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血脈を知りてその牙を折らん

 ヴェルムートは驚愕した。魔王城にこんな場所があったなんて知らなかった。

 ジャンヌに話があると言われて、そのあとを追って到着したのは、大きな大きな図書室だった。

 空間が歪んでいるのか、どこまでも高く、どこまでも遠く、本棚がそびえている。


「迎撃するには、敵をよく知らないといけなかったんだよ」


 そう言って、ジャンヌは指を一本立てた。


「そのいち。魔王軍内部に教祖さんの協力者が居る」

「……そういや、何日か前に似たようなのが居たな」


 ヴェルムートはつい最近、他国と通じていた亜精霊を一人捕らえた。

 恋人の命がかかっているのだと泣いていたが、そんなことで裏切られてはたまったものではない。

 密通者はジャンヌに渡してある。新術式の的や材料になるだろう。


「内通者もそうだけど、前の魔王の部下、一人討ち漏らしてたよね」


 先代魔王の腹心は『三魔刃』と呼ばれる、恐るべき力を持った三人組だった。

 獅子頭の魔族、獣牙のクルイーク。彼はレティシアがミンチにした。

 首狩り処刑者、碧玉のマースカ。彼女はレティシアが八つ裂きにした。

 英知の化身、万魔のクニーガ。こいつは道中名前を聞いたきりで、魔王城にも居なかった。


「レティシアが頭吹っ飛ばして黒焦げにした男がそうなんじゃねえの?」


 ヴェルムートは思い出す。玉座に向かう途中、レティシアが、大剣を背負った男を一人殺めたことを。

 こちらに気付いていない男に対し、レティシアが不意打ちをしかけた。問答無用で爆発術式を使い、彼の頭の右半分を吹き飛ばしたのだ。

 ぐらりと傾いだ彼の体を、レティシアは放置しなかった。炎の魔力が宿った剣で、彼の心臓を抉り、壁に縫い留め、そのまま丸焼きにするという残虐な殺し方をした。

 辛うじて残った左目でこちらを睨み、呪詛を吐きながら焼け焦げていく彼の最期を未だに覚えている。

 彼の死体は誰かが片付けたのか、それとも原型を留めぬほど焼かれたあとで風に飛ばされたのか……魔王城に残ったのは、彼が焼けた痕跡だけだ。


「多分違うよ。三魔刃は全員、『魔具』の化身だって聞いたけど、あのお兄さん人間だったし」


 魔具とは、長い年月を経て魂を得た道具の総称だ。

 書物クニーガって名前だから、本の化身だろうね、とジャンヌが続ける。


「あのお兄さんに斃されたあとだったのか、生き延びて逃げたのかは分からないけど。後者で考えると、教祖さんのところに居そう」

「そして植物テロの手引きをしてる、か」

「そうそう」


 ジャンヌは頷くと、指をもう一本立てた。


「もうひとつはこっち」


 そう言って、一冊の本をヴェルムートに渡す。

 ルージュゴルジュ語で書かれたその本のタイトルは、


「『交喙戦争回顧録』? こんな昔話、何の役に立つんだ?」


 交喙戦争とは、神話の時代に行われた戦争である。

 勇者カルパと魔王クシャナ、親友同士であった二人の青年が、何の因果か殺しあう羽目になった、そんな話。

 この本はその顛末をまとめたものだ。交喙戦争が終わって五十年目の年に書かれた物だが、他のまとめ本は現存していないため、現在一番信憑性が高い本と言える。

 ジャンヌはヴェルムートの反応に、深いため息をついて、


「無神教の教祖さんについて載ってるんだよ。目次を見て」


 言われた通りに、ヴェルムートは本のページをめくる。

 目次に書かれたその名は忘れもしない、


「教祖、シューニャ」


 本、曰く。

 勇者と魔王、そして教祖は幼馴染であった。

 だが神の命により、勇者と魔王は相争う運命を強いられることとなる。

 親友同士殺しあう姿を見て、教祖は神を恨み、無神教を作った。


