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47.ウソかホントかグランフィナーレ!?の巻き(二)





 周囲で上がる驚きの叫びの中、ジャスリンはぽろぽろと涙を零しながら鼻を啜った。恐らくは今のウィードの言葉をきちんと理解してはいまい。 


 「なあに言ってんだよっ!? くそウィードっ!?」

 ラーグが、呆れ半分怒り半分にウィードに食ってかかる。

 「そうだぞ、アレスウィード。ドードが死にかけておるというのに、不謹慎であろう?」

 ヒースラーグも、眉をひそめながら穏やかに諌める。だが当人にはそんな批判の声などまるで届いてはいないのであろう。ウィードはジャスリンを見詰めたまま椅子から立ち上がると歩み寄った。


 「結婚するぞ、ジャスリン」

 ウィードはジャスリンの瞳から零れる涙を親指でそっと拭ってやりながら、静かな声で再度求婚した。抗議の声を上げようとしたラーグの口は、双子の神父達によって両側からすかさず押さえ込まれた。誰もが成り行きを見守る中、ウィードを見上げていたジャスリンは、その意図を理解したのだろう、やがて頷いた。

 「分かりました、ウィード。結婚しましょう」

 ジャスリンは悲し気な表情のまま、はっきりとそう答えた。





 領主とその恋人の結婚の報は、泣く子も黙る程の勢いでハレンガル中に広まった。正に大騒ぎであった。それが死の床にある老神父の最後の願いを叶える為ともなると尚更の事、ハレンガルじゅうが婚礼の準備に大わらわとなった。


 「イエニー、魔女様の花嫁衣装は間に合うのか?」

 靴屋のヘンクが尋ねれば、仕立て屋の女主人イエニーは、ふくよかな胸をどんと叩いて見せた。

 「この日の為に前からデザイン画を沢山描いておいたのよ。だから縫うだけ。なあに間に合わせて見せるわよ」

 「そうか?」

 「ええ。それにジャスリン様のお衣装は町の女達が皆、一針でもいいから縫いたいって言ってるのよ。だから町の皆で縫う事になると思うしね」

 「ははあ、花嫁衣装に針を通すと縁起を呼ぶって昔から言うもんなあ」

 「そうよ。特に未婚の娘達にとってはね。だから大変、未婚の娘達は大騒ぎよ。でも助かるわ。それにジャスリン様もその方がきっとお喜びになるわ」

 そしてイエニーは、靴屋のヘンクに靴のデザイン画を渡した。


 その頃、細工師の工房では主が背を屈め、汗を流しながら金槌でほんの小さな金塊を叩き伸ばしていた。金は細く細く伸ばされ、やがて丸く輪に形作られた。その小さな輪の大きさをスケールで測ると、細工師はやすりに手を伸ばしてそれを丁寧に磨き、形を整えていく。そして研磨剤の付いた布で丹念に磨いていくと、やがてそれは金色の輝きを放つ。まるで菜種油の雫の様な滑らかな輝きに、厳しい職人の瞳はふと緩む。細工師は満足げに頷くと、出来上がったばかりの金の指輪を、昨日仕上げておいたもう一つの指輪の隣に並べて置いた。我ながら完ぺきな出来であった。後は、それぞれの指輪に名を刻み込むだけであった。

 

 フンデルの花屋では、三世代の女達が温室でそろってああだこうだと花嫁のブーケの花選びに忙しかった。

 「やっぱり白のアネモネに白のカメリアが良いかねえ、リリアン?」

 「そうね、母さん。それに、他の小花を編み込んだら綺麗じゃない?」

 「シェリーは、ジャスリンお姉ちゃんのひとみの色のお花がいい」

 「ああ、それは良い考えだわ、シェリー。アネモネとカメリアに小さなスミレを散らしたらきっと綺麗だわ」

 妻と娘と孫のそんなやりとりに、フンデルは花の世話を焼く手を休めないまま微笑んだ。


 町の人々が、己の仕事もそっちのけで結婚式の仕度に大わらわしているちょうどその頃、スケッチブックを抱えた一人の青年がハレンガルの城門をくぐっていた。

 「おい、ルクスじゃないか!? 久しぶりだなぁ。良く帰って来たな!」

 門番のピートが両手を広げ、大喜びでルクスを迎えた。

 「ただいま、ピートさん。ドードさんが病気だって知らせを貰ったんで、急いで帰って来たんです」

 「そうだったか」

 ピートは、途端に大きな肩をがくりと落として顔を曇らせる。

 「そんなに悪いんですか? 」

 「うむ。何ぶん年だからなあ。しかしお前、良いとこに帰って来た。ウィード様と魔女様が結婚なさる事になったんだよ」

 「えっ!? 本当に?」

 「ああ、ドードじいさんの最後の望みなんだ」

 驚くルクスに、ピートは頷くと寂しそうに微笑んだ。




 

