50.ウソかホントかグランフィナーレ!?の巻き(五)
ゆらゆらと、足元の心許無い感覚に長らく包まれていた。心細くも不安なその感覚がいつまで続くのかと思われた時、辺り一面にしめやかな静寂と闇が広がった。
眠りから覚めたのだという事に気付いたドードは、己の状況を咄嗟に把握する事が出来なかった。何も見えぬ闇の中で分かるのはただ、己の横たわっている寝台の堅い感触のみであった。やがて酷く気分の悪い事に気付く。身体が熱を持っている事も分かった。記憶は混沌とし、靄がかったかの様に覚束無い。
「サヴィーン...?」
無意識の内にその名を呼びながら、ドードは恐ろしく怠い身体を持ち上げた。あの哀れな妖魔の娘は、何処に....? まさか......?
ドードの全身からは、冷たい汗が噴き出した。サヴィーンは、もしや悪魔払いに捕まってしまったのではとの考えが、脳裏を一瞬にして支配したのだ。ドードは、どうした訳か思う様に動かぬ手足を息を切らしつつ動かし、寝台から抜け出そうとした。床に足をつけ立ち上がろうとしてみたが、思いの外、力の入らぬ萎えた足に混乱する。よろめき、危うく倒れ込むかと思われた処を、強い力に支えられた。
「何してやがる?」
実に不機嫌そうな低い声が傍らで起こる。聞き覚えのある声音であった。
「ア...アレスウィード....か?」
記憶に残っていた古風な名を口にしてみれば、相手は微かに鼻を鳴らした。
「厠へでも行きたいのか?」
「サヴィーンは? サヴィーンは、どこに?」
「......」
黙り込むアレスウィードの手触りの良いシャツを両手で縋る様に掴み、ドードは熱に浮かされたかの様にサヴィーンの行方を尋ねた。ふと、アレスウィードの瞳に陰がよぎる。だが、こんな暗がりの中である、人間であるドードにそれが見える筈も無い。
「寝ぼけてるのか? くそじじぃ」
「.....?」
「サヴィーンは、はるか昔に身罷っただろう」
諭すかの様な静かな声で教えられ、ドードは我に返る。ウィードのシャツを握り締めていた両手から力が抜けた。総てが現実に立ち戻る。
「そう...じゃったな....」
ドードは、遠い瞳を宙空へ彷徨わせたまま呟き、やがて照れたかの様にひゃっひゃと小さく笑った。
「大人しく寝てろ」
「うむ.....」
ウィードに促され、ドードは素直に寝台の中に戻る。
「夢を見ておったのじゃ。昔の夢を」
「そうか」
「ひょっとしてサヴィーンが、そこまで迎えに来てくれとるのかのう....」
ドードは幸せそうな表情で呟き、皺の寄った瞼を再び閉じた。
あれから二人は逃げ続けた。時に徒歩で、時に赤毛のカモシカに化けたサヴィーンが、その背にドードを乗せて、二人は教会の追っ手から逃げたのだ。
「ハレンガルへ行こう、ドード」
「ハレンガル?」
「アレスウィード様の領地よ。ハレンガルはアレスウィード様に守られた土地で、教会の悪魔払い達だって手を出せないって聞いた事があるわ。そこならきっと安全よ、ドード。それにね、そこには人間と魔族が一緒に住んでるんだって」
「へえ...。本当にそんな処があるのかい? それでそのハレンガルとやらは何処にあるんだい?」
「ん〜、それは....、良く分からないけど...。ライトン樹海の辺りだって聞いた事があるわ」
「ライトン樹海って言ったって、巨大だからなあ」
そうぼやきながらも、二人は逃避行を続けたのだ。木の実や果実や川魚で腹を満たしながら、慎重に人目を避ける日々を続け、追っ手に見付かる事も無く巨大なライトン樹海まであと一歩の処までやって来た。恐ろしい思いをする事も無くここまで来られた事に、教会からの追っ手など本当は無いのではと錯覚した程であった。だが、追っ手が無い筈など無かったのだ。純白の詰め襟の僧衣に身を包んだ三人の悪魔払い達に取り囲まれたのは、魔の樹海との異名を取るライトン樹海を目の前にしての事であった。
