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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ロンリーヒーロー

作者: 風眠

かの古き大陸に残された伝承。

地の底より突如として這い出でし永久の闇。

闇は魔を生み出し、地上に住む人間達を絶望へと誘い始める。

大陸各地に君臨する王達は、闇と魔を討ち取るため国を挙げて力を結集した。

されど、その力は魔には通じるも闇の前では無力に等しかった。

人と人ならざる者達の闘いは長きに渡り続いていたが、闇は勢力を拡大し、人間達は日に日に力を無くしていき、もはや滅びの道を進む他なかった。

しかし神の導きか、闇と同じく突如として闇に対抗する者が現れた。

かの者、腰に携えた白銀の剣を用いて無限にいずる魔の大群に攻め入り、穢れなき光を身に纏いて魔を退け、遂には深淵の玉座にて己の命と引き換えに闇を滅ぼす。

黒炎に包まれ灰と化した身を、屍となった闇に預けて……。

伝承には様々な事が記されていたが、その中に一際異様を感じる物が一つある。

それは、かの者は闇にある呪いを掛けられ、自ら受け入れていたと。


これより始まる物語は、闇と魔に唯一人で立ち向かった者の、哀の旅路である……。







蒼穹に広がる空と深緑に生い茂る大地。

その二つのコントラストを見渡せる高地の一角に、様々な種類の野花が咲き誇っている。

芽が育む環境が良いのだろう、普通の野花よりも力強くそれでいて柔らかな色彩だ。

見ていると心が安らぐ光景。

そんな光景の中、一人の青年が両手を後頭部に回し、咲き誇る野花に包まれながら小さな寝息を零して眠っていた。

歳の頃は十代後半といったところで僅かに幼さが顔に残っているが、体格は着用している布の服からでは分かりづらいが引き締まっているようだ。

頭髪は蒼に近い黒髪であり、若干前髪が長く見えるも程良い長さに整っている。

寝返りを何回か繰り返し、高地から運ばれる穏やかな風が前髪を揺らして額をくすぐるも、青年が起きる気配は一向に無い。

すると太陽に照らされていた青年の顔に大きな影が差す。

影を作り出していたのは、烈火の如く燃え上がった紅い長髪を頭部の両端に二つに纏め、少し強気な印象を与えるが可愛げのある顔立ちの、青年と同い年辺りの少女であった。

少女は寝ている青年をじっと見下ろしていたが、暫くすると両手に持っていた木の皮で作られたバスケットを―


「ふぎゃっ?!」


青年の顔に落っことした。

両手で顔を覆い、ゴロゴロと痛そうにその場で転がる姿は些か情けなく見える。

痛みが和らいだ青年は鼻を押さえて涙目で立ち上がると、両手を腰に当てて膨れっ面をしている少女に恐々と話し掛けた。


「や、やあ……おはよう」


「おはようじゃないっ! また勝手に村から抜け出して! 心配したんだよ! 傷だってまだ完治してないのにっ!」


「で、でもさ、もう一人で動けるし、おじさんの鍛冶屋の手伝いも出来るし、傷なんて殆ど残ってないから大丈夫だよ……」


「駄目! お父さんに見張ってろって言われたの! 大体ね……」


目覚めの挨拶をするも邂逅一番に怒鳴られ続け様に会話を交わすが、少女の怒りは収まる事無く説教が始まった。

痛い所を的確に突かれ、青年は表情に反省の色を表して身を縮めていく。

二人の会話と状況を見るに、どうやら互いに気の知れた者同士であるようだ。

更に青年は気弱であり、少女は顔立ちと同じく性格も強気であることが窺える。

