22.夫婦喧嘩は犬も喰わねぇ!(下)
ゴブレットには真紅の液体______吸血魔族にとっては何とも魅惑的な色であった。それを目の高さに掲げ見て大仰な溜息を吐く魔族一名、ゴブレットをテーブルに戻すと、がっくりと肩を落とす。
「飲まないなら俺が飲む、よこせ」
アレスウィードが、生唾物の真紅の液体に満たされたゴブレットに手を伸ばすと、がばりと顔を上げたヒースラーグが、すかさず両手でゴブレットを掴みアレスウィードから遠ざけた。
「飲むに決まっておろうが!ここのトマトジュースを楽しみに、毎回ハレンガルまで遥々やって来るというのに」
「ならいい加減さっさと飲め!幾度白々しい溜息を吐きゃあ気が済むんだ?辛気くさい事この上無いぞ」
「まあそう言うな、アレスウィードよ......」
ヒースラーグは再びがっくりと項垂れた。
処は、この町唯一のカフェである《黒猫》。失意のヒースラーグの前には、これでもかという程不機嫌な表情をしたアレスウィードが、腕を組み長い足を組んで座っており、その隣では鮮やかな金髪頭のルヴィーが、2杯目のミルクに愛らしく舌鼓を打っている処であった。そして......、カフェの主人ラスベスを始め、従業員や客達が遠巻きに彼らの様子を伺っていた。
この小さなハレンガルでの事である、吸血鬼夫妻の夫婦喧嘩の報など電光石火で流れわたり、今さっき起きた事など当然の如く辺りに知れ渡っていた。夕餉時までには、3つの子供どころか野良猫野良犬にまでその報は行き亘る事であろう。
「エディラの心が私に戻るまで気長に待とうと決心はしたが、何と切ない事か.....。愛しいエディラが、あれ程に私を憎むとは.......。あれ程に熱き愛を語り合った仲だというのに.......」
そしてヒースラーグは真っ赤なトマトジュース入りのゴブレットを両手にしたまま、さめざめと泣く。吸血種族の威厳も何もあった物ではない。
「さっきのはエーデルワイズ伯爵が悪いんだよ」
突然ルヴィーが口を開いた。両手に飲みかけのミルクのカップ、口元には白いヒゲを付着させたままでありながら、今のルヴィーにはヒースラーグよりも余程威厳がある。ヒースラーグははたと泣くのを止め、少年に目を向けた。
「そっ、そうか?なっ、何が悪かったのであろうか?」
藁にも縋りたい気分なのか、何とも素直な吸血魔族である。アレスウィードは片眉を上げ、傍らのルヴィーへ目を向ける。
「“私は私で楽しくやるから、そなたも楽しく過ごすが良いぞ〜”なんて、言っちゃぁいけなかったよね」
ルヴィーは愛らしい笑顔でさらっと鋭い指摘をする。
「うっ........」
ヒースラーグは卑屈な目をして言葉を詰まらせた。
「ウィード様を見習った方がいいよ、伯爵は」
「ア...アレスウィードをか?」
ヒースラーグが目を向けると、ウィードは不機嫌そうに鼻を鳴らしてそっぽを向いた。すかさずヒースは、ルヴィーへと身を乗り出す。両手にはトマトジュースのゴブレットを大事そうに握ったままである。余程ウィードには盗られたく無いらしい。
「此奴の何を見習ったら良いと言うのだ?ルヴィーよ?」
ヒースラーグの問いに、ルヴィーは余裕綽々(しゃくしゃく)とミルクをこくこく飲み干し、ぷはぁ〜っと、愛らしい息をつくと再び口を開いた。
「ウィード様は、ジャスリン一筋なんだよ」
「ほう.....」
「伯爵みたくあっちこっちでつまみ食いなんてしないんだから、ウィード様は」
「“つまみ食い”は.....、ダメか?」
「当たり前でしょ!」
おずおずと発した問いへの何とも厳しい即答に、がっくりと肩を落としている吸血魔族は、これ又何とも情けない。
「だがエディラだって、“つまみ食い”とやらをしておるぞ。何せ魔族だからなぁ....。って、貴様らの言う事は、やたらと人間臭く無いか?」
「俺は何も言ってねえ」
「言って無くとも貴様の行いは充分人間臭い」
