6. 再会(上)
最近、花が目につく。
庭は勿論なのだが、城内でも至る所に花が活けてある。気が付いたら、自分の部屋にまで活けてあったので、ウィードは少し驚いた。
庭に花が咲いているのを見るのは何百年ぶりであろうか...と、ウィードは考えてみる。もう長い事、花壇は荒れ放題のままであったのだが、春の始めの嵐の夜、この城に迷い込みそのまま住み着いた魔女が、庭仕事に凝ってくれているお陰で、今ではすっかり、この城に似つかわしい古風な庭園が出来上がっていた。
ウィードは庭へ出た。大振りな薔薇が見事に咲いている。遠い昔、この同じ場所に薔薇園があった事をウィードは覚えている。吸血種族ならば誰もが本能的に魅了されるであろう、それらの薔薇の深紅を鮮明に覚えている。自分を育てた魔族の女達が、吸血種である主の自分を慰めようと、丹誠込めて育てていた。その女達も、もう今はいない。
紅薔薇の前で、懐旧の念に捕われていた己にウィードは独り苦笑する。
(らしくないな....、全く....)
再び歩き出した。辺りは紅薔薇からやがて白薔薇へと変わる。紅薔薇に負けず劣らず見事に咲き誇っている純白の薔薇。白薔薇も悪く無いなと思いながらゆっくりと歩を進めていると、その先に魔女の姿があった。夏らしい白い半袖ドレス姿の魔女が、長い髪を薔薇の枝に絡ませて困っていた。今日は少し風がある。
「あぁ〜、どうしましょう....。取れません〜......。こんな事なら髪など切っておくのでした....」
ジャスリンは、枝に絡まった己の髪をほどこうとするのだが、薔薇の棘と己の猫っ毛のせいで全然取れやしない。むしろさらに絡まってゆく。そのうち.....。
「痛っっ!」
案の定、指に棘を刺し反射的に指を引っ込める。
後ろから手が伸びて来て、ジャスリンの傷ついた手を取った。見上げると、黒髪の魔族がジャスリンの指の傷に唇をよせていた。
「じっとしてろ」
ウィードが絡み付いた髪を丁寧にほどいた。ほどきながら、彼は昨日の事を思い起こす。
気まぐれにギャラリーへ行ったら、ジャスリンがぽつんと独りでいた。何をしているのか尋ねると、「絵画鑑賞」という答えが返って来た。
「ウィードのお母様は、とても綺麗な方だったのですね」
言われてウィードも、ジャスリンの見上げる肖像画に目を向ける。400年程前の絵だ。
「ウィードにそっくりです」
「....それは俺も綺麗だって事か?」
ジャスリンは一瞬きょとんとした表情でウィードを見上げるも、すぐに笑顔で頷いた。
「そういう事になってしまいますね」
「綺麗と言われて喜ぶ男はあまりいないぞ」
ウィードは室内を見回し、1枚の絵の前へ歩み寄る。
「優しい方でしたか?ウィードのお母様」
「さあ、知らん。俺を産んですぐに死んだからな」
ジャスリンは振り返った。
「そうだったのですか.....。ごめんなさい。余計な事を尋ねてしまいました」
「別にかまわん。魔族は人間程死を悲しみやしないからな。それよりお前」
「はい?」
「ひょっとして、この絵を見て庭に薔薇園が欲しいなんて言い出したのか?」
ジャスリンは、ウィードの見ていた絵に気付き、再び微笑む。
「そうですわ」
この城を描いた物であった。庭から望んだ月夜城。薔薇園が描かれている。今現在と同じ位置に。
「この絵と同じにしたかったのです.....。ひょっとしてお気に召しませんでしたか?」
ジャスリンは少し心配そうな顔をする。
「いや、そんな事は無い」
ウィードは静かに答えた。
ウィードが枝に絡み付いていたジャスリンの髪を綺麗にほどいてやると、ジャスリンがびっくりした様にウィードの手を掴んだ。
「血が出てますわ」
棘で引っ掻いたのね.....。言いながらジャスリンは唇を寄せる。
「吸血鬼の真似事か・」
ウィードは苦笑した。
「いけませんか?」
いや.....、ウィードは呟いた。