説教は終る兆しを全くと言って良い程見せていなかったが、唐突に少女が口を閉じて青年の前に片手の小指を突き出したことで終りを迎えた。


「えっと……?」


「……約束」


「……何の?」


「今度から村を出る時は私と一緒に行動する。……約束して」


膨れっ面から一変し、心配げな顔付でそう言う。

表情から真剣な想いを感じ取った青年は、自分の小指を少女の小指に絡ませ―


「うん。約束するよ」


穏やかな眼差しと綺麗な笑みを浮かべ、共に行動する事を約束した。

風が緩やかに吹き、二人の髪と地に咲く野花を優しく撫ぜて空へと昇っていく。

すると何故か照れを顔に表した少女がそっぽを向き、空いてる片手を握り込み青年の腹に拳を力強く突き出した。

突然の事に対応できず、青年は腹を押さえてまたもやゴロゴロとその場を転がった。


「な、なんで殴るの?」


「うっさい! そんな所で寝てないでさっさとこっち来て花を取るの手伝って! 村の教会に届けないといけないんだから!」


理由を尋ねるが少女は答えず、持ってきたバスケットに野花を摘み取って入れている。

理不尽を感じるも、青年は腹を摩りながら立ち上がり、少女の傍によって咲き誇る野花を丁寧に摘み取り始めた……。







「二人ともご苦労様。態々済まなかったね。お茶でも飲んでいくかい?」


夕刻を告げる鐘が鳴り、教会の祭壇に立つ神父の服を纏った優しげな顔立ちの男性が、高地から戻った青年と少女に労いの言葉を掛けて一服を進めている。

その近くでは修道服に身を包んだシスターが村の子供達に讃美歌を教えており、子供達は元気一杯に声を合わせて歌っていた。


「そうしたいんですが、もう直ぐ夕飯なので早く帰らないとお父さんが煩くて……」


「ふむ、残念。では明日の暇な時間にでもまたおいで」


「はい。じゃあ僕達はこれで……」


「お姉ちゃ~ん! 一緒に歌おうよ~っ!」


二人が神父と会話を終え掛ける中、讃美歌を歌っていた一人の女の子が笑顔で少女に駆け寄ってくる。

しかし傍に居る青年に気付くと少女の後に回ってしがみ付き、少し怯えた顔を覗かせた。

その姿を見て青年は僅かに暗い顔付きとなるも、笑みを浮かべて女の子に軽く手を振る。

だが女の子は驚いた様に身体を揺らし、覗かせていた顔を引っ込めてしまった。

気まずい空気が流れ出すが、苦笑を零した少女が自分にしがみ付く女の子の頭を撫でながら優しげな口調で話し掛けた。


「大丈夫。お兄ちゃんは魔族じゃないから安心して」


「本当……? 私のこと、食べたりしない?」


「食べないよ。ほら、一緒に歌ってあげるからそんな怖がった顔しないで」


「……うんっ!」


言葉を聞き、女の子は笑顔を取り戻すと大きく返事をして頷く。

少女はもう一度女の子の頭を撫でると歌っている子供達の許に向かい、一緒に歌い始める。

讃美歌が教会に響く中、気落ちしている青年に神父が静かに語り掛けた。


「気に病むことはないよ。そりゃあ誰だって全身傷だらけの人間が突然現れたら驚いたり不振がるのは普通の行動さ。現に二ヶ月前、高地の野花に倒れていた君を、あの子が教会に運んできた時は私もビックリした。おまけに記憶の欠如もあるとなると君を魔族か何かの手先と考えるのが妥当だ」


「すみません……」


「ハハハッ、謝る必要はないよ。この二ヶ月で君がこの村に居る誰よりも働き者で優しい心を持っている事は、みんな十分理解している。君がもし魔族なら教会の鐘が反応するしね。な~に、もう少し時間が経てば村の者全員、君に心を開くよ。それに、何時になるかは分からないけど、きっと記憶も元に戻るさ」


