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25.アレスウィード、隠し子疑惑(下)

 




 おどろおどろしい、魔の山奥の古城。それはそれで美しい事は美しいのだが、いかにも.....な城であった。これに比べたら月夜城の、何と美しく明るく健全で普通な事か......。

 時折、辺りを使い魔達が飛び交う。城の重々しい扉はひとりでに開いた。

 

 「これはこれはアレスウィード様、何とも稀なるお客人でございますな」

出迎えたのは、鼻の長い禿鷹の様な老人であった。どの辺が禿鷹かと言えば、その枯れ木の様なやせ具合と、ぼうぼうと髪の伸びた頭の、天辺だけ巧い具合に髪が抜け落ちている点であろうか。まあ、わざわざ解説するまでも無い。総ての魔族が美しいというのは、どうやら真実では無かったと見える。それとも、わざわざ美しく無い姿に化けているのであろうか.....。ジャスリンはふと、そんなどうでも良い事を考えた。


 「ジャスリンちゃんっ!」

深紅のドレスに身を包んだ美女が、黒髪を波打たせながら向こうの石段を駆け下りて来るのが見えた。

 「エディラスジーナさんっ!!」

両手を拡げるエディラスジーナに、ジャスリンも同様、両手を拡げ駆け寄ると抱き着いた。

 「良く来たねえ、ジャスリンちゃん、嬉しいよ」

女達が当然の如く再会のはしゃぎ声を上げ始めようとも、ウィードの仏頂面は崩れる事もない。

 「貴様の方から出向いてくるなんぞ、幾久しいな、アレスウィードよ」

続いてやや笑いを含んだ声と共に、いかにも貴族然とした黒髪の城主が現れた。今日は蝶ネクタイは着けていない。質の良さそうな、絹の白シャツ姿である。

 「別に来たくて来た訳じゃ無い」

そう毒突き、ウィードは顔だけ振り返って後ろを示した。ずっと後方の扉付近に、ウィード同様酷く不機嫌で、警戒心も露な銀髪の魔族が佇んでいた。ヒースラーグは言葉を失う。エディラスジーナも又、ジャスリンの手を取ったまま息を飲んだ。

 「お二人ともびっくりしたでしょう?」

ジャスリンは、くすっと笑った。

 「彼の名前はラーグフェイルというのです。ウィードのお子さんなのですよ」

 「ラーグフェイル......」

ヒースラーグはゆっくりと、まるでその名を味わうかの様に口にするとラーグフェイルに近付き、今一度彼の顔をまじまじと見た。


 「本当に貴様の子か?アレスウィード?」

 「んなわけがあるかっ」

愕然とするヒースの問いに、ウィードは吐き捨てるように答えた。

 「えっ!?違うのですか?」

ジャスリンが哀し気な顔をした。ラーグフェイルは何も言わない。

 「そうであろうなあ......。貴様の子というよりは.......」

そこで言葉を切ったヒースラーグは、信じ難い何かを見る様にラーグフェイルの顔を見詰め、驚きの溜息を吐いた。

 「付いて来るが良い、ラーグフェイルよ」





 ヒースラーグが案内したのは、ギャラリーであった。大小の絵画が、四方の壁に処狭しと掛かっている。その内の一つの前で、ヒースラーグは足を止めた。

 「まあ......」

ジャスリンは思わず声を上げ、ラーグフェイルは無言のまま目を見張った。

 それは一枚の、男女の描かれた肖像画であった。黒髪の娘と銀髪の青年、顔立ちの良く似た美しい男女であった。そして何より銀髪の青年は、アレスウィードとラーグフェイルに、そう、殊、ラーグフェイルそのものであった。

 「......そっくりです.....」

ジャスリンは混乱しながら、幾度も絵の中の青年とラーグを見比べた。

 「セレーネ・ナディアナと、ロディスラーグ・ナディユス フォン エーデルワイズの肖像だ。セレーネはアレスウィードの母であり、ロディスラーグとは双子の姉弟であった。そして、この二人の兄が我が父であった。...そなたの名......」

そこでヒースラーグは、ラーグフェイルへと向き直った。

 「そなたの名は、我らが祖父の名でもある。そなたは、このロディスラーグ叔父の子であろう?」

ラーグフェイルは、ロディスラーグの肖像を睨んだまま答えない。

 「仮令たとえそなたが知らぬと言おうとも、疑い様も無い。そなたの姿形、そなたの名、そなたに流れる吸血種族の血と人間の血。そなたはロディスラーグ叔父が、人間の娘との間に儲けた子だ」