1週間のうち最低でも3日か4日、ジャスリンとルヴィーは町へ出掛けた。それは買い物の為である事もあれば、ドード神父を尋ねる為でもあれば.....、まあ、どちらかといえば、暇つぶしの方が多かったであろうか.....。
今ジャスリンとルヴィーは、フンデルの花屋で花造りの講義を受けていた。根っからの花職人であるフンデルは、ジャスリンとルヴィーが訪れると喜んで様々な植物の育て方を教えてくれた。フンデルは住居兼店の裏手の庭に、処狭しと植物を造っている。庭というよりも、そこはもう花畑である。
「まあ、大きな向日葵ですね」
ジャスリンは、自分よりも大分背の高い向日葵の群集を見上げた。
「ウィード様位大きいね、ジャスリン」
「本当ですね」
「今が季節ですからなぁ、この花は。種が取れたら、魔女様にも差し上げましょう」
花屋の言葉に、ジャスリンは、にひゃら〜と嬉しそうな顔を隠しもしない。
「魔女様もルヴィー坊ちゃんも、お茶に致しませんか?」
フンデルの奥方が声をかける。
「焼き菓子が焼き上がったとこなんですよ。ルヴィー坊ちゃんには牛のミルクもありますから、お出でなさいな」
ルヴィーは、わーいと歓声を上げながら駆けて行く。魔族の少年は、人間の食物を余り食べないのだが、牛や羊の乳と甘い物は好物である。そして主食は、木の実やすぐりや苺などのしょう果類であった。
「わあ、この焼き菓子、中にベリーが入ってますよ。何て美味しいのでしょう」
「すごく美味しいね」
「ミレおばさんのお菓子は最高です」
まあまあ、それじゃあ沢山召し上がって下さいましよ...と、ミレは丸い体を揺すりながら笑う。
「アレスウィード様もお出下さるとよろしいですのにねえ」
ミレが残念そうに言うと、フンデルもカップを片手に同意した。
「ウィードは今日も本の虫になってますわ。夏の日差しはきついと言って外に出たがらないのです...」
酷い内弁慶さんですと言って、ジャスリンは肩をすくめた。
「そうだ、この焼き菓子、アレスウィード様にもお持ち下さいな、魔女様。沢山焼きましたから」
「そりゃいい考えだ。お前もたまには気が利くなあ」
「何ですよ、お前さんよりは気が利きますよ、あたしは」
ミレが冗談まじりに夫の背をばしんと叩く。
「ウィード、きっと喜びますわ。ねっ、ルヴィー?」
「うん」
頷くルヴィーの唇の上は、やはりミルクで白くなっている。
「あらあら、ルヴィーはミルクを飲む度におヒゲを作りますね。何て可愛いのでしょう」
ジャスリンはいつもの様にハンカチーフを取り出して、ルヴィーのヒゲを優しく拭いてやる。
「まるで仲の良い姉弟の様ですねえ。魔女様とルヴィー坊ちゃんは」
照れるジャスリンに、ミレは少し遠い目をした。
「ねえ、お前さん。魔女様を見ていると、あの子を思い出しやしませんか?」
ミレが少し寂しそうな目で夫を見た。
「何を言うか、魔女様に失礼だろうが」 フンデルが妻を叱った。
「あの子って?どなたでしょうか?」
首を傾げるジャスリンに、ミレは哀しげに微笑む。
「あたし達の娘なんですよ」
「娘さん?」
ミレは頷いた。
「あたし達には娘が1人おりましてねえ....。魔女様みたいな器量良しじゃなかったですけども、魔女様の様に愛嬌のある無邪気ないい娘だったんですよ。それが、ある日ハレンガルを訪れた旅のよそ者に惚れちまいましてねえ、くっ付いてっちまったんですよ。あの娘はまだ十七でした。ちょうど今の魔女様位の頃でした.....」
フンデルもミレもジャスリンの実年齢を知らなければ、魔族の血を引いている事も知らない。わざわざ今告げる事でも無いだろうと思い、ジャスリンは黙っている。
「あれから何の便りもなくて、今頃どうしているのやら.....、生きてるのか死んでるのかも分からないんですよ....」
