その毒は染み入るように
ヴェルムートは困惑した。とんでもない報せが届いたのだ。
魔王城外観に生えている薄荷をぶちぶち抜いている最中に。
「魔王様に申し上げます!」
叫びながら城から駆け出して来たのは、甲冑兵のひとり。
「何だ、騒々しい」
薄荷を抜く手を止めて、顔を上げる。鉄仮面の向こうに透けて見える目が、焦りの色に染まっている。
努めて、冷静になろうとしているのだろう。静かに、だが、はっきりと、
「城に駐留していた死霊軍団が全滅しました!」
……こいつは何を言っているのだ。
死霊軍団は、滅ぼした国々に存在した、強力な騎士団員の死体から構成されている。
死体や魂を操る外法『僵屍』を用いて、討ち取った敵をそのまま魔王軍下に加えているのだ。強い敵であればあるほど、優秀な手駒となる。
元が死体なのでいくらでも替えがある上、損傷しても直しやすく、かつ頑丈。肉が腐り落ちれば骨と魂に分離して別の運用が出来る、今代魔王軍の主力部隊。
全滅? ありえない。間違いではないのか。口を開きかけたその時、甲冑兵が続けた。
全滅の、理由を。
「薄荷の香りで浄化された模様です!」
頭が真っ白になる、とは。
こういうことなのか、と。
「……」
とりあえず落ち着こう。深呼吸。五臓六腑に染み渡る爽やかな香り。
落ち着けるわけがない!!
「うちの主力部隊なんだけど!?」
腹の底から叫ぶ。後ずさる甲冑兵。視界の端には、きょとんとした顔のジャンヌ。
「はあ!? 何で!? あいつら城の中に居たんだよな!?」
「は、はいっ」
「なのに何で!?」
絶叫するヴェルムートに対し、甲冑兵は努めて冷静に、
「侵入者に討ち取られた三名。彼らから、薄荷が発芽しました」
死体は城内の死体安置所に運ばれる。普通だ。
そしてそこから『僵屍』でもって再利用する。至って普通だ。
死霊軍団に再配置された三つの死体。そこからの発芽だという。
「この薄荷は、破邪の薬効がある品種であると推測可能です」
発芽した薄荷は芳香を放つ。爽やかな香りだ。
それが、『僵屍』を解除した。死体は死体に、魂は輪廻の輪に、それぞれ戻る。
現状を認識したことで、ヴェルムートは少し、ほんの少しだけ落ち着いた。
「死体の再利用は出来そうか?」
「いいえ、元となった薄荷が急成長し、そこから種が零れたらしく……城内は死体に寄生した薄荷に溢れております」
「死体を養分・用土にして増える、か」
歯噛みする。死霊軍団を失った今、大掛かりな出陣は不可能だ。
「やりやがったな、吸血鬼……ッ」
これが狙いかと確信し、拳を握りしめる。軍の再編成も、城内の薄荷の駆除も、時間がかかりそうだ。
「総員、城内にて薄荷の駆除にあたれ! 外観は俺とジャンヌで何とかする!」
「はっ!」
甲冑兵は、命令を受けて城内へ駆けていく。その背を見ていたジャンヌはぽつりと、
「薄荷で解除出来るんだ……覚えとこう」
薄荷の効かない術式を編み出さないと。ジャンヌは新術式案を呟きながら、薄荷の摘み取りを続けた。