その2
入学式を終え、記念すべき初登校の日がやって来た。
「あ、ツンデレさん、おはよう。」
・・・皆、新しい生活への期待で目が輝いている。
「お、ツンデレさんだ。」
・・・今日は何があるんだったか?
「おお、ツンデレさんではございませぬか!」
・・・クラス委員決めかな。まあ、そんなところだろう。
「おっ、噂のツンデレ嬢じゃないか。」
・・・私は泣かない・・・昨日より強くなったから!
「む、津寺か。」
・・・小春日和だなぁ・・・・・
「ふっ、朝から余に出会えるとは幸福の極みであるな。さあ、余と共に学び舎へと向かおうではないか。」
・・・こんなにもいい日なのに、何故朝からこんなモノに遭遇しなければならないのか?
「どうした?何故余所を見る?そうか、余があまりにも輝いて見える故に直視でき・・ぬぅ・・」
「少し黙ってろ。」
今日も私の技のキレは好調のようだ。高帝は地面に倒れ悶絶していた。
教室に来るまでに何回ツンデレと呼ばれただろうか?そして、教室に入ってから先生が来るまでに何度ツンデレと呼ばれただろうか?・・・もうツンデレでいいや・・・。結局まともに呼んでくれたのは高帝だけだった。あいつは頭がまともじゃないがな。
チャイムが鳴り、教室の一角以外は緊張した空気に包まれる。初授業の始まりだ。といっても、おそらくは自己紹介やら委員決めで終わるはずだ。ん?教室の一角?・・・・アレだ、高帝がいるんだ。入学式前に教室にいなかったから知らなかったが同じクラスだったのだ。もう、平穏な高校生活など夢でしかありえないわけだ。
そういえば、担任はあのシスコン教師だったな。授業中は普通であることを願おう。とか考えていたら教室の扉が豪快に開かれヤツが入ってきた。
「よし、全員そろってるな。改めて挨拶しよう。俺がこのクラスの担任・・・いや、皆の・・・いやいや女子諸君のお兄ちゃん・・・・」
「あ、先生、今日は自宅謹慎ですよ。」
田村先生か。もしや副担任なのか?昨日もアレと一緒に教室に現れた気がする。教室に入る前に止めてくれたら良いのだが・・・おそらくわざとだな。
「いや、挨拶くらいは・・・・・」
「お黙り!」
「い、妹たちに顔見せくらいは・・・」
「じゃあ、男子は弟ですか?」
「それはない。」
そこを即答するなよ。人として。
「はあ・・・・もういいですから、さっさと来た道を通って帰宅してください。」
田村先生が担任ではダメなんだろうか?むしろその方が生徒にとっても学校にとってもより良いことだと思える。・・・教室の温度は下がるがな。
「いや、このメガネに掛けて帰るわけにはいかん!俺はお兄ちゃんになるんだ!!」
「先生、いい加減にしないと対変態用私兵隊を呼びますよ。」
へいたい?・・・いや、私は何も聞いてない。きっと気のせいだ。
「ならばその前に夢を達成すればいい!さあ、妹たちよ!俺のことをお兄ちゃんと呼んでくれ!!」
もちろん、呼ぶわけがない。クラス中が田村先生の気付き難い寒い駄洒落以上に冷え切っているのが良く分かる。冷ややかな視線付きでだ。
「愚かな・・・・・」
田村先生は恐ろしく低い声でぼそりとそうつぶやくと携帯を取り出し何処かに連絡を始めた。
「こちら田村。1‐A教室にて変態発生、繰り返す、1‐A教室にて変態発生。田村私兵隊は直ちに駆除を開始せよ。」
『私兵隊長より田村先生へ。そちらは教室内であるため少数人数による制圧が最良と判断。騎兵隊二名による作戦の実行を提案します。』
「田村より私兵隊長へ。判断はそちらに任せる。変態には兵隊を。以上、通信終わり。」
『了解。変態には兵隊を。』
それから間もなく。本当に間もなく。馬の走ってくる音となにやら金属の音が、物凄い速さで近付いて来た。
「くそっ、なんて早さだ!だが俺は諦めん!!さあ、マイシスターズよ、俺のことをお兄ちゃんと呼ぶぇっ・・・!!!」
シスコン教師が蛙の潰れる様な声を出しながら床に崩れ落ちた。その背後に一人の男が立っていた。
「・・・・・・・」
「あ、貴方は・・・!」
