お茶。体に良いんだって。あと入浴剤や、化粧水も作れるよ。これだけあったら女性陣大喜びだね!」


 楽しそうに、嬉しそうに、ジャンヌが笑う。久しく見ていなかった、無邪気な笑顔だ。

 彼女の笑顔を最後に見たのはいつだっただろうか。間違いなく、魔王討伐の旅に出る前……まだ、レティシアが勇者なんかじゃなく、普通の女の子だった頃だ。


「ねえ、燃やさないで刈ろうよ。無駄にはしないからさ」


 ああ、その笑顔が、その弾んだ声が、レティシアに似ている。

 その笑顔を見た瞬間、ヴェルムートの中で、どくだみに対する意識がさくっと変わった。


 増えようが臭かろうが、喜んでるから、良いか。


「ああ、分かった」

「ありがとう! 刈ったらまとめて干さなくちゃね」


 そしてひとり、胸の内でほくそ笑む。鬼め、今回は俺の勝ちだ、と。

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