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3. 街へ

  





 今朝、めずらしくウィードが早起きをした。普段は日が高くなるまで寝ているのだが、今日はきちんと朝の内に起きだした。だがしかし.....、一応朝食の席に座ってはいるのだが、ぼーっっとしている。目はかろうじて開いているが、どうも頭の方がまだ眠っているらしい。

 

 「.....ウィード?」

 ジャスリンは声をかけてみた。返事は無い。目も口も半開きのまま一点をうつろに見詰め、身動き一つしない様は何やら恐い。ジャスリンは、隣に座るルヴィーに目を向ける。鮮やかな金髪頭のルヴィーは、彼にとっての主食である木の実を手にし、今、正にそれを口に入れようとしたところで手を止めたまま、ウィード同様、口を半開きにして主人の様子を伺っている。

 うん、こっちは可愛い。ルヴィーは見かけが可愛いので、何をしてても可愛いですね。などどジャスリンは心の中でルヴィーに話しかけ、微笑む。それに引替え....、こっちは.......。


 ジャスリンは、ジャム付きパンをちぎって口に入れながら、ウィードをじっと観察する。

 (全然可愛くありませんね)

 ウィードがジャスリンに目を向けた。ドキリとする。

 (まさか、今の聞こえちゃったんでしょうか??)

 「呼んだか?」

 ウィードが、ぼそりと言った。余りの反応の遅さに、ジャスリンは脱力しかける。

 「ルヴィーが、濃い紅茶を入れてくれましたよ」

 「ああ.........、ありがと.........」

 とても眠たげなウィードは、カップを取ると、こくりと紅茶を一口飲んだ。恐らくもう冷めてしまってるだろうに.......。

 「大丈夫ですか? 眠いなら、まだ寝てたらいいですのに.....」

 返事は無い。

 ジャスリンは、食べる手を休めずに、ウィードの観察を続ける。 

 「今日は、街へ行く」

 ぽつりと返事があった。やはり反応が遅いだけであった。




 ハレンガルは、こじんまりとした美しい町である。きちんと区画整理がなされており、整った町並みをしていた。目抜き通りから西を望めば、丘の上の古城が良く見てとれる。とても魔族が住んでいる様には見えない何とも美しい城であり、ハレンガルの人々に愛されている景色でもあった。丘の麓には可愛らしい湖があり、その澄んだ水の青緑色と、そこに住む魚もまた、人々に愛されていた。

 

 ジャスリンは、ルヴィーと仲良く手を繋ぎながら、きょろきょろと物珍しげに辺りを見回していた。すれ違う人々は、皆笑顔でウィードに挨拶をする。こんにちは、ウィード様、これはウィード様、おひさしぶりです、ウィード様、などなどと。

 ここでは、魔族は疎まれるどころか、様付けで慕われているらしい。ルヴィーの言った事は本当であったらしく、初めは不安であったジャスリンも、すっかり安心する。


 「あらっ、ウィード様!」

 黄色い声が聞こえたかと思うと、着飾った女達が数名駆け寄って来た。どの女性もそれぞれ魅力的で、それなりに美しい。

 「ウィード様ったら、このところちっともおいで下さらないんですもの。一体何処で浮気なさってるの?」

 一人目の女がウィードの黒マントをつまんで弄びながら、艶やかな上目遣いで拗ねてみせた。

 「そうですわ〜、ウィード様ったら、一体どちらで?」

 二人目の女も負けじと媚を売る。

 「ウィード様ったらぁ〜ん(以下、ほぼ同文)」

 三人目の女も、他を押しのけウィードに引っ付く。その後ろでジャスリンはきょとんとその様子を眺めている。 

 「ん? ウィード様、あの方は?」

 一人が、ルヴィーと手を繋いで立っていたジャスリンに目をとめた。

 「ジャスリンだ」

 ウィードは笑みを浮かべてはいるのだが、その口調はいつも通り素っ気ない。

 「あの...、どういった方ですの?」

 「最近拾った魔女だ」

 (拾ったって、私は猫か何かですか.....?)  

 ジャスリンの眉間に皺が寄った。

 「拾ったって事は、一緒に暮らしてらっしゃるの? ウィード様?」

 「ああ」

 「まあっ....まあっ....」

 女達が動揺し始める。気のせいか、女達の自分を見る目が怖いと思ってしまうジャスリンであった。

 

 「こっ、恋人ですの? もしや...?」

 一人が、意を決したかの様に、うわずる声で尋ねた。

 「ちっ、違いますっっ!!」

 ジャスリンは、即否定した。

 (冗談じゃないですわ。乙女のふぁーすときすを無理矢理奪う様な人、いえ魔族が恋人なんてっ!)

