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8. 神父クレシス

 




 季節は秋、月夜城の広大な庭の木々もすっかり紅葉ないしは黄葉し、はらはらと日々落葉が進んでいる。その片隅の栗の木々の足下には、棒切れで色付いたイガをつつき、栗拾いに興ずる人影が2つ.....。


 「おい、何で俺が栗何ぞ拾わなきゃいけないんだ?」

否、栗拾いを楽しんでいるのは、一人だけであった。

 「いいではないですか。いつもいつも本の虫では、運動不足になりますよ」

 「阿呆か、人間じゃあるまいし....」

文句を言いつつも、真面目に栗を拾っては籠に投げ入れるアレスウィードであった。

 ジャスリンが籠を覗き込み、うふふっと笑い声を上げた。

 「ルヴィー、きっと喜びますよ」

ジャスリンは、嬉しそうにウィードを見上げて言った。

 「だろうな。相変わらず、あいつの食う物っていったら、木の実か果実だからな」

 「後で、ハシバミ拾いも手伝って下さいね、ウィード」

 「人使い荒く無いか?」

 「さあ、向こうの方も拾っちゃいましょう!」

言うやジャスリンは、嬉々として駆けて行く。

 「ちゃんと籠を持って来てくださいね、ウィード!」

振り返って城主に指図すると、ジャスリンは鼻唄など唄いながら上機嫌で行ってしまった。

 「やれやれ.....ったく...」

毒づきながらも、決して嫌なわけではないウィードであった。



 「これお前達、栗が爆ぜると危ないからの、気をつけるのじゃぞ」

 「「はーいっ!!」」

ジャスリンとルヴィーが、声を揃えて返事をした。

 小さな教会の小さな庭には、たき火が燃えている。ドード神父が箒でかき集めた枯れ葉を、ジャスリンが火に焼べる。昨日、山程栗の収穫があったので、ジャスリンとルヴィーは、裾分けを持ってドード神父の元を訪れたのだ。そして今、早速それらを焼いているというわけである。


 「今年もたき火が心地よい季節になって来たのう」

ドード神父は、箒を置くと火の傍へかがんだ。どれどれ、と言いながら、ドードが木の枝で栗の焼け具合を見る。

 「焼けとるようじゃな」

ドード神父が、栗を一つ一つころころと転がし出すと、ルヴィーとジャスリンは無邪気に喜びの声を上げた。2人とも熱々の栗を一つずつ手でほうりながら、はしゃいでいる。

 「これこれ、火傷するでないぞ、2人とも」

そう言いながら、ドード神父もひゃっひゃっと、楽し気な笑い声を上げている。

 栗の熱がとれたのか、2人は一所懸命に栗の皮むきに打ち込み始めた。

 「はい、ドードさん、あ〜んして下さい」

ジャスリンが、綺麗に剥いた栗を、ドード神父の口元に差し出している。

 「ひゃっひゃっ、優しいのぅ、嬢ちゃんは」

ドードが少し照れながらも口を開けると、ジャスリンは栗をぽいと入れてやる。

 「はい、ジャスリンもあ〜ん」

ルヴィーがそれを真似して、ジャスリンの口元に、栗を差し出せば、ジャスリンも嬉しそうに口をあ〜んと開ける。

 「美味し〜い!美味しいです!じゃあ今度はルヴィーにも、はい、あ〜ん」

ひゃっひゃっひゃっ、うふふふっ、あはははっ、と3つの笑い声が、協和音を奏でていた。

 その何とも楽しい協和音を破る様に、ドード神父の名を叫ぶ者があった。3人は、ふと黙って目を見合わせる。叫び声はたちまち大きくなり、その人物の姿もたちまち大きくなった。

 「又、怪我人かのぅ?」

3人はたちまち表情を変えて立ち上がった。

 「ドードじいさん!魔女様!ちょっと来てくんねえか?」

ドードを呼びに来た若者は、困惑した表情で懇願した。



 町の入り口では、ちょっとした騒ぎが持ち上がっていた。人々に囲まれていたのは、灰金色の癖の無い髪をなびかせたよそ者であった。彼の灰色のマントの襟元には金色の十字架の縫い取りがあり、その下にのぞくのは、一般の祭司達が身につける長衣ではなく、上下に分かれた、それは彼らの呼ぶところの、白の聖衣。一目で悪魔払いの神父と知れる出で立ちであった。

 「仕事の依頼では無いとなると、貴方様のご用向きは一体何でございますかな?神父様?」

町人達の先頭に立ってその神父に対応するは、このハレンガルの町長であった。このハレンガルにも、無論町長という者はいたのだが、服装など、他の人々と何ら変わらなかったので、名乗られなければ、このよそ者の神父も気付かなかったであろう。まあ特徴と言えば、他の人々よりも年を取っているという点位か...。悪魔払いは、ふっと笑った。眦が少し下がる。愛嬌がない事も無い。

