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第2話──合宿

「合宿、かぁ……」

 帰宅し、晩ご飯と早めのお風呂を終えた後。

 お母さんとの話し合いを終えたわたしは、自室のベッドにぼんやりと体を投げ出していた。

 ごろん、と体を半回転させ、仰向けのまま枕元の紙束を手探りで掴む。……あ、蛍光灯が少しちかちかしてる。あとで取り替えたほうがいいかもしれない。

 電気の眩しさを遮るように紙の束を掲げ、表紙の文字を目で追っていく。『東岸高等学校民俗学研究会 合宿要項』。当日の予定や準備物、必要なお金などが印刷された数ページほどの冊子だ。こういうところ、本当に先輩の行動は早いと思う。

 つまり、話はこうだ。

 実績がなくて予算がもらえないのなら、実績を作ればいい。秋休みを利用し遠く離れた場所を訪れ、フィールドワークを行い、その成果を今度の学祭で発表する。学祭では一般の人たちに満足度アンケートを取り、後夜祭で成績を発表するような場もあるから、目に見える結果を出すにはまさにうってつけ。

 もちろん、それだけのものを学祭までの一ヶ月で準備しなくちゃいけない、という問題はある。けれども何もしないまま廃部を待つよりはマシだし、何より鈴香先輩がいる。全部任せてしまうのはいけないけど、わたしたちがイメージしているよりも数段すごい展示を考えているんだろうな、とは思う。実のところ、わたしや真夏は『民俗学』っていうのが何なのかすらよく分かってなかったりするんだし。

 そして、合宿先として白羽の矢が立ったのが──奏目島かなめじま。伊豆諸島から数百キロほど北東に外れたところに位置する、人口は五百人にも満たない本当に小さな島だ。「研究があまりされていない、インパクトのある場所」ということで選んだらしいけど、確かに名前を聞くだけで、うわあ、と思う。離島。地元から遠く離れた、聞いたこともないところ。「何だかすごそう」と思わせるのには十分すぎる場所だ。

 行きのフェリーでの一泊を含めた、六泊七日の大旅行。出発が二日後という急すぎる話だし、何より学生三人だけの合宿としてはハードルがかなり高い。わたしは家族旅行以外にそういう経験がないからなおさら。

 そして、何よりも心配なのはお金だ。軽く計算してみると、往復の交通費だけで十万円前後。両親に簡単にお願い出来る額じゃないし、もちろんお小遣いとはケタ違いだ。

 さすがに真夏と顔を見合わせてしまうと、「お金は私が出す」という先輩の何とも豪儀な言葉。

 東岸高校には修学旅行はない。入学してすぐに親睦会のようなものを兼ねた近場へのキャンプがあるだけで、それ以外に集団で遠出をするというイベントは皆無。そういうこともあって、先輩はもともと自主的な卒業旅行を計画していたらしい。で、奏目島はその候補の一つ。

 先輩いわく、それがちょっと早くなって、わたしと真夏というオマケがついた部活の合宿になっただけ……らしいけど、「だけ」と言ってしまうのはさすがにどうかと思う。人数だけでも単純に三倍だ。先輩の家がお金持ちなのは知ってるけど、申し訳ないし、不安にもなる。

 ……と、いうことを長々とお母さんに話してみたところ、お金が全部先輩持ちというところにちょっと顔をしかめただけで、合宿そのものにはあっけなく了承。さっそく真夏のお母さんと連絡を取り合って、先輩のところにちょっとした菓子折りを持って挨拶にうかがうということで話はついたらしい。お母さんも結構そういうのは手早い。わたしがだらけているだけかもしれないけど。

 何はともあれ、何も予定のなかった秋休みが、これで一気に忙しいものへと変わったわけで。

「……お父さん、今週は無理かな」

 土、日、月……と頭の中で指折り数え、ぽつりと呟く。お父さんはいわゆる転勤族だ。昔はお母さんやわたしも一緒に引っ越しを繰り返していたけれど、わたしが小学四年生のころに「一つのところに落ち着いていたほうがいい」と単身赴任を決意して、それからはずっと離れ離れ。とは言え月に二、三回は帰ってきてくれるし、連休にも家族で食事に行く予定だった。

 だけど、合宿ともなれば今回はちょっと無理だろう。先約──というほど大げさな話ではないにしろ少し心が痛むし、会えないのはもちろん寂しい。逆にテストについて聞かれなくてほっとする気持ちがあったりと、けっこう複雑。

 ……お父さんは、なんで単身赴任を決めたんだろう。

 あのころは自分のことで精一杯だったけど、今になってけっこう考えることがある。

 家族との時間を多く持つために、引っ越しを繰り返したほうがいいのか。それとも一つの場所で落ち着くため、あえて家族と離れるほうがいいのか。

 どちらが正解だったのか、今でも分からない。新しい学校に馴染めないことも多くて引っ越しは嫌だったけど、お父さんがいない毎日を過ごすのも落ち着かなかった。一緒にいてほしい、とぐずついたことも一度や二度じゃない気がする。

 でも、もしお父さんが家族三人での生活を望んでいたら、きっと今のわたしはいなかっただろう。東岸高校に入ることも、真夏や先輩と部室で過ごすことも、もちろん合宿に行くこともなかったはず。

 「もし」はありえない。比較することは出来ない。どっちが良かったかなんて、永遠に分からない。

 ただ、いろんな選択や決断の末にある今が、たった一つの真実。

 結局、自分が信じるようにやるしかないんだろう。

 ……うん。お父さんもきっとそう。いろいろ考えて、悩んで、それでわたしやお母さんと離れて暮らすという選択を信じただけなんだ。

「……あ」

 それっぽい結論に自分を納得させたところで、ふと壁掛けの時計に目が留まる。時刻はいつの間にか十二時の手前。お母さんとの話が終わったのが十一時過ぎだったから、一時間近くもぼんやりとしていたことになる。

 何となく、そのまま時計をぼーっと見つめてしまう。

 静かな部屋。息を潜めると、秒針が動く音だけが小さく響く。

 かちり。

 かちり。

 時計が回る。

 0時を差す。日が変わる。

 わたしたちの、休みが始まる。


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