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17.聖誕祭(上)





 ハレンガル唯一の教会のそのかたわらには、背の高い樅の木が立っている。今年も、その樅の木が注目を浴びる季節がやって来た。毎年、教会が崇める数多い聖人達の内の一人である、なんちゃらとか言う聖人の誕生日が過ぎると、ドード神父は老体に鞭打ち、この樅の木に飾り付けをするのが常であった。とは言っても、背の高い木であるので、当然の如くドード神父一人で出来るわけも無い。去年までは毎年、梯子を使って樅の木の飾り付けの大半をするのは、村の屈強の若い衆であった。だが、今年は違った。何せ元悪魔払いのクレシス神父という、何とも便利で強い味方がいるのだ。

 

 「ほぅ、悪魔払いの能力ちからっちゅうんは、樅の木の飾り付けにも使えるんじゃなあ。こりゃあ、便利じゃ」

町の人々が心を込めて作った飾りの総てが飾り付けられた樅の木を、ドード神父は満足げに見上げながら言った。

 「ほわぁ〜、何て綺麗なのでしょう、ねえ、ルヴィー....」

ジャスリンも、ルヴィーも無邪気に樅の木を見上げている。そのすぐ横では、仕事を終えたクレシスが、例の爽やかな笑顔でやはり樅の木を見上げていた。

 沢山の、色取り取りの糸の巻き付けられた美しい玉や、やはり色取り取りの糸が巻き付けられた可愛らしい杖の飾り。端切れで縫われた人形や、白い羽を持った天の使い達や、鐘の形をした飾り。赤い林檎もぶら下がっており、そして枝のあちらこちらには、赤や緑のリボンが結ばれている。極めつけは、木の天辺に輝かしく鎮座している、大きな星の飾り。


 「毎年、あの星を取り付けるのに、若い衆がそりゃあ苦労したんじゃぁ。梯子から落っこちて、怪我したもんもいたくらいじゃった」

 「まあ....、お気の毒に....、そこまでしてあんなに高い処にお星様を?」

 「そうなんじゃ、そんな危険を冒してまでと思うじゃろ、嬢ちゃんも...。じゃが、主の降誕を知らしめしたという星が木の天辺に無いと、どうも格好がつかんと皆言うてのぅ...」

ドードは、しわしわの顔の眉間にさらに皺を寄せ困った様な顔をした。

 「「シュノコウタン....?」」

ジャスリンとルヴィーは、二人仲良く首を傾げる。

 「おお、そうじゃな、二人とも分からんなあ、そんな話」

ドード神父は、すまんすまんと言いながら、ひゃっひゃと笑う。

 「興味があるなら、詳しく話してやるがのぅ、じゃがお前達、今日もこれからラスベスとヨーラの手伝いに行くのじゃろ?聞きたければ、時間のある時に来るが良いぞ。それか、アレスウィードに聞いても良いのぅ」

 「ウィードにですか?ドードさん」

ジャスリンが驚いて尋ねれば、ドードは笑顔で二度程頷いた。

 「中々に興味深い話が聞けるぞ。ある意味、本山の伝えてきた話よりも真実に近いかもしれんと、わしは思うとるのじゃ」

 「へぇ、私も是非聞いてみたいな」

クレシスが興味津々な表情で言った。

 「機会があったら聞いてみると良いぞ。お前にとっては、良い話な筈じゃ。クレシス」

 「そうなんですか?ひょっとして、しゅは大変な女好きだったとかですか?老師」

 「何でそうなるんじゃぁ?お前という奴は....。この腐れ神父めっ!」

 「老師に言われたくありませんけど」

 「その《老師》っちゅうんを止めぃと、いつも言っとるじゃろがぁ!わしゃぁ、《してぃぼーい》なんじゃ 」

 「少しはご自分の歳を考えたらどうです?貴方は私位の歳の孫がいても、雀の涙どころか、ミミズの涙程も不思議では無いお歳でしょう?下手したら曾孫でも通りますよ、私は....」

