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もう一人の壊し屋

 村の外から来た女性。

 その敬称に多少なりとも注意を払うべきだったと気付いたのは、診療所の診察台に寝転がっているその女と目があった時だった。

 急患とは思えない笑顔で診察台に腰を下ろしたその女は、仕立ての良い黒いドレスを身に纏い、緩く波打つ金糸の髪を指で弄んでいた。

 麓の街から歩いて5時間はかかるこの村にくるにはあまりに無謀な高すぎるかかとの靴とあわせ、全てがこの空間と調和していない。

 その違和感を目で、そして肌で感じた瞬間、俺は反射的に彼女から距離を置いていた。

 しかし逃げようとした体を、ひとりでに閉じた診察室のドアが塞ぐ。

 驚くと同時に、俺は先ほどまで一緒にいたはずの村長達の姿がない事に気付いた。

「邪魔者は追っ払ったわよ。あなたとの語らいに野次馬は不必要だもの」

 向けられた艶めかしい視線に、俺は後悔と共に目の前の女の正体に気がついた。

「一人でも迷惑なのに、今回は同時に両方かよ……」

「そんなに睨まないでよ、せっかくの再会じゃない」

 甘い声音と共にすり寄ってきた女にウンザリしつつ、俺は改めて彼女と距離をとる。

「久しぶりなんだから、少しくらいスキンシップしてくれても良いじゃない」

「だれがお前みたいな魔女と」

 吐き捨てるように言うと、女……いや魔女は不満そうに眉をひそめる。

「私がそんなに嫌い?」

「人に呪いをかけておきながら、良くもまあそんなことが言えるな」

「私が呪いをかけたのはあなたじゃなくてあのお姫様だもの。それに私だって後悔してるのよ、まさかあの呪いが自分にも跳ね返る物だと知ってたら、あんな馬鹿な事しなかったし」

 と俺にすり寄る魔女こそ、俺と彼女の結婚式に現れた張本人だ。

 そして俺の人生をぶち壊すもう一つの問題でもある。

 俺達同様転生を強要された魔女は、時折こうして何の前触れもなく俺の前に現れるのだ。

 勿論それを俺が望んだことなど一度もなく、魔女は俺にとって最も邪魔な存在だった。

「ともかく俺に寄るな」

「もっと嬉しそうにしてくれても良いじゃない。さっきも言ったけど、会うのは久しぶりなんだし」

「久しぶりどころか、前の人生でも押しかけてきただろうが」

 その前も、その前の前の人生でも会っただろうと言えば、魔女は不満そうに眉をひそめる。

「私は1日たりともあなたと離れたくないの」

「嘘つけ。お前が男を取っ替え引っ替えして遊んでるのは知ってるんだからな」

 意志と関係なく転生を繰りかえす部分は俺達と同じだが、愛を得ることは前より容易くなった。

 と言う話を得意げに語ったのは他でもない目の前の魔女で、そのとき「転生が始まってから外見も男運も上がったのよね。お陰で男を侍らせ放題よ」と笑っていたのを俺は知っている。

 そして今回の容姿から察するに、どうせここに来る前は男遊びを楽しんでいたに違いないのだ。

「首に、キスマークついてるぞ」

「あなたに見せる為に、そこで村人引っかけたの。嫉妬してくれるかと思って」

「もう大して興味もない癖に」

 少なくとも俺の恋心を得ることに、魔女はもうあまり関心がない。それは俺の願望ではなく事実だと言うことは、どこか演技じみた彼女の声とスキンシップから知ることが出来る。

 ならば何故このように事ある事に俺に会いに来ているかと言えば、愛情よりも得たい物を俺が握っているからだ。

「それにしても今回もいい男ねぇ。ちょっとやつれてるけど、キスして良い?」

「するな。ついでに言うと、今回もお前のお願いを叶える気はない」

「まだなにも言ってないのに」

 言わなくてもわかるというと、魔女はつまらないと呟いて、再び寝台に腰を下ろした。そのままわざとらしくドレスの裾をめくり、無駄に色気のある仕草でこちらを見上げる。どっかで見たと思ったらさっき珍獣がやっていたのと同じポーズだ。