ウィードは反論しない。いや出来なかったのか.....、そこは不明である。
そこでルヴィーが大仰に溜息を吐いた。
「エーデルワイズ伯爵ってば、全然女心を分かって無いんだからぁ!もうダメダメだね」
あたかも自分は女心を分かっていると言わんばかりのルヴィーの言葉。
「女の人の扱いに魔族も人間も無いでしょ?魔族だろうが人間だろうが、女の人はね、愛する人には自分だけを見て欲しいの!これ基本でしょ?ねぇ、ウィード様ぁ?」
「俺に話を振るな、ルヴィー」
こんな類の話が、実は苦手なウィードは不機嫌を装い続ける。
「まあ、女というのは我が儘なものでしょうねえ、本来。そこが時たま可愛かったりもするわけですが」
やんわり口を挟んできたのは、カフェの主人ラスベスであった。見るに見かねたのか、それとも興味本位かは不明である。
「自分の事は棚に上げて、こっちを責め立てて来るものですよ、ヒースラーグ様。いかに機嫌を取るか...、そこがポイントですなぁ.....」
そう言って遠い目をするラスベスに、一抹の哀愁が漂った。
「お前も...、いろいろと大変そうだな...ラスベス」
現在のところハレンガル一の恐妻家と信じられているラスベスを、ウィードは少しだけ哀れんでやるも、そこは魔族なので一瞬で忘れる。
「そうなのか、そなたの妻も己の“つまみ食い”は棚に上げ、そなたの“つまみ食い”は糾弾するのだな?でもって、その度にそなたは妻の機嫌を取ってやるのだな?妻の“つまみ食い”には、ぎゅっと目を瞑って」
勝手な誤解をしているヒースに、ラスベスの笑顔がやや引きつった。仰る処の“つまみ食い”なんて誓ってしてません。あの...僕の奥さんも多分してません...ぶつぶつぶつ、などという弁解は、失意のどん底にありながら何やら感じ入っているらしきヒースラーグの耳には、てんで届いていなかった。
「そうであるか.....、男子はそこまで我慢せねばならぬのだな?アレスウィードよ、貴様もそうやってジャスリンを立ててやっているからこそ、円満なのだな?そうだったか、そうだったか」
「俺をいっしょにするなっ」
一人勝手に納得しているヒースラーグに、ウィードはうんざりしながら言葉を返す。
「やれやれ本当にしょうが無いなあ、エーデルワイズ伯爵は....」
呆れ顔のルヴィーは、溜息まじりに呟いた。
「ジャスリンちゃん、いい加減手を放したらどうだい?」
「だって放したら、エディラスジーナさん、逃げるでしょう?」
「逃げやしないって、疑り深い娘だねえ、本当に...」
居間のソファーに二人並んで座りながら、先程からそんな押し問答を繰り返している女吸血鬼と魔女。ジャスリンの手は、まだしっかりとエディラスジーナの手首を握っている。
「それはそうと、ヒースラーグさんが帰って来たら素直に許して差し上げて下さいね、エディラスジーナさん」
「う〜ぅぅぅ..」
エディラスジーナの口からは、不機嫌そうな呻き声が上がった。
時刻は夕暮れ時、そろそろウィード達も戻るだろうかとジャスリンが考えていると、「ただいまぁ〜」というルヴィ−の声。それと前後して黒マント姿の城主が居間へと姿を現した。だが、もう一人の吸血魔族の姿が見えない。ジャスリンは不審に思う。
「お帰りなさい、ウィード。ヒースラーグさんはどうなさったのですか?一緒じゃ無かったのですか?」
「あいつなら、クレシスに決闘を仕掛けに行くとか吐かしてやがったから置いて来た」
興味も無さそうに言いながらウィードはマントを脱ぎ捨て、ジャスリンの向かい側にどっかりと腰を下ろすと、それと同時にジャスリンががばっと立ち上がった。
「けっ、けけ決闘!?」
「ああ」
「とっ、止めなかったのですか!?ウィードっ!?」
「止めるわけないだろう、こんな楽しい事。どっちがくたばっても俺は清々する」
