笑顔と歪みと
「こっ、これはっ! コレは何なんですか!」
彼女が風呂から上がった途端、静かだった食堂にまた喧噪が戻ってくる。
残された謎の物体を処理し終えた俺は、腹を満たせる物を作ってやろうと台所に立っていた。
そこに戻ってきた彼女は、俺が作っている物を目ざとく見つけ、飛び跳ねながら俺の肩を掴む。まるで子どもだ。
「何って、君も食ったことあるだろう」
今俺が作っていたのは目玉焼きで、完成したばかりのそれを、既に作り終えていたハンバーグの上に乗せると、彼女は更に大騒ぎをはじめる。
「ハンバーグも目玉焼きも知ってます! 大好物です! 死ぬほど!」
「わかってる。君、死に際は大抵ハンバーグか目玉焼きを食いたがるからな」
「でも、まさかこの二つが一緒に出てくるなんて思って無くて!」
それも上に乗ってるなんてと騒ぐ彼女を無理矢理食卓に着かせ、俺は彼女の前に目玉焼きハンバーグとパン、そしてサラダとミルクを置く。
「こんな豪華な食事、本当に良いんですか!」
「別に豪華じゃない」
この村は畜産と農業が盛んなので、たまごも肉も野菜も苦労なく得ることが出来るのだ。
だから値段も手間もあまりかかっていないと教えたが、彼女はお皿を持ち上げ様々な角度から料理を眺めている。
「でも食べてしまうのが勿体ないです」
「馬鹿言ってないで食え、冷めるぞ」
「でもハンバーグと目玉焼きですよ! こんな素敵な組み合わせ、他にないですよ!」
興奮する彼女には呆れるが、彼女にとって目玉焼き付のハンバーグは生まれてはじめてみる物なので仕方ないと言えば仕方がないだろう。
俺だってコレを作ったのは実は初めてだ。
ハンバーグと目玉焼きという二つの料理は、それぞれ違う前世で作り方を学んだが、世界が違うと獲やすい食材や調味料が違うので、その両方を一変に作る機会は今まで無かった。
食材が豊富に流通している世界は意外と少なく、二つ同時に作ったら彼女が泣いて喜びそうだと思ってはいたものの、それを実行する機会がなかったのである。
「良いから食え、味は保証するから」
「では……」
と躊躇っていた割に、最後は豪快なフォーク捌きでハンバーグと目玉焼きをすくい上げ、彼女はしとやかとは言いがたい大口を開けてそれを頬張る。
最初はお姫様だった物の、彼女はマナーという物の存在をすぐに忘れる。まあ豪快に食べて貰った方が嬉しいが、それでも咀嚼の仕方が完全に子どもなのは見ていておかしい。
「おいぢいです」
その上彼女は目から涙をポロポロこぼし、鼻水まで流しながら俺を見る。
彼女が俺の料理を食べながら泣くのはいつものことなので、俺は用意していたハンカチで彼女の涙と鼻水を拭った。
「毎回毎回、君は大げさだな」
「だってあなたのご飯は最近ずっと食べられてなかったし、その上私の大好物を二つも作ってくれて…」
幸せすぎますと言いながら咀嚼を繰りかえす彼女は本当に嬉しそうで、俺は逆に彼女のことを直視できなくなる。
彼女が好きな物を作ったのは、きらいな物を出すより喜ぶだろうと思ったからだ。
だが彼女を喜ばせたいと思う気持ちの根幹にあるのは愛ではない。彼女に嫌われないように、そして転生を終わらせないようにと思う歪んだ欲望だ。
最近、こうして幸せそうにしている彼女を見ると、自分の歪みをひしひしと感じるようになった。
昔は気にすることなく、当たり前のように彼女の望むことを何でも出来たのに、最近はふとした瞬間、自分のしていることに足がすくむときがある。
そのたびに、「嬉しい」「幸せだ」と微笑む彼女の笑顔で自分の罪を誤魔化してきたが、最近はその誤魔化しがあまり上手くいっていない気がする。
「どうしました? 具合悪いですか?」
そして聡い彼女は、俺の変化に必ず気づく。しかしその原因には、彼女は絶対に気づかないのだ。俺が彼女を偽っていることなど、考えたこともないのだろう。
「ちょっと考え事をしていた」
考えるより先に誤魔化しの言葉が出てくる自分の口に辟易しつつ、俺はデミグラスソースで汚れた彼女の口の端を指で拭った。
「ああっ!」
その途端、突然彼女が真っ赤になってもじもじしだした。
「何だよ」
「いや、あの、いま……」
あの、その、と訳の分からない言葉を繰りかえす彼女。いつまでたっても返事が出てこないその様子に俺は呆れ、同時に少しホッとする。
