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15.ジャスリンとルヴィー、初アルバイトの巻き(上)


 





 「ルヴィー、私、アルバイトをする事にしましたよ。ウィードには内緒です」

 ジャスリンがある朝突然、声をひそめてそんな宣言をした。

 「えっ!? どうして? 欲しい物でもあるの? ジャスリン」

ルヴィーがびっくりして尋ねると、ジャスリンはあっさり頷いた。

 「だったら、ウィード様にお願いすればいいのに...」

 「いいえ、それは出来ないのです。今度ばかりはダメです」

 「どうして??」

 「それはですね....」

 そこでジャスリンは、辺りに一応目を走らせると、ルヴィーの耳元に口を寄せて、ごにょごにょと何やら耳打ちした。

 「は〜ぁ、成る程〜」

 「良い考えでしょう?」

 「うん、じゃあ、僕も一緒にするっ!」

 「本当ですか、ルヴィー!」

 ジャスリンは、嬉しそうにルヴィーの両手を取った。


 

 「朝っぱらから何の相談だ?」

 突然降って来たその声に、2人はそろってギクリとし、愛想笑いを浮かべる。

 「な、何でもありませんよ、ね、ルヴィー」

 「うん、何でもないです、ウィード様」

 「........」

 ウィードは、疑わしそうな瞳を二人へ向けるも、すぐに興味を失い席に着いた。





 ジャスリンは地上に降り立つや、ハヤブサの姿からもとの姿に一瞬にして戻った。そして首からぶら下げていた小さなバッグの中から、真っ白なハツカネズミをそっと取り出して地面に放してやる。それは一瞬にしてルヴィーの姿に変わった。

 雪の除けられた町の目抜き通りを見やり、ジャスリンとルヴィーはにこりと微笑む。月夜城の周辺は、すっかり雪で被われてしまっており、町へと続く楽しい散歩道も、今の時期は歩くのも難儀する。その為、2人は空を飛んで町までやって来たのである。

 ジャスリンは、白いなめし革の手袋に包まれた手を摺り合わせながら、はぁーっと白い息をはいた。

 「今日も寒いですね、ルヴィー、息が真っ白です」

 「うん、そうだねジャスリン、道が凍ってるから、気を付けてね」

 「はぁい」

 相変わらず、年下のルヴィーに気遣われ、素直に返事を返すジャスリン。2人は仲良く手を繋ぐと、早速目的の場所《カフェ黒猫》へと足を向けた。




 《カフェ黒猫》は、言わずと知れたハレンガル唯一のカフェであった。ジャスリンとルヴィーが到着した時、どういう訳か、そこは町の人々で溢れ返っていた。店に入りきらず、外にまで人々が溢れている始末である。

 「おお、いらしたぞ! 魔女様とルヴィー坊ちゃんだ!」

 「おーい、おーい、店主! 魔女様だぞ〜」

 どこかで、誰かが叫んでいる。人々は、口々にジャスリンとルヴィーにあいさつをしながら、やんややんやと押し合いへし合い道を空け、あっけにとられている二人を店内へと招き入れた。

 「魔女様、ルヴィー坊ちゃん、お待ちしてました」

 人の良さそうなカフェの店主ラスベスと、その妻ヨーラが満面の笑みで二人を迎えた。

 「こんにちは、ラスベスさん、ヨーラさん、今回はこんな事をお願いしてすみません」

ジャスリンとルヴィーが揃ってぺこりと頭を下げると、店主と妻の方も二人揃って両手を振った。

 「とんでもありません、魔女様、こちらこそ助かります。何せ僕の奥さんがこんな調子なんで」

 ラスベスは、へへへっと照れ笑いをしながら傍らの妻の大きな腹部に愛しげな目を向けた。

 「うふっ、随分大きくなりましたね」

 「はい、御陰さまで、良く動くんですよ」

 「まあ!きっと早く出たがっているのですね」

 ヨーラは、嬉しそうに大きなお腹を撫でる。


 ジャスリンとルヴィーは、今日からここ《カフェ黒猫》でアルバイトをする事になっていた。ジャスリンとルヴィーの事情を聞いたラスベスとヨーラは、ふたつ返事で二人を雇ってくれたのである。

