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46.ウソかホントかグランフィナーレ!?の巻き(一) 

お待ち下さっていた皆様、遅くなって誠に申し訳ありませんでした。やっとこさ、復活致しましたでございます〜!!





 静まった部屋に、水音が密やかに流れた。

 そこは、清貧を尊ぶ聖職者には誠に相応しいといえる無駄な品一つ無い部屋であった。その小さな部屋の質素な寝台を囲む誰もが今、重い口を開こうとはしなかった。

 ジャスリンは、小さな桶の水で絞った手巾で寝台の中の老人の汗ばんだ額をそっと拭ってやっていた。けぶるようなスミレ色の瞳が、時たま膜がかかったかの様に潤む。


 ハレンガルの人々に長年愛されて来たドード神父が倒れてから、既に半月が過ぎていた。それまで人々の大抵の怪我や病を癒してやって来たアレスウィードであったが、いかな彼の強い魔力を持ってしてでも癒せない病という物も中にはあるのだ。そうなると最早彼に出来るのは、病人に苦しみや痛みが訪れた時に癒しの手を使い、一時的にそういった苦しみを取り除いてやる位の事なのである。


 「レジスさん、クレシスさん、休んだ方が良いですよ。昨日も寝ていないのでしょう?」

 心配そうな表情で、寝付いてしまった老神父の寝顔を見詰める双子の神父に、ジャスリンは優しく微笑みながらそっと声をかけた。ドード神父の寝台の足元に、椅子を並べて座っていた双子の神父の顔色は決して良く無い。この半月の間、二人とも看病の為に殆ど眠っていなかったのだ。

 「しかし..」

 「とても眠れません、魔女殿」

 そろって目の下に黒々とした隈を作った双子の神父達は、ジャスリンを見上げて力無く反論する。

 「努力して眠って下さい。ウィードもルヴィーも私もいます。ですから安心して。じゃないと、お二人までもが病気になってしまいますよ。何でしたら、眠れるようおまじないをして差し上げましょうか? あ、ウィードのおまじないでしたら、とってもききますよ」

 「「.......」」

 何故か二人は揃って押し黙り、目を見交わし、揃ってウィードへちらりと視線を泳がせた。部屋の壁際に椅子を置いて腕を組みながらふんぞり返る様にして座っていたウィードは、双子へと横目に視線を返した。

 「まじなってやってもいいぞ」

 ぼそりと呟くウィードに、双子は曖昧な微笑を浮かべた。

 「遠慮しておくよ、領主殿」

 「そうだね。何となく二度と目覚められなくなる様な気がするしね」

 「そんな事は...」

 “無い” と言おうとしたのだが、俄に心配になったジャスリンの言葉は途中で途切れた。ウィードは、ただ “フンっ” と鼻を鳴らすと、目を逸らした。


 「あ、ドードさんが目を開けた」

 ルヴィーの呟きに、皆が一斉に横たわる老神父へと目を向けた。

 「ドードさん、お早うございます」

 ジャスリンが静かに声をかけると、うっすらと開かれたドードの目に光が灯る。

 「おお、ジャスリンか? 何じゃぁ、ルヴィーもウィードも、また来とったのか?」

 そこでドードは激しく咳き込んだ。ジャスリンがすかさずその背を癒しの手で撫でてやる。 

 「棺桶に両足突っ込みかけてるな」

 いつの間にかドードの寝台の傍らに移動していたウィードが、腕を組みながら笑えない事をさらりと言う。ジャスリンがうるうるに潤んだ瞳でウィードを睨んだ。しかし当のドードはといえば、別段気分を害した様子も無く穏やかな笑みを浮かべている。