青年の肩に手を置き、神父は明るい表情で力強い言葉を掛ける。

力強い言葉を貰った青年は徐々に気落ちした心を浮上させると、小さく微笑んだ。

其処に讃美歌を終えた少女が戻って来て青年に帰宅を促す。

それに頷いた青年は神父に礼を言うと、先に前を歩き出した少女に付いて行くが、ふと讃美歌を歌っている子供達に視線を向けて目を丸くした。

先程怯えていた女の子が可愛げな笑みを浮かべ小さく手を振っていた。

心に湧いた暖か味を感じながら、青年は同じく手を振って教会を後にした……。







「やっと帰って来たか馬鹿娘と居候! 夕飯冷めちまうからさっさとテーブルに着きな!」


教会を後にしてから数分後、二人は少女の父親が経営する鍛冶屋へと帰宅し、家の扉を開けた瞬間にフライパンを持った若干機嫌の悪そうな表情の男性に出迎えられる。

屈強な体格に岩石の様な強面であるが、髪色は少女と同じであり少女の父親であることが見て取れた。

これ以上何かを言われる前に二人はそそくさとテーブルに着いていく。

二人がテーブルに着いたのを見ると父親もテーブルに着き、両手を重ね合せて神に祈りを捧げた。


「天に召します我らが神よ! 以下省略! いただきますっ!」


「「い、いただきます」」


あまりにも投げやりな祈りに二人は口元を引き攣らせるも、気にしない事にして食事を始めた。

和気藹々と食事が進む中、父親が何かを思い出した顔付きで青年に喋り掛けた。


「おうそうだ! 坊主にプレゼントがあるんだよ!」


「へ?……プレゼント?」


「コイツだ!」


小首を傾げる青年にそう言うと父親はテーブルの下から何かを取り出して見せる。

それは、刀身が白銀に染まり見事に研ぎ澄まされた両刃の剣であった。

驚いた表情で固まった青年と少女をよそに、父親は青年の髪色に似合いそうな蒼い鞘に剣を納めると、白く並びの良い歯を見せながら青年に剣を渡した。


「いつまでも男が丸腰じゃ、カッコがつかねぇだろ。どうだ嬉しいか?!」


「う、嬉しいですけど、僕には勿体無いですから店の商品として売った方が……」


「あぁん? なに遠慮してんだ。そこは素直に喜んで貰っとけ! それによぉ、知ってんだぜ。坊主が毎朝早く起きて店の裏でコソコソと木刀振り回して鍛錬してるのは。大方、家の娘に悪い虫が寄って来ない様に強くなろうとしてたんだろぉ~? 分かるぜその気持ち。俺も若けぇ頃は死んだ母ちゃんに虫が寄って来ない様に毎日鍛えてたからよ。だから親近感っつうのが湧いてソイツを坊主の為に作ってやったんだ! 有り難く受け取りな! そんでコイツに寄って来る虫を全部叩き潰して最後に残った坊主が家の鍛冶屋の二代目にだな……」


「ちょ、ちょっと何勝手に話し進めてんのよ! そういうのは私に決定権があるでしょ!?」


遠慮がちな事を言う青年に近付き頬を人差し指で捏ね繰り回しながらニヤニヤと笑みを浮かべて喋り掛けている父親に、硬直していた少女がテーブルに片手を強く叩き付け、頬を赤く染めて怒鳴り声を上げた。

だが父親は声に微塵も臆せず、寧ろ更に笑みを深めて少女に話し掛けた。


「決定権だぁ? そんなモンもう決まってんだろ。おめぇの此処最近の行動見てりゃあよ。今日だって坊主が高地に散歩しに行ったって聞いただけで血相変えて家跳び出したじゃねえか」