高帝以上の威圧感を発するその男は一言も言葉を発することなく去っていった。少なくともこのクラスの生徒じゃないわけだな。田村先生の驚きようが気になるところではあるが。
男と入れ違いに二人の甲冑が入ってきた。これが騎兵隊か。窓の外を見下ろせば二匹の馬が大人しく待っている。その鞍には一方に『田』、もう一方に『村』と書かれている。やはりこの学園のスタンダードというものは世間一般から限りなく斜めの方向に逸れているようだ。これは他の先生方がどうなのか激しく気になってきたな。
「変態確保完了しました!」
「兵隊が変態を確保とはこれいかに!はい、お疲れ様でした。ちゃんと隔離しておいてね。」
「はっ!失礼します。」
・・・・・・・・・・・・ああ、教室中が良い沈黙だ。これいかにと言われても困るしな・・・。まったく、それが言いたいだけなんだろうがな。
「これは・・・余にも・・・・・人数が・・・・いや・・・少人数で・・・」
高帝が何か呟いているが、きっと良からぬことだろう。触れずにいるとしよう。
「はいはい、皆さん席に着いてますか?ちゃんと椅子に座ってればいいっすからね。」
そうっすね。
「では、担任がアレなので手早くチャッチャと委員でも決めて午後のお茶を楽しみましょう。」
無理して考えている気がするんだが・・・・。まあ、いいか。
「では、まず学級委員長にまずまずの興味がある人、やってください。」
やってください、と言われてやる奴がいればすぐ終わるんだがな。ほとんどの場合自分から学級委員になりたがる奴はいまい。いや、一人くらいは・・・
「ふっ、余以外に誰がやると言うのだ?」
・・・ああ、いたよ、一人だけ。
「はい、じゃあ男子は石崎君に決定です。いぇ~いだんしんっ!」
帰ってもいいかな・・・・?担任がアレで副担任はコレとか、普通の人間なら耐えられないぞ。・・・・いや、私は普通じゃないが。そもそも、普通の人間なら入学式で転校して行っただろうから心配する必要はないか。うむ、心配して損した。
「じゃあ、女子はツンちゃんですね。」
ツン?そんな奴いたか?
「・・・なぜ皆私を見る?」
言いたい事はわかる。だからそんな目で私を見るな!
「先生ね、石崎君を止められるのはツンちゃんしかいないと思うの。だからね、そんなにツンツンしないで現実をガツンと見て欲しいの。」
「先生、私にも分かる言語で喋ってください。」
無理矢理ツンを入れるな。
「いいから、つンべこべ言わずにやりなさい。」
噛んだ・・・のか?それとも無理矢理ツンを入れたのか?私には分からん。分からんが一つだけ確かなことはどうでもいいということだな。
「どうせ嫌だと言ってもやらせるんでしょう?」
「うん、もう決めちゃいました。舌を噛んだ腹いせに。」
ああ、そうですか。やっぱり噛んだのか。
「仕方が無いな、やるとしよう。・・・別にこのままじゃ皆に被害が及ぶし、皆の平穏な学生生活を少しでも実現させてあげるために私にできるのはこれ位だから・・・とかそんなことは一切考えてないからな!」
私が言い終わると同時にクラスの皆が一斉に立ち上がり私の方を見た。嫌な予感がした。いや、もう予感と言うより直感と言うか何と言うか・・・・。
『ツンデレさん!今日もありがとーーーーーーーっ!!!』
な?こう来ると思ったんだよ。すごいよ皆、誰一人乱れることなく素晴らしいチームワークを見せてくれました。私は感動した。本当に感動したんだ。だから、今日帰ってから流した涙は決して私の弱さなんかじゃないんだよ。感動のあまりに溢れ出した涙が止められなかったんだ。きっとそうなんだ!・・・・・・・・・ごめん嘘・・・・。泣いたよ。ああ、盛大に泣いたさ!・・・・・もうこの件については話さないことにする・・・・。
その日の放課後の話をしよう。
学級委員含むその他クラス委員も無事に決まり(何故か夕方まで掛かったが、その点については考えないことにする)下校の時間を迎えた・・・ハズだったのだが・・・。
「じゃあ、石崎君とツンちゃんはクラス委員の役職と名前と役割とを事細かに模造紙に書いてから帰ってください。」