「そう。無神教は『彼女』が作ったの」


 教祖は亜精霊だった。精霊と人の間の存在であるため、人でもなく、人ならざるものでもなかった。

 故に、勇者も魔王も声をかける。

 人間の、魔族の、それぞれの手から、どちらでもない彼女を守るために。

 あいつの傍に居ると危険だ、こちらにおいで、と。

 だが、教祖は二人を拒み続け、そして――


「彼女は一年前後、表舞台から姿を消してるんだよ。そして、彼女が次に現れたのは、勇者と魔王が相打ちになったあとなの」


 勇者と魔王が屍も残さず消えたあとに、呆然と座り込む教祖の姿があった。

 本には、そう記されている。


「彼女は、勇者と魔王の二人に監禁・共有されてた可能性が高いみたいだよ」


 言いながらジャンヌはページを戻した。

 そこに書かれていたのは官能小説も真っ青な展開だったために、ヴェルムートは面食らう。

 当時は売るために必死だったんだよ、とジャンヌは涼しい顔をしているが、ヴェルムート的にはちょっと性的倒錯描写は勘弁して欲しいところである。

 歴史をまとめた本に濡れ場は必要なのかよ、とヴェルムートは呻いて、そっとページを進めた。

 進めた先のページで、『彼女は勇者か魔王の子供を産みました』との記載を見てしまった。頭痛がする。なびかないから共有して子供を産ませるって、古代人怖い。


「……三角関係って、怖いね」


 ジャンヌはぽつりと呟いて、ヴェルムートの頭痛発生源である記載部分を指で叩いた。

 あ、そこ注目ですか、と呻いてもジャンヌは気にせず続ける。


「今の教祖さんは、彼女の息子さんだと思うの。同じ名前だし」

「ん? 男の亜精霊って生まれるのか?」

「生まれないよ」


 男の亜精霊は生まれない。これが定説である。

 神話の時代から今に至るまで、記録が一例もないからだ。


「生まれるとしたら、完璧に人間になった第四世代目からだね。彼女は第三世代目だったと思われるよ」


 ジャンヌが調べたところ、教祖は『亜精霊』であるが、血の濃い亜精霊特有の『とがった耳』を持っていなかったという。

 後世に、彼女の身体的特徴についての記録が残らなかった可能性もあるが、それでも男が生まれる可能性はゼロだろう。


「勇者か魔王との間に生まれた子だから、血を喰らう鬼に変異したんだろうね」


 ジャンヌはするすると指を動かし、ある一文の上で止める。

 読めとばかりに、とんとん、とそこを叩くので、ヴェルムートは素直に読み上げた。


「『無神教は吸血鬼が引き継ぎ、代替わりすることなく今に至る』、か」

「母シューニャが作り、子シューニャが引き継いでる。そう考えるのが自然じゃない?」

「んー」


 そういうもんなのか? 別の鬼が来て乗っ取ったとかじゃないのか? さっぱり分からん。

 正直に言えずに、ヴェルムートは適当な相槌をうつ。

 適当な相槌をうたれたことを察して、ジャンヌは単刀直入に言った。


「だからね、教祖さんは精霊と交流出来る可能性が高いの」


 現教祖が『普通の』第四世代目であれば、精霊の声は聞こえない。意思の疎通が出来ないはずだ。

 しかし、話はいくらでも変わるのだ。

 母親が何らかの方法で、息子と精霊の間で会話が出来るようにしていれば。

 吸血鬼という新種の生命体が、精霊の声が聞こえる耳を持って生まれていれば。


「それって、つまり」

「うん。今までの植物テロは、精霊に協力してもらってるんじゃないかな」


 だからね、と言いながら、ジャンヌは本を閉じた。


「亜精霊部隊のお姉さん達には悪いけど、精霊除けの術式を使ってみようよ。魔具にも効くように改造してさ」

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