「えっ? おじさんが頼んだんじゃないんですか?」


「あ? 俺は頼んじゃいね――うおっ?!」


青年の質問に訝しげな顔を表して答えかけた父親だが、自分に向かって投げられたフォークを避ける事に気を取られ、最後まで言い切れなかった。

フォークは壁に深く突き刺さり、小さな亀裂を走らせた。

父親と青年は背後の壁に刺さったフォークを見て喉を大きく鳴らすと、ゆっくりと正面を向く。

視線の先にはフォークを両手に幾つも持ち、羞恥と憤怒を瞳に張り付けた少女がいた……。







「つ、疲れたぁ。とばっちりで酷い目に遭ったよ……でも、元を辿れば僕の質問の所為かな」


太陽が落ち、月が夜空に浮かび上がり淡く月光を大地に注ぐ中、青年は疲弊した様子で自分の部屋の壁に寄り掛かり小さく溜め息と言葉を零す。

部屋の窓から差し込む月光が青年を儚く照らすその佇まいは、落ち着いた一つの絵画の様にも見える。

しかし、それとは裏腹に青年の心臓は激しく鼓動し、落ち着きが無い。

少女の言動と父親の言い掛けた質問の答え。それだけで十分に回答は得られていた。


「どうすれば良いんだろう……?」


傍らに立て掛けた剣を持って鞘から刀身を現し、刃に映る自分に問い掛ける。

だが当然答える筈がなく、刀身を鞘に納めてもう一度溜め息を零した。

同時に部屋の扉を軽く叩く音が聞こえ、物思いに耽っていた青年は驚きながらも口を動かした。


「は、はい!」


「……私」


「あ……うん。えっと……」


「扉開けないで其処に居て……」


扉の取っ手に手を掛けていたが少女の声に反応し、手を離してその場に立つ。

お互い掛ける言葉が中々見つからないのか、沈黙が緩やかに訪れ始める。

外にいる虫の鳴き声が響くが、青年には自分の心臓の音だけしか聞こえていなかった。


「一つ訊いても良い?」


沈黙を破り、少女が扉越しに訊いてくる。

深呼吸をして少しだけ心臓を落ち着かせた青年は、扉を見つめて口を開いた。


「……うん」


「……もしも、記憶が戻ったら……此処を出て行くの?」


「……えっ」


どこか寂しげに問われた事柄に思わず青年は言葉を零す。

失った記憶の回復。すなわちそれは、自身の生い立ちを思い出す事に繋がる。

家族、友達、恋人……。

欠けた心を取り戻す事によって思い出されるかもしれない人達。

それらを思い出しても尚、青年は此処に残ると言えるのだろうか。


「……分からない……記憶が戻った時の自分の思いなんて……分からないよ」


「……」


「でも……」


途切れ途切れに言葉を綴り、片手に持つ剣の鞘を強く握った青年は―


「今の僕は此処に残りたいと思ってる」


はっきりと自分の気持ちを言葉に込めて少女の問いに答えた。

言葉が余韻を僅かに残して消え、また沈黙が訪れる。

しかし、答えに満足した様な少女の明るい声に直ぐに消え去った。


「そっか。うん、安心した」


「そ、それは良かった」


「おどおどしないでよ。さっきの言葉の時、カッコいいって思ったのに……あっ」


文句を言う少女だが自分の思っていた事を零していたのに気付き、扉の外で顔を伏せて照れを隠した。

その声が青年にも聞こえ、照れながらも小さく笑いを漏らす。

互いの気持ちを分かち合い、穏やかな時間の中で心の距離が縮まった様にも思える。

そして―




穏やかな時間は無慈悲に終わりを告げた。

突如、教会の鐘がけたたましく鳴り響き、村中に音が広がった。

二人も直ぐに音に気付き、青年は剣を腰に携えて扉を乱暴に開き、動揺を顔中に広げている少女の傍に立つ。


「お前等っ! 早く教会に行くんだっ!」


廊下に立つ二人に強張った表情を浮かべた父親が駆け寄り、荒い口調で言葉を掛ける。

表情と言葉に夕飯時に見せていた余裕など微塵も感じられない。

そう、余裕など今この瞬間にある筈がないのだ。

なぜなら教会の鐘が決まった時刻以外に鳴り響くのは―


「魔族が来やがるぞっ!」


闇より生まれし魔が近付いているからだ。


「―――っ?!」


「父さんっ!!」


「おじさん!!」


廊下の窓ガラスをぶち破って飛来した鋭利な石柱が、二人を庇った父親の左腕を貫いた。

続け様に別の石柱が襲い掛かるが、父親が無事な右腕を床に激しく叩き付けて破砕した床板が石柱と衝突し合い事無きを得た。


「娘を連れて此処から離れろっ!」


「っ?! 僕も戦いますっ!」


「木刀振り回してただけの只の糞餓鬼がふざけた事抜かすなっ!! さっさと消えろ!! 今、娘を連れて生き延びられるのは俺じゃない、お前なんだっ!!!」


鞘から剣を抜き掛けた青年に、父親は怒声を張り上げて喋り掛けた。

激しい重圧を怒声と共に浴びて青年は怯むも、父親の暖かな眼差しだけは見逃さなかった。

瞬間、傍で震える少女の手を引っ張りながらもう一つの窓ガラスに走り出した。


「やだあぁっ! 父さんっ!!」


「……」


「父さんっ!! 父さぁあああんっ!!!」


引っ張られていないもう片方の手を必死に伸ばし、少女は父親を呼び続ける。

だが手も言葉も届きはせず、青年と少女は窓ガラスをぶち破りその場から姿を消した。

残った者は、使い物にならなくなった左腕を垂れ下げて構えを取る父親と、割れた窓から中へと侵入した身体を黒色に染め上げ至る所に鋭利な棘の生えた凍りの様に冷たい瞳を浮かべた人型の魔族だけだった……。