「先生、小学生以来そんなことした覚えないんですが。」
「小学生は役職と名前しか書かないと思います。これは先生の偏見ですけどね。」
まあ、私の通っていた小学校もそうだったが。
「ツンちゃん、先生ね今日はネタが尽きたの。だからあんまり喋らせないで。さっさと書いて帰ってくださいね。」
仕方が無い、さっさと書いて帰ってやるよ。
という感じで、夕日の射す教室で高帝と模造紙を挟んで向かい合うこと小一時間、こいつはまったく仕事をしない。何やら世界を制するためには・・・とか何とか訳の分かりそうで分かりたくないことを喋り続けている。
「おい、少しは手伝ったらどうだ。」
「手が汚れるではないか。」
死ね。死んでしまえ。本気でそう思った。
「私の手は汚れているわけだが?」
「後でしっかり洗っておくのだぞ?」
その時、私の目には下書きに使ったシャーペンの姿が!私は流れるような動きでそれを掴むとノック五回、長めに芯を出して高帝に狙いを定める。
「喰らえ。」
奥義(?)シャーペンの芯飛ばし。指先によって折られた芯は音速に近い速度で高帝の首筋にヒットした。
「ぬ?・・・むぅ・・・・。」
「隙あり。」
そのまま連続で高帝に芯を叩き込む。
「む・・・ふぅ・・・・はおぅ・・・・・・」
ん?何やら妙な反応だ。だが私には関係ない!ひたすら叩き込むのみ!
あれ・・・・・・なんだろう・・・・ものすごく・・・・・・・
「お、おい・・・・はぁはぁ・・・・そろそろ・・・・やめ・・・・はぁ・・・・・ろ・・」
気持ちいい!!
「あは、あははははははは!!!!」
私は笑っていた。何故かは分からないけど笑っていた。どうやら私の中に眠っていたドSの血がこのとき目覚めてしまったようなのだ。いや、参ったね。
「ぬぉ・・・・・・いいかげんに・・・・・はぁはぁ・・・・やめ・・・・・・・いや、やめるでない!!」
「は・・・え?」
一方、高帝も目覚めていた。いや、もう既に目覚めていたというのが正しいのかもしれない。
「もっと、もっとだ!もっと余にシャーペンの芯を叩き込んでくれっ!」
そう叫びながら上着を引き裂くと傷だらけの上半身を晒したまま私に向かって突っ込んできた。
「ひっ!」
それは一瞬の出来事だった。一瞬怯んだ私だったが、一瞬で体勢を立て直すと向かってくる高帝に向かって一瞬のうちに回し蹴りを叩き込んだ。ほんの一瞬時間が止まった様な錯覚に陥ったがそれも一瞬だった。高帝は窓ガラスに突っ込むと一瞬のうちにガラスにまみれ、校庭へと落ちていったわけだが、ここまでに何回一瞬と言ったか数えてみるのも面白いかもしれないし面白くないかもしれない。
「ああ、ここって三階だったか?」
そうだった。この学園は三階に一年の教室があるのだ。
「死んだ・・・か?」
私が恐る恐る窓の下を見ようとしたときだった。
「うおおおおおおおお!これだ!この痛み、何よりも素晴らしい!!」
・・・・見たくなかった。
「うひょおおおおおおお!!食い込む、食い込むぞ!!」
ガラスがね。
「津寺、もっとだ!もっと余を満足させてくれ!!!」
高帝は割れたガラスの上を恍惚の表情で転がっていた。
正直な話、もっと満足させてやっても良いと思う私もいるわけで、それが私にもプラスになるかもしれないわけで、どうすればいいんだ私・・・・。
・・でも、気持ちよかったな・・・・痛めつけるの・・・・
いやまて、それはさすがに・・・・・でも・・・・・・・・
私の葛藤はそれから二時間ほど続いた。高帝は悪い薬物でも摂取したかのような恍惚の表情でピクピクしているところを警備員に発見されて病院に連れて行かれた。そのときの表情はとても満足そうだった。
次の日はミイラ男のように全身包帯グルグル巻きの高帝が居たそうだ。満足そうに包帯を撫でながら「ほうぅ・・」とか言っていたらしいから間違いなく真性のドMなんだろうよ。
え?何でさっきから伝聞系なのか?そりゃ、あれだよ・・・・うん・・・
今回の件で私は一週間の停学処分を受けておりましたので・・・・・・