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51.えぴろーぐ





 季節は、春。

 いつの世も、恋し合う新婚夫婦の生活はとろけそうに甘く、会話を交わすごとにピンク色のハートが飛び交い、他の者達の入り込む隙など一分も無く、完全無欠な二人の世界が培われていた.....、かと思いきや.......。


 「ウィード、そろそろ起きて下さい」

 新妻に優しく肩を揺すられ、アレスウィードは片目を微かに開く。

 「うるさい...」

 不機嫌に呟くや、瞼を落として再び寝息を立てる。

 「起きて下さいったらっ!」

 新妻は盛大に羽布団を剥ぐった。決してとろけそうに甘い仕草ではない。

 「.......」

 心地良い温もりを奪われ眉間に皺を寄せたウィードは、ぶるりと身体を震わせた。

 「さあ、起きて下さい。お寝坊さんのウィード」

 ジャスリンは、寝起きの夫の頬に口付けを落とした。ウィードは数度瞬きをすると、気怠気に身体を起こし寝乱れた黒髪を掻き揚げた。その様子は寝間着の開けた胸元も相俟って、男ながらにやはり妙になまめかしい。

 「とっても良いお天気ですよ、ウィード。お花も沢山咲いていますよ」

  ウィードは新妻が注いでくれた洗面器の冷たい水で顔を洗うと、新妻の差し出すタオルを受け取って顔を拭く。

 「後で、お庭をお散歩しましょう、ウィード。チューリップが沢山咲いたのです。クロッカスや水仙もとっても沢山咲いたのです」

 嬉しそうにさえずる新妻があまりに愛らしく、ウィードは無言のまま彼女を引き寄せ抱き締めて、そのくすんだ金色の髪に顔を埋める。

 「ウィ、ウィ、ウィード!?」

 ウィードは、新妻の首筋に唇を這わせる。

 「ななな何するのですか? 朝っぱらから?」

 「もう大分日も高い」

 「でででもっ、いいいけません。こんなに明るい時間から!!」

 「また、その三文芝居の台詞か?」

 「いっ、いけ...」

 ウィードは、愛する魔女の瑞々しい唇を塞いだ。甘い唇を深く味わいながら、いつしか寝台へと縺れる様に倒れ込む。ジャスリンの喉から細い声が洩れると、ウィードはそそられ益々その唇を貪り舌を絡める。唇を解放してやれば、熱に潤んだスミレ色の瞳がウィードを見上げていた。

 「ウィード....」

 「ん?」

 「私の事....、愛してますか?」

 消え入りそうな声で恥ずかしそうに尋ねてくるジャスリンに、ウィードは紺碧の瞳を細める。

 「ああ....」

 ウィードが即答してやると、頬を染めた魔女は嬉しそうに微笑んだ。そして.......。

 「じゃあ、私を困らせないで、早くお着替えして下さいね」

 するりとウィードの腕の中から抜け出したジャスリンが、にこやかに言った。

 「.......」

 何故そうなるのかと、ウィードは内心納得のいかぬ思いで身を起こし溜息を洩らす。ジャスリンの纏う、ごく淡い紅色のドレスが春を感じさせる。窓から差す日の光に、彼女のくすんだ金色の髪が眩しい程に輝いている。ウィードの着替えを手に、微笑みながら歩み寄って来るジャスリンの姿に、ウィードは幸福を感じた。






 かちゃりと、年代物のカップとソーサーの触れ合う音。ルヴィーの入れた濃いめの紅茶を一口飲んだウィードが、カップを下ろしたのだ。いつもの月夜城の遅い朝の光景である。

 「で?」

 先程とは打って変わった不機嫌そうなウィードが口を開いた。

 「「で??」」

 声がシンクロナイズした。無論双子の神父達である。まるで我が家にいるかの様に寛いだ体でそれぞれ茶の香りを楽しみ、その味を楽しんでいる。これも、この月夜城にあってはそう珍しい光景でもない。

 しかし、今朝はそれだけでは無かった。いつもなら、朝帰りしてそのまま自分の寝室に直行する筈のラーグが、どうやら昨晩は出掛けなかったのか、珍しくもこの時刻のこの席に着いて茶請けのボンボンなどを口に放り込んでいるし、先週の結婚式から未だ居座っているデルフェンの夫婦までもが優雅な仕草でカップを手に、いちゃいちゃと笑い声をたてている。

 「で? お前は何故ここにいる?」

 ウィードの凍える様な低い声音に、皆がきょとんと一斉に顔を上げた。...いや、約一名だけは悠々とカップを傾けている。ウィードの顳かみに青筋が立った様な気がしたのは、きっと気のせいであろう。

 「ジャスリンの花嫁姿を拝んだら、大人しく棺桶に入るんじゃなかったのか、くそじじぃ?」

 「ほえ? わしの事か?」

 「他に誰がいる?」

 忌々し気なウィードの口調など、てんで気にも留めない体で、くそじじぃ...、否、ドード神父はひゃっひゃっひゃっと笑い声を上げた。顔色はつやつやと頗る良い。

 「いやなあ、それがなあ、嬢ちゃんのめんこい花嫁姿を見たら、どうにも嬢ちゃんの子の顔が見たくなってしまってのう。そんな事を思ってたら、何故か病も治ってしまったんじゃ」

 ドードは今一度、ひゃっひゃと元気に笑う。

 「 “病は気から” って、ホントなんだな〜。でも、良かったよなぁ、じいさん。マジ、くたばるかと思ったもんな〜」

 頭の後ろで手を組みながら、ラーグが言えば、ジャスリンも大きく頷く。

 「本当に良かったです、ドードさん」

 「心配かけて、すまんかったのう、皆。ウィード、お前もな」

 「誰が、てめぇの心配なぞするか、くそじじぃ」

 ドードの俄にしんみりとした口調に、ウィードが毒突く。

 「素直じゃないな、アレスウィードよ」

 「本当だね、この弟は。寝ずに看病してたくせに、全く...」

 ヒースラーグとエディラスジーナが、からかうかの様な笑みをウィードへと向けると、彼の機嫌は更に悪化する。そんな不機嫌なウィードの傍らでは、ジャスリンがくすりと笑い声を零し、その隣でルヴィーが嬉しそうにミルクを飲んだ。白い髭面のルヴィーに気付くとジャスリンは、 「あらあら」 と口ずさみながらルヴィーの口元をハンカチでそっと拭ってやったりする。そんないつもの光景を、誰もが優し気に眺めていた。



 


 ハレンガル....、遠い昔から吸血鬼に支配されて来た地。

 そう、そこには今でも、齢数百年にもなろうかという吸血鬼と彼の愛妻である魔女とが、幸せな領民達に囲まれて、仲良く仲良く、暮らしているのでありましたとさ。


                            おしまい



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