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1回目のプロポーズ

 初めて彼女と出会ったのは、俺がまだ人生は一度きりの物だと信じていた頃のことだ。

 その時の俺は、文明の未発達な小さな国を守る騎士だった。

 剣や弓矢や魔法と言った時代遅れの武器で戦うことが、そのころの俺にとっては何よりの生き甲斐だったから、俺は13で王国の騎士に志願し、それから約15年国のために剣を振るい続けてきた。

 平和な国ではあったが、王国を囲む深い森には人を喰らう魔物などが住んでいたため、俺の仕事はそうした魔物の討伐が主だった。

 危険と隣り合わせではあったが、俺にとっては充実した毎日だった。

 お陰で『血まみれの騎士』とか『騎士の鎧を纏った悪魔』とか酷い愛称を付けられたりもしたが、それも割と気に入っていた。

 だが勤続15年目のある日、俺は突然それまでとは間逆の生活を強いられることになったのだ。

 なんと血まみれ騎士とまで呼ばれた俺が、姫君たっての希望で、彼女を含めた王族の護衛をすることになったのである。

 その姫君こそ、俺と共に転生を繰り返すことになるあの女の正体だ。

 今思えば、彼女の希望こそが、全ての元凶だったのだろう。

 けれど俺は、退屈な護衛任務を回された事に対する不満しか抱いていなかった。

 国王はよき統治者であったから暗殺などは皆無だし、何より俺は王族の中でも得に荒事とは縁がない姫の警護に回されることが多かったので、刺激のない日々にウンザリするばかりだったのだ。

 それにたっての希望と言いつつ、俺を護衛に据えた姫は誰よりも危険とはほど遠い。

 彼女は狩りも嗜まないし、どちらかと言えば図書室で本を読むのが好きな姫君だった。

 その姿を遠くから見て恋いこがれる男が多いらしいが、年若い少女が好きそうな恋愛の本を読み、にやけたり悶えたり荒く息を吐いたり吸ったりする彼女は、正直俺のタイプではなかった。

 だがタイプではないと切り捨てて、ロクに観察していなかったのがマズかったのだろう。

 ある晩突然、彼女は俺の退屈な日々にかつて無い波乱を投げ込んできたのである。

「王子様とか、興味ありませんか?」

 無いと即答したいのに、それを躊躇わせる妙な気迫が彼女にはあった。

 まあそれが無くとも、俺は相手の言葉を無下には出来ない。何せ言っていることは意味不明だが、相手は俺が仕える国王の娘である。

「自分は男ですので、そう言う趣味はありませんが」

 とりあえず出来るだけ丁寧に答えると、彼女ははっとした顔で首を横に振る。

「えっとそうじゃなくて……、そう言う意味ではお姫様に興味ありますかというか……。つまりその、王子になるのはいやですかと聞きたかったというか、そう言う意味での興味ありませんかというか」

 顔を真っ赤にする彼女の言葉は、更に支離滅裂になってきた。

 それを指摘すべきか悩んでいると、どうも周りが騒がしい。

 そういえば今日はこの娘の誕生パーティだったなと思い出し、それから何故この娘に俺は仕事中にも関わらず声をかけられているのかと首をかしげた。

 俺はこの国の国王と、そしてその娘である彼女を守る騎士であり、今はただ黙って辺り警戒するのが仕事だ。

 こうして彼女とお喋りをするのは、むしろ職務放棄に値する。

「申し訳ありません、俺はそろそろ仕事に……」

「好きなんです! 騎士様のことが、死ぬほど好きなんです!」

 は? と声と顔に出さなかった俺を、誰か褒めて欲しいと思った。

 だって相手は姫君である。仕事では良く一緒にいたが、挨拶を覗けばロクに会話もしていない間柄である。

 だが姫君にとって、そんなことは些細なことだったらしい。

「言葉を交わしたことは少ないですが、いつも物陰から騎士様のことを見ていました。あと会話を盗聴したり、訓練で使われた肌着を物色してそのニオイを嗅いだり、騎士様の食べかけのパンを拝借したりもしました」