天空に幾重もの黒煙が昇り、夜空に昇った月を黒く塗り潰している。

地上の一角にある村から煙は生まれ、村の至る所で劫火が燃え広がり、人々の嘆きの叫び声と魔族達の歓喜の雄叫びが螺旋の如く混ざり合い、空と地に轟かせている。

屍と化した者達を踏み越え、戦える者達が果敢に魔に立ち向かうも、身を焼かれ、四肢を切り落とされ、心を押し潰されていく。

その光景はまさに地獄と呼ぶに相応しいであろう。

しかし、その中にも一条の光があった。


「戦えない者は教会の祭壇前に集まれ! 怪我人も早く運ぶんだっ!」


教会の正面扉の前に立つ神父が逃げ延びてきた村人達に大声を上げて教会の中へと誘導し、周囲に蔓延る魔族達に視線を配らせている。

数多くの魔族が教会に侵入を試みるも、壁や窓に触れた途端に身を焦がして四散している所を見ると、どうやら魔族にとって厄介な結界が張り巡らされている事が窺える。


「神父さん!」


「君達無事だったのか! 早く中に入り――ちっ!」


鍛冶屋から脱出した二人に驚いた口調で話し掛け中に入るのを促し掛けた矢先、魔族の数体が教会に駆け寄る二人を襲おうとしていた。

神父はすぐさま片手に持った杖の先を数体の魔族に向ける。

すると杖の周囲に幾つもの鋭利に尖った氷塊が現れ、一直線に射出していき二人を襲おうとしていた魔族を刺し貫く。

間一髪危機を免れた二人は魔族と人の屍を通り抜け、疲弊し切るも何とか教会の正面扉に辿り着いた。


「あ、ありがとう、ございます」


「礼は後で聞こう。今は兎に角――っっ」


礼を述べた青年を見ずに周囲で様子を窺っている魔族に目を配っていた神父は、此方に悠々と近付く一体の魔族を見て言葉を失った。

様子が変わった神父の視線の先を思わず二人は辿り―


「……父さん?」


「見ちゃ駄目だっ!!」


魔族が片手に持っていた首から下の無くなった父親を瞳に映した。

茫然と父親を見てその場にへたり込む少女の視界を塞ぐ様に正面に立った青年は、近付いてくる黒色の魔族を射殺す様に睨み付けたまま、父親から貰った剣を抜刀した。

怒りを露わにする青年に気付いた魔族は、父親を持っている手を青年に向ける。

刹那、凄まじい冷気が手に集束し、父親は一瞬にして氷像と化され―


粉々に砕け散った。


「お前ぇえええっっ!!」


「駄目だ行くなっ!!」


目の前で起きた事に我を忘れて魔族に斬り掛かる青年を神父が止めようとするも、制止を振り切り青年は両手で持った柄を強く握り込み、魔族に剣を振り下ろした。

されど、剣は魔族に届かず人差し指であっさりと止められた。

直後、背中に強烈な衝撃を受けた青年は地面に叩き付けられる。

それでも諦めずに血反吐を零しながら立ち上がろうとする青年に、魔族は止めを刺そうと身体に触れて氷像と化そうとし―


『待て』


突如聞こえた声に動きを止めた。

他の魔族達も声に反応し、その場で深く頭を下げて一礼を始める。

異様な事態に青年と少女と神父が驚く中、声の主が青年に語り掛けた。


『随分と情けない姿になったな……』


