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48.ウソかホントかグランフィナーレ!?の巻き(三)

 

 



 とある晴れた日の昼下がりの事。柔らかそうなコルク色の、くるくると強い癖のある巻き毛を後ろで一括りにしたうら若い神父が、僧衣の腕をまくり上げ額に汗の粒を浮かべながら、せっせと畑仕事に精を出していた。王都から乗り合い馬車を乗継いで三日程の処に位置する小村の、小さな教会の裏庭のささやかな畑は、彼の一番の宝であった。トマトにキュウリにクルジェット。たわわに実るパプリカは色とりどりに輝いており、人参の葉は美しく生い茂っている。神父は、大きく実った野菜を摘み取りながら独り嬉しそうに笑いを零す。そこへ突然、小鳥の様に可憐な笑い声が起こった。


 「何一人でにやついてるの? ドードってば」

 神父が振り返れば、燃えるが如き煉瓦色の髪の娘が艶やかなトマトにかぶりついていた。 

 「またお前か、サヴィーン」

 ドードはのんびりとした口調で言いながら立ち上がると、腕で額の汗を拭った。

 「人里に出て来るなといつも言ってるだろうに。見付かったらどうするんだ?」

 「そんなヘマしないわ」

 「 “そんなヘマ” ね。既にこうして私に見付かってるじゃないか」

 土に汚れた両掌をぱんぱんと叩きつつ、からかうような笑いを零す神父に、赤毛の娘は頬を膨らませた。

 「せっかく会いに来てあげたのに、素直に喜んだらどうなの?」

 「こらこら、いつ会いに来てくれなんて頼んだ? 私はこれでも神に仕える身だぞ」

 「だから何?」

 「神に仕える者が魔族の娘と密会なんて事がバレてみい、お前だけでなく私の首も飛ぶじゃないか」

 「何よっ! 自分の首の心配をするの!?」

 「そりゃあ、するとも」

 そう言ってドードは、はははっと陽気に笑う。

 「何よ何よっ! ドードのバカっ!」

 赤毛の娘は、たわわに実るトマトに手を伸ばすと八つ当たりの様に両手でむしり取り、かぶりついた。そんな魔族の娘の様子に、ドードは更に笑い声を上げる。すると娘の方も更に腹を立て、鼻息も荒く、くるりと背を向けてしまった。

 「美味いだろう? 私が丹誠込めて育てたんだぞ」

 「ふんっ」

 拗ねて背を向けるサヴィーンの華奢な姿に目を向けながら、ドードはにこにこと微笑んでいる。

 

 ドードがサヴィーンに出会ったのは、かれこれ二年程前の事であった。ドードがこの村の教会の神父として迎えられてからまだ間もない、ある秋の日の事であった。

 しがない村のしがない教会には、長である年老いた神父と下働きの老女がいた。総本山から健康なうら若い神父が派遣されて来た時、老神父と老女は甚く喜び、神に感謝の祈りを捧げたものであった。何せ村は貧しく、村人からの布施など無きに等しい。貴族達からの多額の寄付を得て潤っている大都市の教会などとは違い、このような貧しい村の教会では自給自足を余儀なくされていたのだ。だが何ぶん二人とも年老いていた。畑仕事にしろ、食料を得る為に森や林まで足を運ぶにしろ、大儀な事であったのだ。それ故に、ドードの赴任は大層喜ばれたのである。

 朝の務めと朝食の後、ミサの行われない日は畑仕事に勤しみ、また森や林でキノコや木の実や果実、薬草や香草などを採ったりする事が、彼のこの村へ来たその翌日からの大きな日課となった。


 気持ちの良い秋晴れであったその日も、ドードは村外れの林にキノコ狩りに出掛けて来ていた。そしてそこで、木の根元にぐったりと踞る痩せっぽちの煉瓦色の髪の娘に出会ったのだ。見れば酷く血を流している様子に、ドードは驚き駆け寄った。娘はドードの姿を見るや酷く怯え、怪我で思う様に動かぬ身体を引きずりながら逃げ出そうとした。その、人にはありえぬ金色の瞳と浮世離れした蒼白い美貌に、ドードは娘の怯えを理解した。ドードの胸から下がる聖なる印の為に、娘は神父であるドードを怖れたのだろうと。ドードは怯える魔族の娘を優しく宥め、怪我の手当をしてやった。聞けば教会の悪魔払いに襲われた処をほうほうの体で逃げて来たらしく、聖剣によって斬られた傷は酷く出血していた。魔族にとって、悪魔払い達の扱う聖具によって付けられる傷が致命傷になりうるという事は、ドードとて教会に属する者であるので知っていたが、力ある魔族ならば仮令聖剣に貫かれようとも、一瞬にしてその傷を癒す事が出来るのだという話も聞き知っていた。だが、目の前の痩せっぽちな娘は、先程から苦し気な息をついている所を見ると、聖具に付けられ傷には太刀打ち出来ないでいるのだろう。