 「その様じゃ。わしも随分長く生きて来たからのう」

 「そんな気弱な事言わないで下さいよ」

 「そうですよ、ドード神父」

 揃って心配そうな瞳を向けて来る双子に、ドードはひゃっひゃと力無く笑う。

 「お前達がこのハレンガルに住み着いてくれて良かったわい。わし亡き後は、教会を頼むぞ」

 「「ドード神父...」」

 レジスとクレシスは、揃って肩を落とした。

 「棺桶に入る心構えはもう出来てるってわけか、感心だな」

 「何を言うか。わしとて、これでも神父の端くれじゃからな。神の御許に行く事は至福の喜びじゃよ。だが....」

 言葉を切ったドードの表情が心做しか残念そうに沈む。

 「だが? 何だ?」

 ウィードが促すと、ドードは溜息と共に言葉を続ける。

 「うむ、心残りが無いと言えば嘘になるかのぅ」

 「この腐れ神父が」

 ウィードが苦虫を噛み潰した様な顔をすれば、ドードは再びひゃっひゃと笑う。

 「で? 何が心残りなんだ? 一応聞いておいてやる」

 一拍の後にウィードが尋ねてやれば、ドードは笑いを引っ込めた。

 「うむ....、お前の事なんぞどうでもいいんじゃがな、お前達の結婚を取り持てないのが心残りっちゃあ、心残りじゃのぅ...。嬢ちゃんの花嫁姿を拝めないのが残念じゃ....」

 ドードはしみじみと言う。

 「ドードさん....」

 「さぞかし、めんこいじゃろうなあ」

 花嫁姿を想像しているのか、ジャスリンに向けたドードの瞳が細まる。ウィードが鼻を鳴らした。

 「ジャスリンの花嫁姿を見たら、素直に棺桶に入るとでも言うのか?」

 「ウィードったら、冗談にも程があります」

 「おお、喜んで入るともさ」

 「ドードさんも、嫌な事言わないで下さい」

 ジャスリンがとうとう俯き泣き出した。

 「これこれ、ジャスリンや、泣くでない。わしゃあ、もう長く生きたんじゃ。長く生き過ぎたわい」 

 「ドードさん....」

 「わしゃあ、天に召されたら、空から嬢ちゃん達皆を見守ってやるからのう」

 ドードは力無い声でひゃっひゃと笑うと、疲れたのかやがて目を閉じた。



 階下では、ラーグフェイルとデルフェンの夫婦が珍しくも口数少なく茶のカップを傾けていた。ウィード達が降りて来ると、ラーグが真っ先に立ち上がった。

 「どうだ? じいさんの様子」

 「今、又眠った処です」

 赤い目をしたジャスリンは、そう答えると微笑もうとした。だが、それも上手くいかず、スミレ色の瞳はぽろりと涙を零す。エディラスジーナは、立ち上がりジャスリンの肩を抱く。

 「そんなに悪いのか?」

 ヒースラーグがウィードに尋ねる。

 「寿命だな」

 ぽつりと答えるウィードの表情は、いかにも魔族らしく微塵も変わらない。

 「そうか。人間とは、誠、短命よな....」

 ヒースラーグが遠い目をして呟けば、エディラスジーナも同意する。

 「そうだねぇ、ヒースちゃん。ドードも、若い頃は美味い血をしてたのにねぇ。あっというまに年取っちまったもんねぇ...」

 ジャスリンの頭にこつんと自分の頭をくっつけながら、エディラスジーナも夫同様、遠い目をしながらしみじみと呟いた。双子の神父が、何故か奇妙な表情を浮かべる。その傍らで何故かルヴィーがしたり顔に頷いている。

 

 ウィードはどっかりと座ったまま、テーブルに頬杖をついて何やら考え込んでいる様子であった。

 「何を考えておるのだ? アレスウィードよ。まさか感傷に浸っておるわけでもあるまい?」

 ウィードはじろりと年長の従兄を睨むと、椅子の背に凭れながらエディラスジーナに肩を抱かれるジャスリンを見上げた。そしてジャスリンのスミレ色の濡れた瞳を捉えると、重大な事をさも何でも無い事の様にさらりと言ってのけた。


 「結婚するぞ、ジャスリン」


 流れる沈黙、沈黙、沈黙。どれ程の沈黙が流れたかなど分からない。あまりの場違いな言葉に、誰もが呆気にとられたのだ。そして..........、次の瞬間には、ウィードとジャスリン以外の誰もが叫び声を上げていた。


 

  

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