13.雪の日(上)
重いカーテンを引き開けると、そこは一面の銀世界であった。
今年も冬将軍の訪れとなった。昨日の夕暮れ時から降り出した雪は、一晩中途絶える事も知らずに降り続けた。昨夜は、吹雪きさえしたというのに、今はどうであろう.....。雪はすっかり止み、空には太陽が、優しく冬の日差しを恵んでいた。
「ねえ、起きて下さい!ウィード!ウィードったらっ!」
ジャスリンは、朝に恐ろしく弱い吸血種族の青年を、何とか起こそうと奮闘しているその真っ最中であった。始めは優しく肩を揺さぶっていたのだが、全くの無反応だった為、徐々にエスカレートし、今ではゆさゆさと、かなり乱暴にウィードを揺さぶっている。ちなみに、ここはジャスリンの寝室である。エディラスジーナの夜襲を恐れているらしいウィードとルヴィーは、彼女が去るまで、頑としてジャスリンにしがみついて眠るつもりらしい。寝台はそこそこの広さはあるものの、3人で寝るには、心持ち窮屈である。しかしウィードとルヴィーにとっては、そんな事よりもエディラスジーナの夜這いの方が恐ろしいらしい。
ふいに腕を掴まれ、ジャスリンはウィードの胸に鼻から突っ伏した。
「ふぎゃっ!何をするのですか!?痛いじゃないですかっ!」
ウィードの腕に頭を抱え込まれ、ジャスリンはバタバタと暴れながら文句を言う。
「お前こそ何をする?朝っぱらからうるせえ.....」
何とも力の無い声音である。はっきりとは目覚めていないのであろう。
「もう朝じゃありません、お昼近いです」
「俺にとって、眠い内は立派な朝だ................スゥ....」
「スゥ?.....って、そこで寝ないで下さいっ!今、せっかく目覚めたのに〜」
ジャスリンは、ウィードの腕に捕われたまま彼の肩を揺さぶるも、反応は全く無い。仕方なくジャスリンは、ウィードの腕の中から這い出すと溜息を零した。
「分かりました。エディラスジーナさんに起こして頂く事にしましょうっと」
ジャスリンのその言葉に、ウィードの両目がぱっちりと開いた。だがその一瞬の後に、彼は鼻で笑い、再びその目を閉じていた。
「あの女は、俺より朝に弱い」
「そうですか?もう起きていますけど...」
「信じるか、そんなの」
「本当ですよ、さっき起こしました」
ウィードは目を見開いた。あまりに予想外な言葉であった為、それらの言葉をきちんと把握するまでに、暫しかかった。
「........起こしたのか?あの女を?お前がか?」
「はい」
どうやらウィードはしっかり目覚めたらしく、半身を起こした。そして何故か、ジャスリンの頭のてっぺんからつま先までの間を、まるで何かを探るかの様に視線を往復させている。
「......無事なのか?お前は.....?」
「へ??」
ジャスリンには訳が分からない。
「素直に起きたのか?まさかな...。お前が無事って事は、部屋を破壊したか?」
ジャスリンはきょとんと首を傾げ、ウィードの予想に反して、その首を横に振った。
「とにかくそういう事ですから、ウィードも早く起きて下さいっ!」
言いながらジャスリンは、ウィードの腕をぐいぐいと引っ張っている。仕方なしにウィードは寝台から抜け出す。抜け出したのに、彼はまだ引っ張られている。腕を引っ張られるままに、窓辺まで来る。そして表の銀世界に寝起きの目を射られ、ウィードは険のある半眼になった。
「まさか、お前はこの為に俺を叩き起こしたんじゃ無いだろうな?」
「もっちろん、この為ですっ!」
うふっと笑うジャスリンの脳天を、ウィードの手が慈悲も無くばしっと叩いた。
「痛いっ!暴力反対ですぅ!」
両手で頭を抱えながら、きゃんきゃん吠えているジャスリンを軽く無視して庭を見下ろすと、向こうの方に黒髪と毛皮付きの黒マントを翻し、雪玉を投げてははしゃいでいるらしきエディラスジーナの姿が目に入った。やたらに大きな雪玉が宙を飛び、ルヴィーの後頭部に命中した。哀れルヴィーは顔から雪に突っ込んだ。その様を指差しながら、エディラスジーナは腹を抱えて笑っている。どう見ても上機嫌であろう。
寝起きの悪さでは、右に並ぶ者は無いと思われていたエディラスジーナ。その昔、まだこの城に幾体もの使い魔を置いていた頃、彼女を起こそうとして逆鱗に触れた使い魔が、一体何体いた事か.....。
「お前.....、唯の阿呆じゃないな....」
「はいぃ??」
何事も無く、あのエディラスジーナを起こしたジャスリンを、少しだけ見直してしまうアレスウィードであった。
ジャスリンの入れた濃いめの紅茶を一口飲むと、ウィードは長々と溜息を吐いた。早く来て下さいね、ウィード...との言葉を残して、ジャスリンはさっさと庭へ飛び出して行ってしまった。ライトン樹海で育ったジャスリンにとって、雪など珍しくもないであろうに、はしゃぐジャスリンがウィードには不思議に思えてならない。ちなみに、低血圧の吸血魔族ウィードは、寒いのは好まない。だからと言って熱さも別段好まない。雪の中を歩くなんざ、まっぴらだぞ.....などと考えていると、一番顔を合わせたくない人物が、ひょっこり室内に入って来た。にこにこと上機嫌で近付いて来たかと思うと、いきなりウィードの顔面にべしゃりと何かを押し付けた。_____雪玉であった。
「................]
