敵が現れた
「おっと、リディア。忘れちゃいけない、ポンポン飴だ」
「ああ、そうね。相変らず好きね、ルドナンド様は」
そうだ、あの超がつくほど甘党の兄は、ポンポン飴が好物だ。買い忘れたなんてことになれば、絶対にすねる。そして宥めるのに、すごく時間を要するのだ。要するに、面倒なことになる。それをリディアも良く知っているのだ。
「まったく、お子様で困るよな、兄上も」
「それをルーディスに言われるルドナンド様に、深く同情するわ」
「なんでだよ!?」
「ルーディスだって子供じゃない」
「俺の心は立派な大人だ!」
「……立派……ね」
そこでクスリと笑うリディアが憎たらしい。
ギャアギャア話していると、いつの間にか周囲の人々の注目を集めていると感じ、我に返り口を閉じる。
「――まあ、いいや。リディア行くぞ」
今回は俺が引いてやる。
大人な俺の対応を見るがいいさ。そして兄上への土産のポンポン飴を購入するため、街の外れにある店へ向かう。
しばらく足を進めると、いつもの店が見えてくる。温かみのある淡いクリーム色の外壁に飾られている、その名も『ママロンの店』。ここはスイーツを扱う店だ。
美しい造花で飾られた看板は、きっと手作りだろう。可愛らしい丸文字で書かれている。
俺は迷いなくその店の扉の取っ手を回す。取っ手のところは花の形になって、細部まで凝った造りだ。
カランコロンと店のベルが鳴り、その音が聞こえた店主が俺に顔を向ける。
「おっ、ルー坊じゃねえか!久しぶりだな、元気だったか」
「ああ、おっちゃんも元気そうだな!!今日も飴を一袋おくれよ!!」
俺が話すのは、この可愛らしいファンシーなお店に異彩を放ち、店番する人物。この店の店主のおっちゃんだ。
おっちゃんは強面で、盛り上がる筋肉が凄いと、服の上からでもわかる。あれは普段から鍛えている証拠だ。
だがそんな見かけとは違って、店に並べてある品物は焼き菓子やら飴やら、女性や子供に人気のある商品ばかりだ。綺麗に並べられているスイーツたちの味は、とても美味しいんだ。この店もピンクやレースで飾られていて、巷で大人気の店だ。きっとおっちゃんの奥さんの趣味がいいんだ。
可愛い店に、ちょっと、いやかなり厳ついおっちゃんが店番をしているが、見た目とは裏腹に、とても優しいことを俺は知っている。
「おっ!ルー坊、お前運がいいなぁ。これが最後の一つだぞ」
「え?もう残ってないのか?」
「ちょうど材料が切れてしまったところでな。今日はこの袋で最後なんだよ。二日後には材料を仕入れるからな」
「そっか、なら丁度良かったな」
「そういうこった」
俺達には二日後に買いに来ることは出来ないのだ。だから、本当に運が良かった。これで兄上の機嫌も良くなるってもんだ。
「まいどあり」
「おっちゃん、またな」
俺は代金をおっちゃんに手渡し店を出て、飴を手に持ち歩いていると――
「おい、お前!!」
背後から声が聞こえたので、振り返った。見れば俺と同じ年頃の男の子供がそこにいた。
着崩したシャツにサスペンダー、薄汚れたグレーの半ズボン。軽そうな木靴に帽子を被っていた。
背は俺よりも高いので、見下ろされている。その感じが――なんかムカつく。
腰に手を当て、そこに立つ少年は俺を睨んでいる。その様子から、俺に何か文句があるんだと想像がついた。
「…………」
だが俺は、無言でクルリと踵を返した。
「む、無視すんなー!!」
生憎だが、面倒ごとは避けたい。厄介だ。それに俺には時間が限られている。無駄な時間は消費したくない。ましてや子供の相手など、している暇がない。隣で様子を伺っているリディアに、こそっと耳打ちをする。
「心配するなよ、リディア。俺が本気で子供の相手をすると思うか?」
「……」
怪しげな目つきを見せるリディアだが、生憎だが俺はそんなことはしない。これぞ大人の余裕ってもんだろう。そうだろう?