 「このハレンガルの名高き領主に会いに来た」

神父が涼やかな声で言うと、人々はどよめいた。

 「何故にでございましょうか?」

町長は、難しい顔で尋ねた。

 「私が敵う相手かどうかを見極めに来たのだ」

町長はじめ、人々は驚愕した。

 「それは、あの方に挑戦しにいらしたという事ですな?......止めなされ!貴方が敵う様なお方ではありませんぞ!!」

 「挑戦するかどうかなんて、まだ決めてないさ」

悪魔払いは、不敵に笑うと歩み始めた。その歩みに合わせて、周りの人垣も移動する。

 「あっ!ドードじいさん!魔女様!」

誰かが叫んだ。

 悪魔払いの前方の人垣が割れ、灰色の長衣姿の老人と、鮮やかな金髪頭の少年の手を引いた、純白のマント姿に白っぽい金髪を垂らした魔女が姿を現した。

 「へえ、この町にも神父がいたのか....。それは知らなんだなぁ。しかも魔族と連れ立って歩いてるとはおもしろい」

悪魔払いは、純粋にそう思ったのか、その口調からは厭みのような音は感じられなかった。

 「そこもと、アレスウィードに会いに来たそうじゃが?命が惜しくば、このまま去った方が良いぞ」

普段飄々としているドード神父が、珍しく厳しい表情をしていた。

 「会うくらい良いだろう?それとも顔を会わせた途端、私は殺されるとでも言うのか?アレスウィードは、中々に慈悲深い魔族と聞いていたが?」

 「それは、相手にもよるぞ」

 「ふ〜む、そうか。じゃあ取りあえず会ってみる事にしよう」

 「何故そうなるのじゃ...」

ドード神父は、かくりっと肩を落とした。

 悪魔払いの目が、ドード神父の後ろに立っていたジャスリンを捕えた。背筋をぞくりと冷たい物が走り、彼女は思わずルヴィーの手を強く握りしめた。

 「ジャスリン...?」

魔女を見上げるルヴィーの声も震えた。

 灰金色の髪をした悪魔払いが、ジャスリンへと歩み寄る。ジャスリンは息を飲み、咄嗟にルヴィーを背に庇った。

 「私達を払うつもりですか?そ、そんな事してごらんなさい、ウィ、ウィードが貴方の息の根を止めますよ」

ジャスリンの震える声に、周りの人々の同意の声が上がる。悪魔払いは、涼しげに笑った。

 「君みたいな可愛い魔女を払ったりしないさ。そっちの魔族の子もね、別に害は無さそうだし.......。私の名はクレシスだ。君の名を聞かせて欲しいな、可愛い魔女殿」

クレシスが一歩踏み出すと、ジャスリンは慌てて数歩後ずさる。今やルヴィーはジャスリンにしがみついている。2人とも震えていた。この神父クレシスが非常に強い能力ちからの持ち主である事を感じ取っていたからに他ならないのだが、殊ジャスリンにとっては、このクレシスが忘れる事の出来ない、恐ろしい神父であった為である。

 「あ、貴方は、私の名前を知っているじゃありませんか」

 「いや、知らないが.....?」

 「私を殺そうとしたくせに.....」

周囲が大きくどよめいた。

 「私は君に会うのは初めてだと思うけど.....、君は私の顔を知っているの?」

ジャスリンは、目を見開いた。つい先達ても、メルスフォルトで望まぬ再会をしたというのに....、何と白々しい。震える程に腹立たしい。だが、ジャスリンの怒りのこもった瞳を受け止めたクレシスは、一瞬、落胆の色を瞳に浮かべたが、次の瞬間にはそんな物は消し去っており、飄々たる表情で微笑んでいた。

 「君が知っているのは、私の兄だろう?レジスっていう。忌々しい事に私と同じ顔をしているよ。双子なものでね。しかも同じ悪魔払いだ。......彼に随分酷い目にあわされたようだね....、その怯え方からすると.....」