 それはある種の犯罪行為であると指摘すべきだったのかもしれない。でも姫という肩書きに躊躇している隙に、彼女の告白はさらに続いてしまう。

「あなたへの想いをどうしても抑えておけなかったんです。どうしても好きなんです!」

 そう言って姫が俺を抱きしめた直後、何故だか周りから黄色い悲鳴が上がった。

「情熱的だ」「感動的だ」と方々から歓声が上がっているが、正直に言おう。

 この時の俺は、この姫様に恐怖を抱いていた。

 だって相手は、人の肌着を隠れて物色するような女である。例えお姫様でも、見た目は天使のように愛らしくても、その中身は限りなく変態だ。いやむしろ変態以外の何者でもない。

 けれどそのころの俺は「変態」という言葉を知りもしなかったから、この恐怖を表現する的確な言葉を持ち得なかった。

 それでもこの気持ちをまわりに理解して貰いたいと思っていたが、少し離れたところで事の成り行きを見守っている俺の上司は、ここで断ったらお前お殺すという目で睨んでいる。

 俺は王子様にもお姫様に興味はない。

 けれどここで膝をついて彼女の手の甲に口づけをしないと、俺は確実に死罪であるらしい。

「姫君」

 静かに名を呼んで、そして俺は彼女の手を取った。

 さすがに、俺もこんなばかげた理由で死ぬのは嫌だったからだ。

「身に余る光栄です」

 紳士のたしなみとして体得した甘い笑顔で唇を落とせば、なにやら赤い雨を降らせながら姫が倒れた。

 それをとっさに支えて、俺は赤い雨が彼女の鼻血だったことを知る。

 変態なのか純真なのか、得体の知れない姫君だ。

 故にこの時点で俺は彼女を愛する気持ちは全くなかった。むしろどちらかと言えば彼女の全てに引いていた。

 けれどそう思っているのは俺だけのようで、周りの人間達、特に国王が俺達の関係を喜んでしまい、気がつけばあっという間に結婚式の段取りまで組まれしまったのだ。

 勿論結婚という二文字が現実のものとなってからも、俺は彼女を好きにはなれなかった。

 彼女は美しく愛らしいが、向けられる愛情の激しさに俺はただただ動揺するばかりだったのだ。

 だが目上の相手からの告白を断るなんて言語道断だったし、好きでもない相手と付き合うのもありふれた事だったから、俺は当事者でありながら成り行きをうっかり傍観していた次第である。

 しかしもちろん、それは結婚が人生で一度きりの物だと思っていたからだ。

 けれどそんな当たり前の事が、俺達には当てはまらなかった。

 実感のないままいよいよ結婚と言うとき、そいつは現れたのである。

 現れたのは一人の醜い女。

 彼女は自分を魔女だと名乗り、そして今更のように俺が好きだと喚いたあげく何の罪もない姫に当てつけのような呪いをかけたのである。

 姫の時も思ったが、どうやら俺は得体の知れない女に一方的に好かれるたちらしい。

「美しき姫よ、貴様は我が呪いにより今日この日より愛を得られぬ定めとなった。例え命果てたとしても、新たなる生を得たとしても、貴様は孤独から逃れることが出来ないのだ」

 ご大層な台詞と共に魔女が姿を消したとき、俺は一瞬この結婚をやめられるのではと期待した。

 良くあることだとしても、好きでもない女と結婚するのは気が進まなかったし俺は王子という柄ではなかったからだ。

 けれど俺はすぐに魔女の魔法の意味を知り、破談を期待した自分を後悔した。

 あれほど元気で、五月蠅いほど愛を囁いていた姫が、魔女の消失の直後に倒れたのである。

 みるみる生気を失っていくその姿に、俺は魔女の呪いの重さを知った。

 そして彼女もそれに気付いたのだろう。

 ウンザリするほど愛を囁いたその口で、彼女はらしくない言葉を呟いたのだ。

「私のことは忘れてください。そしてあなたは幸せになって下さい」

 つい数分ほど前まで、俺と一緒に幸せになるのだと10分に1回は呟いていた彼女の言葉だとは思えなかった。

 だからだろう、俺はうっかりその手を取ってしまったのだ。

「例えこの生で貴方と添い遂げられなくても、私は何度でも貴方を愛します。魔女の呪いが消え、貴方と添い遂げられるその日を迎えるまで」

 柄にもない言葉に柄にもない言葉で返し、そして俺は初めて彼女に口づけをした。

 それで彼女が少しでも幸せに逝けるならと、俺は彼女に愛を囁いたのだ。

 だが今思えば、それこそが呪いを完成させる最後の呪文だったのだろう。

 彼女の死を悲しむ間もなく今度は俺が死に襲われ、そして俺は生まれて初めての『転生』を経験することになった。

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