悪魔払いの神父達は、サヴィーンを背に庇うドードへ蔑みの眼差しを向けた。それぞれの手に握られた聖剣が、日の光を反射して鋭く輝く。ドードはそれらの追っ手に対する恐れよりも何よりも、冷酷な本山への怒りと遣る瀬無さに握り締めた拳を震わせた。
「人里を離れようとしている私達を、どうしてそんな風に執拗に追って来るんだ?」
哀しみの隠るその言葉に、悪魔払い達の仮面の様な表情が揺らぐ事は無かった。
「お前達の存在は悪である。生かしておくわけにはいかないからだ。悪魔に魅入られた神父ドードよ。せめて死を迎える前に悔い改めよ」
「私は、何も間違った事はしてない。この娘は、心優しい娘だ。我々の害になる様な事なんか、何一つしていないんだ。それを、ただ魔族だというだけで消し去ろうなんて。父なる神がそんな残酷な事をお望みになる筈が無いんだ」
「話しても無駄な様だな。残念だよ、神父ドード」
一人の機械的な口調と共に、悪魔払い達の聖剣がゆるりと上がった。幻聴のような聖句が流れ出す。
「サヴィーンっ!」
ドードはサヴィーンの手を掴んで駆け出した。だがそれも悪魔払い達にとってはほんの些細な悪あがきでしかなかった。純白の閃光はドードを弾き飛ばし、いとも容易くサヴィーンの細い身体を絡めとったのだ。
「止めろっ! 止めてくれっ!!」
悲痛な叫びと共にサヴィーンに駆け寄ろうとしたドードを、教会の呼ぶ処の聖なる雷が無情にも打った。
「ドードっ!」
全身をがんじがらめにされながらもサヴィーンは絶叫する。身じろぎする度に、全身に絡み付いている目に見えぬ茨が身を苛んだ。悪魔払いの雷に打たれたドードは、全身から焦げた煙を立ち上らせつつ、その身を起こそうとしたが、それも適わずにその場にぱたりと倒れ臥す。弱々しい呻きがその口から漏れた。
「ドード...?」
サヴィーンは不安に泣きながら、地を這い進もうとした。意識の遠のく程の痛みに絶えず襲われ、皮膚が裂け血が流れてもなお、サヴィーンはのろのろと地を這ってドードの元へ行こうとした。
嫌悪の瞳でその様子を伺っていた悪魔払いの神父達は、やがてそれにも飽きたのか、再度聖剣を上げ聖句を口ずさむと、それを残酷に振り下ろした。サヴィーンの表情が恐怖に固まる。そして突如、橙色の炎が炸裂した。
炎の化身となり俄に身体の自由を取り戻したサヴィーンは、ドードを庇う様にその炎で包み込んだ。辺りを焼き尽くさんとする魔の炎は、ドードの身だけは焼かなかった。だがしかしサヴィーンの炎は、三人の悪魔払い達を怯ませはしたが所詮一瞬だけの事であった。三人もの悪魔払いが相手では、年端もいかぬ妖魔の娘に歯の立つ筈も無かったのだ。
「無駄な足掻きを」
その言葉を最後に、悪魔払い達の手から放たれた聖剣がそろってサヴィーンの身を貫いた。ドードは叫び声を上げた。彼自身、何を叫んだのかも分からなかった。咄嗟にサヴィーンの身体を抱きとめた。その身を貫く三本の聖剣を次々に引き抜くと、どうして良いかも分からずにドードはサヴィーンの名を呼びながら痙攣する細い身体を抱き締めた。
「しっかりしろ、サヴィーン、サヴィーンっ!」
ドードは、震える手でサヴィーンの白い頬をそっと撫でる。
「逃げて....、ドード.....」
「お前を置いて逃げられるもんか..」
ドードの瞳からは涙が吹きこぼれていた。
「待ってるから....」
「サヴィーン..」