 「それでは、早速お仕事を教えて頂かなければ....」

 ジャスリンがマントを脱ぎながら言うと、ヨーラがポンと手を打って何やら亭主を急かした。ラスベスがカウンターの中から箱を取り出して来てジャスリン達の前に置いた。

 「これは?」

 「イエニーさんからお二人に仕事着ですよ。お二人にここを手伝って頂く事が決まってから、イエニーさん、徹夜してこれを縫ったんだそうですよ。特に魔女様にはどうしてもこれを着て働いて頂きたいって」

 「まあ....、イエニーさんが徹夜までして?」

 ジャスリンは、辺りを見回しイエニーの姿を探した。それに気付いたラスベスが、もの柔らかに笑う。

 「今頃は、ぐっすり寝てますよ」

 「あ、そっか....」

 ジャスリンが己のおでこを叩き、てへっと笑ったその時、店主の名を呼びながら誰かが人垣を割ってやって来た。 

 「おお、靴屋の親爺、どうしたんだ?」

 「お前も見物か?」

 「届けもんに来たんだ」

 人々と言葉を交わしながらやって来た靴屋の亭主は、両手にそれぞれピカピカに光る靴を持っていた。

 「こんにちは、ヘンクおじさん」

 「こんにちは、魔女様、ルヴィー坊ちゃん。イエニーからの頼まれ物を持って来ましたよ」

 「「え?」」

 そう言って靴屋の亭主は焦げ茶色の編み上げのブーツをジャスリンに、そして小さな黒の革靴をルヴィーにそれぞれ差し出した。

 「イエニーにこんな靴を作れって頼まれましてね。大急ぎで作ってきましたよ。でもってこれは、あっしからのプレゼントって事でね」

 「ヘンクおじさん、こんな素敵な靴を....」

 ジャスリンとルヴィーは、うるうると感動に潤んだ瞳を靴屋の亭主に向けた。

 「何てったって、魔女様と坊ちゃんの初アルバイトだからな。イエニーの服と、この靴で頑張って下せえ、魔女様、ルヴィー坊ちゃん」

 「ありがとうございます、ヘンクおじさん」

 「ありがとう、ヘンクさん」

 二人は、両手にそれぞれ靴を持ち、嬉しそうににへら〜っと笑う。


 「さあ、魔女様もルヴィー坊ちゃんも、早速イエニーさんの服に着替えてみましょうよ」

ヨーラが、ぽんぽんと手を打って2人を促す。

 「何せ魔女様の服は、イエニーさんが徹夜をしてまで魔女様に着せたがってた服なんですから。早く見たいですよ、ねえ?」

 ヨーラの言葉に、店内の人々が一斉に頷いた。

 「なんでも、王都あたりのカフェのメードは、こんな洒落た格好をしてるんだそうですよ」

 周囲から、ほお〜 ..とか、どんな格好だ? ..とか、早く見てえ! ...とか、やんやかんやの声が上がる。


 イエニーが徹夜をしてまで自分に着せたがった服とは.....? ジャスリンは、少しだけ胸をドキドキさせながら、ルヴィーと共に着替えに引っ込んだ。

 二人が引っ込んでしまうと、店内はハチの巣を突ついた様に騒がしくなった。皆が皆、イエニーが徹夜をしてまで縫ったというメード服の取り沙汰をしている。その騒ぎは、当然外まで聞こえており、それを聞きつけ、又さらに町人達が集まって来る。


