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44.縫いぐるみ兎、再び(中)

 




 ジャスリンは、ウィードによって外に放り投げられたピシャカレスが落下したと思われる林の前まで文字通り飛んで来ると、一瞬にしてハヤブサから本来の姿に戻って地に降り立った。 

 「ピーシャ! ピーシャ! 何処にいるのですかぁっ!」

 ジャスリンは雪に覆われた木々の間に分け入り、幼い頃は唯一の友人であった小魔族の名を呼んだ。

 「ああ、こんなに雪が積もっていては、歩くに歩けません〜、ウィードの馬鹿馬鹿ぁ、ピーシャぁ〜!」

 両足の大半を雪に阻まれながら、それでもジャスリンは泣きべそをかきかき闇雲に前進しようとしていた。滅多にある事でも無かったのだが、それでもこんなジャスリンにだって時にはあるのだ。頭に血が上るという事が.....。

 「ピーシャ〜!」

 大雪の抵抗も何のその、歩みを止めようとはせぬジャスリンの白い額は汗ばみ始める。

 「ピーシャ〜ぁ!」

 まるで波をかき分けるかの様に、両手は雪をかき分けていた。

 「ピ、ピ....、シャ....、はぁはぁ...」

 あっという間に息の上がるジャスリン。額の汗の粒がとうとう流れ出した。それに対して、雪の強固な抵抗にあっているジャスリンの両足と両手は熱を失って行くばかり。ちなみに歩んだ距離はといえば.....、これでは鈍足の王たる亀と比べようにも亀に申し訳ない程である。むしろナメクジとでも比べてやるべきか......。


 「んもうっ! 何て意地悪な雪なのでしょうっ! ぷんっ!!」

 これも実に珍しい事ながら、癇癪を起こしたジャスリンは、辺りの雪に当たり散らしながら尚も進もうともがく。

 そして......、冷たく澄んだ空気の中でやがて気分も落ち着いて来るとジャスリンは、はたっと重要な事に思い至り無謀な歩みを止めてクシクシと両手で涙を拭う。

 「私ったら、お馬鹿さんですね。こんな雪の中を....」

 己が魔女である事を漸く思い出したジャスリンは、てへっと独り照れ笑いをもらすと、あたりにピシャカレスの姿の見えない事を再度確かめ、手の平を雪に付けて呪文と共に炎を呼び起こした。

 純白の雪の上を橙の炎の波が一瞬駆け抜ける。“じゅんっ” という音と共に一斉に水蒸気が上がれば、ジャスリンの周囲の雪が同心円上に見る見る融けてゆく。そうしてジャスリンは、雪を融かしながら進み、ピシャカレスの姿を探した。

 広い林の中を、どれ程の間探し彷徨った後であったか手足の感覚が寒さの為に全く無くなった頃、ジャスリンの耳に何処からか短い悲鳴が届いた。お世辞にも可愛いとは言い難い低い男の声音にジャスリンは鋭く反応する。

 「ピーシャ!?」

 ジャスリンは声の聞こえて来た方向に駆け出した。雪を融かしながら進んでいたとはいえ、融かし尽くせたわけでは無かった。ジャスリンの太もも辺りまで積もっていた雪がふくらはぎの辺りまでの高さになったというだけの事で、そんな中を勢い良く駆け出せばジャスリンの事、当然の如く足を取られて意味不明な叫びを上げながらみぞれ状となった雪の中に顔から転ぶはめとなる。

 「ぶはっ!」

 慌てて起き上がると顔の雪を払いもせずに、ジャスリンは必死に足を進めた。そして...、やがて雪山を見出すに至る。


 「何でしょう、この雪のお山は?」

 林の中の不自然に盛り上がった雪の小山にジャスリンが首を傾げると、突然上からどさどさどさささささっと雪の固まりが落ちて来て小山を更に大きくした。悲鳴を上げてべしゃりと尻餅をついたジャスリンは、溜息と共に上を見上げた。

 「ああ〜吃驚しました。木に積もっていた雪が落ちて来たのですね」

 ジャスリンが説明的な台詞と共に、雪の中でもがきながらよたよたと立ち上がった時、目の前の雪山が何やら蠢いた。そうかと思う間に突然ずぼっと手が生え出した。絹をも切り裂く様なジャスリンの悲鳴が上がった事は言うまでも無い。


 「てててててっ、手っ!? 雪のお山に手っ!?」

 咄嗟に踞り凍えきった両手で顔を被うも、そこは怖いもの見たさの心境なのか、指の隙間から雪山に生える手の様子を恐々と観察するジャスリン。その件の手が何かを掴もうとでもするかの様に左右に動いた。