「少しのお別れよ....」
「サヴィーン......」
ドードは泣き崩れた。
「あたし、待ってるから...」
微笑むサヴィーンの片手が挙がり、ドードの背後に迫っていた悪魔払い達に向けて炎が放たれた。そして次の瞬間には、砂が崩れる様に消え失せた。後には、彼女の新緑を染め抜いた様な衣服だけがドードの腕の中に残された。それを胸に抱き締め、ドードは声を殺して泣いた。背後に悪魔払い達が迫ろうとも、サヴィーンを失った今、ドードには最早どうでも良かったのだ。サヴィーンの炎は、悪魔払い達を焼き尽くすには至らなかったらしい。それならば、サヴィーンを葬ったその聖剣で、この命をも絶ってくれたら良いとドードは考えたのだ。
「私は、逃げも隠れもしないさ。お前達の呼ぶ処のその聖剣で、私をも殺せばいい。お前達はそうやって罪を重ねていくんだ。もうどれだけその剣で貫いた? もうどれだけ罪を重ねて来たんだ?」
ドードは泣き濡れた面に皮肉の笑みを浮かべながら、振り返った。
「黙れ、堕ちたる者よ」
一人が憎々し気に言えば、もう一人が聖剣を振りかざしながら口を開く。
「せめて永遠の眠りの前に悔い改めれば、神は許したまい、その汚れた身をお救い下さったものを、哀れな...」
「今ここで我らにその命、絶たれる事を幸いと思うが良い!」
ドードは、逃げる事も命乞いをする事もせず、ただサヴィーンの衣服を抱き締めながら、まるで罪人を弾劾するかの様な強い眼差しを悪魔払い達へと向けた。だが次の瞬間には、まばゆい光に包まれ視界を失った。
「遅かったか....」
小さな呟きが聞こえた様な気がして、ドードは僅かに顔を上げた。そよ風が、彼の焼け焦げた巻き毛を弄んで行く。その静謐な空気に、ひょっとして、これが死というものなのかと半信半疑で辺りを見回してみれば、地に倒れ臥す悪魔払いの神父達の姿が目に入った。今しがたこの自分を殺そうとした悪魔払い達の、ぴくりとも動かぬ様子に、安堵よりも気味悪さを覚える。すぐ傍らで地を踏む音が鳴った。振り仰いでみれば、そこに黒髪の魔族の姿があった。静かに見下ろす濃紺の瞳に、ドードはやがて意識を手放した。
平和なハレンガルの小さくささやかな教会の礼拝堂には、人々が処狭しと集っていた。席が足らずに、壁際にも多くの人々がそわそわと立っていた。その祭壇の前には純白の礼装姿の黒髪の魔族がふてぶてしくも腕を組んで立っている。やはり礼装姿の双子の神父達に挟まれて、車いすに背を預けた礼装姿のドードがにこにこと機嫌良く微笑んでいた。
「何を笑ってやがる、くそじじぃ」
ウィードがじろりとドードを睨みつけた。
「嬉しいんじゃよ」
「けっ。お前の冥土の土産に、何だってこんな処で婚儀を挙げねばならないんだ?」
「そりゃあ、仕方が無かろう。わしは神父じゃからなあ」
飄々と答えるドードに、ウィードの眉間の皺は更に深くなる。
「胸くそ悪いったら無いぜ」
「我慢せい。わしの冥土の土産の為じゃろうが」
「くそっ」
毒突くアレスウィードに、ドードはひゃっひゃと機嫌良く笑った。
「あれ? なあヒース、エディラは?」
ラーグが辺りをきょろきょろと見回しながら傍らのエーデルワイズ伯に尋ねた。
「ああ、我が妻は、本日のこの晴れ晴れしい婚礼の演奏者を買って出たのだ」
「演奏者? ああ、そうなの?」
ラーグは、壁際のキャビネット型パイプオルガンの前に座るエディラスジーナの姿を認め
納得する。
「さてと、私もそろそろゆかねばな」
相変わらずの蝶ネクタイにタキシード姿のヒースラーグが立ち上がった。それでも彼曰く、今日のタキシードは冠婚葬祭様の特別仕立ての物なのだそうである。尤も、どの辺が特別仕立てなのかは、本人にしか分かるまい。
