第19話 頑張って
しばらくして、周は湯気の立つコーヒーを莉子の前に置いた。
「ありがとう」
莉子はコーヒーをすぐに一口飲んだ。コーヒー特有のいい香りが口の中に広がり、ほどよい苦味と香ばしさが絶妙に調和して広がった。
「美味しい」
莉子の目が少し大きくなった。周が淹れたコーヒーを飲むのはこれが初めてではないけど、この前よりもっと美味しくなった気がした。
「藤田くんコーヒー美味しいね。この前より美味しくなったみたい」
「ありがーー」
「前だって?」
周と莉子の間に、はるが割り込んできた。彼女の声に、莉子と周は同時に背筋がひやりとした。まるで取り調べでもするかのような視線が、二人をじっと見つめる。
「前にもこのカフェに来たことあるわけ?」
「あるよ」
莉子は落ち着いた口調で答えた。すると、はるの目がぱっと輝いた。
「いつから?」
「さっきも言ったけど、先週偶然この店に来たんだ。そのとき藤田くんと初めて話してみたの」
「じゃあのときから仲良くなったわけ?」
ことはの問いに、莉子は頷いて答えた。すると、ことはは腕を組んで首を傾げた。
「なんでうちに黙ってたの? それくらい話してくれてもよかったじゃん」
「言ったら『みんなであのカフェに遊びに行こう』ってなると思ったんだから。バイト中にみんなで押しかけるのは迷惑でしょ」
実際、今も十分迷惑になってるんだけど。と思ったものの、莉子は口にしなかった。
「気になるのはこれで終わりなの」
これで質問が終わったと思った莉子は、もうこの話題の会話を切り上げようとした。しかし、それを許さないようにはるが口を開いた。
「そういえばさ、前に莉子がカフェでバイトするって言ってたじゃん。そのカフェがここなの?」
「?!!」
はるの鋭い質問に、莉子の眉がびくりと震えた。
「ちっ、違うよ。私ここでバイトしてない」
莉子は声の震えを隠せなかった。フルフル震える手を伸ばしをコップを取った。暖かいコーヒーを飲むと、少し落ち着いた気がした。
「じゃどこでバイトしてるの」
「それは、いやっ、内緒に決まってるでしょ。危うく言うところだった」
「チッ、残念」
はるは舌打ちをして残り少ないフラペチーノを飲み干した。もう疑っている様子はなかった。
(うまく誤魔化したのかな)
莉子は心の中で安堵した。はるももう疑ってないみたいだし、ことはも興味が冷めたのか抹茶フラペチーノを飲むことに夢中になっている。あとはこの二人を追い出すことだけど・・・。
どうやってこの二人を追い出そうかと考えていると、ドアベルが鳴り響いた。
「「いらっしゃいませ」」
莉子と周は反射的に席から立ち上がってお客さんを迎えた。
「ご注文はこちっ・・・!」
莉子は慌てて自分の口を塞いだ。不安な気持ちでちらっとはるとことはを見た。二人はニヤリと笑いながら莉子を見つめていた。
「莉子ちゃんここでバイトしてないって言ってたわりには、接客がすっかり身についてるね」
「だよね。まるでここでバイトする人みたい」
「だから、これは・・」
莉子の目が慌ただしく泳ぎ始めた。
さっきまでうまく誤魔化したのに、バカみたいにバレちゃうの?! 絶対やだ。何かいい方法が・・・あっ!
「バイトしする時の癖が染み付いて、つい・・・へへ」
莉子は気まずそうに笑いながら頭を掻いた。しかし、はるとことはは全く信じてないと言わんばかりに、目を細めたまま莉子を見つめている。
「本当だって! 私ここでバイトしてない」
「そうそう。わかったよ。信じる」
そう言ってはるとことはが鞄を持っておもむろに席を立った。
「どこ行くの」
「これ以上いても邪魔だし、もう飲み終わったから帰らなきゃ」
「邪魔者は消えてあげるね。莉子ちゃん頑張って」
ことははイタズラっぽいな笑みを浮かべた。莉子は顔を赤めてことはの肩を掴んで引き止めた。
「私と藤田くんはそんなんじゃないから」
「へえ、うちはバイト頑張れって意味で言ったんだよ。莉子ちゃんなに考えてたの」
ことはの揶揄うような口調。莉子は俯いたまま何も言わなかった。周とうまくいって、という意味で受け取ったなんて、絶対言えなかった。ことはとはるは照れてる莉子をみて微笑んだ。
「なんだ、莉子は藤田とうまくいきたいんだな」
「かわいいね。でも、ヤキモチするかも。莉子ちゃんはうちのなのに」
「何度言うの。そんなんじゃないんだって」
莉子は最後まで否定したが、今更そんなの無駄だった。莉子がなんと否定しても、はるとことはの耳には全く届いてなかった。
「もー! 早く出てけっ!」
莉子はことはとはるの背を押して店の外へ追い出した。はるとことはは追い出されながらも、楽しそうに笑っていた。
「わかったわかった。二人気にしてあげるから。私たちはもう帰るね」
「邪魔者は消えてあげるね〜」
「さっさと消えろ!」
莉子は大声を上げ、店のドアをバタンと閉めた。店から追い出された二人は、固く閉ざされたドアを見つめた。
「照れてるの、かわいいね」
「だよね」
ことはの言葉に、はるも同意した。
「莉子ちゃん、もう少し素直になってもいいのイン」
「いや、いっそ告白しちゃえ。藤田も好きそうだし」
「えー、それじゃ莉子ちゃんを取られちゃうじゃん」
ことはの言葉に、はるは小さく笑みをこぼした。二人はドアの向こうに見える莉子を見て、ふっと笑みを浮かべた。




