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5. 花壇造り

 早、初夏の兆しである。日差しが強くなりつつある。

 「今年も又、嫌な季節がやって来るぜ....」

ウィードは、朝....否、正確には昼過ぎに寝床から抜け出すと、窓越しに空を見上げて毒づいた。吸血種族なので、やはり太陽の光は余り好きでは無い。特に強い日差しは.....。別に灰になるわけではないのだが、目がくらむのだ。


 庭を見下ろすとジャスリンとルヴィーの姿が見えた。土遊びでもしているのか、何やら楽しそうである。 

 「また何を始めたんだか....」

阿呆な魔女でも、女が1人いると随分違うものだとウィードは思う。ルヴィーはすっかりジャスリンに懐いてしまっている。暫し魔女と少年の様子を眺めていたウィードは、自分でも気付かぬうちに微かな笑みを浮かべていた。


 「あ、おはようございます、ウィード様ぁ」

庭に出て来る主の姿に気付いたルヴィーが、両手を泥だらけにしたまま立ち上がった。

 「今日もお寝坊さんですね、ウィードったら」

ジャスリンも負けず劣らず泥だらけである。

 「吸血種は血圧が低いんだ、しょうがないだろーが。で?何をしてるんだ、一体全体」

ジャスリンが、よくぞ聞いてくれましたとばかりに満面の笑顔を見せる。

 「花壇を造ってるのです。昨日、花屋のフンデルさんに種を沢山頂きましたの。それにドードさんには香草の苗を頂きましたし」

なるほど、近くに植物の入った木箱が置いてある。ウィードが興味もなさそうにそれを覗いていると、ジャスリンが突然あっ!と叫んだ。両手に付いた土を払いながら、真剣な顔つきでウィードに駆け寄ると、彼を見上げた。

 「お前、せっかくの服が泥だらけだぞ。あーあ、靴も...」

内心、少し哀しいウィードである。が、無論そんな事は表情に出さない。

 「もしかして、ウィードが触ったら薔薇なんて一発で枯れちゃいますか?」

ジャスリンは祈る様に両掌を胸の前で組んで、不安気に尋ねた。

 「........」

ウィードの目が据わる。

 「だって薔薇は、吸血鬼に触られると枯れちゃうって、良く言うじゃありませんか....」

ウィードに睨まれ、声の語尾が小さくなる。

 「阿呆か...」

 「枯れませんか?]

 「枯れるか、触ったくらいで」

ジャスリンはほっとして笑顔を取り戻す。

 「枯らそうとしない限りはな」

ウィードの意地の悪い言葉に、再び困惑し、唇をつんととがらせるジャスリン。

 「枯らそうとしないで下さい!」

はいはい、まあ頑張れよ、と気の無い励ましの言葉を一応かけ、ウィードは中へ姿を消す。ルヴィーは、いつの間にかいない。主人の為に茶の支度でもしているのだろう。


 そして.........、日が陰って来た頃合いに、ウィードは再び庭に出でみた。

 (ほお.....)

緑がふさふさと伸びていた。よく見ると花の蕾さえもふくらんでいて、花壇はきちんとそれらしい見てくれに変わっていた。その端にジャスリンが、地面に両手をついてうずくまっていた。その様子を傍らに座り込んだルヴィーが見守っている。ジャスリンは能力ちからを使っている最中なのであろう。ウィードが腕を組んで眺めていると、やがてジャスリンが顔を上げて息をついた。

 「はあ〜、疲れてしまいました....」

 「もう十分だよ、ジャスリン。もしかしたら明日には花が咲いてるかもしれないよ」

ルヴィーは嬉しそうである。

 「そうですよね、もう充分ですよね、ルヴィー」

力ない声でそう言うと、ジャスリンは両手の土を払いながら立ち上がり、そして、くたりっと再び座り込んでしまった。

 「ジャスリンっ!?」

やれやれと思いつつ、ウィードは歩み寄ると、どうやら能力ちからを使い果たしてしまったらしい魔女の元に跪いた。

 「お前は阿呆か....、自分の魔力の限界ぐらい知っておけ」

ウィードは呆れながらも、そっとジャスリンを抱き上げ部屋まで運んでやる。

 「ウィード....、お花、明日には咲いているかもしれませんよ」

ウィードの腕の中で嬉しそうに呟くジャスリンに彼は思わず苦笑した。



 あれからジャスリンは、すっかり庭仕事に凝っていた。今日はルヴィーの買い物につらって町に来たついでに、ドード神父と教会の庭のベンチで日向ぼっこをしながら自慢話を披露していた。