「えっ? ちょっ!? 何処行くんだよ、ヒース? 結婚式、もうすぐ始まっちまうぜ」
「この私がゆかねば、婚礼は始まらぬのだ。はっはっはっはっ」
高らかな笑い声と共に、ヒースラーグは年若い従弟をその場においてさっさと行ってしまった。
「まさか教会で婚礼だなんて、アレスウィードとジャスリンも、とことん “ぶっ飛んでいる” 事よね。ねえ、あなた」
「そうですね、お嬢様」
落ち着いたアフタヌーンドレスにチュール付きの帽子姿のネフェイラが傍らの夫を見上げれば、相変わらずの超絶な美貌に優し気な微笑を称えたタマフィヤンドラカスが愛しのお嬢様...、いや、愛妻の手を取って握り締めた。
「ところで、その様な言葉を、一体何処で覚えたのですか?」
「え? なあに? “ぶっ飛んでいる” ?」
「はい」
「さあ、何処だったかしら...」
ネフェイラは、きょとんと首を傾げた。
がやがやと騒がしかった教会内が、まるで潮が引くかの様に静まって行った。
「ほら始まるよ」
誰かが小声で言った。その合図に、男達はタイが曲がっていないか確かめ、女達は帽子が曲がっていないか手でそっと押さえながら居住まいを正した。
オルガンの音が響き渡り、両開きの扉が静かに開いた。
可愛らしい桃色の、ひらひらのオーガンジーの揃いのドレスを身に着けた少女達が、それぞれの手に提げた可愛らしい籠の中の花びらを撒きながら入室して来た。先頭で花びらを撒くシェリーは誇らし気である。そして、その花びらの撒かれた絨毯に、エーデルワイズ伯に手を取られた眩しい程に純白の花嫁が一歩を踏み出した。片手には白の大振りなカメリアとアネモネにスミレ色の小花の散らされたブーケを持っていた。ルヴィーと縫いぐるみ兎のピシャカレスが、揃いのお仕着せを身に纏い、長く引かれたベールを恭しく捧げ持っている。誰もが、待ち望んだ花嫁の姿に溜息を洩らした。そんな人々の喜びと感嘆の溜息の中を進み来る花嫁の姿を、ルクスはひたすら平面の世界に留めようと木炭を掴む指先を忙しく動かし続けていた。
「ちぇ〜っ。ヒースの奴、そ〜ゆう事かよ。ずるいな〜ぁ」
ラーグがぶちぶちとぼやく。唯でさえ、ジャスリン結婚の為に傷心なのである。
「さっきから五月蝿くてよ、ラーグフェイル。全く、未練たらしいったら無いわ。貴方には花嫁を略奪するくらいの男気は無いの?」
ネフェイラがうんざりと掌をひらひらと振る。
「んな事、してえけどさぁ。次の瞬間には俺、消されてると思うぜ、くそウィードに」
「そうね、間違いなくそうなるわね、ねえ、あなた」
「そうですね。お嬢様」
ネフェイラとタマフィヤンドラカスの微笑み見詰め合う様子に、ラーグは顔を顰める。
「ったく、人事だと思いやがって」
ラーグは、遣る瀬無さそうに溜息をついた。
皆に見守られながらジャスリンは歩んだ。ウィードは腕を組んでこちらを見詰めていた。ジャスリンはベール越しにウィードと見詰め合い、ドードへと目を向けた。ドードは、車いすの中で柔和に微笑んでいた。零れそうになる涙を、ジャスリンは堪えた。祭壇の前へと辿り着くと、ウィードがエーデルワイズ伯からジャスリンの手を取り、ドードが両脇に立つレジスとクレシスの手を借りて立ち上がった。
「父なる神は、こう言っておられる。愛は寛容であり、愛は親切であると。すべてを我慢し、すべてを信じ、すべてを期待し、すべてを耐え忍ぶ事なのであると。愛は決して絶える事はないのであると」
ドードが仕来りにのっとり、聖なる書の一節を唱えた。文句の一つも言うかと思われたアレスウィードは、大人しく沈黙を守っている。