けたけたと艶やかな笑い声が起こった。ウィードは身動きもせずに目を開くと、何とも恐ろしく紅く光る瞳を、笑い声の主へと向けた。
「目が覚めたかい?ウィード」
この大雪の日でありながら、美女の声はなんとも朗らかであった。しかしウィードは、眉間に深々と皺を寄せたまま何も言わず、ただ軽く掲げた片手の平には青白い光が徐々に大きく育ち、時折小さな稲妻の閃光がぴしゃりと走るのみであった。
「ちょっと〜、あたしは親切にもあんたの頭を醒してやったんだよ!ジャスリンがあんたと雪遊びしたがってるから。協力してやったってのに、恩を仇で返す気かい?ウィード」
「俺は別に雪遊びなんかしたくない」
冷たく言い放つウィードに、エディラスジーナは大仰に目を見開き、わざとらしくも嘆かわしいと言わんばかりの溜息を吐いて見せた。
「可哀想にジャスリン.......。そういう事なら、さっさとジャスリンはクレシスの元へ連れて行ってやった方が、幸せになるかもしれないね」
その言葉は、ウィードの琴線に触れた。
「クレシスは神父のくせに、優しいからねぇ。男前だしぃ〜、床上手だしねぇ〜。それにジャスリンを随分と気に入ってる様だし......」
エディラスジーナは人差し指で己の官能的な唇を弄びつつ、意味ありげな流し目を腹違いの弟へと向けた。
「まっ、そう言う事さ」
不機嫌極まりないウィードを尻目にエディラスジーナは身を翻すと、鼻唄など唄いながら上機嫌な様子で出て行った。室内の温度が下がっている。暖炉に火が赤々と燃えていたにも拘らずである。冷気を発しているのは、無論アレスウィードをおいて他にある筈も無い。眉間に深々と皺を刻み込んだまま、紅茶のカップを口元へと運び、そこでウィードは又毒づいた。熱かった筈の紅茶は凍えそうな冷たさに変わっていた。
「くそっ.....、諸悪の根源め....」
そのウィードの底冷えする様な低い声に、カップの中の紅茶が、ぴきんっと音を立てて凍り付いた。
一面真っ白な庭には、ジャスリンとルヴィーの楽し気なはしゃぎ声がこだましている。2人は競う様に大きな雪玉を転がしている。その近くには、雪だるまが2つ。2人は雪玉を転がすのを止めると、又新たな雪玉を作って転がし始めた。どうやら2人は、雪だるまをもう2つ作る心づもりのようである。そんな2人の楽しそうな様子にエディラスジーナが目を奪われていると、アレスウィードが不本意そうな表情のまま表に出て来た。そしてエディラスジーナの傍らに立ったまま、ジャスリンとルヴィーがはしゃぎながら雪と戯れている様子を、無言のまま眺めた。
「この城に、あんな笑い声がこだまするなんざ、未だかつてあったかい?ウィード」
「.......」
しみじみとした口調で言うと、エディラスジーナはふふっと笑い声を漏らした。
「やれやれ、ここに来るとつい人間臭い事を考えちまうよ、全く......、あたしとした事が.....」
自嘲気味に美しい口元を歪めたエディラスジーナ。ウィードはといえば、ただ一瞥を投げるのみであった。
「ねえ、あんたの父親....、こんな雪の中で死んだんだってさ、教会の悪魔払い達と刺し違えてさ......、知ってたかい?」
「お前の父親でもあるだろ」
「まあね....」
「父親の死に様くらい、話に聞いてる」
ウィードの表情には、何の感慨も浮かんではいない。
「あたしに、人間の血の味を教えてくれたのは、あんたの父親だったよ。美味い血を持つ人間の見分け方から、美味い血の吸い方を教えてくれたのも、あんたの父親さ。あんたの父親は....、魔族の中の魔族だったよ。あたしの母さんなんて、べた惚れだったね。捨てられた後も未練がましかったものさ、ったく、人間みたいにさ.....」
「お前こそ、父親を恋しそうな顔をしてるぜ、人間みたいに.....」
皮肉を帯びた笑みを浮かべるウィードに、エディラスジーナは、ふんっ...と、鼻を鳴らす。だが、ウィードの皮肉に否定はしない。
「あんたは恋しくなった事、無いってのかい?」