 「こいつは.....、今何処にいる?」

ラーグフェイルの目が憎しみに染まる。

 「とうに身罷っておる、そなたが生まれ落ちる前にな」

その言葉にラーグはヒースを振り返った。

 「死んだ....?俺が生まれる前に.....?」

ヒースラーグは頷いた。

 「叔父上の使い魔が知らせて来た話によると、彼は身重であったそなたの母を、悪魔払い達の手から逃す為に自ら囮となり、六名の神父達の手に掛かり殺されたそうだ」

ジャスリンは息を飲んだ。傍らのエディラスジーナがそんなジャスリンの肩を抱いてやる。

 「じゃあ....、じゃあ....、ロディスラーグさんは、ラーグとラーグのお母さんを見捨てたわけでは無かったのですね.....?」

ヒースラーグは、年若い従兄弟を見詰めたまま静かに頷き、言葉を続ける。

 「叔父上は一族の反対を押し切り、故郷を捨て、あの人間の娘を娶ったのだ」

幼い頃より憎み続けて来た父親の像を崩され、ラーグは只々愕然とした。どうして良いか分からなかった。

 ロディスラーグ......、微かに笑みを浮かべたその顔も、その青味を帯びた銀色の髪も、闇夜のように黒い瞳も、疑う余地などこれっぽっちも無い。自分は父親に生き写しではないか......。

 「そなたが無事に成長しておったとはな.....。これ程喜ばしい事があろうか。これからは、そなたの父御の名であったナディユスの名と、エーデルワイズを名乗るが良いぞ、ラーグフェイルよ」

城主が言えば、エディラスジーナも静かに近付き、両手でラーグフェイルの頬を挟み込んだ。

 「これからは、ここがあんたの家だ。いつでも好きな時に出入りしたらいい。ず〜っと住んだっていいんだよ」

そう言うと、エディラスジーナはラーグフェイルを抱きしめた。彼は只、呆然とされるがままであった。

 これは現実なのだろうか.....?それとも夢なのだろうか.......?天涯孤独だとばかり思って生きて来たというのに......、己に親族がいたとは.......。

 父親から吸血種族の特性を色濃く受け継いでいながら、幼い頃人間の母親に育てられた為、多分に人間臭い感情を持つラーグフェイルであった。自分でも気付かぬ内に、彼の黒い瞳からは涙が一筋零れ落ちていた。





 その後暫くの間、ジャスリンはデルフェンに留まった。というのも、アレスウィードのくだんの“仕事”がまだ終わっていなかったのだ。クレシスからジャスリン誘拐の知らせを受けたウィードは、“仕事”を放り出して、文字通り飛んで来たらしかった。“仕事”に片を着けたら迎えに来ると言いおいて、アレスウィードはそのまま行ってしまった。

 『とんだ誤解をしてくれたもんだぜ、ったく』

去り際にしおらしく詫びてきたラーグフェイルに、アレスウィードはそう毒突いた。だが、その後に、『今回だけは不問にしてやる』と、実に不機嫌そうにではあったが付け加えたものであった。


 そして今、ジャスリンとラーグの二人はデルフェンの城の塔の天辺にいた。二人して、牆壁しょうへきの上に座り込んで、辺りを眺めていた。山の中に立つ城である、時折冷えた風が吹き付ける。

 「良かったですね、ラーグ」

ジャスリンは、これ以上風に弄ばれぬ様、手慰みがてら長い髪を編みつつ言った。

 「うん、まあな....」

ラーグは、少しはにかんだ様子で答える。

 「俺...、こんな風に血の繋がった人達に受け入れられるなんて、今まで想像した事も無かった。だって、俺の母ちゃんの家族なんてさ、俺を孕んだからって母ちゃんのこと家から追い出したんだぜ。母ちゃんが死んでから、俺、ほとんど独りだったんだ。女の処に居座ったりした事もあったけど、いっつも、あんま長続きしねぇんだよなあ.....。魔族の女は、気まぐれでケツの軽いのばっかだしよ、人間の女は、すぐばばあになっちまうしよ.....、俺は別に惚れた女が年食ったってかまわねえのにさ、人間の女って気にすんだよな、そういうの.......」

父親に対する憎しみの念から解放されたラーグフェイルは、一皮剥けたかの様に饒舌であった。ジャスリンは己よりもほんの少しだけ年若な青年の、止めども無い話を、優しく微笑みながら時折相づちなど打ちつつ聞いてやった。

 「俺さあ、思うんだけどさ。ウィードの女があんたで良かったよ、ジャスリン」

 「えっ!?なななっ!?」

ジャスリンは、急に頬を真っ赤に染めて狼狽えた。

 「だってさ、俺、あんたに庇ってもらわなかったら、あん時、間違い無くウィードに殺されてたぜ。それにあんたのお陰で、親父を誤解してた事にも気付けたし、ヒースとエディラにも会えたし、家も出来たしさ.....。おまけにご大層な名前まで貰った」