彼女のこういう、得体の知れない行為を見ていると安心する。恋人らしい雰囲気になると膨れあがる罪悪感を、彼女の暴走がかき消してくれるからだ。何せ無意味に騒ぐ彼女はまるで珍獣だ。珍獣を前に彼氏らしさを装う必要はない。
「俺は時々、君の飼育係をしている気分になる」
うつかりこぼれた考えに、彼女が更に珍獣みたいな動きで抗議した。
「私は動物じゃありません! まっ前に一回ゾウガメになったことはあるけど、今回は人間ですよ!」
「あったな、ゾウガメ」
「でもほら、今の私は可愛い可愛い女の子ですよ!」
と威張る彼女に、俺が抱いたのは違和感だった。
「可愛い女の子って言うが、おまえのその服……」
先ほどから違和感は感じていたが、今更その原因が分かった。
彼女は何故か男物の、つまり俺のシャツを来ているのである。
「そそりますか?」
と椅子からわざとらしく出した太ももに、俺は思わず頭を抱えた。
「自分のシャツを着る恋人にときめかない男はいないって教えて貰ったんです! どうですか、そそりますか!」
妙齢の女性の太ももはそりゃあそそるが、主張の仕方が珍獣なのでそそる前にげんなりする。
「着がえ出しといただろ」
「こっちの方が良いかなって」
「良くない」
何の為に用意しておいたんだと憤慨すれば、彼女は慌てて足をしまう。
「でもあのワンピース、凄い可愛くて……。風呂には入ったけど、私みたいのが着ていいのかなって」
「君の為に用意しておいた物だ、君以外に誰が着る」
食事をしていろと命令し、俺は風呂場からワンピースを、そして倉庫の奥から彼女の為に用意してあった女性物の衣服や装飾品をとってくる。
今回ほど酷い有様で現れることはそんなに無いが、彼女は俺と再会するとき、自分の物を所持していることが少ない。
自分のことをかなぐり捨てて俺を捜しているのが原因らしいが、荷物一つ持たず現れる彼女に、俺はずいぶん前から困惑していた。
だからここ100回ほどは、事前にこうして彼女が着られそうな洋服や使いそうな物品を用意しておく事にしているのだ。
運良く俺達は毎回似た顔立ちや体格の人間に生まれることが多いので、衣服などを用意するのはそう難しいことではない。
その上357回も一緒にいれば彼女の好みは何から何までわかっている。
唯一問題があるとしたら、いい年の男が彼女もいないのに女物の衣服を収集する点くらいだ。
恋人に、というありふれた理由を今でこそ口に出来るようになったが、最初の頃は周囲の目が気になったりそれで恥をかいたこともあった。
どうして俺が奴のために服を買わねばならないのかと憤慨したこともあったが、最近ではそれくらいするのは当たり前だと思うようにもなっている。
俺は彼女が一番に望む物を与えることが出来ない。にもかかわらず俺は自分が転生を繰り返したいがために彼女を利用しているのだ。その不公平さを思えば、こうして彼女の世話を焼くのは当たり前のことだ。
むしろコレは俺のけじめの一つだ。愛情が芽生えない分、俺は彼女が望む物は可能な限り与えてやりたいと思っているし、彼女が望むなら柄にないと分かっていても多少は恋人らしく振る舞うこともある。まあ、それもこれも結局は自分の為であるのは我ながらたちが悪いと思うが。
「この中から好きなのを着ろ」
食堂に戻ると彼女は食事を追え、俺を待っていた。
たった数分離れただけなのに、しおれいる彼女はまるで捨てられた犬だ。
その姿に思わず笑って、それから俺は手にした衣服を彼女の前に並べる。途端にさえなかった表情に光が差した。
「こっこれ、とか可愛いです?」
桃色のワンピースを体に当てて、彼女がはにかむような笑顔を見せる。
似合っていたがそれを口に出すのが躊躇われ、俺は慌てて側にあった装飾品がはいった箱に目を向ける。
「そっちの箱に入ってる髪飾り。それとあわせるともっと良いんじゃないか」
それは気軽な提案だったが、なぜか彼女は申し訳ないという顔で体を小さくする。
「なんか、いつもいつも色々用意させてしまってごめんなさい」
「勝手にやってるんだから気にしなくて良い」
「だけど……」
「それに君が小綺麗じゃないと色々問題もある」
俺の言葉に、彼女も村人達とのやり取りを思い出したようだ。
「私、そんなに酷い有様でした?」
「割とな」
でも風呂に入ったお陰か彼女の髪はようやく落ち着きを見せ、食事のをとったので血色もだいぶ良くなっている。