 女達がジャスリンに注目していた。どうやら彼女の剣幕に少し驚いたらしい。

アレスウィードとジャスリンの目が合った。

 「ふんっ!」

 眉間の皺に加え、口をとがらせると、ジャスリンは右斜め四十五度方向に思い切り顔を背けた。つい五日程前に起こった事を思い出したら、再び猛烈に腹が立って来たのだ。

 「それでは皆様ごきげんよう」

 ジャスリンは、女達に挨拶をすると、戸惑うルヴィーの手を引っ張りながら、すたすたと行ってしまった。ルヴィーは、何度も困惑顔で主人を振り返る。

 (何だあれは.....?)

 ウィードは無表情ながらも内心あっけにとられながら、取り巻く女達に甘言を使い上手く逃げ仰せる。あっという間にジャスリンに追いつき隣に並ぶと、ジャスリンはジャスリンで、ルヴィーを引きずりながら小走りに先へと駆けて行く。心持ち目を見張るとウィードは、再度足を速め不意機嫌な魔女に追いついた。だが今度は一歩後ろてを歩く。

 

 「お前、怒ってるのか?」

 「はい、怒ってます」

 ジャスリンは、足を止めもせずに答えた。

 「焼き餅か?」

 「まさか、自惚れやさんですね」

 「じゃ、何だ?」

 興味も無さそうな声音でウィードが尋ねた。ジャスリンは口をつんと尖らせたまま、ウィードを振り返りもしない。

 「私の大切な 《ふぁーすときす》 を無理矢理奪われた事を思い出したのです」

 「又それか?」

 ウィードはうんざりと肩を落とした。

 「お前、執念深いな。一日一回思い出しては怒ってないか? キスごときで。蛇娘を呼ぶぞ、これから」

 (キスごとき?) 

 むかっ! むかむかっ! と、ジャスリンは益々機嫌をそこねる。隣のルヴィーはそんな彼女を見上げ、くすっと笑い声を上げあわてて口を押さえた。

 「おい、ここだ、入るぞ」

 素っ気なく言うと、ウィードは立ち並ぶ店の一つへと入って行った。

 「.....仕立て屋、イエニーの店....?」

 ジャスリンは振り返り、入り口の看板の文字を読んだ。ふいに手を引っ張られた。ルヴィーである。可愛いルヴィーに急かされれば、さすがのジャスリンも拒めない。先程とは反対に手を引っ張られながら、ジャスリンはその店に足を踏み入れた。


 ドアをくぐると、ふくよかな女性がウィードの訪れを喜んでいる最中であった。

 「あら、いらっしゃいませ、ルヴィー坊やに可愛らしいお嬢さん」

 「こんにちは、イエニーさん」

 ルヴィーがにっこりと挨拶した。女主人イエニーは、愛想の良い笑顔を惜しげも無く振りまく。つられてジャスリンも微笑んだ。

 「この娘、ジャスリンというんだが、これで彼女に服を何着か作ってやってくれないか、イエニー」

 言いながらウィードは、懐から無造作に紙幣の束を取り出してイエニーに渡した。

 「まあ喜んで。ウィード様」

 「それからついでに、女が必要な物なんかを揃えてやってくれるとありがたいんだが....。さすがに俺も下着屋に入る勇気は無い」

 イエニーは豪快に笑うと、大きく頷いた。

 「ようございますとも、ウィード様」

 そしてイエニーはジャスリンに向き直る。

 「はじめましてジャスリン様。まずはマントをお預かりしましょうね」

 そう言ってイエニーは、ジャスリンの着ていた年代物のマントを脱がすと、衣紋掛けに掛けた。ジャスリンはまじまじとウィードの顔を見上げた。


 「何だ?」

 「いえ、あの...、あなたがお金を持ってらしたから驚いたのです」

 ウィードは、片眉を上げた。

 「俺が金を持っていたらおかしいのか?」

 「少し....、だって、大体収入源なんてあるのですか?ウィードに」

 「ひょっとして、ジャスリンお嬢さんはご存じないんですか?」

 イエニーが口を挟んだ。

 「アレスウィード様は、このハレンガルの領主様ですよ」

 「は?」

 (今、何と??)