ラーグは、人差し指で鼻をこすりあげ、へへへっと照れ笑いをした。

 「ありがとな、ジャスリン.....」

姿形だけは良く似ていたが、ラーグフェイルはウィードとは全く違う。ウィードよりも格段口の悪い話し方も、ウィードよりも豊かな表情も、ウィードならば絶対に見せない様なはにかんだ笑い方も、屈託ない笑い方も.......。

 「どういたしまして、ラーグ」

ジャスリンは、微笑みながら静かに返した。





 ジャスリンとウィードがハレンガルに戻り、ドードとクレシスを始めとする領民達の胸を撫で下ろさせ、わんわんと子供らしく泣くルヴィーを、ジャスリンが優しく抱きしめ宥めてやってから、早、日々も過ぎて行き、月夜城の住人達の生活もすっかり日常へと戻っていた。いや、戻っているかに思われた.....、少なくとも昨日までのアレスウィードにとっては.......。


 今朝もウィードは、いつも通り愛する魔女に起こされ、彼女の注いだ洗面器の水で顔を洗い、彼女の差し出すタオルで顔を拭いた。そしていきなり彼女の唇を奪うと、一頻り味わってから解放してやる。すると頬を真っ赤に染めた魔女は、いつも通りきゃんきゃんと子犬の様に怒りだした。それが楽しくて、ウィードはジャスリンの頤を掴むと、再度唇を奪った。幾度も口付け、仕舞にはジャスリンの息が上がるまで深く濃厚に唇を重ね合わせた。そして、彼女を押し倒そうとしたところで、今朝もするりと逃げられた。

 「朝っぱらからこんな事している場合ではないのですよっ!早く着替えて降りて来て下さい、ウィード。びっくりする事があるのですから」

魔女はそう告げると、何やら嬉しそうにぱたぱたと駆けて行ってしまった。

 「....びっくりする事......?嫌な予感がするぜ.......」

ウィードは着替えながらポツリと呟いた。


 案の定..........、ダイニングルームには、いてはならぬ筈の人物がいた。

 「よっ!やっと起きたのか?」

銀髪頭の魔族が、笑顔で片手を上げて見せた。鏡を見ているかの様に顔の作りだけはそっくりな魔族に、ウィードの目は据わった。

 「何故、お前がここにいる.....?」

 「へへへっ、ジャスリンに会いたくってぇ、来ちったぁ!」

満面の笑みで、恥ずかし気も無く言い放つラーグフェイル。ジャスリンはにこにこと上機嫌であり、ルヴィーは主の為に茶を注ぎながら、成り行きを伺っている。

 「会ったなら、さっさと帰れ」

何とも冷たい言葉を投げつけられるも、ラーグは全く動じない。

 「俺、暫くここに住む事に決めたぜ。いい処だよなあ〜、ハレンガルって。ジャスリンもいるし」

気のせいか、ウィードが固まった様に見えた。いや、気のせいであろう。

 「.....今、何と言った?」

 「え?いい処だな〜、ハレンガルって」

 「その前だ」

 「ここに住む事に決めた」

 「勝手に決めるなっ」

 「いいじゃんかあ、俺一人くらい増えたってぇ、どうって事ねえだろ〜?ケチんなって、領主様よお」


 ピキっ!...............ウィードの手にしたカップの中で香っていた紅茶が、一瞬にして凍り付いた。

 「あら??また、お茶を凍らせましたね?ウィードったら」

何とも暢気なジャスリンの声。室内の気温がぐっと下がった事に気付いているのやら、いないのやら.....。

 「お前の顔なんぞ、見たくねえ!」

 「鏡でも見てると思えばいいだろ?」

 「思えるかっ!」

 「良い事を考えました。今日は、皆で町に行きましょう」

 「それの何処が“良い事”なんだ?」

ウィードは不機嫌な瞳を、傍らのジャスリンへと移す。

 「ラーグを見たら、きっと皆びっくりしますわ、うふふっ!」

楽しい悪戯を思いついたジャスリンは、町の人々の反応を思い浮かべ、うふっ、うふふっ、と

笑い声を立てている。

 「冗談じゃないぞ」

 「何故ですか?ラーグがここに住むのでしたら、皆さんに紹介しておかなければ」

 「誰がそれを許可したんだ?俺はしてねえっ」

 「良いではないですか。ラーグはウィードの従兄弟なのですから」

 「そうそう、俺、あんたの従兄弟!って事で、よろしく頼むぜウィード!」


 こうしてラーグフェイルは、ウィードの許しを得ないまま、ハレンガルの月夜城の新たな住人となったのでしたとさ.......。 




 

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