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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

寺崎デイドリーム

作者: 秋松副菜

その寺崎和也の一日は午後三時に始まった。

昨夜、組合の上司である下松に付き合い、そこからの記憶はない。

……確かそうだったように思える。

酒の酩酊が抜けず寺崎の足は痙攣した。

ゴミ袋に埋もれていた腕時計を確認する。

午後三時。

バイトの面接は四時半という予定を思い出した。


「こいつはヤバいYO」


立ち上がろうとしたが足に力は入らなかった。

周囲を見れば人は居ない。

ゴミ箱から人の足らしきものがとび出しているのみである。

どうやら自分はゴミ収集所を寝床と勘違いしたらしい。

妙にゴツゴツしてるのに不思議なものだ。

寺崎は焦っていた。


今年で32歳を迎える。

『仕事を見つけるまでの充電』

『今月の食費は出世払い』

と言い続け、何とか生活してきた。

だが先日父の激昂を受け、バイトの面接を覚悟したのだった。

今の『街の自警団』は金にならない。

志だけでは世の中を渡ってはいけない。


「くそ、動け、動けYO! オレの足!」


寺崎は吠えた。

客観的に見れば痛々しい事間違いなしだが、それは無人という状況が解決してくれた。

足といえば、あのゴミ箱から出てる足は何だろう。

寺崎は疑問に思った。

アフロヘアとスーツという風体の彼だったが感覚はあくまで常人だった。

そして彼はその常人の感覚で驚愕した。


「ひ、うわぁああああ!!」


ゴミ箱の中は血溜まりだった。

死体、そう死体だ。

寺崎は瞬時に理解した。

そして後方50m程から近づいてくる女の存在に気が付いた。

女は明らかに腐った雰囲気を放っていた。

不潔、悪臭、――ゴキブリ。

灰色の空の下、長い黒髪を垂らしている女を見て寺崎はそう連想した。


「なに……してるのアンタ」

「不潔だYO、髪を洗わないTO!」

「アンタも同類でしょ……」


髪が長すぎて顔は隠れている。

否応無しに貞子がフラッシュバックした。

こんな思いをするくらいなら大人しく実家に居れば良かった。

それもこれも下松のせいだ。

あの中年野郎ふざけるな。


「邪魔よ」

「ひぃすいません」


寺崎は土下座した。

足の痙攣は引いていた。

女の髪は油で粘り気のある輝きを帯びている。

寺崎はゴキブリが苦手だった。

かつて両親がゴキブリを製薬会社に売る為に繁殖していた。

彼らが真昼に蠢いている様を見て寺崎は心に闇を抱えた。

寺崎の中で暗い感情が芽を出した。


「うぉおお……!」


寺崎の叫びは女が取り出した出刃包丁で掻き消えた。

全身が恐怖で支配された。

時計が手から滑り落ちた。


「あらま、いい時計持ってるじゃない」

「へ、へへっ、まぁいやそんな」

「あたしはね、貧乏なの」

「はぁ、はい」

「見てこの傷、カレよ」

「傷が彼氏なんですか、変わってますYOね」

「ふざけないで、DVよ。 ドメックスバイオレンスよ」


出刃包丁が寺崎の首元に充てられた。

気温は低い。

だが寺崎の汗の量は真夏に肥満児がかくそれに匹敵していた。


「うふふ」

「へへっ」

「あたしモテるの、でも中々王子様に出逢えない」

「オレ……僕は童貞だYO」

「それでね、オジさん、私のカレね」

「あ、あの……寺崎です」

「そんな事はどうでもいいわ!」

「……」

「私のカレね……どうなったと思う?」

「……どうなったんです?」

「ああなったのよ」


女はゴミ箱を指差した。

寺崎は絶望的な気分になった。


「な、なんでまだ包丁持ってるんです?」

「もう一度刻みたくなったのよ」

「ひぃいい!」


寺崎は逃げ出した。

時計は四時二十分を回っているように見えた。

お気に入りの時計は女に踏まれている。

その内ゴミ袋に埋まってしまうだろう。

寺崎は頬に熱いものが流れるのを感じた。


汗?