「誰……?」


『記憶を失くしてたのか。茶番を演じてた訳じゃなかったんだな……』


「僕を、知ってるの?」


落胆した声で話し掛けられていた青年は驚きを隠せないまま自分の事を訊く。

訊かれた声の主は僅かな間を置くと、柔らかな口調で愛おしそうに―


『あぁ、知ってるよ。なんせお前は、私が最初に生み出した魔だからな』


残酷な真実を教えた。


「やはり闇か……! だが彼の事は解せない! 彼が魔族なら鐘が反応する筈だ!」


『只の魔なら下らない玩具に反応もしただろう。だがコイツは特別。邪気を身に一片たりとも宿さず、純粋無垢に人間を滅ぼす最強の魔だ。……いや、だったと言った方が正しいな。私を裏切り、牢の鎖に繋がられていた愚か者だ。脱走して記憶を失くし、挙句の果てに人間共と生活……どこまで私を失望させる気なんだ』


「僕が、魔族?……嘘だ……違うよ。僕は人間だ。皆を苦しめてる魔族の言葉なんて信じられる分けない……村の人を……おじさんを殺したお前達の仲間なんかじゃないっ!!」


『……私はお前に嘘を吐いたことはないよ……仕方ない。なら力を取り戻して信じてもらうしかない』


大声で否定する青年に闇が静かに言葉を零した瞬間、天空に突如として黒雲が発生し、渦を巻きながら数多の雷が雷鳴を轟かせて教会に降り注いだ。

雷と教会に張り巡らされた結界がぶつかり合い、周囲に凄まじい気流を撒き散らして屍となった者達を空中へと吹き飛ばしていく。

雨粒の如く降り注ぐ雷から懸命に教会を護っている結界だが、徐々に力に押されていき終には収束した一本の天雷に打ち砕かれて四散した。


『結界は解かれた。魔達よ、教会に居る人間共を一人残らず殺せ。死を自ら望む程の苦痛と恐怖を与えてやれ』


闇が村を襲撃している全ての魔族に冷たい声で命令を与える。

その瞬間、魔族達は雄叫びを上げて一斉に教会に進行を始めた。

翼のある者は空に舞い上がり、両翼を広げて教会の窓から侵入し、屈強な体格を持つ者は自分の身体を教会の壁にぶつけて中へと侵入していく。

侵入してきた魔族達を見て村人達は絶望に染まった悲鳴を其処彼処で上げていく。

それは、地獄の落とされた亡者達の讃美歌と言っても過言ではなかった。


「くそっ!」


扉に近付いてくる魔族達を見据えた神父が杖を空中に高く翳す。

すると今度は氷塊ではなく太陽の輝きを放つ程の巨大な火球が現れ、近付く魔族達を灼熱の炎で灰と化した。

だが魔族の数が多過ぎて全てを焼き切れておらず、焦燥を感じながら神父はもう一度火球を生み出す。

しかし―


『邪魔だ』


雷が頭上から落下し、火球は雲散され身体を焼き焦がされた。


「神父さんっ!!」


雷を喰らった神父に青年が駆け寄ろうとするが、黒い魔族に身体を拘束されてしまう。

必死に解こうとするも、僅かに動くだけで抜け出せる兆しが見えなかった。

両腕を垂れ下げたまま扉の前に立つ神父は、今にも閉じ掛けそうな目蓋を開き、数瞬後に迫り来るであろう魔族達を見てから重く視線を動かし、傍でへたり込んだまま項垂れている少女を瞳に映すと―