 「ひぃぃっ!?」

 ジャスリンは悲鳴を上げて更に縮こまった。しかし両目を覆った手指の間から様子を伺う事は、無論怠らない。雪山に生え出した手が再度動いた。動いたかと思えば、何と更にもう一本、新たな手が勢い良くずぼっと生え出した。そして二本の手の間からは頭がにょきっと生え、雪山は崩れ出した。


 「まあっ!」

 ジャスリンは驚き顔を上げていた。雪山の中から人が這い出そうとしていたのだ。

 「だっ、大丈夫ですか!?」

 吃驚したジャスリンは 立ち上がりよろめきつつも駆け寄ると、その人物の腕を掴んで雪山から引っ張り出そうとした。そして.....。

 「うきゃっ!」

 お約束の様に双方バランスを崩し、もつれる様に倒れ込んだ。

 

 ジャスリンの上に被い被さる様に倒れ込んだ人物が、慌てて上体を起こす。雪と同化しそうな程の純白の髪に、これ又純白のシャツに上着姿。リボンタイまでもが純白であった。そして薄らと赤味がかった瞳が、ジャスリンを見下ろすと熱を帯びた様に揺れた。

 「あ、あの....」

 ジャスリンは、その体勢に戸惑い頬を染めていた。端から見れば押し倒されている様に見えたかもしれない。否、そうとしか見えなかっただろう。

 「出来ればどいて下さると助かるのですが....」

 ジャスリンを熱っぽく見詰めていた人物は我に返り、名残惜しさなど微塵も感じさせず即座にジャスリンの上から退いた。

 「これは、申し訳ございません」

 「いいえ、こちらこそ。お助けしようと思ったのに、雪に足を取られてしまいました」

 差し出された手を素直にとって上体を抱え起こしてもらったジャスリンは、屈託の無い笑顔をその人物に向けた。

 そしてそんな場面を、ちょうどジャスリンを探し当てたハヤブサ姿のラーグが目にしていた。

驚愕しながら降下し、人型に戻ったは良いが着地に失敗し、べしゃりと雪の中に埋もれた。


 顔を上げたラーグの目に映ったのは、見知らぬ純白の青年に手を取られ肩を抱かれ、頬を染め微笑むジャスリンの様子であった。

 「な......」

 あまりのショックにラーグは、雪の中に倒れたまま身動きも出来ずに固まった。

 雪の化身の如く、全身純白の青年。そして雪の化身の如く美しく整った顔立ちの青年。タマフィヤンドラカスの様な中性的な美しさとは異なった男性的な顔立ちでありながら、酷く整っている。

 何やら甘い雰囲気で言葉を交わしていた二人が立ち上がった。かと思うと純白の青年とジャスリンが抱き合った。

 「ななっ!」

 完全なショック状態に陥ったラーグフェイル。

 「だっ、誰だっ? あいつは!?」


 

 「全身びしょぬれですね」

 うふっとジャスリンは笑いを零した。

 「貴女も...」

 「私は、マントを着ていますから、大丈夫です」

 「でも、お足元が...」

 「あ..、本当ですね...」

 そこで、ジャスリンははたと思い出す。

 「大変、私は、大切なお友達を捜している最中なのでした」

 「大切な?」

 「はい」

 ジャスリンは慌てた様に立ち上がろうとした。それにつられ青年も立ち上がる。が、ジャスリンは突如走った痛みに足をふらつかせ、青年に倒れ込んだ。そしてそれを抱き締める様に受け止めた青年の腕。

 「あ、すみません、足が...」

 「どうなさいましたか?」

 「痛っ」

 青年から離れようと後ずさると、再び左足に痛みが走った。青年は、ゆっくりとジャスリンを座らせると足首に触れる。

 「倒れた拍子に、捻ったか何かされたのですね」

 「そのようです...」

 「申し訳ありません」

 「いいえ、これ位、きゃっ!」

 これ位、自分で直せるので大丈夫だと言おうとしたのだが、突如青年に抱き上げられてジャスリンは小さな悲鳴を上げた。

 「あ、あの..」

 「取りあえず、戻りましょう」

 「ええと、その」

 下ろして欲しいとジャスリンが訴えようとした正にその時、ばさばさっという羽音と共にアレスウィードが目の前に降り立った。ジャスリンを抱く純白の青年の、ほのかな赤味を帯びた瞳が冷たい光を帯びて細まった。

 「これは、アレスウィード様」

 低く暖かみの無い声音に、吸血魔族の濃紺の瞳も紅く染まる。

 「ほう? 本性を現したか、ウサ公」

 ぞっとする様な殺気を放つアレスウィードの口元には微かな笑みが浮かんでいた。



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