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4. 神父ドード

 





 昨晩、ジャスリンがウィードに城内を見て回っても良いか尋ねると、いつも通りの無愛想な表情と共に、 『好きにしろ』 という答えが返って来た。なので今日、時刻は昼下がり、早速ルヴィーに案内を頼みジャスリンは城内見学へと出発したのであった。ちなみにこの古城にはきちんと名前があるのだそうだ。その名も 《月夜城》 という。何やら吸血鬼が住むにはぴったりな名前じゃないかと思うジャスリンであったが、その名の由来は、ウィードも知らないらしい。築城はかなりの年月を遡る。そもそもウィードの一族であるフォン・ハレンガルの先祖がこの地に住み着いたのは、この王国などまだ跡形も無かった遠い昔。教会の呼ぶところの 《神》 も誕生しておらず、人間達は、大らかな古代の神々を祀っていたそんな頃の事であったという.......。


 「気が遠くなるほど、お部屋が沢山ありますね、ルヴィー。ほとんど使っていないだんて、勿体無いです。宿屋さんでも始めたら如何で

 しょう」

 部屋を1つ1つ覗きながら、ジャスリンが溜息まじりにそんな事を口にした。

 「いい考えだね。でも1つ問題があるかなあ」

 ルヴィーは首を傾げジャスリンを見上げる。

 「なあに?」

 「お客さん来ないと思うよ、僕。だってハレンガルは地図に載ってないもん」

 「あ、そっか....、そうでしたね」

てへっ、と笑ってジャスリンは自分の頭をこつんと叩く。

 「町にも宿屋さんなんて1つも無いし....」

 「まあ、じゃあ宿の必要な人はどうするのですか?」

さあ....と、ルヴィーは再び首を傾げる。

 「多分、教会に泊まるんじゃないかなあ....、どっちみち、よそ者はあんまり来ないけど」

 そういえば、ハレンガルにも一応教会があるのでしたと、ジャスリンは改めて思い出した。ルヴィーが次の扉を開く。

 「あら、ここは客室ではありませんね。居間でしょうか?」

 「分かんない。多分、絵の部屋?」

 ルヴィーの言う通り、確かに絵画が沢山飾ってある。

 「ねえジャスリン、あの絵を見て」

 ルヴィーが指差したのは、それほど大きくも無いうら若い女性の肖像画であった。ジャスリンは目を奪われ、感嘆の声と共に、その絵に引き寄せられる様に近寄った。

 「何て綺麗な人でしょう....」

 結い上げられた黒髪には大小の真珠の飾り。やや切れ長な目元に、通った鼻筋。唇は薄すぎず厚すぎず....。瞳は限りなく黒に近い夜の色....。誰かに似ていた。見れば見る程誰かに似ていた。

 「何だか....、ウィードにそっくりです」

 「そうでしょー? ウィード様のお母さんなんだよ」

ルヴィーは何やら嬉しそうに教えてくれた。

 「その隣はお父さんなんだって」

 女性の肖像画の左側には、明らかに対をなすかと思われる男性の肖像画が掛かっていた。やはり若い。今のウィード位の見てくれである。こちらは栗色の髪に瞳の色は紺碧である。ウィードの瞳の色は、この父親ゆずりなのであろう。 

 「ウィードにもご両親がいらしたのですね。ちょっと驚きました」

 ウィードの母の姿絵に再び目を写したジャスリンは、あらっ、と声をあげた。

 「どうしたの?」

 「この衣装、確か衣装棚にありましたわ.....」

 「ああ、あれね。あの衣装棚はウィード様のお母さんの物だったんだって。っていうより、あの部屋自体がお母さんの部屋だったんだよ」

 「まあ、そうでしたの.....。そのお二人が今この城にいらっしゃらないという事は、もう亡くなったのでしょうか.....?」

 「うん、ずぅーっと昔に」

 「そう...」

 (大切なお母様のお部屋を、私に使わせて下さっていたのですか...ウィード...)

ジャスリンの心が揺れた。 


 「あ、誰か来た。お客さんだ」

 ルヴィーのその一声で今日の城内見学はお終いとなる。とりあえずウィードとルヴィーの部屋が何処かも分かったし...、まあ良いか。続きはまた明日にしましょう。などと考え、ジャスリンはルヴィーにくっついて階下へと向かった。一階まで下りて行くと、玄関ホールに灰色の長衣姿の老人がぽつんと立って微笑んでいた。真っ白な乏しい髪を後ろで束ねている。頭のてっぺんにはほとんど毛がない。