 「やれやれ、思った通りの騒ぎじゃなあ、クレシスよ」

 「そうですね、ドード神父」

 そしてここにも、ジャスリン、ルヴィーの初アルバイトの様子を見んと、《カフェ黒猫》へ向かっている人物が二人。

 「こら、お前達は、仕事をほっぽりだして何をしとるんじゃあ!?」

 人垣の前まで来ると、ドードは、呆れ顔で町人を叱った。

 「あ、じいさん、クレシスさん」

 「“あ、じいさん”、じゃないわいっ! お前の店、無人じゃったぞ。物騒じゃなあ」

 「大丈夫だって、ここには泥棒なんていないだろ?」

 「野良猫に盗まれるぞ」

 「猫は金物なんか盗まねえだろ〜? それより、それどころじゃねぇって。魔女様とルヴィー坊ちゃんがアルバイトを始めなさるってのにさぁ」

 金物屋の青年は、笑いながら言うと、大声で店内に二人の神父の訪れを告げた。すると押し合いへし合い、町人達は何とか二人の為に場所を空けようと動き出した。

 「やれやれ、思った以上の騒ぎじゃな、クレシスよ.....」

 「その様ですねえ、神父」

 ドード神父の呆れ顔に、クレシスは涼しげに微笑んだ。

 この小さなハレンガルである。町人達にとって、城の魔女と魔族の少年の初アルバイトは、充分に大きなニュースであるらしかった。


 「あっ! 来た来た、魔女様!」

 誰かが叫ぶと、それまで騒がしかった店内がしんと静まった。そして、ジャスリンとルヴィーが姿を見せると同時に、おお〜っ! ...という声が上がった。

 「ひょえ〜、めんこいのぅ、嬢ちゃんもルヴィーも」

 「本当ですねぇ、神父.....、まるで王都の給仕達みたいだ」

 「王都の給仕達は、あんなハイカラな格好をしとるのかぁ」

 ドード始め、周りからやんややんやと褒めそやされて、ジャスリンは頬を染めている。

 「ジャスリン、すっごく可愛い!」

 ルヴィーまでが、ジャスリンを見上げて嬉しそうに絶賛する。

 

 王都のカフェのメード服。それは.....、紺色のハイネックの足首までの短めのドレス。長袖の二の腕あたりはふっくらと膨らんだ提灯型になっている。そして腰からはふんだんにドレープの取られたスカートがふっくらと足首まで広がっている。スカートの裾から覗くのは、勿論ヘンク作の焦げ茶色の編み上げブーツ。そして紺色のドレスのその上には、ひらひらの縁飾りのついた清潔そうな真っ白なエプロン。頭には、ひらひらの縁飾りの付いたヘアーバンド。ジャスリンの長く豊かな髪は、ヨーラによって綺麗に三つ編みに編まれていた。

 「とっても動きやすいです。スカートが少し短いだけなのに、こんなに歩きやすいなんて」 

 ジャスリンは、すっかりその衣装を気に入ったらしくご満悦の表情である。ルヴィーはといえば、白のシャツに黒ヴェスト、それに臙脂えんじの蝶ネクタイと腰から下にきっちり巻いた黒の前掛け。女性陣からしきりと褒められて、ルヴィーも照れているようであった。





 昼時を過ぎても戻らぬ魔女とルヴィーを、ほんの少し訝しく思いながら、ウィードは居間へと下りて来た。すると、見知らぬ使い魔がぴょこりと現れた。

 「何だお前は?」

 「私はピシャカレスと申します。お昼のお食事の用意が出来ております、アレスウィード様」

 慇懃な口調と素振りで、その使い魔は告げた。

 「.....何処の使い魔だ? エディラスジーナか?」

 「いいえ、ジャスリン様です」

 「.......」

 確かに、エディラスジーナの趣味と言うよりは、ジャスリンの趣味であろうその使い魔の容姿に、ウィードは何となく納得する。背丈はルヴィー程の、それは何処からどう見ても兎の縫いぐるみにしか見えない使い魔であった。

 「お前、それ、本来の姿なのか?」

 「まさか、アレスウィード様ともあろうお方が、何とお間抜けな事を....」

 むかっ.....。無表情のウィードの顳かみに、一瞬だけ青筋が立ったように見えたのは気のせいであろうか....。見てくれは可愛らしいが、その声と言葉は決して可愛くは無い縫いぐるみ兎は、無機質な紅い瞳でじーっとウィードを見詰めている。