ウィードの言葉にジャスリンは蒼くなり、おろおろ仕出した。エディラスジーナはといえば、普段とは打って変わって無表情である。
「まあ、どっちが生き残るかが見物だぜ。あいつはこの処、どんより落ち込んでいたせいでほとんど生き血を吸ってなかった様だし、碌な力も出ないんじゃないか?」
アレスウィードは、悪魔的にせせら笑いつつ、エディラスジーナへと目を向けた。
「クレシスが、あの気違いレジスの双子の弟だって事は知ってるんだろう?あの腐れ神父は、レジスに匹敵する悪魔払いだ。いかに純血種でも、今のヒースじゃな....。結構簡単にお陀仏かもな」
「ウィード....、そんなの酷いです、あんまりです.....。何とかして下さいっ!」
ジャスリンは早くも半べそ状態でウィードの腕に縋り付いた。すると、それまで一言も発する事の無かったエディラスジーナが突然立ち上がったかと思うと、やはり一言も発する事無く居間を飛び出して行った。
「あっ、エディラスジーナさんっ!」
慌てて後を追おうとしたジャスリンの腕を、ウィードが掴んだ。
「抛っておけ」
「どうしてですか?酷いではないですかっ!ウィードの人でなしっ!」
「人じゃ無いからな」
素気無く返しながら、ウィードは捕らえた魔女の腕を引っ張った。足を縺れさせ、あぎゃっっ..という奇声を上げてソファーに倒れ込むジャスリンを、すっぽりと受け止めるや虜にするウィードの両腕。
ぶちっっ!
ジャスリンの内で何かが切れた模様であった。
「こんなときに何するんですかぁっ!クレシスさんとヒースラーグさんに何かあったらどうするんですかっ!?ウィードの、馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿あぁぁぁ!!」
ジャスリンは大粒の涙をぽろぽろ撒き散らしながら、両手でウィードの胸をべしべしと叩いた。
「お前に馬鹿呼ばわりされたら、お先真っ暗だな....」
素直に叩かれながら、ウィードは溜息を吐いた。
日は半ば沈んでいた。
薄暗い教会の中庭で、クレシスは退魔用の聖別された剣を抜いた。純白の聖衣姿の神父と、片や漆黒の吸血魔族、そして離れた処には灯りを手にしたドード神父が、何時に無く厳しい眼差しを2人へ向けていた。
「仕方がありませんねぇ、気は進みませんけど....そう言う事でしたら、受けて立ちましょう」
クレシスも何時に無く真剣な表情であった。
「そなたには、これといって個人的な恨みは無いのだがな、エディラの心を取り戻す為とあらば致し方無いのだ。覚悟は良いか?クレシスとやら」
ヒースラーグの声音には、これまでとは異なり背筋を凍えさせるような冷たさであった。そしてその紅く燃える瞳......。にやりと笑いを浮かべた魔族の手から光の玉がはじけた瞬間、神父クレシスは跳躍していた。
聖剣が魔族の攻撃弾を恐るべき早さで弾く。その間にも神父の口からは音楽的な聖句が途絶える事無く流れ、聖剣からは聖なる光の矢が飛び散る。絶え間ない光の炸裂に、ドード神父は手のひらに汗を握っていた。
「頼むから......、教会は壊さんでくれよ、お前達......」
どうやら二人の心配よりも、教会の方を心配しているらしいドードは、光の流れ矢やら、流れ弾やらが教会の壁や瓦屋根にあたる度に、神よ....と呟き、聖なる印を切っていた。
その時、すっかり暗くなった空から突然、戦う二人の間に翼ある影が割って入った。そうかと思うと、それは一瞬にして人型を取った。
「!!」
クレシスは、咄嗟に剣を引き飛び退った。危うくその人物を傷つける処であった。
「エディラスジーナ.....」
ヒースラーグの瞳から怒りの紅が消えて行った。
「馬鹿な事はお止め、ヒース」
エディラスジーナの口調は優しかった。彼女は、怒ってなどいなかった。
「止めてくれるなエディラよ」
ヒースラーグは、苦し気に瞳を逸らす。