「恋しがるも何も、記憶に無いからな。俺に取っちゃ、父親も母親も唯の他人でしかない」
「全然覚えてないのかい?」
「お前には、生まれて間もない頃の記憶があるってのか?」
「無いけどさ.....。あんた純粋な吸血種だろ?ひょっとして、生まれてからすぐの記憶もあるかと思ったのさ」
「阿呆か...」
ウィードは、鼻を鳴らした。
魔種族の中でも、吸血種族は強い魔力を持つ事で知られる。中でもアレスウィードは直系であった。エディラスジーナと違って、その血には雑り気が無い。今の世の中、彼程純粋な吸血種族の血を持つ者は、実は少ないのである。
「ちょっと...、あの目つきの悪い雪だるま、絶対あんただよ、ウィード」
エディラスジーナが突然、ジャスリン達の雪だるまを見やりながら、笑いを含んだ声で言った。4つの雪だるまのうちの1つは、への字口にやたらと目が吊り上がっている。
「........」
「小ちゃいのはルヴィーだろう?垂れ目はジャスリンだね」
そこでエディラスジーナは豪快な笑い声を上げた。
「ちょっと、あたしだけ唇赤いよ!あっはっはっはっ!」
恐らく、赤い毛糸でも持ち出して来たのであろう、ジャスリンがそれでせっせとエディラスジーナの唇を形作っている。
「って、ちょっと、ちょっと、あたしの口はそこまでデカく無いだろうが〜!!」
エディラスジーナは目くじらをたて、抗議の叫びを上げ出す。それを言うなら、自分の目だってあんなに細くも無ければ、あんなに吊り上がってもいない....と、内心少しだけ傷つくウィードであった。
ジャスリンとルヴィーは、又新しい雪玉を転がし始めた。ある程度転がしたところでジャスリンは息をつき、疲れたのか自力で転がすのを止め、魔法を使って転がし始めた。ルヴィーの雪玉にも呪文がかけられると、ゴロゴロと勢い良く転がり出す。
「何だい、最初っから魔を使えば良い物を、面白い娘だよ」
エディラスジーナが、半ば呆れた様な呟きを洩らす。
2つの雪玉は、ぐるんぐるん転がり、あっという間にジャスリンの胸元までの高さになり止まった。2つ並んだ大きな雪玉に、ジャスリンとルヴィーは満足げな笑みを交わす。
「今度は何をするつもりなんだ....?阿呆どもは....」
「雪だるまの次は、大方雪合戦だろう?あれは、その準備と見たね」
姉弟は、2人揃って腕組みしながら、前方で繰り広げられている物事の様子を、逐一観察している。
ジャスリンの周辺では、幾つもの雪玉がころころと転がり、最初の大雪玉の元へ次から次へと集合していた。ルヴィーはといえば、大雪玉の影にいるのか、ウィード達の位置からは姿が見えない。
「それにしても、あの娘は本当に、ぱっと見た目には魔族に見えないよねぇ」
一面の雪の中に立つジャスリンのマントは、純白であった。縁取る毛皮の色も裏打ちされた毛皮の色も、共に純白。そして背に流れる髪は、白っぽくくすんだ金髪。確かに魔族には見えないと、ウィードは改めて思う。見かけだけでは無く、ジャスリンには魔族特有の禍々しさという物が無いのだ。
_______お姉ちゃんは、天使様なの?_____________
花屋の孫娘、シェリーの言葉が脳裏に木霊した。
「あんた、ジャスリンと連れ添うつもりかい?」
エディラスジーナが唐突にそんな事を尋ねて来た。又いつものからかいかと、ウィードが不機嫌な目を向けると、めずらしく彼女は真面目な表情をしている。
「まあ、あの娘と添うにしろ添わないにしろ、あんたの勝手だけど....、でも他に血の濃い子はちゃんと残しなよ、ウィード。何なら、あたしが吸血種の娘を捜してやってもいい」
「余計な世話だ」
不機嫌オーラを全開で撒き散らし始めるウィードに、エディラスジーナは何やら見透かしたかの様な笑みを向けた。
その時、ウィードの顔面に、ぽすっと冷たい衝撃が起きた。その後に起こるジャスリンとルヴィーの歓声。そして続いて起ったのは、当然の如くエディラスジーナの腹を抱えて笑う笑い声であった。
「............お前達....」