「あんなよそ者にくっ付いてくって言った時に、親子の縁は切ったんだ。便りなんか寄越せっこねえ。あいつはもう娘でもなんでもねえんだ。全く魔女様と坊ちゃんの前でじめじめした話なんかしやがって.....」
そう言ってミレを叱るフンデルの目にも、深い哀しみが浮かんでいた。
「あの、そのお嬢さんの持ち物、何かありますか?」
「持ち物?」
ジャスリンの突然の意味不明な問いに、花屋の夫婦は顔を見合わせた。
「出来れば、お嬢さんが大切にしていた様な物だと良いのですが」
ジャスリンは重ねて注文を付ける。
「そんな物はもう無いですだよ。あいつが出てっちまった時、ばばあがあんまりめそめそするもんで、全部処分しちまったんですよ」
そう説明するフンデルの横で、ミレは無言のまま部屋を出て行ったかと思うと、古びた人形を手にして戻って来た。そして席に着くと愛おしげに人形を撫でた。
「お前....、そいつは」
「お前さんに内緒で持ってたんですよ。あの子が小さい頃、そりゃあ大事にしていた人形だから....」
ミレが涙をこぼした。
「そのお人形、暫くの間貸して頂けませんか? 必ず必ずお返ししますから」
不思議そうな顔をするフンデルとミレに、ジャスリンは優しく微笑んだ。
ジャスリンは自室の鏡台の前に立っていた。手にはフンデル夫婦の娘の人形がある。ミレの手作り人形なのであろうか.....。すかっり古びて色あせている。それはお下げの女の子を象った人形であった。
ジャスリンは深呼吸を1つすると、呪文を唱え始めた。細い声で歌う様な呪文を唱えながら、人差し指で鏡の表面に触れた。まるで水面の様に波紋が広がる。
「鏡さん、お願い。この人形の持ち主の姿を見せておくれ」
ジャスリンの願いに鏡は反応した。
旅支度をして、暫くの間留守にする旨をジャスリンが告げた時、ウィードは本から顔を上げもせず、「そうか」とだけ言った。
「何処へ行くの? ジャスリン? ちゃんと帰って来る?」
ルヴィーがびっくりしてジャスリンに縋り付いた。
「メルスフォルトへ行くの。もちろん帰って来ますわ。お馬鹿さんですね、ルヴィーは」
ジ ャスリンはルヴィーを胸に抱きしめてやる。
「せいぜい教会にとっ捕まらん様にな。あの辺は神父がうじゃうじゃいる」
えっ!? と、ジャスリンが不安気な声を上げた。ウィードが本から顔を上げる。
「メルスフォルトが教会本山膝元の隣町だって知ってて行くんだろうな?」
にへらっと、引きつった笑いを浮かべる魔女に、ウィードの表情が険悪になる。
「お前....、まさか?」
「その....、だからウィードに場所を聞こうと思って...」
ウィードは不機嫌そうに読んでいた本をばしっと閉じた。
「晩飯も食わずに、こんな夕暮れ時にメルスフォルトへなんぞ出掛けようっていうその理由は?」
「フンデルさんとミレさんのお嬢さんに会いに行くのです」
ジャスリンにしがみついていたルヴィーが、顔を上げてジャスリンを見上げた。ウィードは十数年以上前にハレンガルを出て行った花屋の一人娘を思い出した。
「何の為に会いに行くんだ?」
「フンデルさんとミレさんが、彼女を想ってとても哀しんでいる事を伝えに行くのです」
不機嫌なウィードに、ジャスリンはもじもじと手指を動かしながら答える。ルヴィーがくすぐったそうに少し身をよじった。
「それでは行って来ます!」
「待てっ! この阿呆魔女!」
身を翻すジャスリンに、ウィードは不機嫌を全く隠しもせずに怒鳴った。
「また阿呆って言いましたね? ウィードは性格ブサイクです!」
ジャスリンは下唇を思い切り突き出した。
「阿呆を阿呆呼ばわりして何が悪い? この阿呆がっ!」
ルヴィーが心配そうに主とジャスリンを交互に見る。
「そう簡単に事は運ぶと思うのか?」
「ミレさんからお嬢さんのお人形をお借りしましたもの。これがあれば彼女を見付けられますわ。私だって一応魔女ですもの!」