あとはしっかり睡眠を取れば、だいぶマシになるだろう。
「外見はだいぶ取り繕ったんだ。あとは、魔女と間違われるような奇行をやめれば完璧だな」
「でもまだ、色々試してないことがあって」
「試してないこと?」
「呪いを解くための魔法です。これでも毎回毎回色々と情報を仕入れてるんです」
とどこからか取り出したのは薄汚い手帳だった。多分その中には見当違いの解決方法が書かれているに違いない。
「魔法は禁止だ」
そして没収だと手帳を取り上げれば、彼女は嫌ですと俺に縋り付く。
「試したいなら次の人生にしろ。今回は状況が悪すぎるし、俺もあまり長くない」
「長くないからこそやるんでしょう!」
「次の人生ではちゃんとつきあってやるから」
そう言って手帳を服のポケットに深くしまい込めば、彼女もすごすごと退散する。
「約束ですよ」
「約束だ。それにもしかしたら、次はもう呪いが解けてるかもしれないぞ」
「じゃあ今回は大人しくします」
と言いつつ、大人しいとは言い難い動きで彼女は俺の体をぎゅっと抱きしめる。
「代わりに、今回はスキンシップに専念します」
「その前に君も少し休んだ方が良いと思うぞ」
「じゃあ一緒にお願いします!」
「裸にはならないぞ」
「隣に寝られるだけで十分です」
だから願いしますという彼女に頷きかけたが、結局彼女の願いは聞き届けられそうになかった。
「……やっぱり一人で寝てくれ」
「嫌ですか……?」
「そうじゃない。ただ客が来たみたいなんだ」
俺は少し前から、家の周りに人の気配があることに気がついていた。
今でこそ医者なんて物をしているが、回数的に言ったら戦闘職種に就く方が断然多いのでこの手物を察知する術は未だたけている。
彼女からそっと手を放し、俺は立ち上がる。そこでも一度気配を探れば、気配の数は少なく闘志や殺気もないとわかる。ひとまずは安心だ。
「君は少し睡眠を取れ。その間にやることを片づけておく」
「一人で大丈夫ですか?」
「問題ない。それよりも君の方が心配だ」
だから休めとあえて耳元で囁けば、彼女はワンピースと髪留めを持って頷く。
「休みます! だから後で、その……」
「分かってる。まだキスは10回残ってたな」
俺の言葉にだらしなく笑い、彼女は俺の寝室へと駆けていく。
それを見送った後、俺は玄関から堂々と外へと出ることにした。相変わらず殺気はないので丸腰だ。
家の外に出れば、そこにいたのは村長と診療所に勤務する恰幅の良い看護婦だった。
中をうかがうようにウロウロしていた彼らは俺の登場に少々驚いたようだが、こちらが笑顔を向ければすぐさま近づいてくる。
「何事ですか?」
笑顔で尋ねれば、まず村長がばつの悪そうな顔で俺を見た。
「あの、実は……」
と口ごもる村長。なかなか返事が出てこないことに思わず苛立っていると、看護婦が村長の肩を掴み、乱暴に俺の前から立ち退かせる。
「急患なんです。それもまた村の外からきた」
「言っておきますが、俺の婚約者は彼女だけですよ」
俺の言葉に村長達がほんの少しホッとした顔をする。そしてそれを、看護婦は非難するように睨め付けた。
「また女性だったので、村長があの女の仲間かと大騒ぎしてたんですよ。その上、違うにしても先生にはさっきのことと病気があるし呼び出しづらいとか馬鹿なこと言って」
と呆れている口調から、どうやら看護婦は俺達よりのスタンスらしいとわかる。まあ長年俺の世話を焼いてきた人だし、何より彼女は村長の妻でもある。彼のことにずけずけと口だしても文句は言われないのだろう。
元々彼女のこういうはっきりした態度に好感を持っていたが、俺の中でまた一つ彼女の株が上がった。
「教えてくれてありがとう、すぐにいくよ」
彼女には笑みを見せ、それから俺は村長を軽く睨む。
「何度も言いますが、彼女は魔女ではありません。それに患者がいるならすぐ呼んで貰わないと」
家のまわりをウロウロされても困ると笑顔で釘を刺せば村長はさすがに反省したようだ。これで少しでも牽制になればいいが。
「ともかく今は診療所に行きましょう」
全員でと更に釘を刺して、俺は村長達を先に診療所へと向かわせる。彼女を一人残すのは多少不安だが、ここで不信感を募らせるようなことはしたくない。
念のためメモ書きをおき、俺はしっかりと家に鍵をかけてから診療所へと急いだ。
※7/7誤字修正しました。(ご指摘ありがとうございました)