あそこだけ剃ってるのでしょうか? でも少し毛が残っているから、やっぱりハゲてるだけでしょうか・・・・? ジャスリンはほとんどどうでも良い事を考えた。

 「こんにちは、ドードさん」

 「元気か? ルヴィーや」

 ルヴィーは無邪気な笑顔で頷きながら、とととっと老人に駆け寄った。 

 「相変わらず不用心にしておるな、お前さんの主は」

 「だって、この城に泥棒に入る勇気のある人なんていないでしょ?」

 「そりゃそうじゃ」

 うっひょっひょっひょっひょっと老人は笑った。そしてジャスリンに向き直った。その胸に下がっている十字架に、ジャスリンは警戒して歩を止めた。

 「これが噂の嬢ちゃんか?こりゃあめんこいのぅ。わしゃあドードというんじゃ、よしなにな」

 「......」

 「ドードさんは悪い神父じゃないから大丈夫だよ、ジャスリン」

 表情を強ばらせているジャスリンを安心させる様に、ルヴィーが明るく言った。確かに、この老人はさっきからニコニコと笑っていて、自分たちを傷付けそうには見えないが....。

 「ジャスリンというのか?嬢ちゃんにぴったりなめんこい名じゃなあ」

 そう言うや神父は再び笑う。

 

 「今日は何しに来たんだ? 似非神父」

 突然不機嫌そうな声が降ってきた。いつの間にか階段の中程にウィードが立っている。この吸血鬼は、いつも気配無く突然現れるが、もしかして瞬間移動でもしているんだろうか、とジャスリンは時々思う事がある。

 「な〜に、お前が最近女子おなごを囲ったって聞いたのでな、ちょっくら挨拶に罷り越したのじゃ。お前にじゃなくて嬢ちゃんにな」

 「ちょっと待て!お前のその言い方、今、かんに障ったぞ」

 (囲われた女子おなごって私の事でしょうか...?) 

 ジャスリンは、絶句した。

 「何じゃ違うのか? じゃあ嫁御か」

 「違います」

 思わず即答したのは、もちろんジャスリンである。

 「あややっ、じゃあ、まさかっ! お前の隠し子か!? ウィードっ!?」

 「棺桶に突っ込まれたいのか?」

 ウィードの低くドスのきいた声にも、ドード神父は全くこたえない模様である。

 「何じゃ町のもん達の予想は全部はずれか? じゃあ、嬢ちゃんはウィードの眷属かね?」

 「いいえ、そういうわけでは.....、言ってしまえばただの居候です」

 「先月の嵐の日に迷い込んで来たんだ」

 ウィードは壁に寄りかかりながら面倒くさそうに言った。

 「何と嬢ちゃん....、運が悪かったのぉ...」

 ドードの顔が急に哀れみの表情に変わった。

 「?」

 ジャスリンは意味が分からず首を傾げた。

 「何だってまた、こんな野獣の住処なんぞに迷い込んでしまったんじゃぁ? 可哀想になあ」

 「おいっ!」

 「この男は悪い男だぞ、女と見ると見境無いからのぉ。泣かした女の数は星の数じゃ」

 「お前と一緒にするな、この破戒僧!」

 「わしは総ての女子おなごを崇拝しとるだけで、襲ってはおらんぞ、お前と違って」

 「俺だってちゃんと選んでるぞ、人を盛りのついた雄犬みたいに言うな、このクソじじい」

 「ほ〜どうだか」

 ウィードを見るドードの目が半眼になった。


 「さてとルヴィーや、嬢ちゃんや、茶にでもしようかの」

 「おいっ! 誰ん家だと思ってやがる! ずうずうしいぞっ、ったく」

 ウィードの罵声を背に、ドードはすたすたと居間へと行ってしまった。わしゃ、薄荷茶が良いぞ〜。という声が聞こえてきた。ルヴィーは厨房へと駆けて行った。ウィードは忌々しげな溜息を吐きながら、階段を下りジャスリンの傍らに並ぶ。

 「案ずるな、あいつはクソったれだが、お前を傷付けやしない。神父とは名ばかりで教会本山との繋がりの無い奴だ」

 そう言ってウィードはジャスリンの背を押した。 



 「人聞きの悪い事を言うでないわ。破門では無くて、わしの方から棄てたんじゃい」

 「破門だろうが」

 「違うわいっ!」

 「ああ、逃げたんだったな」

 「棄てたんじゃと言っておろうが」

 「どう違うんだ、クソ神父」

 「全然違うわい!」

 神父と魔族の、何とも息のぴったり合った言葉の応酬に、初めジャスリンはあっけにとられ、やがて感心し始める。何せ二人のお茶を飲むタイミングまでぴったりなのである。ドード神父は、薄荷茶を美味そうに一口飲むと大きく息をついた。

 「本山は神の教えを歪めとる。わしゃ、どうしても納得できんかったんじゃ。だから抜けてやったんじゃ。わしゃ、抜け神父っちゅうやつじゃ。嬢ちゃん」

 ウィードを無視してジャスリンにそう説明すると、ひゃっひゃっひゃっとドードは笑う。まるで自分の家にいるかのように。居間のソファーで寛いでいる。

 「そもそも神の教えは 《らぶ》 じゃ! それなのに教会本山は、事もあろうに神父の妻帯を禁じておる。愛を解くべき神父に女子おなごへの愛を禁ずるとは、なんちゅう 馬鹿げた話よ。寝床での女子おなごの喜ばせ方を知らずして、愛の何が分かるというのじゃ、全く」