 「通るもんか、阿呆たれっ!わしを幾つだと思うとるんじゃ!?」

ドード神父とクレシス神父のやりとりに、思わず笑いを零すジャスリンとルヴィーであった。





 さてさて、《カフェ黒猫》は、相変わらずの繁盛ぶりであった。入れ替わり立ち替わり、皆が皆、ジャスリン目当てに集まって来る。ジャスリンは、今日も例の紺色のメード服を着込み、あっちへ行ったり、こっちへ来たりと、町人達に接しながら楽しそうに働いている。仕事にも大分慣れたのか、物を落として壊す回数は減った様である。


 「何だか随分楽しそうじゃないか、ジャスリンちゃんってば。その内、ず〜とここで働くなんて言い出すんじゃないのかい?」

窓辺の席で、エディラスジーナが笑いを含んだ表情で立ち働く魔女の様子を眺めていた。

 「さあな、それはそれでいいんじゃないか?」

気の無い返答が、向かい側の席で本を開いているウィードから返る。そして二人の間には、縫いぐるみ兎のピシャカレスが、今日も無表情でちょこんと座っていた。そこへ真紅のトマトジュースのゴブレットをトレーに二つのせてルヴィーがやって来た。そしてウィードの前にゴブレットを一つ置くと、おっかなびっくりな態でエディラスジーナの前にもう一つを置いた。

 「そんなに怯えなくたって、取って食ったりしないよ、ルヴィーちゃん」

エディラスジーナの苦笑に、ルヴィーは、こそこそウィードの背後まで後ずさる。

 「嫌われたな、エディラスジーナ」

ウィードが、ふっと鼻で笑うと、エディラスジーナは目を丸くして、少し身を乗り出した。

 「ルヴィーちゃん、あたしが嫌いなのかい?」

 「えっと、僕....、忙しいので、また...」

ルヴィーは、そそくさと逃げてしまった。

 「何だい?、ルヴィーちゃんってばぁ....」

 「お前が好かれているわけ無いだろうが。自業自得だ、淫乱」

不満げなエディラスジーナに、ウィードの言葉は相変わらず容赦無い。まあ、いいさっ...と、小さな溜息を吐いて窓の外へと何気なく目を向けたエディラスジーナは、そこで又、おやっと呟く。赤いマントを着込んだ、小さな少女が外に立ってこちらを見ている。目が合うと、少女は、にこっと笑ってぽてぽてと駆けて来るや、窓辺にぴとっと張り付いた。再び本から顔を上げたウィードがそちらを見ると、窓に掌とおでこをくっ付けていた少女は、実に嬉しそうににへら〜と笑った。

 「........」

ウィードが、無言のまま片方の眉を上げてみせると、少女は何が楽しいのか、くすくすと小さな肩を揺らして笑い出した。

 「なぁんだ〜い?新しい恋人かい?ウィードちゃぁん?」

エディラスジーナが、頬杖をつきながらウィードと少女を面白そうに見る。そんなエディラスジーナを軽く無視して、ウィードは無表情のまま片手を上げると、人差し指を二度動かして“おいでおいで”と少女を招いた。すると少女は即座に窓辺を離れ、ぽてぽてとカフェの入り口へと駆けて行った。すぐにカランカランという鐘の音と共にドアが開き、少女がぽてぽてとウィード達のテーブルまで駆けて来た。

 「ウィード様こんにちは、エディラスジーナ様もこんにちは」

元気一杯に挨拶をする少女の頬は、真っ赤であった。

 「独りで遊んでたのかい、シェリー?ほっぺた、真っ赤っかだよ。林檎みたいだ」

笑いながらエディラスジーナが、花屋の孫娘、シェリーの頬に手を伸ばす。

 「こりゃ、冷たいっ!」

エディラスジーナが、両掌で少女の頬を挟み込みさすってやると、少女は無邪気な高い笑い声を上げて身を捩った。

 「座れ、ジャスリンに会いたかったんだろう?」

ウィードの言葉に、シェリーは元気に頷く。無表情で素っ気ないにも拘らず、ウィードの紺碧の瞳だけは優しさを帯びている。幼い少女には、それが分かるのであろう。シェリーは、素直に且つ嬉しそうに、椅子にちょこんと座る。