 暖かな日々に、雪も大分融け消えた。

 質素な木枠の窓からも、柔らかな陽射しが差し込んでいる。そんな中で質素な椅子に凭れたアレスウィードは、うつらうつらとしていた。

 「何じゃぁ? 又来ておったのか、ウィードよ」

 突然起こったしわがれ声に、ウィードの意識ははっきりと覚醒する。

 「全く...。お前がそこまで案じてくれようとはのう」

 「誰が案じてると言った? お前のくたばる様を首を長くして待ってるだけだ、クソ神父」

 「そうか、そうか」

 病床の老神父は、殆ど声にならない笑いを零した。そして遠い瞳をする。

 「思い出すのう、お前に初めて会った日の事を.....」

 五十年余りにも及ぶ日々の彼方へと、ドードは思いを馳せていた。

 「お前は、まるで変わっとらん....、初めて出会った日のままじゃ」

 「当たり前だ」

 「嬢ちゃんのお陰で、女癖の悪さだけは直ったようじゃがのう」

 「.......」

 「吸血種族の生殖能力が低くて良かったのう? さもなくば今頃このハレンガルは、お前の子らで埋まっとったぞ」

 「.......」

 反論しようともしないウィードなどおかまい無しに、ドードは楽し気にひゃっひゃと笑い、次の瞬間には咳き込んだ。

 「.......」

 ウィードは無言のまま立ち上がると、すっかり骨と皮のみと成り果てた神父の背に片手を

差し入れ癒してやる。ドードの苦し気な息づかいが、やがて落ち着く。

 「よもや、お前に世話を焼かれる日が来ようとはのう....」

 「まるで世話を焼かれた事が無かった様な言い様だな」

 「懐かしいのう....」

 ウィードの反論を故意にかどうなのか聞き流し、ドードは目を細める。皺の寄った目元に埋もれ、老神父の瞳は、もはや開いているのかどうかさえも定かではなくなる。ウィードもいつしか過去へと思いを惹かれていた。病床のドードの、薄くなった白髪がまだ豊かで艶のあるコルク色の髪であった頃.....、ウィードの姿と、そう変わらぬであろう年格好であった頃に......。

 

 「やっと....、やっとわしも、サヴィーンの元へ行けるようじゃ....」

 そう呟くドードの表情には、安らかな諦めがあった。

 「サヴィーン....」

 ドードは今一度呟き、深々と息をついた。


 嗄れた声が紡いだ名を、ウィードは辛うじて聞き取っていた。

 「サヴィーン...か、懐かしい。お前の口からこの名を聞くのは、実に五十余年ぶりだな」

 「覚えておったのか彼女の事を、ウィードよ?」

 「ああ...」

 ウィードは静かに頷く。

 「そうか...」

 ドードは静かに相槌を打った。

 ウィードの脳裏に、うら若い妖魔の娘の面影が過った。あまりに蒼白く病的に細かったせいか、あまりに儚く見えた。


 『あたしの血は総てお捧げします。ですからどうか、彼の命だけはお助け下さい。どうか...』

 

 初めて出会った時の、あの娘の言葉と必死の表情が甦る。手負いの神父を背に庇いながらの、怖れに震えていた形相が甦る。全く持って勝手な誤解をし、勝手にこちらを怖れる取るに足らない幼い妖魔には呆れたものであったが、嫌悪感は湧かなかった。

 力無い下級魔族の娘は、人間達に捕らえられ本山の悪魔払いに引き渡される処をドードに助けられた。その結果、ドードは異端の烙印を押されサヴィーンと共に教会から追われる事となったのだ。

 

 「サヴィーン....」

 ドードが消え入る様な声で、五十余年もの昔に悪魔払い達に命を奪われた、儚い妖魔の名を呟く。

 「なあ、ウィード。わしゃあ、嬉しいんじゃ。天に召されれば、彼女に会える」

 「あれは魔族だぞ。お前達の言う処の “神” の恩恵なんぞ受けていない娘だ。それでも会えると信じるのか?」

 「ああ、信じているとも。彼女は、待っていると言ってくれたんじゃ。......じゃが、ちと待たせ過ぎたじゃろうかなあ....?」

 ふと、ドードは心配そうな表情を垣間見せた。するとウィードが、小馬鹿にした様に鼻を鳴らした。

 「高々五十年やそこら、魔族にとっては取るに足らない年月だ」

 相変わらずな口調と不機嫌な表情のウィードであったが、その紺碧の瞳は死の床にある老神父を見ようとはしなかった。そんなウィードの言葉に、ドードは静かに微笑む。

 「なんじゃ、ウィードよ。まるでこれから捨てられる仔犬の様な目をしとるのぅ。わしがいなくなるのがそんなに不安か?」

 ウィードはドードに目を向ける事もせぬまま、今度は忌々し気に鼻を鳴らす。

 「わしに感謝せいよ。お陰でお前は、嬢ちゃんと “ごーるいん” じゃろうが?」

 ウィードの顳かみに青筋が立ったのは、ひょっとして気のせいだったかもしれない。そんなウィードを横目に、ドードは床の中で嬉しそうに目を閉じた。

 「お前も、粋な事をしてくれる。嬢ちゃんの花嫁姿を拝ましてくれるなんてなあ....。ありがとなあ....、アレスウィードよ.....。楽しみじゃよ......」

 消え入りそうな声でそこまで紡ぐと、ドードは眠りに落ちた。逸らされていたウィードの碧眼が、老神父の上へと落ちる。ウィードは立ち上がり、ドードの片手を掛布の中に納めてやる。そして彼は、長い事ドード神父の寝顔を見詰めていた。



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