みずたまジワリ
どうも。ごきげんよう、梅津です。
なんとか! なんとか一週間で仕上げました!
感想でアンコールをくださってありがとうございます。
それでは、佐上と瑞木の続きを、どうぞ!
昼休みの教室。正面には、いつもと同じ友人。
なんとなく見つめると、彼は手元の弁当を包んでる布を解く手を止めて、首をわずかに斜めにした。
「佐上?」
「あ、うん。気にしないで」
「? うん」
納得すると、また指を動かし始める。
……うん。こうしてると、クールストイックな感じ、なんだけど。
目の前にいる友人は、瑞木陸。高校入学と同時に知り合ったから……かれこれもう3カ月?
梅雨も終わって、もうすぐ7月だから空気がカラッとしてる。今日だって時期より早い猛暑日になるかもって予報が出てるほどなのに、瑞木は関係ないって顔で涼しそうだ。
そしてそんな彼の弁当箱の中身は。
「……キャラ弁?」
「うん。クマ」
外国の人が見たら、「Oh~クールジャパン! SAMURAI!!」って言われてしまいそうな瑞木。だけど、その内面との差は、火と水くらい激しい。
「そ、そっか。ク、クマね」
たしかに。たしかにそうだけど!
鶏そぼろご飯と海苔でミニキャラが見事に完成してあるけど!
男子高校生の昼食にしては、目立つって。
笑いを腹筋でなんとか抑えながら、頷いとく。
それに瑞木の弁当がかわいいのなんて、いつも通りだしね。
一方私の弁当の中身はウサギのキャラが……なんて、ことはない。
我が家の弁当はいたって普通。寝坊しないかぎり、母親が作ってくれる。……まあほとんど、昨日の夜食の余りだけど。
「「いただきまーす(ます)」」
しっかり手を合わせた瑞木とハモる。こういうところはキチッとしてるよね、瑞木は。
箸をすすめる。慣れ親しんだ母親の料理だ。……っていうか、昨日も同じ物食べたし。
新しく食べたものといったら、この卵焼きくらい?
あ、ちなみに我が家は甘じょっぱい味付け。甘いのもしょっぱいのも認めないから。
……ん? なんでそんな瑞木こっちみてるのさ。
「ね、佐上。一口」
「一口って?」
『なにが』って聞こうとして固まった。
「ん」
「……」
え。なに。この口開けて待ってるのって。まさか、食べさせろってこと?
「佐上、まだ?」
「ええー……」
いや。上目づかいに聞かれても。頭の位置を低くしてるあたりに、気配りは感じるけど。そうじゃないから。
え、これ私がこの箸でつまんでる卵焼きあげない限りこのまま?
しかもさ、これって……。
「佐上?」
「……ック」
いけない。また笑いが出るところだった。
絶妙なタイミングで首傾げるのって、ワザと?
「ククックフッ……い、いいよ。瑞木、あーん」
「ん。あーん」
「ブッハ! クククク……」
『あーん』って! 別に復唱しなくてもよかったんだけど! まあ瑞木らしいけどね。
おかげでこっちは噴き出しちゃったよ。
震える指をもう一方の手で支えながら、瑞木の口へ卵焼きを投入。
口に入って噛みしめた瞬間、瑞木の顔が崩れた。幸せいっぱい、みたいに目を細めてモフモフと食べる。そう、モフモフと。モフモフ……。
「ッアハハッアハッハハハッハッグ! ケホ! ケホッケホ……」
「……?」
笑いすぎてむせた。気管支苦し。
そして瑞木、口に物が入っているからしゃべらないのは偉いけど、無言で首傾げて目で「どうしたの」って言うのはやめて。
症状が悪化するから。
最近ますます瑞木が動物っぽく見えるような。
さっきのも、まんまヒナの餌付けだ。「エサまだー? エサはー?」なーんてピヨピヨ騒ぐヒヨコが頭よぎったよ。
引きつった笑顔のまま震え声で話しかけとく。
「お、大きくなるんだよ……?」
「? 佐上は身長高いほうが好き?」
は? 今の話題でなんでそうなったの?
しかもまた返事待ちで、犬の待てみたいにジッとしてるし。
ああ、うん。答えるから。瞳ウルウルさせなくていいって。
「……ないよりかは、あったほうがいいかな」
私の身長だって、女子の平均よりやや高めだしね。
って瑞木、神妙な顔してどうした。
「わかった。頑張る」
「え? あ、うん。頑張って?」
なにをかは知らないけど。適当に相槌を打っておく。
そろそろ食事に戻らないと。昼休みだって限りがあるからね。
視線の先を弁当箱に戻す。卵焼きは瑞木にあげちゃったから、別のを食べよう。
「佐上、佐上」
「な……あっ」
『に』と続けようとしたところに、口になにかを入れられた。噛めば肉汁が広がって、コクが効いたトロッとしたソースが、絶妙だ。味付けもいい具合の塩加減で正直、私の好み。
え、なにこれ。滅茶苦茶おいしい。
目が合うと、瑞木は親指をグッと立ててみせた。ああ、このおいしいのは瑞木の仕業か。
「ハンバーグ、自信作」
「へ?」
あ、思わず飲み込んじゃった。もうちょっと味わいたかったんだけど。
って、今聞き捨てならないこと言わなかった? この人。
「瑞木が作ったの?」
「うん」
え、すごい。
運動部所属なのによく作れた。時間なくて大変じゃないの?