最後の力を振り絞って少女を勢いよく突き飛ばし、自分の傍から離れさせた。

その一瞬後、神父は魔族の大群に飲み込まれて教会の中へと消えた……。







拘束された青年の目に映る光景は、青年の心をボロボロにするのに充分であった。


焼き焦げた身体を拉げて倒れた神父。


絶望を表情に張り付けたまま四肢を切り落とされ磔にされたシスター。


首から下を食い尽くされ、祭壇に並び立てられた子供達。


教会の中で生きている人間は、誰一人としていなかった……。


青年は瞳から光を失くし、頬に枯れ果てた涙を伝わせて泣いていた。

助けられず只見ている事しか出来なかった自分を深く呪い、目の前で惨殺されていった者達に何度も何度も心中で許しを請いて謝り続けていた。


『お前が力を使えば、此処に居た人間共を助けられた』


「……」


『お前が自分を魔と認めていれば、力を直ぐに取り戻せた』


「……」


『お前が私の言葉を信じてれば……お前が私を裏切ったからこの光景が作られたんだ。お前が私の傍から離れて人間なんかと暮らすから……人に心を開いたから……だから……』


何も言わない青年に闇は何度も哀しげに語り掛け―


『この女もお前の所為で死ぬんだ』


魔族達に羽交い絞めにされた少女を青年に見せた。

少女も青年同様、瞳から光を失くし、頬に涙を伝わせて泣いていた。

強気で可愛げのある顔付は見る影もなく、もはや心を失い掛けていた。

だが、青年の姿を目に映すとほんの少しだけ口元を動かして微笑んだ。


『……殺れ』


静かな口調で闇が黒の魔族に命令を下す。

魔族は青年を別の魔族に渡すと少女の許へと歩んでいく。

ゆっくりと死が近付いているにも関わらず、少女は青年だけを愛おしく見つめている。

そして―


「―――」


口を小さく動かし、何かを青年に告げ、氷塊となって四散した……。

少女の欠片が空に煌めきながら舞い散り―


青年の頬に触れ、解けて涙と共に流れて落ちた。

その瞬間、青年の身体の奥で何かが湧き上がり、身体を抜けて弾けた。

それは光。穢れを知らない純白の光であった。

光はその場に居る魔族全てを白く染めて包み込んでいく。

包まれた魔族達は己の身体に起き始めた事態に直ぐに気付いた。

手足の荒らゆる部分が分解されていき雲散していたのだ。

光から逃げる者や青年を殺そうとする者がいたが、それら全てを光が飲み込み、魔族達は教会から消えて無くなった……。

光を纏った魔は暫くその場に立ち尽くしていたが、地に残っていた少女の欠片を見つけると、丁寧に拾い上げて愛おしく胸に抱き寄せた。

凄まじい力を持っている筈なのに、その姿は弱々しく今にも儚く消えてしまいそうであった。


『……そんなにその女が好きだったのか?』


「……」


『……裏切った時にお前は言ったな……『人を殺めたくない。人と共に生きたい』と……。記憶を失くしても、根っこの部分は変わらなかったんだな……』


「……」


『……人間共を生き返らせて欲しいか?』


闇は小さく震えて欠片を抱き締めている魔に哀しげに問う。

魔はその問いに口を開かず、静かに首を縦に振って答えた。


『生き返らせる代償に人間共はお前の事と今日の記憶を失う。そして、お前は呪いを受ける事になる。誰にも愛されず、誰もお前に心を開かない。例え百の善行をしようとも、憎悪を抱かれ畏怖され続ける。死ぬまでずっと……それでも良いのか?』