 ジャスリンは笑顔のルヴィーに目を向ける。

 「本当だよ、ジャスリン」

ジャスリンは、ウィードに視線を戻す。

 「一応な」

 「えぇぇぇぇぇぇぇっ!!」

 「うるさいぞ」

 「だってっ! 何処の世界に吸血鬼を領主とあがめる町があるでしょうか? そんな話は初めて聞きました!」

 「そうか、そりゃ良かったな、乏しい頭に知識が増えて」

 ジャスリンは、スミレ色の瞳をまん丸にさせて、ウィードを凝視したまま言葉を続ける。

 「そんなそんな馬鹿な、いんぽっしぶるではないのですか? 大体教会が何と言いますか? 王国政府は?」

 どんどん早口になっていく。どうもジャスリンは昂奮すると早口になってしまうらしいのだが.....。

 「奴らとは、 《ぎぶ あんど ていく》 だ」

 「え?」

 「教会で手に負えないような魔物が現れたら、俺が払ってやる。その代わりに、このハレンガルには口も手も出すなと言ってある。ついでに税は払わないし、徴兵にも応じないと言ってある。まあ完全なる治外法権というやつだな。そうそう、地図にのせないってのも条件の一つだった」

 「信じられません....。それで今まで問題無かったのですか?」

 「別に無いぞ。時々、命知らずな悪魔払いが俺に挑戦してくるくらいで.....。まあ、王国政府も教会側も、出来る事なら俺を消したがってるだろうからな」  

 ウィードは涼しげな表情で軽く言ってのけた。


 「アレスウィード様のお陰で、私達はとても良い暮らしをさせてもらってるんですよ。このハレンガルでは、餓える者なんて一人もいません。乞食だって一人もいない。それにウィード様がいらっしゃるから悪い魔物も寄り付きませんし、男達を兵隊に取られる事もありませんしね。きっとここは、王国一、いいえ大陸一平和な場所だと思いますよ」

 イエニーは、てきぱきとジャスリンの体の寸法をとりながら話してくれた。ウィードはというと、後で迎えに来ると言い残し、ルヴィーを連れてぶらりと何処かへ行ってしまった。

 「本当に驚いてしまいました。ウィードったら、そんな事一言も教えてくれないのですもの。てっきり世を忍ぶただの吸血鬼だと思ってましたのに、びっくりこんですわ」

 唇をつんと尖らせるジャスリンに、イエニーは声を上げて笑う。

 「確かに、他の土地では考えられない事なのでしょうねぇ。私は、生まれた時からウィード様が領主様でらしたので、何の疑問もわかないんですけどね」

 「ああ、そっか....、なるほど...」

 人差し指をあごに当てて小首を傾げるジャスリンに、仕立て屋の女主人は目を細めた。

 「それにしても、ウィード様もとうとう奥様をお迎えになられるのですねぇ」

 イエニーは図案長を出しながら、しみじみとそんな事を言う。

 「え? そうなのですか? ウィードったらそんな事一言も....」

ジャスリンがびっくりすると、イエニーも手を止めて、目を丸くした。

 「あら、違うんですか? 私はてっきり....」

 「え? 何がてっきりですか? イエニーさん」

 ジャスリンの顔が引きつった。

 「いえねえ、ジャスリンお嬢さんはウィード様の花嫁さんかと思いましてね。あっはっはっはっ」

 イエニーの派手な笑い声に、ジャスリンは脱力する。

 「あっ! まさか、ひょっとして、ウィード様の実のお嬢様とか?」

 「全然違います。イエニーさん」

 即答であった。


 イエニーの誤解は、ジャスリンを脱力させはしたが、この仕立て屋の女主人は、とても親身になって、ジャスリンに付き合ってくれた。イエニーに作ってもらう衣装はもちろんの事、一緒に下着屋や、靴屋、手袋屋などへ出掛け、最低限必要な品をジャスリンの為に注文してくれた。おまけに細工師の工房の前を通ったら、工房の主人がジャスリンの髪を褒めて髪飾りを1つプレゼントしてくれた。