「準備して焼くだけ」
「ええー? そんな簡単じゃないから」
3分クッキングみたいに言うけど無理。私にはできないことを平然とやるなんてすごすぎる。リアルチートか、瑞木。
……あれ、もしかしてあのクマもか?
……。
…………ブフッ! い、いけないいけない。これ以上この件に関して突き詰めるのはやめとこ。
パンドラ(笑いの呪い付き)はふたをするに限る。
意識の外にクマを追い出し、何事もなかったように会話を続ける。
「毎日作ってたの?」
「うん。慣れてる」
慣れてる!? まさか日課!?
思わず口開けて感心しちゃったよ。
折りたたみ傘持ってたことといい、本当に女子力高い。
「いつでも嫁に行けるね」
一家に一人瑞木なんてフレーズが湧いたよ。
って、イイ笑顔浮かべてどした?
「佐上の嫁、ならいい」
「ブハッ! え、ええー?」
受け入れちゃったよ。
違う、違うって。
そこは嫁発言嫌がろう? 冗談なんだからさ。
「婿じゃないの?」
って、私のツッコミどころも変だ。
また瑞木首傾げてる。
「婿でもいい?」
「婿でもっていうか、婿しか無理じゃないかな」
日本の法律からして。……うん、なんか論点ずれてるような。
「婿ならもらってくれる? 佐上」
「……」
「……」
「…………ッブ!」
ああもうダメ!
「ァハハハハハハッ!」
「……佐上……」
いや、だってさ。今の瑞木の表情、シェパード犬の「遊んで遊んで」ってボールくわえて催促するのをまんま想像させられちゃって。
あの期待にあふれた目とか、唇の隙間からのぞく犬歯とかがね。
「佐上の、意地悪」
「ごめん。ごめんって! ……あ、そうだ。ちょっと自販でジュース買ってくるね。瑞木は何かいる?」
「リーマン。おごり」
「ップ! ッフフ、りょ、了解」
瑞木が言った『リーマン』は、リンゴとマンゴーが入った果汁100%ジュース。あの異常な甘さとドロッとした感覚で、甘党の女子にも不人気の商品……のはず。なんだけどそれを即答で選ぶなんてさすが。
私? うん、砂漠でも飲まないかな。逆に生存率下がっちゃうんじゃない?
瑞木の注文を受けつつ廊下に出る。
校舎1階の中庭にある自販機のところで、『リーマン』を購入。いつ見てもパッケージからして気持ち悪い。商品名があるのはわかるけど、なにこの腰みのつけた怪しげな紅い球体キャラ。『父さん』とか呼ばれる一つ目二頭身の劣化版?
ついでに適当にコーヒーでも買っておく。
両手に一本ずつ持つ。炭酸飲料じゃないけど、落としたくないから。
ひんやりとした冷たさが肌に合う。
自販から離れて、人目がない中庭の隅でしゃがんだ。
「っハァー……」
大きすぎる溜息が肺から出た。仕方がない、うん。
――だってさ。
「……あんなこと言われたら、誰だって勘違いするじゃん。バカ瑞木」
冗談のつもりだったのに、予想してなかった返しで動揺してたなんて瑞木にバレたくなかった。
瑞木にしたって、やり返しただけのつもりが相手に本気でとらえられたら困るだろうし。
熱くなった頬に買ったばっかりのコーヒーの紙パックをつけた。表面に水滴がにじんでたから、頬にも水がついたけどそれが気持ちいい。
最近ますます瑞木の電波発言が増えてる気がする。それにしたって、今日のはだいぶキツイけど。
「私、心臓持つのか……?」
無理。絶対無理。
あと、一番問題なのが。
「いやじゃないってこと、なんだよね」
どうしようか。相手は動物っぽい瑞木なのに。
肌だけじゃなくて、私の心にも水滴が落ちる。
ジワリジワリと波紋を描きながら。
***
一方、教室に残った少年はポツリと一言こぼしていた。
「あと一押し」
その瞳を、獲物を前に舌舐めずりをする獣のようにきらめかせ、嬉しそうに微笑んでいた。
脈ありか。といったところです。
よかったね瑞木!
それでは。
読んでくださったあなたに、最大限の感謝を。