ジャスリンは拳を作って力説する。ウィードは溜息をついた。
「そんな事じゃない。お前、俺の話を聞いてないだろ?」
「はい....?」
「メルスフォルトは王都の隣町だ。教会本山膝元の隣町だって言ってんだ。神父が多いのは当然だが、一発でお前に魔族の血が流れている事を見抜く悪魔払いも少なく無いと思うぜ。分かってるのか?」
「は...あ...、でも.....」
ジャスリンは俯いたが、すぐに顔を上げた。
「でも...、行かなきゃ...、だって..だって...、彼女はとても幸せそうには見えないのですもの....。もしも彼女が幸せな生活を送っていたなら、その事をフンデルさんとミレさんに教えてあげるだけにするつもりだったのです。でも彼女はとても不幸に見えました。もしかしたら、ハレンガルに帰りたいと思っているかもしれません」
「そうは思ってないかもしれない」
ウィードの声は冷たい。
「そうですけど...、でもフンデルさんとミレさんは哀しんでいます。フンデルさんは口ではあんな事を言ってますが、心の内ではお嬢さんを恋しがっているのです。彼の瞳は哀しみを隠す事は出来ません。私は魔女です。今日、彼の哀しみを知りました」
「で、あの夫婦がお前に頼み事をしたのか? そんなわけじゃ無いんだろう? お前のやろうとしてるのは、おせっかいだ。思いっきり余計な事だ」
「わかってます。分かってますけど、でも....放ってはおけませんっ!」
ジャスリンは涙を浮かべながら叫ぶと、踵を返して部屋を飛び出して行った。ウィードは忌々しげに舌打ちし、そしてやがてソファーから立ち上がった。
その晩、大きな黒狼と、少し小さな白狼が連れ立って南西の方向へと疾走して行く光景を目にした者はあったであろうか.....? 又その翌日、二羽のハヤブサが連れ立って南西の方角へと飛んで行く光景を目にした者はあったであろうか....?
「畜生、何て雨だ」
「ずぶ濡れですぅ〜」
激しい夕立であった。雨音が凄まじい。雷さえ伴っている。2人は洞穴を見付け避難したところであった。ウィードは毒づきながら.....。ジャスリンは這々の体で....。雨足が酷くてハヤブサの姿で空を飛ぶには、あまりにやっかいであったのだ。
ウィードがかがんで炎を呼び起こした。
「なんて便利なのでしょう。薪も無いのに火が燃えてくれるだなんて」
ウィードの紺碧の目がギロリとジャスリンを見上げた。
「お前はひょっとして、こんな簡単な魔道も知らんのか? 治癒や再生の魔道は知っているくせに....」
「ええと...、てへっ」
ジャスリンは苦し紛れに笑ってごまかす。ウィードは不機嫌そうな溜息とともに立ち上がると、マントを脱ぎ水を絞った。それにならいジャスリンもマントを脱ぐと丁寧に水気を絞り、これまたウィードにならってそれを宙空に広げた。魔法で浮いた二枚のマントがひらりと揺れた。
次にジャスリンは長い髪を絞る。そして最後にスカートの裾を気休めに絞る。ウィードはというと、さっさと上半身だけ服を脱ぎ捨てていた。
「ウィウィウィード! おと乙女の前で何てカッコなのですか?」
座って火にあたっていたウィードが、頬を赤らめているジャスリンを見上げる。
「しょうがねえだろ、濡れちまったんだから。全裸じゃないだけいいだろう? お前も脱いでいいぞ、俺は構わないぜ」
「私が構います〜っ!!」
ジャスリンは叫んだ。そのとき、表に光が走った。かと思うと間髪も無く、耳をつんざく様な音が鳴り響いた。
「ひゃああぁぁっ!!」
ジャスリンは間の抜けた悲鳴とともに、両手で耳を塞ぐなりその場にしゃがみ込んだ。雷を怖がる魔女というのも、この世の中にはいるものである。
「ちっ近かったですね、今の雷...」
ジャスリンは肩をすくめたまま、おっかなびっくり両耳から手をはなす。
「おっ! 光った!」
「ひゃあっ!」
ウィードの大声にジャスリンは、慌てて耳を塞ごうとする。
