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本当の思惑

 尋ねるまでもなく笑顔の主を俺は見抜く。そして相手も、逃げることなく病室へと入ってきた。

「だから言ったでしょう、邪魔したら彼女の呪いが拗れるって」

 現れたのは勿論魔女で、どういう意味だと尋ねた瞬間、先ほどより大きくなった悲鳴が俺の腕の中から響く。

「彼女に何をしたんだ!」

「何かしたのはあなたの方よ。あなたが邪魔をするから、魔法が彼女の記憶と感情を傷つけてる」

 魔女はそう言うと、俺の側に膝をつき彼女の額に軽く触れる。

「あなたが優しくするから、彼女があなたのことを思い出しかけたのね。そしてそれを、魔法が無理矢理修正しようとしている」

 その修正が優しい物でないことは、彼女の様子から察しがついた。

「彼女は傷つけないと言っただろう」

「私もそのつもりだったわ。だけど、こうなってしまったのはあなたの所為だもの」

「とにかく、今すぐ彼女の魔法を解け!」

「そうね、これは解いた方がよさそう。ちょっと強力な魔法だから、このままだとこの子の記憶と心が壊れちゃうかも」

 言葉とは裏腹に、魔女が魔法を解くそぶりはなかった。

 ただ言葉もなく微笑み続ける魔女に、俺はようやく気づく。

 こいつはこうなることを全て読んでいたのだ。

「俺に、何をさせたい」

「察しが良いのね」

 言いながら、魔女は彼女の額を軽くつつく。勿論その手を払いのけたが、魔女の余裕は変わらない。

「ホント言うとね、あなたに隠れて彼女にこの魔法をかけたことが何度もあるの。でもこの子は憎たらしいほど勘が良くて、最後は絶対あなたを見つけてしまう」

「今までにもこんな事をしたのか!」

「安心して、これまでのは全部弱い魔法よ。心が壊れたら諦めることも裏切ることも出来なくなる。それじゃあ呪いは解けないからね」

「ならなぜ今!」

「あなたが、この子のことをちゃんと好きになるのを待ってたのよ」

 私はずっと見てたんだからと魔女はにたりと笑った。

「あなたって馬鹿みたいに鈍いし、下手にけしかけても意地をはるでしょ。だからあなたが自分の感情よりこの子を優先するくらい、あなたの愛が育つのを待ってたの」

「俺は……」

「好きじゃないなんて、もう言わないわよね?」

 口を閉ざせば、魔女は満足げに笑う。

「あの人形も、あなたの思いを増幅させるのが一番の目的だったのよ。嫉妬が恋を成長させるって言うけど、あなたにはこれが一番効果的だったみたいね」

「もういいわかった、認めろと言うなら認める! だから早く彼女を!」

「認めただけじゃダメよ、認めて、そして諦めて貰わないと」

 魔女の笑顔に殺意を返した瞬間、彼女の悲鳴が更に大きくなる。

「このままにしておけば心ごと彼女の記憶はこわれる。そうしたら、この子は永遠に記憶も感情も抱かない廃人になるわよ」

「死んでも直らないと言うことか?」

「ええ、それくらい強い魔法だから」

「でも、お前には解けるのか」

「もちろん。そしてその交換条件は、わかるわよね?」

 頷く代わりに、俺は彼女の体をきつく抱き寄せた。

 それに答えるように彼女の指が俺の服をきつく掴む。

 先生と、小さく俺を呼ぶ声に込められたのは恋人に向ける愛おしさ。

 意識はないようだが、多分彼女は少しずつ俺のことを思いだしているのだろう。だがそれは喜ばしいことではないのだ。

「約束は守れ」

 魔女を睨んで、それから彼女に目を戻して、俺は静かに決意を固める。

 あんなに縋っていたはずの物を、こんなにも簡単に手放せる自分に気づいて、俺はようやく理解した。

 俺が縋り付いていたのはもうずっと前から、転生ではなかったのだ。

「諦める」

 転生ではなく、彼女を。

 そう決意した瞬間、魔女が穏やかに微笑んだ。

「約束は果たすわ」

 魔女の指が彼女の髪を撫でると彼女の悲鳴は消えた。そして同時に魔女の姿も、透けるように消えていく。

 これで開放されると微笑む魔女の笑顔を見上げていると、腕の中の彼女が僅かに身じろいだ。

 それからゆっくりと目を開ける彼女を、俺はきつく抱きしめた。

「起きたか?」

 尋ねると、彼女が驚いた顔で俺を見ている。

「あれ? 私なんでここに?」

 どうやら魔法をかけられていた間の記憶はないらしいと気付き、少しだけ安堵した。

 同時に今度は俺の方が少しずつ痛みを思いだしていく。

 戻ってきた胸の苦しさは死の予兆。

 けれど俺はそれを必死に押さえ込み、そしてまだ状況を把握していない彼女に微笑んだ。

「桜を見に行こうって、言いに来たんだろ?」

 俺の嘘に、彼女は最初は怪訝な顔をしていた物の最後は無理矢理自分を納得させたようだった。

「そう言えばまだ一緒に見てなかったですね」

 最後は笑顔に戻って、彼女は俺を見上げた。

 その笑顔をずっと心にとめておきたいと思うと同時に、心の奥底で大事な何かが失われはじめるのを、俺は感じていた。

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