「双方、手を」
ドードはウィードとジャスリンのそれぞれの手を取り重ね合わせると、自らの手をもその上に重ねた。
「アレスウィードよ。汝、このジャスリンを妻とし、健やかなる時も病める時も、喜びの時も悲しみの時も、富める時も貧しき時も、いかなる時も慈しみ、敬い、慰め、助け、死が二人を分つまで、誠実たらん事を誓うか?」
「ああ、誓ってやる。但し、俺の名にな」
素直に、且つふてぶてしい態度で答えたウィードに、ドードはわざとらしい咳払いを一つ零すと、今度はジャスリンへと目を向ける。
「ジャスリンよ。汝、このアレスウィードを夫とし、健やかなる時も病める時も、喜びの時も悲しみの時も、富める時も貧しき時も、いかなる時も慈しみ、敬い、慰め、助け、死が二人を分つまで、誠実たらん事を誓うか?」
「はい、誓います、ドードさん」
ジャスリンが答えると、ドードは実に嬉しそうに頷いた。そして指輪の交換が行われ、誓いの口付けを許される。
アレスウィードの手がジャスリンのベールを剥ぐった。けぶる様なスミレ色の瞳が潤んでいた。瞳を潤ませながらも、ジャスリンは微笑んだ。その微笑む唇にウィードが口付けると、一斉に歓声が上がった。そしてエディラスジーナが再びパイプオルガンで明るく荘厳な曲を奏で始めた。
その晩は月夜城にて宴会が開かれた。皆が浮かれていた。エーデルワイズ伯と深紅のドレスに身を包んだエディラスジーナが優雅に踊り、町の人々がそれを真似る様に踊り、ラーグが着飾った娘達を口説いて回り、ルヴィーがシェリーと仲良く甘いお菓子に舌鼓を打っていた。
「良い式じゃったのう」
月夜城の大広間にしつらえられた寝椅子の、クッションに埋もれる様にして背を預けたドードが目を細めながらしみじみと言った。その近くに椅子を並べ座っていた双子の神父が揃って頷いた。
「ドードさんと皆さんのお陰です。とっても感謝しています」
寝椅子の傍らに跪く純白の花嫁姿のジャスリンは、骨の様にやせ細ったドードの手に自らの手をそっと重ねながら静かに微笑む。
「何の何の、お前さんのめんこい花嫁姿を拝まして貰って、わしこそ感謝しとるよ、ジャスリンや」
「ドードさん...」
「お前にも、心から感謝しとる、ウィード」
ドードの後ろに立つアレスウィードは、腕を組んだまま答えなかった。
「さあさあ、主役のお前達がこんな端っこに引っ込んでちゃいかん。ダンスでもして皆を喜ばしてやらんか、ほれ」
ドードに尻を叩かれて、ウィードとジャスリンは広間の中央へと歩いて行った。その後ろ姿を、ドードの優しい眼差しが追う。
「誠に、良い式じゃった」
ドードが再度呟いた。
「そうですね、老師。感動して泣きそうになりました、私は」
「私もですよ、老師」
双子の言葉に、ドードはひゃっひゃと笑う。
古風なシャンデリアに灯された沢山の蜜蝋の炎の下で、魔女と吸血鬼が緩やかな曲に乗りながら踊っている。周囲には、うっとりと眺めている者達、微笑まし気に眺めている者達、城主と奥方に倣い身体を寄せ合いながらゆっくりと曲に乗る恋人達等々、様々である。花嫁のブーケを囲む、うら若い娘達の間からは、しきりに華やかな声が上がっている。ブーケを受け止めた幸運な娘が、他の娘達に羨ましがられているのだ。
花嫁は、頬を染めながら花婿の胸に身を預けている。二人の幸せそうな様子に、老神父も幸せであった。
「これで、思い残す事も無い....」
彼の脳裏に、あの最後の、空気にとけ込みそうな程の微かなサヴィーンの声が甦る。
『あたし、待ってるから......』
老神父は満足げな笑みを浮かべ、双子の神父達の見守る中、小さな息を一つ吐き、静かに瞳を閉じた。