 「で、昨日はルヴィーの為にくろすぐりの木を植えたのですよ。ねえ、ルヴィー」

 「うん」

ひゃっひゃっひゃっ、そうかそうかと言って、ドードは今日も上機嫌で話を聞いてくれる。ジャスリンはこの老人が大好きであった。ルヴィーは、2人の間にちょこんと座って、神父に振る舞われた羊の乳を幸せそうに飲んでいる。

 「ルヴィーったら、又白いおヒゲが付いてます。可愛いですね」

ふふっと笑いながらジャスリンは、ハンカチーフを取り出してルヴィーの口をぬぐってやった。

 「でもねドードさん、最初は加減が分からなくって、能力を(ちから)を使い果たして動けなくなってしまったんですよ、てへっ!ウィードに叱られてしまいました」

ジャスリンがぺろりと舌を出すと、ドード神父が憤慨しだした。

 「何と、あの男は嬢ちゃんを叱るのかね?」

 「はい、毎日一度は私の事阿呆だって言って.....、ねぇ、ルヴィー」

 「うん」

ルヴィーは無邪気に頷いた。一体誰の味方なのであろうか.....。

 「何とこんな可愛い嬢ちゃんを....、男の風上にも置けぬ奴じゃ。今度わしがきつーく説教してやるからのぅ」

 「でも、ジャスリンは阿呆だけど、ウィード様はジャスリンが好きみたいだよ」

ルヴィーの爆弾発言であった。本当に彼は誰の味方なのであろうか.....。


 たっぷり30秒程を置いて、ジャスリンがてへへっと笑い出した。続いてドード神父もひゃっひゃっと笑い出した。

 「それで、次は薔薇を植えたいと思っているのです、ドードさん」

唐突に話は庭いじりに戻された。

 「薔薇は吸血鬼が触っても枯れないそうですよ。枯らそうとしない限りは枯れないんだそうですよ。私、知りませんでした。てっきり」

突然ジャスリンの話が中断された。誰かが大声で叫びながら走って来るのだ。

 

 「大変なんだドードじいさん!こりゃ魔女様!いーい処に、助けて下せえっ!!」

今にも泣き出しそうなその大男は、大工の徒弟のウラスであった。何でも親方のカーラルが、事故で木材の下敷きになり酷い怪我を負ったらしい。

 「出血が酷いんだよ。親方はびくとも動かねえし、ウィード様にも使いは出したんだが...」

 「何処にいるの?急ぎましょう!ドードさんは、えーと、血は私が止められると思うから、その後に必要な薬草を持って来て下さい」

言うや否や、ジャスリンはウラスよりも先に走り出していた。ウラスが慌てて追って行く。

 「うひゃあ、嬢ちゃんは足が速いなあ」

 「うん、いつもウィード様と追いかけっこしてるから」

 「は?」


 ジャスリンが息を切らして現場に駆けつけた時、ちょうどカーラル親方を押しつぶした木材などが取りのけられたところであった。

 「動かさないでっっ!!」

親方の体を揺さぶろうとする人々にジャスリンは叫んだ。

何やらの建物を建てている最中か、骨組みは出来あがっている。倒れて血を流している親方の周辺には、長い木材だけでなくレンガも散らばっていた。ジャスリンは駆け寄って親方の怪我の様子を確かめる。出血は頭と.........、酷い出血は頭だけ。

 「こんな時はむやみに動かしてはいけないのです」

人々の不安気に押し黙る中、ジャスリンは親方の後頭部の傷にそっと両手を当てると、そこに苦しいまでに神経を集中させた。

   とにかく血を止めなければ.....、 とにかく血を止めなければ......、

   とにかく血を止めなければ.....、 とにかく血を止めなければ......、

   血を....血を....血を....