「私は、そなたの心を取り戻したい。それが叶わぬならば、そなたの新たな伴侶の手によってこの命を終わらせたいのだ。そなたのいない時など、私には無意味だ。そなた無しで、生きてなどいけぬ」
切々としたそのヒースラーグの言葉に、エディラスジーナは瞳を細めた。
「....馬鹿...、本当に馬鹿だね...、あんたは...」
彼女のその切な気な表情の、常軌を逸した美しさは、やはり人間の物ではあり得ない。
「あんな言葉、本気で信じたのかい?新たな伴侶なんて、嘘に決まってるじゃないか。大体クレシスは神父だよ」
「エディラ....」
ヒースラーグは、うるると瞳を曇らせながら顔を上げた。
「愛しいエディラよ、誠か?」
エディラスジーナは微笑み頷く。
「そなたはまだ、我が妻でいてくれるのか?」
ぽろりと涙を零すヒースラーグを、エディラスジーナの両腕が抱きしめた。
「あたしの伴侶は、永遠にあんただけだよ、ヒース」
「エディラ....」
妻の名を熱っぽく囁きながら、ヒースラーグの両腕も最愛の妻を抱きしめた。
「ふうっ......、世話の焼ける人達だ....」
何やら、決闘の途中で相手の眼中から閉め出されてしまったらしいクレシスは、何とも複雑な気分で聖剣を鞘に納めた。気が付けば、ドード神父の隣には、ハレンガルの領主と愛らしい顔をした魔女が佇んでいた。
「ご苦労だった、クレシス、礼を言うぜ」
「どういたしまして、領主殿。役に立てて嬉しいよ.....、まあ、嬉しいんだけど....、何かいい出しに使われちゃったよなあ.....」
「細かい事は気にするな。あの女から解放されたんだ、素直に喜べ」
「解放されたく無かったんだけどね......」
クレシスは実に残念そうに、抱き合う魔族の夫婦を眺めながら溜息を吐いた。
「まあ、諦めろ、クレシスよ。不倫は良く無い、不倫は。何はともあれ、一件落着じゃ」
「そうですね、老師。これも神の思し召し、彼らの為に祈る事にしましょう」
クレシスは静かに微笑みながら聖なる印を切った。
「ウィードったら....」
呆気にとられていた魔女が、口をきく余裕を取り戻したらしい。アレスウィードは傍らのジャスリンを見下ろす。
「仕組んだのですね?」
大きな瞳を、さらに大きく見開いた魔女が囁いた。ウィードは答えず口の端だけ吊り上げると、魔女の肩を抱き寄せた。
「やれやれ、すっかり日も落ちとるわい、腹が減ったのぅ」
「そうですね、遅くなってしまいました。急いで支度します、老師」
爽やかにそう言って、中へ引っ込もうとするクレシスを止めたのはウィードであった。
「城で食え。ルヴィーがお前達の分も用意してる筈だ」
「まあ、さすがルヴィーですね!」
ジャスリンが嬉しそうに両手をぽんっと打ち合わせた。
「嫌なら来なくてもいいぜ、何せ魔族の手料理だからな。毒が入って無いとも限らない」
そんな憎まれ口をたたき、暗い中皮肉っぽい笑みを浮かべるアレスウィードも、これまた凄絶に美しい。
「んもう、素直じゃありませんね、ウィードは....、相変わらずですけれど.....。本当はいらして欲しいのでしょう?」
横から軽〜く去なすジャスリンは、ウィード以上の魔族かもしれない。その証拠にウィードはジャスリンの肩を抱いたまま、僅かに肩を竦めて見せたのみで何も言い返しはしなかったのだから.....。ドード神父が楽し気に笑い声を上げた。
「喜んで相伴に預かろうかの、クレシスよ。こちらから押し掛ける事はあっても、ウィードから招かれる事は滅多に無いからの。本当に毒が入っとったとしても、嬢ちゃんがおるから死ぬ事は無いじゃろ」
言うやドードは、再びひゃっひゃっひゃっと笑う。何とも剣呑な言葉であったが、眉間にしわを寄せたのはアレスウィード唯一人。ジャスリンもクレシスも、ドードと共に何とも楽し気な笑い声を響かせたのであった。
それから......、平和な日々が過ぎ........?..........
