愛の代わりに抱いたものは
村人の制止を振り切って家へとはいると、待っていたのはあまりに悲惨な光景だった。
俺の住まいは一人暮らしには少し広めの物で、居間と台所が付属した食堂の他に3つほど部屋があるのだが、そのどれもがまるで泥棒に入られたように荒らされているのである。
その上妙な異臭まで漂っており、呼吸するのも容易ではない。
俺が倒れた3日前はこんな有様ではなかった。となればこの3日間に何かがあったことは明白で、その上「しまったぁぁぁぁ!」と叫びながらか部屋に飛び込んだ彼女を見れば自ずとその原因は理解できる。
「家を好きに使って良いとは言ったが、一体何をしたんだ」
「そっ掃除とかさぼっちゃって」
掃除をさぼっているだけで、彼女が使うはずもない俺の衣服が散乱しているのはおかしい。
それに異臭の出所は台所には、妙な色の液体が入った鍋やら、得体の知れない食物やら香草やらが放置されているのである。コレは明らかに、故意に汚されたとしか考えられない。
「もしやと思うが、人の不在を良いことに肌着や衣服を物色したのか?」
図星なのか、彼女がわかりやすい動揺を見せた。
「あと鍋のあれは何だ?」
「4回くらい前の人生で、魔女に弟子入りしたことがあって……。そこで教わったどんな魔法も治せる薬です」
「人を殺せそうな臭いがするが?」
「やっぱりその、世界が変わると魔法って難しいみたいで……」
7回も失敗しちゃいましたと渇いた笑いを浮かべているところ、この3日間ずっと、彼女はあんな訳のわからないものを作り続けていたに違いない。
もしかしたら、それを村人達が見咎めたのかもしれない。
「毎回言っているが、おかしな行動は謹んでくれ」
「でも、死にそうなあなたを見ていたら、いても立ってもいられなくて」
「だがそれで、君に危険が及んだ事が今まで何回あった?」
今回は失敗したようだが、私達は知識と経験だけでなく、まれにその世界にあるべきではない力を持ち越してしまう時がある。
ある時、彼女が瀕死の重傷を負った俺を異世界から持ち越した魔法の力で癒やしてしまい、それで酷い騒ぎが起きたことがあった。
得体の知れぬ力を使う彼女を人々は化け物だ思いこみ、それがきっかけで彼女は死を早めてしまったのだ。
あれ以来、俺は彼女に何があっても目立つ行動はするなと口を酸っぱくして言っているのだが、彼女は聞く耳を持たない。
「それを言うならあなただって、病気なのにこんな無茶しちゃだめじゃないですか! さっきも今も、こんなに動いて大丈夫なんですか!」
「体調には波があるからな。今は具合も良いし、正直に言うと君が無茶しないように少し大げさに寝込んでいたんだ」
わざとおどけて言えば、彼女は膨れ面で俺の胸をポカポカ殴る。
「すっごい心配したのに!」
「まあ病気なのは事実だからもう少し優しくしろ」
むくれる彼女の頭を乱暴に撫でてから、俺はふと彼女の細い首筋に目がとまる。
改めてみると彼女の首や手は枝のように細く、肌や毛先の様子から一目で栄養失調であることがわかる。
一体どういう生活をしてきたのかと尋ねようとして、そこで彼女が俺の視線に気付いて僅かに後ずさった。
それは彼女が自分の過去に踏み込んできて欲しくないときのサインだ。それでも何があったのか聞きたいが、彼女自身が口にしたくないことを無理矢理聞き出せるほど俺は口が上手くない。
「とりあえず、ここを片づけてメシにしよう。俺が用意するから、君は風呂にでも入るといい」
ちょっと臭いと正直に言えば、彼女は悲鳴を上げて俺と距離を置く。
「薬を作るのに必死で、お風呂忘れてました……」
「わかってるから、とにかく入ってこい」
「でも服が、その……」
「ちゃんと用意するから安心しろ」
「むしろ無しとかでもいいですけど!」
戸口に隠れながら言う台詞かと呆れたが、相手にするのも疲れるので俺は彼女を無理矢理風呂場まで追い立てた。
一緒に入ろうと色々言われたが勿論無視した。
彼女のことは未だに恋人とは思えないし、思えないからこそ、俺は勢いだけでその手の行為に及ばないよう、常に自分を律している。
357回も共にいれば、愛はなくても情くらいはわく。だから俺は最近、彼女を恋人というより手間のかかる妹のように思っていた。
転生を重ねていると、例え自分を産んだ親でさえ、赤の他人にしか思えなくなる。
そんな他人に自分の身の上を話して下手な迷惑をかけたくないし、呪いの所為で不幸な目に遭うことが多いので自然と彼らと距離を置きがちになるのが常だった。
その点彼女にその手の気兼ねはいらないし、彼女の方も気兼ねなく側に寄ってくるから、彼女が自分の一番近しい存在となるのは自然のことだろう。
熱烈な愛情表現は未だに引くことも多いけれど、一心に自分を慕ってくるその姿も快く思わないわけではない。
