響き渡る逆襲の咆哮
シューニャは絶叫した。
「何だ、これはっ!?」
悲鳴じみたセレネイドの声が聞こえた気がしたが、反応など返せない。
両目と両耳に、焼いた鉄の棒を突き込まれて、頭の中をぐちゃぐちゃに掻き回されているようだ。
原因は分かっている。音だ。庭に落ちていた魔王からの手紙。
その封筒に入っていた、何かの魔法文字が刻まれた石から、その音が鳴り響いているのだ。
今、机の上で青く輝くその石は、小さな雷を纏いながら小刻みに震えている。
シューニャは耳を塞ぐために手紙を放り投げた。
自室の床にばらばらと散らばる、魔王の手紙に書かれた内容をまとめると、こうだ。
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拝啓 無神教教祖シューニャ様
樹木の緑深くなる今日この頃、健やかにお過ごしでしょうか。
我々魔王軍におきましては、緑を楽しんでおります。
楽しみ過ぎて天に召される者まで出る始末です。
そこで、教祖様。こちらからも贈り物をしたいと思います。
とある術式なのですが、城で試したところ、害虫を根絶やしにできました。
手紙に添えさせて頂きます。
敬具 魔王ヴェルムート
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両手で耳を塞いでも足りない、頭が割れそうだ。
視界の端、膝をつくセレネイドが見える。大音量の音響兵器か、信者達は無事だろうか。
唇に犬歯を突き立て、遠のきそうになる意識を繋ぎ止めながら、シューニャは音を出す石を睨みつけようとして――
失敗した。
視界が傾き、そして、左半身に衝撃。
「く……っ」
倒れた、と自覚するまでの時間は数秒。耳を塞ぐものがなくなった今、音はダイレクトに頭の中を掻き回す。
かなりまずいかもしれない。ふと弱気になった、その時だった。
扉を蹴破って、一人の男が部屋に飛び込んできた。
いつもの黒いロングコートではなく、白い割烹着を着込んだその侵入者は、開口一番、音に負けない大声で、
「どれだ!?」
それだ。答える代わりに、シューニャは机を指さす。
男は視線を机に向けた。石を確認したのか、目を細めると、
「了解」
そう短く言って、大きく息を吸った。
拍手ひとつ、詠唱開始。
「【血潮にかけて殲滅せしめん 破壊の神の名のもとに】」
術式起動。男の両手の甲に彫られた刺青が赤く、禍々しい輝きを放つ。
そのまま男は自分の両手を組むと、
「静まれ!」
一喝、そして、組んだままの両手を机に叩き付けた。恐らく、石を叩いたのだろう。
パキリ、氷が割れるような音を立て、激しく鳴り響いていた音が嘘のように消えた。
「あっち」
石が纏う雷で火傷したのだろう。小さな悲鳴を上げて、男がぱたぱたと両手を振った。真っ赤だったその両手は、みるみるうちに癒えていく。
視界の端でセレネイドが立ち上がったのが見えた。
くらくらする頭を押さえ、シューニャはふらりと起き上がる。そして、音のしなくなった石をくるくると弄ぶ男に、礼を言うため口を開く。
「助かったよ、ユーリ」
パン職人は、どういたしまして、と微笑んだ。