 「何か飲むか?」

ウィードが尋ねると、幼い少女は首を横に振った。

 「遠慮するな、ショコラーデか?」

シェリーは首を傾げると、少し恥ずかしそうに頷いた。ウィードは微かに微笑むと、傍らの縫いぐるみ兎へ、目を向ける。

 「聞こえたか?さっさと持って来てやれ」

ウィードに反撥するかと思いきや、縫いぐるみ兎は、不満げに鼻を鳴らしたのみで、思いのほか素直に椅子からぴょこんと飛び降り、シェリーの為のショコラーデを取りにぴょこぴょことカウンターへと歩いて行った。

 「へえ〜、優しいねえ〜、ウィードちゃんたら」

ウィードは、エディラスジーナを一瞥したのみで、やはり軽く無視する。シェリーはと言えば、体を捻り、目を見開き、おまけに口をぽかんと開けて、縫いぐるみ兎の後を目で追っていた。


 「まあ、シェリー、来てくれていたのですか」

 「あ、ジャスリンお姉ちゃん!」

シェリーの、縫いぐるみ兎への興味が、一瞬削がれた。

 「まあ、今日もほっぺが真っ赤っかで可愛いですね、シェリーったら」

エディラスジーナがしたように、ジャスリンも又、少女のふっくらした頬を両手で挟み込んだ。

 「今日は、何をして遊んでいたのですか?」

 「う〜んとね、神父様のところの綺麗な樅の木を見て来たの」

 「まあ、そうですか。」

 「ジャスリンお姉ちゃんも見た?」

 「はい、見ましたよ、とっても綺麗でしたね」

 「じゃあ、お姉ちゃんのお人形も見てくれた?」 

そういえば、お世辞にも上手いとは言い難い作りの人形の飾りが幾つかあった事を、ジャスリンは思い起こす。その内の一つは、長い黄色の髪の人形だった。シェリーの言っているのは、その人形の事に違いない。

 「あのお人形、シェリーが作ってくれた物だったのですか?とっても嬉しかったですよ」

ジャスリンは、にっこり微笑みシェリーの肩を抱いて少女の頭に自分の頬を擦り付けた。

 「ウィード様のも、エディラスジーナ様のも、ルヴィー君のも作ったの」

 「へえ〜、あたしのもかい?じゃ、早速見に行かなきゃねぇ」

エディラスジーナも何やら嬉しそうである。

 「教会の言う処の《聖なる木》に、魔族を象った人形なんぞ飾ったと知ったら、本山の奴らは泡拭いてひっくり返るだろうな」

ウィードは、楽しそうに一頻ひとしきり笑った後、年端も行かぬ少女に向き直り静かに言った。

 「シェリー、覚えておけ。ハレンガル以外の土地でそんな事をしようものなら、間違いなく火炙りだ」

 「ウィードったら、そんな身も蓋もない事.......、でも.......、そうですね、シェリーもきちんと知っておいた方が良いですね」

 「シェリー、きちんと知ってるよ。シェリーは、ずーっとハレンガルにいるから大丈夫だよ。ドードおじいちゃんと、クレシスお兄ちゃん以外の神父様のいる処には、行かないって決めたもん」

両手を握りしめながら訴える小さな少女に、ジャスリンは見開いた瞳をやがて細め、優しく微笑みながら、そうですか....と呟き、シェリーの頭を撫でた。。そこへ、ショコラーデのカップの乗ったトレーを手に、縫いぐるみ兎のピシャカレスが戻って来た。一体どのような仕掛けになっているのか、ふわふわの毛に覆われた縫いぐるみの手で器用にカップをトレーからテーブルへと置く兎に、シェリーは再び目を奪われる。

 「まあ、ピーシャ、何て優しいのでしょう。シェリーの為に暖かいショコラーデを持って来てくれたのですね、ありがとう」

ジャスリンに感謝され、白い頬をぽっと薄桃色に染めたピシャカレス。シェリーは、じーっと、彼を見詰めている。

 「シェリー、こちらは私のお友達のピーシャです。ピーシャの毛皮は、ふわふわでとっても気持ちが良いのですよ」

そう言いながら、ジャスリンは、縫いぐるみ兎の頬に、自らの頬をすりすりと擦り付けた。シェリーも椅子からとてっと下りると、ジャスリンを真似、嬉しそうにピーシャの肩の毛皮に頬を擦り付ける。兎の頬は、薄桃色から赤く変わった。