だからこそ、彼女を自分の慰めに使うのは俺の主義に反する。
のだが……、
「やっぱり、一緒に入りませんか?」
と、裸の上にタオルを1枚という格好で戻ってきた彼女を見れば、さすがの意志ももちろん揺らぐ。
俺だって男なのだ。それに彼女を利用している罪悪感もあるので、もうずいぶん長いこと他の女は抱いていない。だから例え相手が彼女でも、布一枚で目の前に立たれれば嫌でも体は疼くのだ。
「俺は掃除がある」
「鍋より私の体を洗ってくださいよ」
「自分で汚しておきながら君は……」
「だって、スキンシップしたいんです!」
そうやってドタドタ駆けてくる姿は色気がないが、背中に胸を押し当てられると非常に困る。
だがそれでも、ここで欲望に負けるわけにはいかない。さすがに事を致せば体力を奪われるし、そのまま体調が悪くなることもあり得る。
そうしてうっかり死んでしまえば、彼女がまた村人達に責められるのは確実だ。
「あとで好きなだけしてやるから、今は一人で入ってくれ」
「だけどキスだってまだだし」
「キスならあとでしてやる」
「30回お願いします!」
興奮した拍子に落ちかけたタオルを慌てて押さえながら、俺は大きくため息をつく。
「10回だ」
「唇にですよね」
「頬に7回唇に3回」
「頬に3回唇に7回にしましょうよ」
「だめだ」
恥ずかしがり屋さんなんだから、と自分の都合が良いように解釈して、彼女は指折り考える。
「じゃあそれぞれ5回ずつ」
「ギリギリ6と4だな」
「じゃあそれで良いです」
そして早速お願いしますというので、俺はしかたなく彼女の額に口づけを落とす。
「頬ですらないじゃなないですか!」
「今のはおまけだ。続きはあとでちゃんとするから、まず風呂に入ってくれ」
勿論彼女は大喜びではしゃぎだす。
357回も一緒にいるせいで、最初と比べるとずいぶん彼女のあしらい方が上手くなってきたように思う。
上手くなりすぎて態度が若干冷たくなりすぎることもあるが、そもそも出会った当初から俺は恋人らしい行動が苦手だったため彼女は気にしていないらしい。
むしろこんな事を357回も続けて、1回も愛を疑わない彼女が俺は心配だ。
さすがの彼女もいつかは俺を見限り違う男の所へ行くと思うが、そのとき悪い男に引っかからないだろうか。
少なくとも俺ほど酷い男にはもう引っかからないと思うが、彼女なら無いとは限らない。
「……なあ」
そして一度心配になるとそれをそのままにしておけないのが俺の悪いところだ。
「もしもの話だが、違う男に乗り換えたいと思っても俺よりマシな男にしろよ」
途端に、彼女は何ともだらしのない顔で俺を見上げた。
「時々、物凄く可愛らしい台詞をポロッとこぼしますよね」
「俺は真面目に言ってるんだが」
「心配しなくても私は旦那様一筋です!」
「そもそもまだ旦那じゃないだろう」
「いずれなります! きっともうすぐです!」
そんな予感がするんですといって、彼女は更にニコニコする。
「君は前向きすぎるほど前向きだな」
それが多少羨ましいとこぼせば、彼女は少し驚いた顔で俺の側に戻ってくる。
「だって、前向きなところが素敵だって初めて会ったとき褒めてくれたじゃないですか」
記憶にない、と言う顔をしたら彼女にぽかりと殴られた。
「ひどい! 5回目の6回目の9回目と12回目と18回目と25回目と……とにかたくさんの人生でそう褒めてくれたのに、全部口から出任せだったんですか!」
確かに彼女の無駄に前向きなところは素直に凄いと思っているし尊敬もしている。そしてそう言うところをうっかり言葉にしているのだろう。
ただでさえ偽りの好意で彼女を騙しているのに、その上何気ない言葉でまで勘違いさせてしまっているとしたら、なんだか申し訳ない気がしてくる。
「すまない」
「別に謝らなくてもいいです。その代わりキスの回数増やしてくれるなら」
どうやら俺だけでなく、彼女もまたこの357回で俺への的確なおねだりを習得しているらしい。
俺の苦手な屈託のない笑顔でそう言われると、さすがに無下には出来ない。
仕方なく唇に軽くキスをしてやると、彼女は満足そうにぐへへとわらった。
どうせならもう少し可愛らしい笑い方をすれば良いのにと思うが、会ったときからこんな笑い方なので多分何度死んでも直らないだろう。
それを見ていると、ちょっとだけ安心もする。
呪いがあるから俺はこうして付き合っているが、彼女はきっと女性として見ると色々大問題だ。
多分これに何度もキスできるのは俺くらいの物だ。
「その笑い方、結構素敵だと思うぞ」
「本当ですか! じゃあずっと笑ってますね!」
そして変な男を撃退しておけと心の中で付け足して、俺はもう一度彼女を風呂場に促した。