 化膿止めになる薬草を摘み、手で揉んで傷口に貼ってやり、手元にあった手巾だけでは足りず己の僧衣を裂いて傷を縛ってやると、万が一の場合を考えて雨風のあたらぬ所へと彼女を運んでやった。横たえた彼女の傍に水筒を残すと、後は神の加護を乞いながらその場を後にした。まさか怪我人だからと言って魔族を教会に連れ帰るわけにもいかなかった。しかし魔族とはいえ怪我人を一人残して去るのが何やら気が引けて幾度か振り返ると、魔族の娘もドードをじっと見詰めていた。その日は教会へ戻っても落ち着かず、二人の年寄り達に不審がられる始末であった。

 翌日、折りを見て教会を抜け出したドードは、薬草と食料と水を抱えて娘の元まで駆けた。だが最早そこに娘の姿は無く、ただ空の水筒だけがぽつりと残されていた。ドードは案じながらも、腕に抱えて来た水とささやかな食料と薬草を残し、その場を後にした 。


 それから暫くの後、教会の裏庭にキノコの小山や、木の実や果実の小山が積み上げられる様になった。ドードは不思議に思ったものの、その贈り主が何とはなしに分かる様な気がしていた。そんな可愛らしい贈り物が幾度続いた後であったか、ある日ドードが裏庭で畑仕事に精を出していると、あの煉瓦色の髪をした魔族の娘が現れた。木陰から、こちらを恥ずかしそうに伺う痩せっぽちの娘は、その特異な瞳の色を除けばとうてい魔族には見えなかった。目が合うと娘は途端に木の陰に隠れてしまった。


 『隠れずに出ておいで。私以外には誰もいないから』

 ドードが声をかけると、娘はひょこりと顔を覗かせた。

 『あのキノコや木の実の贈り物はお前さんだろう? ありがとうな』

 娘は、あどけない笑みを見せた。

 『怪我はもうすっかり良いのか?』

 娘は再度頷くと、新緑を染め抜いた様なスカート姿で木の陰から出て来た。細く白いふくらはぎを惜しげも無く曝しているその身なりは、やはり村の人間とは異なる。

 『どうして妖魔のあたしを助けてくれたの?』

 娘は、唐突に尋ねた。

 『あんなに酷い怪我をしたものを、ほってはおけないだろう』

 『怪我が治ったら、悪さをするとは思わなかったの?』

 『お前、悪さするつもりなのか?』

 『別に、しないけど...』

 『良い子だ』

 魔族の娘は、にこにこと笑っている神父の顔をまじまじと不思議そうに見詰めた。

 『神父にも、優しいのはいるのね』

 娘のその言葉に、ドードは一瞬胸を突かれた。教会の勢力の強いこの王国は、狂信的なまでに魔族や魔女、魔導師、そして異教徒達を悪だと決めつけ排除する。異質な能力を持って生まれれば教会に送られ悪魔払いとして育てられるか、又は排除されるしかない。神の愛を説きながら、その反面では恐ろしく残酷な教会の考え方に、ドードは内心疑問を抱きつつあった。間違っても口に出来る様な問いではなかった。神父でありながらそんな事を少しでも口にすれば、きっと異端審問にかけられるだろう。

 彼等の総てが、本当に邪悪なのか...? そんな疑問が胸の内でむくむくと大きくなってゆく、そんな頃に出会ったのがサヴィーンであった。




 「冗談だよ、サヴィーン。ほら機嫌を直して、こっちを向いてごらん」

 ドードは手巾で汚れた両手を綺麗に拭いながら、膨れっ面の魔族の娘に歩み寄った。

 「私は、お前の身が心配なだけだよ。こうして昼日中に度々人里に降りて来て、万が一見付かればと思うとな」

 「そんなヘマしないって言ってるのに...」

 サヴィーンは、瑞々しいトマトの汁で唇を濡らしながら振り返った。 

 「でも、見付かったら急いで逃げるから心配しないで」

 「なら良いがな...」

 ドードは、サヴィーンの濡れた口元を指でそっと拭ってやる。

 「ドード?」

 心配そうな神父の瞳に、うら若い妖魔はきょとんと首を傾げた。

 「さあ、もう帰った方がいい。私も勤めがあるんだ」

 「うん、分かったわ」

 落胆の表情を隠しもせずに、それでもすごすごと素直に背を向ける娘を、ドードは思わず呼び止めた。

 「明日、薬草を摘みに森へ行こうと思うんだが、また手伝ってくれるか、サヴィーン?」

 途端に輝く様な笑顔を見せたサヴィーンは、大きく頷くや駆け寄ってドードの首に飛びついた。

 「薬草の沢山生えてる場所、探しておくわ」

 そう言うや、“ちゅっ” とドードの唇を掠めて嬉しそうに駆け去って行った。後には呆然と立ち尽くす神父が残された。

 「か...、神よ......、今のは、事故です。間違いなく、事故です...」

 我に返り目を白黒させたうら若い神父は、己の唇を押さえつつ懺悔の言葉を呟いていた。

 

                                   


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