 「エロ兎め、何赤くなってるんだ?」

ウィードは無論、不機嫌である。

 「あらら、焼き餅焼いちゃって、ウィードちゃんたら可愛いんだから」

エディラスジーナのからかいに、ウィードが怒りの冷気を発したのであろう、辺りの温度が下がった。

 「羨ましいですか?アレスウィード様」

ピーシャがウィードを見上げて言った。無表情な縫いぐるみの顔が、心なしか挑戦的に見えたのは、恐らくウィードにのみであっただろう。シェリーは、突然声を発した縫いぐるみに、再び目を丸くしている。

 「嫉妬なさってますね?貴方もふわふわ毛皮の、可愛い縫いぐるみに化けてみたら如何ですか?おっと、これは失礼。誇り高い吸血魔族の貴方が、そんなお馬鹿な事をなさる筈がありませんでしたね」

 「いちいち腹の立つウサ公だ」

 「二人ともどうなさったのですか?喧嘩はいけませんよ」

不穏な空気を嗅ぎ取り、ジャスリンが牽制に入る。

 「さあシェリー、せっかくのショコラーデが冷めてしまう前に、どうぞお上がりなさい。その後、ピーシャと一緒に遊んだら良いですわ、ね、ピーシャ?」

 「はい、ジャスリン様」

無表情な兎の、無機質な瞳が嬉しそうに煌めいた。恐らく恋敵アレスウィードの世話から(殆ど何もしていないが)、一瞬でも解放される事が嬉しいのであろう。

 「ウィードちゃん」

エディラスジーナが、内緒話のポーズで身を乗り出し、小声でウィードの名を呼ぶ。

 「ほんとは内心、ふわふわ縫いぐるみになって、ジャスリンちゃんにほっぺすりすりして欲し〜とか、思ってんだろう?プライドをお捨て、ウィード」

 「お前をハレンガルから追放する、今すぐ出て行け」

 「え〜、嫌だよ、この冷血漢」

ウィードの凍る様な低い声に、とたんに声を大きくしたエディラスジーナは、ぶーぶーと逆切れする。

 「何が冷血漢だ。当たり前だろう、俺は魔族だ。とっとと出て行け、ついでに、どこかで悪魔払いに払われてしまえ、世の為、俺の為に」

 「ウィードったら、エディラスジーナさんを苛めないで下さい。貴方のお姉さんなのですよ」

ジャスリンが、唇を尖らせてウィードを責めた。哀れウィード、苛められているのは俺の方だとさすがにここでは言えず、無表情なまま目を伏せるウィードであった。



 突然、バタバタと慌ただしい足音が店の奥の方で起こった。叫び声が聞こえる。店主ラスベスの義妹が、奥から顔を出し義兄の名を叫んでいる。気付いたラスベスが、何事かと足早にそちらへ向かうと、年若い義妹は、緊張した面持ちで叫んだ。

 「義姉さんが、義姉さんが、産気付いちゃったのっ!」

 「えっ!?もう!?」

ラスベスも、周りでそれを聞いた町の者達も、俄に顔色を変えた。何せ、ラスベスの妻ヨーラの産み月までは、まだ一月もあるのである。皆が慌てふためき、店内はえらい騒ぎとなった。