「なんてな...」
「酷いです、ウィード。心の臓に悪いです!」
ウィードは、ふくれるジャスリンの隣に場を移すと、彼女の片手を取った。
「腹が減った」
言うやウィードは彼女の右手の親指の付け根の柔らかい処に歯を立てた。
「あ...」
ジャスリンは痛みに思わず小さな声をあげた。ウィードに血を吸われる感触に、彼女は今回もおかしな感覚に見舞われる。ジャスリンは何とか気を紛らせようと、ウィードから視線をそらし、彼の名を呼んでみた。そう、ジャスリンはまだ彼に尋ねていない事があったのだ。ウィードが顔を上げる。
「何故...、一緒に来てくれるのですか? 私のしている事は余計な事だって言っていたのに....」
ウィードの息がジャスリンの手にかかる。
「暇つぶしだ」
「暇つぶし?」
ジャスリンが不満げな顔をウィードに向けた。
「もう....もう少し優しい言葉を期待してましたのに...。私ったら馬鹿ですわ...」
「お前の馬鹿は今に始まった事じゃないだろうが」
そう言うや、ウィードは赤い舌でぺろりとジャスリンの血を舐め、にやりと意地悪く微笑み再び血を吸い始める。
「そんな事言うと献血してあげませんから」
「そうしたら襲ってでも吸ってやる」
「悪魔っ!!」
正にその通りである。ウィードは鼻で笑い、彼女の甘い血を吸い続ける。ジャスリンは唇を尖らせながらも、血を吸われるとやはり体が火照ってくる。おまけに胸が高鳴り、息苦しくなり、ウィードの瞳から顔を背けた。吸血鬼は楽し気な光を瞳に宿し、空いている方の手を伸ばして魔女のおとがいを掴むと、彼女の顔を自分へと向ける。ジャスリンの紅潮した頬と潤んだスミレ色の瞳に、ウィードは益々楽しくなり、この初心な魔女をもっと嬲ってやりたくなる。ウィードは彼女の湿った髪を指で梳きながら、耳元に唇を寄せて熱っぽく囁く。
「感じたか?」
「なななななっ?」
途端に理性を取り戻して焦るジャスリンを、ウィードはがっしりと抱きすくめた。ひやりとした肌がジャスリンの頬に触れる。
「離して下さい! せくしゃるはらすめんと反対っ!!」
騒ぐジャスリンの耳にウィードは息を吹きかけた。ひゃっ! という声と共にジャスリンは肩をすくませ背を震わせる。
「つれない事言うな。感じなかったわけじゃないだろう? 吸血鬼に血を吸われると、大抵の女は感じるらしいぜ」
耳元で囁かれたその言葉にジャスリンは驚愕し、がばっとウィードを見上げた。
「そっそっそっ、それは本当ですか? 吸血鬼の吸血行為は、そんな害を及ぼす物だったのですか!?.........どーりで.....」
ジャスリンはショックのせいか、今現在、上半身裸のウィードの腕の中に拘束されている事実を忘れている様である。
「お前、害って言うな、害って。大抵の女は喜ぶぞ」
ウィードはけろりと言う。
「もう血は差し上げません」
「なら襲う」
「じゃあ引っ越します」
「何処へ?」
「えーと、ドードさんの教会において頂きます」
「なら夜這いに行ってやる」
「よっよばっ夜這いっ!?」
ジャスリンは顔を真っ赤にした。吸血鬼はくすっと笑うと、彼女の腰を抱いたまま、手を取り再び血を吸う。ひえぇっ、という奇声と共に、抵抗を行うも、
「止めて下さい...、止め...」
声からも体からも、すぐに力が抜けた。呼吸が震えだす。その苦し気な表情が悩ましくて、ウィードは彼女の唇を奪うと、新たにそっと牙を立てる。唇の血は特に甘いとウィードは思う。血を舐めながら、唇を幾度も重ね、弱々しくそれでも抵抗するジャスリンを押さえつけながら、やがて深く唇を重ねる。時々唇を離してやると、本気で苦しいらしく、荒い息をつく様子が吸血鬼には、たまらなく楽しいのだ。
雨宿りの間の良い時間つぶしであった。
尤も、ジャスリンにとっては、迷惑千万な様ではあったが........。