 色気はこちらの方が上だが、それでも珍獣の方がまだそそる物があったと思うのは、魔女の醜い本質が透けているからか。

「いいからその汚い太ももを閉まって出て行け」

「前にも増して動揺しなくなったわね、いい兆候かしら」

「兆候?」

「こっちの話よ」

 と言いつつ、魔女は俺に笑顔を向けた。

「それで、そろそろ呪いを解く気になった?」

 結局その話かとウンザリしたのは、魔女とあうたび十中八九その話題になるからだ。

「俺にお伺いを立てるより、自分で解く方法をさっさと見つけたらどうだ」

「何度も言うけど、この呪いはかけた本人には解けないの。そうじゃなきゃ、あなたにこうして会いに来ないわ」

 懲りずに俺との距離を狭めながら、魔女は猫なで声で「お願い」と俺を見上げる。

 このお願いを、俺は一体何回見せつけられたのだろう。

 上がった男運のお陰で、魔女は俺以上に転生を満喫しているようだが、それでもさすがに300回を超えた頃から繰り返しの人生にうんざりし始めたらしく、以来事ある事に俺に「お願い」を持ちかけてくるのだ。

 その過程で俺は無理矢理呪いの解き方を教えられたのだが、勿論それを実行したことは一度もない。

「来て貰ったところ申し訳ないが、俺はまだ呪いを手放すつもりはない」

 魔女が更に過激なお願いを始める前に、俺は素早く言い放った。

 連れない男ねと残念そうにしつつ、魔女はどこか余裕のある笑みを浮かべる。

 それが、俺には不気味だった。

 いつもならここで催眠術をかけたり色仕掛けをしたりと力業にでるのが常で、そのたびに俺は命を削ってそれらを払いのけ、最後は「また来世で来るわ」と魔女が諦めるのがオチなのだ。

 しかし魔女はそんなそぶりも見せず、ただ穏やかに笑っている。

「なにを企んでいる」

「企んでないわ、むしろそう言う悪い行いは卒業しようと思ってるの」

「は?」

 思わず怪訝な表情を浮かべれば、魔女は不満そうに腕を組んだ。

「私も反省したのよ。たしかに全ては私の自業自得だし、その非礼を詫びずにあなたにお願いだけ押し付けるのは失礼だったわ」

「お前、今めちゃくちゃ気持ち悪いぞ」

「失礼すぎるけど、まあそれも自業自得だから大目に見るわ」

 その穏やかな受け止め方が更に気持ち悪いと告げると、魔女は彼女らしくもないしおらしい顔をする。

「本当にごめんなさい。私、今日からはあなたのために償いをするわ」

 いや、あなただけでなく彼女の為にも。そう言う魔女に思わず身構えたのは、魔女が彼女に何かするのではと思ったからだ。

「言ったはずだ、あいつの前に姿を見せたり危害を加えたりしたら、ただではすまさないと」

「私が彼女に危害を加えるのが恐ろしいの? 意外と大切にしてるのね」

「大切にしてないから言ってるんだ。俺はまだこの生活を続けていたい、そのために彼女に何かあったら困る」

「本当にそれだけかしら?」

 卑しくゆがめた口から、魔女は甘ったるい声をはき出た。

「まあでも、正直その言葉に安心したわ。もし愛してるとか言われたら、ちょっと困ったことになるし」

「どういう意味だ」

「言ったでしょう、私はあなた達のためになることをしにきたのよ」

 魔女の笑顔は相変わらず底が見えず、嫌な予感しかしない。

「お前が考える『ためになること』が、本当に俺達のためになるといえるのか」

「言えるわ。こう見えて、私も結構あなた達のことを見てきたのよ。だから、あなたが何を望んでいるか、そして彼女が何を望んでいるか私は知ってる」

「ならそれは何だ」

「あなたは転生の続く人生を。彼女は愛を」

 違うかと尋ねられて、否定は出来なかった。確かにそれは俺達がそれぞれ望んでいる物だ。

「その両方を叶えて、なおかつ私の望みも叶える素敵な方法。それをついに私は見つけたの、そしてそれがあなたへの贈り物よ」

「今まで散々勝手なことをして、急にそんなうまい話を信じろと?」

「もちろんあなたがすぐに信じてくれるとは思ってない。だからまずは、彼女の方に贈り物を贈ったの。それを見れば、あなたも私の言葉を信じたくなるはず」

 彼女は今頃大喜びよと笑う魔女を突き飛ばし、俺は診察室のドアを蹴破った。

「あとでお宅にお邪魔するわ」

 と響いた声に返事をする余裕はなかった。

 魔女が彼女に何かしたのは間違いなく、そしてそれは絶対にたちの良い物じゃない。

 脳裏をよぎる嫌な予感を振り払いながら、俺は診療所を飛び出し、家へと駆け戻った。

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