エディラスジーナは別として、子供の様にはしゃいでいるジャスリンとルヴィーにウィードは半ば呆れ、怒る気力も湧かぬまま顔の雪を払った。かと思ったら、間髪入れずに次の雪玉が飛んで来た。雪玉は、歓声と共に次々と飛んで来る。ちなみに言うなら、ジャスリンとルヴィーの投げて寄越す雪玉の大きさは、掌に収まる大きさではない。大人の頭大である。
ウィードを狙って飛ぶ雪玉が空中で弾けた。
「あ〜っ!魔法使うなんてズルいです、ウィード!」
「ふんっ」
ジャスリンの抗議など、当然の如く無視したまま、飛んで来る雪玉を、ウィードは片端から眼力のみで壊していった。
「う〜ん...、これではつまらないですね、ルヴィー」
ジャスリンは、雪のバリケードから目だけ覗かせて、面白く無さそうな表情で腕一本動かさずに、こちらが投げた雪玉を破壊するアレスウィードの姿を見ながら呟く。
「ジャスリンも魔法を使ったら?」
「そうですね」
「あたしに任せなっ!!」
威勢の良い声と共に、突然乱入する者があった。エディラスジーナである。ひゃっ!と、声を上げてルヴィーがジャスリンに飛びついた。怖がるルヴィーとは反対に、ジャスリンの方は嬉しそうに破顔する。
「ふっふっふっふっふっっ」
喉の奥から低い笑い声をたてつつ、バリケードごしにウィードの姿を見据えていたエディラスジーナの瞳の色が紅く染まった。片掌には、何やらもやもやと赤い靄が育ってゆく。
「あ...あの、エディラスジーナさん?」
不穏な空気に、ジャスリンの額から冷たい汗が流れた。
エディラスジーナは、己の掌の上に産み出した赤い靄を、満足げに一瞥すると、その手を大きく振りかぶった。
「覚悟おしっ!アレスウィードぉぉぉぉっ!!」
エディラスジーナの絶叫と共に、赤い靄は光弾となり、ウィードに向けて勢い良く放たれた。
地の雪を弾き散らしながら、恐ろしい早さで低空飛行して来るそれに、ウィードの瞳も紅く煌めいた。ドォーンっっっ!!!という爆音と共に雪柱が上がった。少なくとも、ウィードの身長の3倍はあろうかという高さであった。
「「........」」
言葉を失い固まるジャスリンとルヴィーの横で、エディラスジーナは高らかに笑っている。
「それ、もういっちょーっ!!」
美女の手から、光の玉が飛ぶ。その一瞬後には雪柱である。空に舞い上がった雪が、どしゃりと地に落ちると、その向こうにはウィードが何事も無かったかの態で立っていた。雪など微塵も被ってはいない。
「ちっ!こんな生易しいんじゃダメか」
エディラスジーナは、喉の奥から絞り出す様な声音で毒づいた。その表情は、悪魔の様に空恐ろしい。座り込んで固まっていたジャスリンとルヴィーは、ひいぃぃっ!という悲鳴と共に、互いの体にに抱きついた。エディラスジーナの両手には新たな紅い靄が大きくなりつつある。
「百連発だよっ、覚悟おしっ!アレスウィードっ!」
言い様、エディラスジーナは戦いの火蓋を切って落とした。ウィードは己の周囲に薄い防御膜を張り、エディラスジーナの攻撃を避けていた。避けながら顳かみをひくつかせていた。続けざまの攻撃は、止む気配など無い。美女は本当に百連発するつもりであるらしい。
相手が相手であったので、ウィードの我慢の限界の訪れも、あっけない程にあっという間であった。彼の右手には、すでに青白い光が灯っている。ギンっと開いた彼の双眸は、燃えるが如くに紅い。敵の投げて寄越した数個の紅い光弾を、ウィードの白光弾が正確に破壊していった。
「反撃に出たかっ!ウィードめっ!」
エディラスジーナは、ぎりりと唇を噛む。もはや、ほのぼのとした平和な《ほーむこめでぃ》の一場面などでは無くなっていた。否、とっくに違っていた。
赤の光弾よりも、白の光弾の方が、勢いが早い。そしてウィードの手から一際大きな光弾が打ち出された。それが最後であった。ずどぉぉぉぉぉぉぉん!!!という轟音と、大きな雪柱と共に、終戦となった。
「ふん、思い知ったか」
ウィードの呟きに答える者は..........、無かった。
し____________んっ.......