 「で、女を作って破門になったんだったよな」

 力説するドード神父に、ウィードは表情も変えずに再び絶妙のタイミングで茶々を入れる。

 「あんな腐れ教会、その前にわしの方から棄てたと何度言えば分かるんじゃ」

 「あの〜ぅ...」

 ジャスリンがおずおずと手を上げたので、一同が注目する。

 「女の人への愛がダメなら、男の人への愛は良いのですか?」

 カップを傾けていたウィードが急に咳き込んだ。 

 「ふむ.....、 《せっくす》 はダメじゃがの、女だろうが男だろうが動物だろうが.....」

 ジャスリンの顔が一瞬で真っ赤に染まった。

 「阿呆か....」

 ウィードが冷めた眼差しをジャスリンへ向け呟いた。ルヴィーはというと、話の内容が分かっているのかいないのか、口の上にミルクの白いヒゲを付けてにこにこと機嫌良さそうにしている。

 「じゃがなあ、わしが本山を棄てたのは何もそれだけでは無いのじゃ、嬢ちゃん。神の教えとはそもそも、慈愛の精神なのじゃ。神は言っておられる。 《頭を殴られたら、尻も差し出せ》 となあ....」

 「おいっ! 《頬を張られたら反対の頬も差し出せ》 だろうが」

 「そうとも言うなぁ。とにかく敵を愛せというこっちゃな」

 遠い目をして天井を仰ぐドード神父に、ジャスリンは 「はあ.....」 と曖昧な相槌を打つ。顔はまだ赤い。

 「それなのに、嬢ちゃんの様な罪の無い魔女達や魔導士や、ルヴィーの様な幼気いたいけな魔族の子を血も涙も無く迫害するのじゃ、本山は....。わしゃ本山のあの残酷さが許せんかったのじゃ」

 ドードは悲し気に語った。ジャスリンは、教会に殺されかけた事を思い起こす。

 「そうだったのですか....。ドードさんは....、良い神父なのですね」

 ジャスリンは微笑み、静かに言った。警戒心は今ではすっかり解けていた。

 「うっひゃっひゃっ、良いか悪いかは分からんが、わしゃ平和主義なんじゃ」

 「単にボケてるようにしか見えんがな」とは、むろんウィードである。

 「失敬な奴じゃな」

 「お前程じゃない」


 さてと、よっこらしょっ、とのかけ声と共にドードが立ち上がった。

 「そろそろ帰るかの、嬢ちゃんのめんこい顔も拝めた事だし、ルヴィーの美味い茶も馳走になった事だしの」

 「あー帰れ帰れ」

 ウィードが独りで煽る。

 「嬢ちゃんや、今度 《でーと》 しような」

 「 《でーと》 ....ですか?」

 「けっ、年を考えろ、色気じじぃ」

 ウィードがあからさまに嫌な顔をした。

 「何を言うか、わしゃお前より三百歳以上も若い 《してぃーぼーい》 じゃ! じじぃはお前の方じゃろが」

 そんな捨て台詞を残し、神父ドードは上機嫌で古城を後にした。


 「面白いおじいさんですね、ドードさんて」

 「面白過ぎて笑えんぞ、あいつは....」

 ジャスリンの気のせいか、ウィードは何やら脱力して見える。

 「どっと疲れた......。頼む、血を恵んでくれ.....」

 溜息まじりのウィードの懇願に、ジャスリンは返事をしつつも後ろを見せない様にウィードが体を預けているソファーの脇をささっと通り、後ろへ回って背もたれごしに手を差し出した。

 アレスウィードは本当に疲れているのか、素直にジャスリンの手を取るとその親指の付け根に歯を立てた。

 ソファーの背もたれに頭まで預け、ジャスリンの手に唇を寄せているウィードの表情は、長い睫毛が瞳を半ば隠しており何やら恍惚として見えた。ジャスリンは胸の高鳴りに戸惑う。頬がポッと熱を持ち体が熱くなる。何やら目まで潤んで来る。思わず小さな溜息をつく。

 何故でしょう............? ジャスリンは、心の内で問う。ウィードに血液を提供すると、おかしな感覚に陥るのである。あがってくる呼吸を抑えようとすると苦しくなる。ウィードの牙に皮膚を裂かれる痛みよりも、そちらの方が辛い。いつの間にかウィードの紺碧の瞳がジャスリンを面白そうに見詰めていた。

 「お前のそんな顔を見てると.....、押し倒したくなるぜ」

 低く抑えた声は艶めき、瞳は射る様に煌めいた。ジャスリンは、ひょえ〜っっと訳の分からない奇声をを発して反射的に逃げようとするも、悲しいかなその手首はがっちりとウィードに掴まれていた。

 ソファーに頭を預けたまま、怯えるジャスリンを見上げ、ウィードは美しくも意地の悪い悪魔の微笑を浮かべる。そして再び彼女の手に舌を這わせ血を吸う、ゆっくりと.....。頬を赤らめるジャスリンの様子を楽しみながら.........。






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