 どれ位そうしていたのかジャスリンには分からなかった。

不意に誰かに優しく抱え起こされた。ウィードであった。

 「大丈夫?ジャスリン?」

ルヴィーが心配そうに抱きついて来た。ジャスリンは小さく頷く。ウィードは手早く傷を調べると、人々に親方を運ぶ様に指示した。

 「俺が来るまでも無かったな」

そう言ってウィードはジャスリンの頭を優しく撫でた。

 「親方さんは大丈夫でしょうか?」

 「ああ、傷はきちんと塞がっていた。暫く寝てりゃあ治るだろう」

ジャスリンは、ほぅ〜っと安堵の息をはくと、くにゃりと前屈みに倒れ込んだ。 

 「疲れてしまいました.....」

ウィードは魔女を抱き抱えながら、口元にほんの微かな笑みを浮かべた。

 「寝ていいぞ、背負ってってやるから」

 「今日は怒らないのですか....?」

 「ああ、阿呆なお前もたまには役立つ事が分かったからな」

 「また....阿呆って....言いましたね....」

ジャスリンは唇をつんと尖らすも、ウィードの腕の中で、すでに瞼を閉じてしまっていた。



 大工の棟梁、カーラル親方は、その後5日もしないうちに復帰したそうである。元々が頑強で強靭な人物である。そもそも今回の怪我は、徒弟の1人をかばっての事であったらしい。そのカーラル親方が、何故か花屋の主人フンデルを伴って古城を訪れた。

 「もうすっかりお元気になられたのですね?良かった」

 「魔女様とウィード様のお陰ですて。あん時、魔女様がおいで下さらねかったら、俺ぁ今頃生きてなかったって、女房に泣かれっちまいましたよ。はっはっはっ!」

そして親方は、にわかに真面目な顔になり深々と頭を下げた。

 「ありがとうごぜえやした。魔女様」

 「魔女様、こいつはガキん頃から一緒に育ったわしの従兄弟でしてなあ、わしからも礼を言わして下さい」

そう言って花屋の主人も深々と頭を下げた。

まあそうだったのですか...とジャスリンはにっこり微笑む。

 「そこで魔女様、是非お礼をさして頂きてえんですがね」

 「あら、そんなのいいのですよ」

ジャスリンは目を丸くする。

 「まあまあ、いいから聞いて下さいって」

親方が満面の笑顔で言えば、フンデルも嬉しそうに言葉を継ぐ。ジャスリンは隣のルヴィーと目を見合わせた。

 「ドードじいさんから聞いたんですがね。魔女様は何でも、庭に薔薇園をご所望とか?今日は薔薇の苗を持って来やした。わし等に造らしちゃあ貰えませんかね、薔薇園を」

ジャスリンのスミレ色の瞳が輝いた。 

 「本当ですか!?」

 「へえ、まあこいつを見て下さいって」

そう言うとフンデルは、玄関の扉を開ける。表には馬車が止まっていた。フンデルの花屋で見た事のある若者が、馬車から飛び降りるとジャスリンに頭を下げた。

 「わあぁぁぁぁ〜」

ジャスリンは胸の前で両手指を組んで、うっとりと馬車の積み荷に目を奪われていた。

薔薇の苗が溢れる程積んであった。ちなみに蕾は付けているが、花が咲いているわけではない。いつの間にか現れたウィードがジャスリンの横に立つ。しかしジャスリンは、「すご〜い!」とか「うわぁ〜」とか「うふふ」とか「うへへ」といった喜びの声と共に、沢山の薔薇の苗に目を縫いつけられたまま、ウィードの存在にはてんで気付かない。

 「おい」

呼ばれても気付かない。

 「おい!」

まだ気付かない。

 「おい!」

ウイードの手がジャスリンの後頭部をぺしっと叩いた。

あたっ、という声と共にジャスリンは頭を押さえた。

 「お前、魔女のくせに鈍すぎるぞ」

 「まあ、ウィード。おはようございます。これ見て下さい!」

 「さっきから見てる」

ウィードの呆れ顔が目に入っているのかいないのか、ジャスリンは上機嫌である。

 「フンデルさんとカーラル親方さんが」

 「良かったな」

ジャスリンの言葉を素っ気なく遮ったウィードの表情は、それでも何となく優しい。

 「てへっ、はい」

ジャスリンは嬉しそうに頷く。


 「ジャスリンは無邪気ですね、ウィード様」ルヴィーがこまっしゃくれた事を言う。

 「物は言いようだな。俺にはただの阿呆にしか見えないが.....」


 こうして月夜城の庭に、ジャスリン念願の薔薇の園が出来上がったのでしたとさ。

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