違う……涙だYO。


後ろを見ると女が何故か追ってきていた。

出刃包丁を左手で振り回し、刃物類を右手で放っている。

涙を拭う。

これまた不思議と赤いものがついていた。

頬を流れる熱いものは涙ではなく血だった。

寺崎は狂乱の勢いで走った。


「こんなの嫌だっ……こんなの嫌だYOっ」


寺崎は転倒した。

女は歩いていた。

肌は所々黒ずんでいるにも関わらず陶器のようだ。

髪の隙間から真っ赤に充血した目が見えた。

徐々に体の動きが鈍くなっていく。

水の中を進むような感覚だった。

女がかかんだ。

渦を巻く赤い瞳が寺崎を覗き込んでいた。






そこで目が覚めた。





ベッドの枕元で時計の秒針がなっている。

時計の針は午後三時を指していた。

寝巻きは汗だくでシーツもだくだくだった。


「夢だったのかYO」


力強く目元を拭った。

瞬間、頬に痛みがはしった。

不思議と赤いものがついていた。

違和感が寺崎を襲った。


「ベッド?」


寺崎の部屋にベッドはない。


「寝巻き……?」


寺崎は寝巻きを持っていない。


「血……」


頬に傷など寺崎は持っていなかった。

強いて言えば夢の中で……。

見回すとその薄暗い部屋は寺崎の部屋ではなかった。

扉が鈍い音をたてて開かれた。


「あたしの毒は効いていたかしら」

「毒? それで――」


それでオレは意識を失ったのかYO。

そう言おうとした寺崎はまたしても固まった。

女はノコギリを持っていた。


「でもあたしを見て逃げるなんて、やっぱり王子じゃないのね」

「あ、あが」

「なにが、あが、よ。 アンタ本当に駄目ね」

「こんな……一人殺しただけでも充分犯罪なのに」

「一人? アハ、アハハハハハハハハハハ」

「フェ? フェヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘ」


女が急に狂ったように笑い始めた。

寺崎もつられて笑ってみたが何が可笑しいのか分からなかった。


「ハハハ……アンタ笑い方もキモいわね」

「……」

「あたしのカレの寝心地はどうだった?」

「ね、寝心地?」


寺崎は思い返した。

そういえばゴミ袋は妙にゴツゴツしていた。

それに、『カレはどうなったと思う?』『ああなったのよ』

――そう言って指差したのは本当にゴミ箱だったのだろうか。

ゴミ収集所全体を指していたのではないだろうか?

寺崎は怖気がさした。

酔いは覚めているはずなのに足が痙攣した。


「まさか、あ、あれ全部……」

「あたしはモテるのよ」

「嘘だYO! そんな汚いのに!」

「アンタに言われたくないわ」


寺崎は抵抗した。

女とも人とも思わず、抵抗した。

殴り、蹴りつけ、殴られ、噛み付かれた。

女は叩きつけても押さえつけても動きを止めなかった。

体力が消耗されていく。

無限に動ける人間など居ない。

居ない。

居ない。

その常人感覚を女はゴミの様に踏み越えていく。

寺崎の荒い息は酸素を求めて激しくなり――。

――次第に静かになっていった。


「ゴミはゴミ箱に……ね」






寺崎は目を覚ました。

昨夜、飲み会へ行って、そこからの記憶はない。

……確かそうだったように思える。

ゴミ収集所を寝床と勘違いしていたようらしい。

なんだか妙にゴツゴツしてるのに不思議なものだ。

ゴミ袋に埋もれている時計を確認する。

時計は午後三時を指していた。

バイトの面接は四時半という予定を思い出した。


「こいつはヤバいYO……痛っ」


寺崎は頬に痛みを感じた。

拭ってみる。

不思議と赤いものがついていた。


何処かで女のせせら笑う声が聞こえた気がした。




祝前作794PV。

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