 「じゃあ、何故そんな動きずらそうな姿をしている?」

 「ジャスリン様がこの方が可愛いと仰って下さったからです」

 無表情な白兎の頬の辺りだけ、ぽっと薄桃色に染まった。気のせいか、ウィードの顳かみに再度青筋が浮かんだ様に見えた。だが表情はといえば、依然冷めたままの無表情であり、目の前の縫いぐるみ兎とはいい勝負である。

 「ジャスリンが使い魔を持っていたとは知らなかった」

 「かれこれ六十年以上お使えしております」

 「ほう?」 

 「昔は、幼いジャスリン様を、私のこの毛皮にくるんで寝かしつけて差し上げたものでした」

 「......」

 「美しく成長されてからもジャスリン様は、お淋しい折には、私を寝所に召されたものでした」

 「......」

 気のせいか、室内の温度が下がった。否、気のせいでは無いのであろう。

 「それなのに、この春からずっとお召しが無いと思ってご心配申し上げていたら、いつの間にか吸血魔族の囲われ物などにされてしまっていたとは.....。私が手塩にかけてお世話をした大事な大事なジャスリン様が」

 白兎の無機質な瞳は、気のせいか恨みがましくウィードを見詰めている。

 「貴方は、その力でジャスリン様を捩じ伏せて、欲望の餌食に....」

 ぶちっっ! と、何処かで何かが切れた。ウィードが、縫いぐるみ兎の耳を荒々しく掴み上げる。

 「乱暴はお止め下さい。痛いです。ジャスリン様に言いつけますよ」

 「黙らねえと、ぶつ切りにして兎鍋にしてやるぞ」

 「美味しくありませんよ、小悪魔の鍋なんて」

 慇懃無礼なジャスリンの使い魔の、淡々とした口調は崩れる事が無かった。




 ジャスリンにとっては楽しい経験であった。注文を取る事、飲み物をテーブルへ運ぶ事、コーヒーを注いだり、紅茶や香草茶を注いだり....。ルヴィーにとっては、普段からしている事であったので、何ともてきぱきとそつ無くこなしていたが、ジャスリンにとっては、やはりそうもいかず、失敗と断言せざるを得ないような行いもすでに幾度かしていた。それでも、ジャスリンは、おおいにこの仕事を楽しんでいる模様である。


 「あれまあ! 本当に始めたのかい? ジャスリンちゃんに、ルヴィーまで...」

 昼過ぎになってから、エディラスジーナが顔を出した。

 「あ、エディラスジーナさん!」

 ジャスリンは、嬉しそうに駆け寄るも、ルヴィーはささっとラスベスの背後に隠れた。

 「何だい、可愛い格好してるじゃないか」

 「てへっ、イエニーさんが作って下さったんですよ。靴はヘンクさんが。王都のカフェのメードはこんな格好をしているんだそうですよ」

 「へえ〜! 足首の見えるスカートが流行はやりなのかねえ」  

 「スカートが広がっていますし、とっても歩きやすいんですよ」

 ジャスリンの様子に、ふふっと笑うエディラスジーナは、優しい表情をしている。

 「しかし本気だったんだねぇ」 

 「ええ、勿論! ウィードには内緒にしておいて下さいね」

 「ああ、分かってるよ。でも、すぐにバレると思うけどねえ」

 「え...、そうですか?」

 「相手はあのウィードだよ。町中のもん達が黙ってたって、バレると思うよ。いっその事ヨーラの代わりの手伝いって事にしといた方が無難じゃないかい?」

 「..それもそうですね。ウィードったら内弁慶さんのくせに、みょ〜に察しが良いですものね。そうします、エディラスジーナさん」

 ジャスリンは首を傾げ、暫し思案した後に、にっこり微笑んでそう言った。




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