「待てよ、このチビ!!」
「……!?誰がチビだ!!」
聞こえてきた言葉に素早く反応した俺に、リディアの冷静な声が聞こえた。
「……子供の相手をしないだなんて、どの口が言ったのよ」
ぼそっと聞こえたつぶやきを、俺は無視した。
「お前、さっきの店で飴を買っただろう?」
「ああ、買ったさ。それがどうした?」
「それは俺が楽しみにしていたんだ。なのに、その一袋が最後だと言われた。だから、譲れよ!!」
「あー?」
俺は手に持つ飴をしげしげと眺める。要するに、この飴を欲しいということか――
「嫌だね。俺だって待っている人がいるんだ。必ず持って帰ると約束した。だからお前みたいな奴に、そう簡単に渡してたまるもんか!!」
「人が下手に出れば、調子にのるな!!こっちが優しく頼んでいるうちに、大人しく渡すほうが、身の為だぜ!!」
一瞬即発の空気が流れるが、リディアだけは冷静な眼差しを向けていた。俺は売られたケンカは買うまでだ。
「……一見、格好良く聞こえるけど、たんに飴の取り合い」
ぼそっと呟いたリディアの台詞に反応し、俺はすぐさま反論する。
「男にはな、譲れない想いがあるんだ!!」
「はいはい、解ったから。だけど私は巻き込まないでね」
「それこそ男なら、時には危険なことにみずから飛び込む勇気も必要なんだ!!」
「いや、それはちょっと、飴一つでそこまで燃えたくないかな。そもそも命までかけられない」
俺に盾ついてきた奴の後ろを見れば、同じような年頃の少年が数人固まっていた。どうやらこいつはこのグループのボス的存在らしい。
「……リディア、いざとなったら二手に別れて、走って逃げるぞ!」
状況を把握した俺は最終手段を告げる。
眉根を下げて、少々不安げな顔を見せるリディアを安心させるため、口を開く。
「大丈夫だ、安心しろ。城内で、俺の逃げ足に敵う奴は誰一人いない!!」
「――ねぇ、それって私は?」
リディアは不満気な声を出すが、しかし――
「お前は俺に任せて安心して飴でもなめてろ!」
「安心する要素が見当たらないのですけど。それに飴、食べちゃダメでしょ」
俺とリディアが言い争っていると、
「おい!いつまで騒いでいるんだよ!」
目の前の相手が痺れを切らしたようだ。そこで俺達はハッと気づく。そうだ、今は大事な場面だった。
「ルーディスのおバカ!!もう、勝手にやりなさいよ」
リディアが最後にそう吐き出した。
目の前の奴が、ちらりとリディアを見たあと、慌てて顔をそらした。どうやら女だと気付いているらしい。そして確実に意識していると思う。その証拠に、ほんのり頬が赤い。リディア、顔は可愛いからな。中身は別にして。
少年は照れを隠すかのように、俺に向かって叫んだ。
「ポンポン飴をよこせ!!」
「へっ!誰がやるかよ。じゃあ、正々堂々と俺と勝負して勝てば、飴は譲ってやる!!」
あきらめろと言ったところで、簡単に引く相手じゃないだろう。
じゃあ、チャンスだけは与えないとな――
「なに、勝負だと!?」
「ああ、俺と勝負して勝ったら、飴に加えて、今ならこの――」
俺は隣に並ぶリディアの両肩を掴み、奴の前に無理やり立たせた。
「リディアも『おまけ』でつけてやる!!」
その瞬間、俺は頭上に激しい衝撃を感じた。思わず両手で押さえてうずくまる。
「痛ってぇ……!!」
涙目になり顔を上げれば、拳を握り固めるリディアが、俺を見下ろしていた。
「あんた……なんで私が『おまけ』なのよ。メインが飴で、なぜ私がおまけポジションなのよ!?」
「リディア、まず落ち着け。――これはな、男と男の熱き戦いだ」
「勝手にやってろ!!」
リディアは震える拳を、再度俺の頭に落とした。