静けさが耳に痛い程であった。
暫くしてから、ズボっという音と共に、突然雪の中から腕がにょきっと生え出した。そして次の瞬間には、雪を蹴散らしながら憤怒の形相でエディラスジーナが起き上がった。向こうの方では、雪まみれのルヴィーがぷはっと息をついて、ぶるんと頭を振っているところである。その彼の下半身は、未だ雪の中であった。
「よくもやったねっ!ウィード!」
「自業自得だ」
ウィードの口調は飽く迄も不敵不敵しい。逆切れ状態のエディラスジーナなど、もとより相手にするつもりなど無いウィードが踵を返した時、ルヴィーの叫び声が高々と響き渡った。姉弟が視線を巡らすと、金髪の小悪魔は、半べそ状態であった。
「ジャスリンが.....、ウィード様ぁ、ジャスリンがぁ.....」
えぐっえぐっ.....と、しゃくり上げながらもルヴィーは、健気にジャスリンの名を読ぶ。
「あら、嫌だ!ジャスリンちゃん!?」
エディラスジーナも俄に慌てる。ウィードは深々と溜息を吐いた。いかにも面倒臭げに溜息を吐いて見せたが、実は内心一番焦っていたのは彼であったかもしれない。
「どけっ、お前達」
ウィードは足早に雪を踏み分けると、かがみ込んで雪の地に手を付いた。かと思うと純白の雪の上を、一瞬にして炎が走った。すると、当たり前の如く、じゅん..という音と共に一面の雪が溶け、さらに溶けてゆく。
ウィードは、漆黒のマントを翻しながら一直線に進み、進んだところで両腕を雪の中に突っ込みジャスリンを引っ張り出した。
「ジャスリンっ!!」
ルヴィーが雪に足を取られながら駆け寄る。エディラスジーナとて同様であった。
ジャスリンは、ぐるんぐるんと目を回して気絶していた。.....いや、実際には瞼は閉じていたのだが.......。
「おいっ!ジャスリン!」
ウィードがジャスリンの頬を叩く。
「ウィード様、口付けっ!」
ルヴィーの叫びに、片眉を上げつつも、ウィードはジャスリンに熱烈な口付けを落としてみる。だが........。
「反応がありませんね.....、ウィード様ぁ.....」
「重症だな.......」
おろおろするルヴィーに対し、ウィードは無表情のままぽつりと答えた。
「ちょっと、息はしてるのかい?」
「してる」
その素っ気ない答えに、美女はほぅ〜っと肩を落として安堵すると、次の瞬間にはもう、両手を腰に当てて、反っくり返っていた。
「ならごちゃごちゃ言ってないで、さっさと中へ連れてっておやり!雪解け水で、全身ぬれねずみだろうが!凍え死ぬ前に、さっさとあんたの肌で暖めてやるんだねっ!」
眉間に深い皺を刻んだアレスウィードは、目を回しているジャスリンを抱え上げ、室内へと姿を消す際、白光弾をもう一発放つ事を忘れなかった。ルヴィーも当然、主に付き従い駆け去る。
後には、雪に埋もれ毒づくエディラスジーナが残された。