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手紙に精霊と蜂蜜を添えて

 シューニャは歯噛みした。ナウなヤングの使う言語がさっぱり分からない。

 シューニャは神話の時代の生き物である。教祖の前職は傭兵だ。各国の言語は、会話はもちろん、読み書き計算何でもござれだった。


 だが、それから何百年経っているというのだ!


 話し言葉なら問題ない。年代が経とうと大差ないのだ。だが問題は書き言葉の方だった。

 自分の持っている辞書ではあまりにも用法用例が古過ぎて、使い物にならないだろう。試し書きはしてみたが、現代人に読めなければ意味がない。

 シューニャは頭を抱えた。机の上には古い辞書。座り心地が良いはずの椅子も、今日は何だか居心地が悪い。


「お困りですか」


 紅茶を持ってきたセレネイドが声をかけてくる。きちんと両腕の揃った姿を確認し、シューニャはため息をひとつ。


「魔王に嫌がらせの手紙を書きたいんだが、現在使われている文法が分からなくてな」


 ぶっきらぼうに言い放って、


「昔住所を書かせたから、ルージュゴルジュ王国語を書くのは分かってるんだが」


 だが、そこまでだった。シューニャの持つ辞書は、神話の時代の辞書である。最近出来たばかりの国の言葉なんか載っているはずがないのだ。


「俺、新興国の言葉なんて書けないよ……」


 思わず素が出てしまう。机に突っ伏して足をぶらぶらさせて呻いていると、


「信者に、ルージュゴルジュ出身者が居ないか聞いてみますか?」

「頼む。出来るなら辞書が欲しい」


 数分後、セレネイドは一人の女性を連れて来た。一礼する彼女を見て、シューニャはぽつりと、


「君、ガルテーンジヤ王国製じゃなかった?」

「私は魔導書よ。故郷以外の言葉くらい分かるわ」


 彼女の名はクニーガ。外見は二十歳前後だが、誇り高い、古き魔導書の化身だ。訳あって砦に居るが、先代魔王の腹心の部下『三魔刃』の一人である。

 ちなみに、シューニャよりも年上だ。


「助かるよ。で、実は試しに書いてみたんだけど」


 シューニャが取り出したのは、一枚の便箋。


「古い辞書を使ったから、どれが死語か分からなくて」


 便箋を受け取ったクニーガは、内容にざっと目を通して、ぽつりと、


「『この超MMなシャバ僧めが、吾輩は激おこであるが故に死罪を申付け候』ってどういう意味?」

「『俺は滅茶苦茶怒っています。クソガキめが死ぬがよい』って意味」


 クニーガの白く小さな手が、シューニャの頭にぽん、と乗せられる。


 アイアン・クロー。


「ぴぎゃあああああっ!?」


 容赦のない脳天締めがシューニャを襲う!


「何これ、ふざけないで。文章というものを舐めているの? 万死に値するわね」

「痛い痛い痛いっ! 頭割れたら流石に死んじゃう!」

「ユーリは死ななかったわ」

「あの子と一緒にしないで!」


 ぱっ、と手を放される。

 西瓜程度なら簡単に粉砕出来たであろう握力を持つ魔導書から、シューニャは椅子を少しだけ下げて逃げる。

 耐久値の基準があのパン職人なら殺されかねない。彼ははっきり言って異常なのだ。


「ねえ、何で俺は攻撃されたの?」

「文章を冒涜したからよ」

「抽象的過ぎて分かんないよ!」

「死語を濫用したから、と言えば通じるかしら」

「どこが死語なのか分かんないんだけど!」

「分かっているわよ。じっくりと添削をしてあげるわ、じっくりとね」


 クニーガがにたりと笑う。その姿はまるで、獲物を見つけた肉食獣だ。


「清く正しく美しい文章が書けるようになるまで、徹底的に教え込んであげる」


 分からないから訊いているのに突然の暴力。絶対的指導者による理不尽の極み。

 魔王の腹心をやった奴はこれだからいけない。すぐ暴力に訴える。


「もうやだ、あいつのせいだ、絶対に許さない」


 半泣きでヴェルムートに八つ当たりしながら、シューニャは筆を執った。

 それから数時間、便箋と向き合って――手紙が書きあがる頃には、辺りは暗くなっていた。

 書いている合間にセレネイドが点火した、燭台の灯りが頼りなく揺れる。


「出来たぁ」


 書きあがった手紙は、自画自賛するようだが慇懃無礼の髄を極めた会心の出来である。仕上げに目を通したクニーガが感嘆の声を上げた。


「驚いたわ、きちんと書けるようになったわね」

「君の教え方が上手いんだよ」


 変な表現を使う度にアイアン・クローを食らえば、嫌でも書けるようになるだろうよ。

 心の中で毒づきながら、シューニャは机の引き出しから封蝋と印璽、封筒、そして固形蜂蜜を一個取り出した。


「ありがとう、助かった」

「どういたしまして」


 一礼して、クニーガが扉へ歩き出す。その背を一瞥してから、シューニャは作業を続行する。

 綺麗に便箋を折り畳んで封筒に入れ、燭台の蝋燭で溶かした封蝋を数滴垂らし、ぺたんと印璽を捺して封印。


「さて、と。仕上げだ」


 クニーガが退室したのを確認し、シューニャは精霊語で歌い上げた。


「姉妹よ、精霊達よ。僕の声を聞いておくれ」


 ふわふわとした燐光がシューニャのそばを舞う。固形蜂蜜に集っているのはご愛嬌。


「この手紙を魔王城まで届けて欲しいんだ。場所は、そうだなあ、骸骨兵の残骸の手元に。ダイイングメッセージっぽく」


 固形蜂蜜を手に取り、ころころと転がしながら、


「秘密の花を覚えてる? 魔王が手紙を開封したら、それが合図だ。一斉に咲かせて欲しい」


 ぽん、と固形蜂蜜を放る。


「お礼に蜂蜜をあげる。頼んだよ」


 承知した、とばかりに固形蜂蜜が掻き消える。封をした手紙もまた、転送の魔法陣と共に姿を消した。


「さて、どんな顔するかなあ」


 確か、ルージュゴルジュ王国のある地域に、どくだみは存在しない。そして、その地域に住む民は総じて鼻が良い人種だったと記憶している。

 さあ、初めて見る悪臭を放つ植物にどう対応するのか。


「お手並み拝見だよ、新米魔王サマ」

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