「……うん」


『……お前は馬鹿だ。生まれた時から……私の傍に居た時から何も変わっちゃいない。……私の傍に戻る気は無いのか?』


「……」


『……逢いたければ勝手に来い。多分、それが私達の最期になるだろうが……』


闇は未来を見据えて哀しく言葉を洩らすと―


『もう一度だけで良いから……私は、お前に逢いたいよ』


自身の気持ちを寂しげに言葉に込めた……。







「う~ん、むにゃ……う~眩しぃ」


部屋の窓から差し込む朝日の眩しさに、私は眠たい目を擦りながら起床した。

丁度朝食の時間だったらしく、お父さんが大声で呼んできた。

まだ眠いのに……でも早く行かないと煩いし……仕方ない、起きよう。

両手を伸ばして欠伸をした私は、扉を開けてのそのそとリビングへ向かった。



「おう! おはよう! 早く飯食いな! 教会の神父に頼まれ事されてるんだろ?」


「朝から煩いなぁ~ちゃんと朝食食べたら行くわよ」


テーブルに着いた私にフライパン片手にお父さんが口煩く言ってくる。

元気なのは良い事なんだろうけど、元気過ぎるのはどうかと思うこの頃。

でも、母さんが死んでから男手一つで育ててくれたお父さんには感謝が尽きない。

だけど近頃お店の跡取りを考えて村の強そうな男の人に婿に来ないかと聞き回っている所業は大迷惑。

自分の旦那になる人は、やっぱり自分で決めたいわよ……。

頬杖を着いてリビングを意味もなく眺める……あれ?


「ねぇ、リビングってこんなに広かった?」


「あ? 何馬鹿な事言ってんだ。建ててから何も改築してねえぞ」


怪訝な顔付きでお父さんはそう言う。

何でだろう……何時もの光景なのに、やけにリビングが広く感じる……。

何かが足りない様な……でも思い出せない……寝惚けてんのかな。

不思議に思うも、私はお父さんと一緒に朝食を摂り、神父さんの待つ教会へと向かった……。



「という訳で、高地に咲く野花を取って来て下さい」


教会に着いた私に、開口一番に木の皮で作ったバスケットを渡しながら神父さんが明るい表情で頼んできた。

どう考えても雑用じゃない。でも教会の掃除とかよりはマシか。

それに高地に咲いてる野花って良い香りがするから、あそこで昼寝すると良いのよね。

さっさと済ませてあそこで昼寝でもしようかな。

邪まな事を密かに考えたまま、私はバスケットを受け取って了承した。

手を振る神父さんに見送られて教会を出ると讃美歌が聞こえてくる。

周囲を見回すと教会の直ぐ近くでシスターと村の子供達が声を合わせて歌っていた。

楽しげな表情で歌う姿を見ていると楽しい気持ちになり元気が湧いてくる。

う~ん、昼寝を止めて私も一緒に混ざって歌おうかしら……いやでも……。

今日の予定が定まらないまま、私は野花の咲く高地へ足を進めた……。







蒼穹に広がる空と深緑に生い茂る大地を見渡せる高地の一角に来た私は、其処で見慣れない人物を目にして硬直した。

その人は古びた外套を纏い、腰に蒼い鞘に納めた剣を携え、少し幼っぽいけど綺麗な顔立ちで、若干前髪が長く見えるけど程良い長さに整った蒼に近い黒髪の青年だった。

遠くの景色を眺めているのだろうか、私に全く気付いていない。

声を掛けた方が良いのかな?でも、なんか……怖いな……。


「……野花を摘みに来たの?」


「えっ? そ、そうよ! だからアンタ邪魔だからどっか行ってよっ!」


突然声を掛けられ、私は言葉に苛立ちを籠めて怒鳴った。

おかしい……何で初めて会った人にこんなイライラするの……?


「……うん」


不思議と湧いてくる恐怖と怒りに疑問を感じていた私に青年はそう言って立ち上がると、野花を見てから私に視線を合わせて口を動かした。


「……約束破っちゃってごめんね」


「約束……?」


哀しげな瞳を浮かべた青年にしてもいない事で謝られた。

約束なんて交わしてないのに……。

此処で初めて会ったのに、そんな事出来るわけないのに……。

変だ……見てると憎しみと恐怖が心の底から湧き出て来るのに……。

何で私……。


「何で私、アンタの事見て泣いてるの……?」


理由も分からないまま涙が何時の間にか溢れて零れていた。

胸が締めつけられた様に痛くて、心が凄くざわついて苦しいよ……。

両手で涙を拭きながら質問した私に、青年は答えず静かに横を通り過ぎ―


「バイバイ……」


別れの言葉を残して立ち去った……。







青年が少女に分かれる際に残した言葉は―


教会で少女が青年に言った言葉と同じだった。


そして―


この別れから青年の、死に往く者の哀の旅路が始まった……。

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