 「皆さん、何て親切なのでしょう」

 「良い町でしょう?お嬢さん。この町で生まれ育った者は、この町を出たがらないのですよ。あまりに自由で豊かで良い処ですからね」

 「私も、出たくなくなりそうです。こんなに色々な方に親切にしてもらったのは、初めてです」

 ジャスリンは、心からそう思った。




 それから一週間後、イエニーが古城を訪れた。

 「仕上がったお品だけ、お届けにあがりましたよ」

 つ四日前に仮縫いをしてもらったばかりだというのに、もう衣装が一着とマントが出来上がったという。

 「何て早いのでしょう」

 「ジャスリン様の為に、張り切ったんですよ。あとの二着も、もう一週間もあれば仕上がりますからね」

 さあさ、とにかく着てみてくださいなと言うイエニーに、引きずられる様にして自室へと行く。

 イエニーは、下着の着け方やら何やら色々と説明しながら、新しい衣装をジャスリンに着せた。ジャスリンの白っぽい金色の髪の色が、良く映える紺色の地であった。ハイウェストの切り替えの細身のシルエットに、胸のすぐ下に巻いたサッシュはクリーム色。

 イエニーは、まるで母親の様にジャスリンの髪を丁寧に梳かし、先日細工工房の主人が彼女にプレゼントした、洒落た細工の髪飾りを付けてやった。その姿を見たルヴィーは無邪気に絶賛した。

 「ウィードはどちらでしょう?」

 多分書庫だとのルヴィーの答えに、イエニーはお邪魔をしてはと言って、いとまを告げた。

 

 ジャスリンは書庫の扉を叩いた。すると「開いてるぞ」という素っ気ない声が返って来た。ジャスリンが書庫に入ると、中央のテーブルで本を広げていたウィードが顔を上げた。暫しジャスリンを、じっと見詰める。

 「悪く無いな、益々魔女らしく無くなったが....」

 ウィードの感想に、ジャスリンは照れたかの様に苦笑する。

 「あの、ありがとうございます。色々.....。でも....、どうしてこんなに良くして下さるのですか?」

 ジャスリンの率直な問いに、ウィードは心持ち眉を動かす。

 「服を買ってやっただけだろう....」

 「充分ですわ」

 ウィードは椅子の背に体をあずけ腕を組んだ。

 「まあ...、あれだな....、拾ったら責任持って面倒見ないとってやつだな」

 「私は、犬か猫ですか?」

 ジャスリンが唇を尖らす。

 「そんなもんだろうが」

 「むっ!

 ジャスリンの眉間に皺が1本寄る。

 「礼なら、お前の血液でいいぜ」

 ウィードがにやりと笑みを浮かべる。

 「ちっ血なら良いですけど、唇はダメですからねっ」

 フフフと低い笑い声が起こる。ウィードがジャスリンを見据えたまま、ゆらりと立ち上がった。

 「ダメと言われれば、尚更欲しくなる」

 その言葉にジャスリンは、まるで野良猫の様に肩を怒らせると、くるりと身を翻して扉へと駆けた。ウィードの紺碧の瞳が一瞬だけ紅い光を発した。

 「あっ開かない? あらっ?」

 取っ手を幾ら回しても扉は開かない。ジャスリンは扉に頬を押し付けて素早く念じる。

 「扉さん、開いて、お願い」

 ジャスリンの魔法に反応し、がちゃりと扉が開く。いや、開いたかと思ったらすぐにバタンと閉まって再び開かなくなった。すぐ後ろには悪魔のような吸血鬼が迫っていた。


 「ひえぇぇ〜っ!」

 間一髪でウィードの腕をすり抜け、ジャスリンはテーブルの向こう側へ逃げる。

 「酷いです、こんな時に魔法使うなんて! ルール違反ですぅー!」

 「誰が決めた? そんなルール。お前だって今使っただろうが」

 「ふえぇぇ〜ん、どうしましょう。私の貞操の危機ですわ」

 焦るジャスリンはそこで我ながら素晴らしくひらめく。変身の魔法である。一瞬にしてハヤブサに姿を変えると飛び上がった。高い天井から下がる古風なシャンデリアに止まり、そこでほっと息をつく。だが、安堵したのもほんのつかの間、空恐ろしい笑みを浮かべたウィードの姿も一瞬にしてハヤブサに変わる。

 「鳥には鳥の楽しみ方があるさ」

 「ひぃぃぃぃ〜! えげつない〜! えげつなさ過ぎです〜! 助けて〜!!ルヴィー!!」


 バサバサという羽音と共に、室内でのハヤブサ達の追いかけっこが始まる。

 一体、いつまで続いたのかは分からない......。




 

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