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復讐の火種に火薬を放れば

 シューニャは憤慨した。魔王からの手紙に添えられた音響兵器、あれのお陰で酷い目にあった。

 あの石に刻まれた文字は、精霊と魔具を攻撃する音を放つ効果があったようだ。

 信者の中の亜精霊と魔具達、そして長い年月を可動しているために、魔具に近い存在になってしまっていた機身兵達にも、あの音は聞こえてしまったらしい。

 しかしあの音は、純粋な人間や魔族には全く聞こえないという仕組みになっていた。

 砦の至るところでバタバタと倒れる者が続出し、あの時砦は大混乱状態だったそうだ。ユーリが居なければ音が止められず死人が出たかもしれない。

 魔王め許さない絶対に許さない。ぶつぶつと呪詛を呟きながら、シューニャは液体の蜂蜜を固形蜂蜜作成機に注いでいく。


 無神教名物・固形蜂蜜。


 砦の調理場に昔からある、謎の機械に蜂蜜を注ぐことで作られるそれは、携帯性に優れているため他国でも喜ばれる逸品である。

 ころころと固形蜂蜜が排出されていく。そのうちの歪な形をした一個を、シューニャは口に放り込んだ。美味しい。


 気を取り直して、今回の件を反省してみたいと思う。

 まず、手紙。自分と同じ手で反撃してくることを考えてはいたが、予想外の方法だった。

 果たし状か、時限爆弾型の魔法でも仕込んであるかと思っていたのだが、まさか兵器を送り付けてくるとは。

 それも精霊と魔具を狙い撃つもの。クニーガが居ることがばれたのか、それとも、機身兵を無効化するためか。

 あと、精霊を狙ってきたということは、精霊が脅威であると知ってしまったのだろう。

 シューニャは頭を抱えた。思い当たるものがひとつある。間違いない。


 忌まわしいあの本を、『交喙戦争回顧録』を読まれた。


 交喙戦争を題材にした二次創作官能小説。各国語に翻訳されて、頭にくるほどバカスカ売れてしまった、あの本。

 真面目にあの戦争についての文献を漁って書いたのだろう、内容の大半は驚くほど正しいのだ。

 だが致命的な場所が間違っている。


 無神教教祖シューニャ。そいつ、男です。


 まあ、本を売るためには、野郎三人のごたごたよりは、男二人が女一人を奪い合う図にした方がいいだろう。

 三角関係、すれ違い、悲恋、そして過激な濡れ場を突っ込めばバカスカ売れる。本来の『男の教祖』は、『女の教祖』の息子にでも設定変更しておけば問題ない。そう思ったに違いない。

 しかし、しかしだ。女体化した自分に等しい存在が、勇者と魔王、いや親友二人と『そういう関係』になっている、というのはかなりきつい。実際、初めて読んだとき卒倒した。

 俺達そういう関係じゃないから! そう訴えたくても、人は『この本が正しい』と信じ込んでしまっている。周知徹底されたもの勝ちである。

 その反応に泣いたし吐いた。二人ともごめん、性的倒錯者扱いされてるのを否定しきれなかったよ、と、相当な日数を泣きはらした。


 歴史上の人物は、卑猥な二次創作の犠牲になる。

 一体誰の言葉だっただろうか。思い出せない。


 お陰でシューニャは『男の亜精霊である』と気づかれずに済んでいるので、そこだけは感謝したい。

 感謝なんかしたくないけど! そう思って溜息をつけば、


「体調はどう?」


 背後から声がかけられた。

 くるりと振り返れば、そこには黒いロングコートを着た男が居る。

 ユーリだ。

 割烹着でないところを見ると、パンの仕込みが終わったのだろう。

 彼はただの、無神教に雇われたパン職人だ。信者や機身兵達とは違い、気取る必要もない。


「うん、お陰様で元気だよ」


 微笑んで見せれば、ユーリもよかった、と微笑む。


「結局、どんな音だったんだい?」

「熱した鉄の棒で、頭の中をぐちゃぐちゃにされる感じの音」

「よく耐えられたなあ」


 ユーリは素直に驚いたのだろうが、シューニャは多少ムッとした。

 確かにシューニャは吸血鬼だ。体は頑丈だし、そこそこ治癒能力も高い。魔法に対する耐性もある。頭でも砕かれない限り死なないだろう。

 だが、目の前に居るこのパン職人。彼は間違いなく人間なのだが、その治癒能力は人間の範疇を大きく越えているのだ。恐らく寿命でしか死なないのではないだろうか。

 今でも夢に見る程度には覚えている。先代魔王が斃されたあの日、クニーガが砦に担ぎ込んで来たユーリの姿は、紛うことなき焼死体だった。

 それなのに。

 真っ暗な口腔から吐き出されるススと呪詛。焼けただれ、炭になった体がボロボロと零れ落ちる様。

 その中から無傷の、いや、禍々しい刺青が彫られた体が出て来た時には、思わず悲鳴を上げた。

 ああ嫌だ、思い出してしまった。今夜の夢に出そうだ。

 シューニャは頭をぶんぶんと振って、話を変える。


「あんなにダメージ受けたの、何年ぶりだろ」

「対策が出来るようになったんだから、いいじゃないか」

「そりゃあ、そうだけど」


 シューニャはユーリの顔を見て、溜息ひとつ。

 この男は、異常なまでの治癒能力を持つが故に、即死するような攻撃以外は『喰らって対策する』という戦法をとる。

 正直、毎回そんなことをやっていたら、吸血鬼でも簡単に死ねるのだが。

 頭を振って、話を変える。


「あんなのを送り付けてきたってことは、魔王城にも同じ物が撒かれてそうだよね」


 今代の魔王は本格的にアホだ。敵に手の内を晒すとは。

 手紙に兵器を詰め込んで送ってよこさなければ、何も知らずに魔王城に行っていただろうに。

 あのとんでもない大音量の中では意識を保っていられるかもあやしいし、精霊のサポートなしで生きて帰れるとは思えない。

 凄い兵器だと自慢したかったのか、それとも威嚇のつもりか。両方かもしれない。下手すると何も考えていないかも。


「相殺出来る術式でも使えればいいんだけど……」


 精霊魔法に頼り過ぎた。口に出さずに悔やんでいると、 


「手伝おうか? そういうのなら、俺の得意分野だ」


 ユーリがさらりと提案してきた。

 彼は、破壊を司る邪神――初代魔王の敬虔な信者である。

 確かに『破壊の術式』であれば精霊抜きでも対応が可能だし、彼の右に出る術者もそうそう居ないだろう。


「特定の音を破壊するアイテムを何個か作って、魔王城にばら撒けばいいんだろう?」

「そうなんだけど、ばれないかな?」

「視認性を破壊するから大丈夫さ」


 何かとんでもないことをサラリと言われた気がして、シューニャは目をぱちくりさせる。

 その反応に、ユーリは小首を傾げた。二十代半ばの男の仕草にしては幼いものだ。

 ごまかすように、シューニャは話を続ける。


「魔王城への転送は任せて。手なら、あるから」


 自分が行かないのであれば、帰りは考えなくていい。

 砦に居る精霊達の力を借りれば、片道だけなら何とかなる。

 そして、魔王城に転送する物はまだある。種だ。出来ればばれたくない。


「それで、相談なんだけど。その視認性を破壊する術って、植物の種にも使える?」

「もちろん」


 あっさりとした返事に、シューニャはホッとしたように微笑んだ。

 今回使う種は決まっている。自分を散々いたぶってくれたのだ、魔王に直接ダメージを与えるものにした。

 その種の名は、


「イラクサの種なんだけど、いいかな」

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