コポコポコポっと、年代物の優雅なカップに濃いめの茶が注がれる、月夜城での日常の光景。男にしては美しい、だが女にしては柔らかみの無い手が熱いカップを取る。良い香りが漂っている。何とも形良い口_____大き過ぎず小さ過ぎず、厚過ぎず薄過ぎず、絶妙の配置にあるその口が、カップに触れる。こくりと一口飲むと、年代物のカップは、かちゃりと受け皿に下ろされた。
「で...?」
形の良い口からは、不機嫌な声が発せられる。
「で..??」
向かい側に座る、やはり見目麗しい青年の口が同じ音を繰り返した。
「お前達は、一体ここで何をやってる?」
押し殺したかのような声音。
「見て分からんのか?愛を語り合っているのだ」
飄々と答える人物の膝には、黒髪の美女が座を占め、両の腕を彼の首に絡めている。要は、先程から甘い言葉と共に、ちゅっちゅ、ちゅっちゅと口付け音を発しながら、何とも仲良く、俗に言う“いちゃいちゃ”という感じで、いちゃついているのである。
「んな事いちいち説明するな、俺が聞きたいのは、何故お前達が未だここに居座ってるのかって事だ!いい加減デルフェンへ帰れ、うっとおしい、目障りだ」
「い・や・だ・ね」
振り向いた美女は、ウィードに向かってべ〜と舌を出すと、又すぐに夫へと向き直った。取りつく島も無い。
「愛しいエディラよ、何だか300数年前の“はねむ〜ん”を思い出さぬか?」
「そうだねぇ、ヒースちゃん。何だか“はねむ〜ん”みたいだねぇ」
「もう暫く、ここで“はねむ〜ん”気分を味わって行こうぞ」
「賛成だよ、ヒースちゃん ♪」
2人の周りだけピンク色に染まり、ハートまで飛んでいる。対するウィードの周囲の気温は、言うまでもなく下がった。先程からずっと、大人しく木の実を食べていたルヴィーが、心配そうに主を見上げる。ジャスリンはといえば、にこにこと嬉しそうにいちゃつく魔族の夫婦を見守っていた。
ぴきっ!
微かな鋭い音がした。ウィ−ドの手にしたカップの中身が凍り付いたらしい。
「あらら、ウィードったら、又紅茶を凍り付かせましたね?そんなに冷たいお茶がお好きなのですか?」
そんなわけ無い...と、反論する元気も起きないウィードに、ジャスリンは新しい茶を入れてやろうと立ち上がり、壁際のサイドテーブルから新たなカップを手にして戻って来る。
「妻よ、爽やかな天気だ。庭の散策と洒落込もうではないか」
「ああ、そうだねぇ。ジャスリンちゃんの花壇も、随分花が開いてるしねぇ」
などと言い交わしつつ、ヒースラーグとエディラスジーナはピンクのハートを撒き散らしながら、手に手を取って出て行った。ジャスリンは茶を注ぎながら、そんな熱々の2人を笑顔で見送り、傍らのウィードはといえば、がっくりと肩を落としていた。
「本当に良かったですね。ヒースラーグさんとエディラスジーナさん、仲直り出来て。羨ましいくらい熱々ですね」
うふふっと、ジャスリンが笑えば、ウィードが意味ありげな目を向ける。
「羨ましいのか?」
「...えっ?」
ウィードがジャスリンの腕を掴んで引っ張った。あきゃっ!という声と共に、バランスを崩して倒れ込むジャスリンを、ウィードは一瞬にして己の膝の上に捕えた。
「ウィ、ウィード!?」
ジャスリンは、頬を赤くしてわきゃわきゃと逃れようとするも、ウィードがそれを許す筈も無く......。その様子に、ルヴィーはにこりと嬉しそうな笑顔を主へ向けると、そっとその場から姿を消した。
ウィードはジャスリンの片手を取り、口付けを一つ落とす。
「いつか、結婚するか?.......俺達も.....」
あまりに予想外であったその言葉にジャスリンは、けぶる様なスミレの瞳をまあるく見開いた。ウィードの紺碧の瞳がジャスリンを捕らえ、その手が頬に触れた。頬を染めたままジャスリンは、ゆっくりと微笑みウィードの手に自分の手を重ねる。そして恥ずかしそうに、小さく頷いた。