 ジャスリンは半信半疑であった。咄嗟に信用など出来る筈がない。

 「あいつは、狂信的だからな......。ちょっとプッツンいっちゃってるのさ。私はそんな事無いから安心していいよ。で?何て名前?」

 「ジャ....ジャスリン.....」

怯えながらも、律儀に名乗るジャスリンを、やはりどこかずれていると思うルヴィーであった。

 「可愛い名だね、ジャスリン」

クレシスが素早くジャスリンの手を取ると、その白い甲に口付けを落とした。 

 「ひゃああぁぁx!?#$%!」

ジャスリンが悲鳴と共に飛び退った。

 「何をするんじゃーーっっ!!!」

ドード神父始め、ハレンガルの人々が目くじらを立てて、ジャスリンとルヴィーの周りに垣根を作った。

 「そんなに怖がらなくったって.....」

クレシスの半ば呆れた声も耳には入らぬ様子で、魔女は涙目で手の甲を服で幾度も拭う。そんな様子に、クレシスは少し傷ついた表情をした。

 「まあいいや。とにかく私は行くよ」

クレシスは人垣を除けてスタスタと歩き出した。

 「あ、そうそう、神父がいるってことは、教会もあるんだろう?今晩厄介になるよ、ご老体」

必要以上に爽やかな笑顔をドード神父に向けると、くるりと踵を返し再びスタスタと歩き出した。

 「こっこれっ!待たれよクレシス神父とやら!」

ドード神父がクレシスの後に続く。ジャスリンとルヴィーもしっかりと手を繋いで後を追う。そして当然の如く、町長はじめ、町の人々も後を追う。ひょっとして、ハレンガル中の人々が後に続いているのでは、という程の長い行列が出来ていた。

 「ウィードは、あ、貴方なんかに会いたがらないと思いますわっ!」

ジャスリンが、少し距離をおきながら、クレシス神父に突っかかる。

 「でも私は会いたい」

 「迷惑です!ウィードはドードさん以外の神父は嫌いだと思います。ルヴィーも私も嫌いです!!」

 「なら、これから私の事も好きになってよ、ジャスリン」

 「嫌です。帰って下さい」

 「そんな事言われても、帰る処なんて無いんだよね」

 「王都に帰れば良いでしょう?教会の総本山に!!」

 「嫌だよ、あんな処」

びくつきながらも、つっかかるジャスリンに対して、クレシス神父は笑顔で応じ続ける。なにやらドード神父と張り合える程に飄々としている。この2人のやりとりに、後ろに続く人々は何と言って良いかもわからずに黙々と歩く。


 「......で?ご丁寧に、その悪魔払いをここまで案内して来たわけか?」

案の定、アレスウィードは酷く不機嫌であった。

 「案内して来たわけではないです.......」

ジャスリンは上目使いにウィードを見る。唇をつんと突き出していた。

 「別に案内なんて必要なかったんだけどね、ありがとう、可愛いジャスリン」

 「案内なんて、していませんったらっ!!」

ジャスリンは憤慨してクレシスに突っかかる。

 「まあまあ、嬢ちゃんや」

ドードが、ジャスリンをなだめる。

今その場にいるのは、城の住人3人と、ドード神父と招かれざる悪魔払いのクレシスとの5名だけであった。残りの人々は、外で待っている。


 「で?何しに来た?」

ウィードの冷たい眼差しにも動じる事無く、クレシスは微笑んだ。

 「何って、あんたに会いに来たのさ、アレスウィード殿。どれ程の能力ちからの持ち主かと思ってね」

ウィードは、面白くも無さそうに鼻を鳴らす。

 「成る程、確かに私には敵いそうにないね。まあ、兄貴が手を上げないから、私にも敵う相手じゃ無いんだろうって事は分かってたんだけど」

 「お前はレジスとは随分違うな。似てるのは顔だけか?」

 「まあね、幸い私はあんな狂信者じゃない。ついでに顔も違っていたら言う事無かったね。この顔のせいで良く間違われる。何せあいつの仕事は派手だからな。色んな魔族や魔導師達の恨みを買ってるから、そのとばっちりがこっちにまで来る。迷惑だったらありゃあしないね。可愛いジャスリンにまで疎まれちゃったよ」

ジャスリンが下唇を突き出して、笑顔のクレシスを睨んだ。

 「さあ、これで満足でしょう?とっととお帰り下さい。もう二度と来ないで下さい!」

珍しくジャスリンが他人に対して怒っている。ウィードが片眉を上げた。クレシスはそんなジャスリンに、にっこりと極上の笑顔を贈った。

 「領主殿」

クレシスは、段上のウィードを見上げた。ウィードは無表情のままである。

 「私はこのハレンガルが気に入った!ここに住みたい」

 「神父なんぞごめんだ」

ウィードは冷たく一蹴する。

 「この老神父はどうなんだ?」

クレシスが不満げにドード神父を示した。 

 「ふんっ、そいつは教会本山とは関係無い」

 「破門僧か?」

 「違うわい!抜け神父じゃ!」

ドードが憤慨する。

 「なら私も抜け神父になろう」

ジャスリンが思い切り口をへの字に曲げた。ルヴィーはそんなジャスリンを心配そうに見上げている。 

 「けっ、阿呆かっ」

ウィードはくるりと背を向けた。

 「頼む!私をハレンガルに置いてくれ!」

 「俺に頼んだって無駄だ。住人達がお前を受け入れん事にはな」

言い捨てると、ウィードはさっさと行ってしまった。

悪魔払いクレシスは満足げに微笑んだ。


 この日から、彼はドード神父の教会に住み着き、なあなあなままに、このハレンガルの住人とあいなるのでありましたとさ。



 

 


 

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