 「おいっ!産婆のばあさんを呼んで来いっ!」

立ち上がったウィードの、鋭い声が飛んだ。その指示に、ドア近くにいた数人の男達が、弾かれた様に飛び出して行った。

 「ラスベス、湯を沸かせっ!たっぷりだ」

 「は、はいっ!」

ラスベスが厨房へと飛び込んだ。その後を、数人の町人達が我先に手伝おうと、追って行った。それを見届けると、ウィードはジャスリン達に向き直る。

 「あとは、お前達の仕事だ、産婆を助けてやれ」

 「分かってるよ、行くかっ、ジャスリン!」

エディラスジーナが腕まくりしながら勇んで言えば、ジャスリンもやや緊張の面持ちで、強く頷いた。

 「赤子を死なせたら、お前は永久にハレンガルから追放だぞエディラスジーナ」

 「プレッシャーかけるんじゃないよ、嫌な奴だねぇ、ウィード」

エディラスジーナは鼻に皺を寄せながら、ジャスリンと共に奥の部屋へと引っ込んだ。その後、暫くしてから産婆のルマが助手の娘を伴って悠々とやって来た。 


 「急げよ、婆さん」

 「落ち着きな、赤子はそんなすぐには出て来ちゃくれないよ」

 「でも、一月も早く産気づいちまったんだぜ、分かってんのか?婆さん」

 「ウィード様がお出でなさるんだから、大丈夫だよ」

産婆のルマは、若者達に急かされながらも、歩く速度は全く変えずに、マイペースを貫きながら《カフェ黒猫》へとやって来た。



 ウィードは、再び窓辺のテーブル席に座ると、真紅のトマトジュースに手を伸ばした。

 「ウィード様....」

いつの間にかルヴィーが傍らに立っており、その後ろに残された町人達が、そわそわと立っていた。

 「僕は何をしたらいいでしょうか?」

 「大人しく座ってろ」

ルヴィーは素直に頷くと、突然の騒ぎにびっくりしてピーシャに縋り付いているシェリーへと歩み寄った。

 「シェリーも座ろう。皆さんも取りあえず座りましょう」

落ち着いたルヴィーの言葉に、周りの者達も、気を落ち着かせ、椅子に座り始めた。



 

 人の出産に立ち会う事など、生まれて初めてであるジャスリンは、ヨーラのあまりの苦しみように、気が気では無かった。痛みを癒してやれないものかとエディラスジーナに訴えたら、そんな事をすれば、力むタイミングが分からなくなって、上手い事子を産み落とせなくなっちまうよと止められた。

 「こればっかりはしょうが無いんだよ。そのかわり生まれたらすぐに癒しておやり」

過去に幾度か、このハレンガルで出産に立ち会った事のあるエディラスジーナは、ジャスリンを慰める様に言った。


 「ほらヨーラ、ひっ、ひっ、ふぅー、だよ!ふぅーで息を吐き出すんだ。あたしの手をご覧、いいかい、ひっ、ひっ、ふぅー」

エディラスジーナが片手をヨーラの前に掲げて苦しむ彼女の視線を向けさせると、奇妙な呼吸をして見せた。その奇妙な呼吸を続けるエディラスジーナにつられ、ヨーラもいつしか無心に、ひっ、ひっ、ふぅー、とエディラスジーナと共にその呼吸を行っていた。

 「いい具合だよ、ヨーラ、頑張れ!頑張れ!」

ヨーラの足の間の様子を見ながら、ルマが笑顔で励ます。



 「長いな....」

 「うむ、長いな」

 「いや、初産なんてこんなもんだろ、うちのかみさんの時だって随分かかった」

行き掛り上、何となくカフェを離れられなくなった町人達は、今では皆がカードゲームやら何やらと、暢気に思い思いの事をして赤子の誕生を待っていた。だが奥の部屋からヨーラの叫び声が聞こえて来ると、そうも行かなくなった。ラスベスが真っ先に立ち上がり、落ち着き無くうろうろと歩き始める。

 「がっ、がんばれっ、ヨーラ」

誰かが拳を握りしめながら言った。

 「ウィード様、ヨーラおばちゃん大丈夫?」

ひっきりなしに聞こえ始めた悲鳴に、シェリーは怯えた瞳をウィードに向けた。

 「大丈夫だ、案ずるな」


 カランカランとドアの鐘が鳴った。

 「ヨーラは、大丈夫かっ!?」

血相を変えてやって来たのは、ドード神父であった。ちなみに後ろには、心配そうな表情を覗かせたクレシスもいる。

 「お前等が来たところで状況は変わらんぞ」

 「そりゃそうじゃが、一月も早く産気づいたと聞きゃ、心配じゃろがぁ」

 「大丈夫だろう、ジャスリンとエディラスジーナが付いてる」

 「そうか」

ドードはほっと肩の力を抜き、椅子に座った。



 気付けば、ヨーラの悲鳴が止んでいた。だが、産声はまだ聞こえて来てはいない。ウィードは不審に思い、立ち上がった。ラスベスもおかしいと悟ったのであろう。足早に奥へと向かうウィードに続いて、ラスベスもそちらへ向かう。店内の誰もが不安のため押し黙った。


 


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