その1
私立クラマリオン高等学校。この高校に大きな夢や希望を抱いて入学する奴なんて聴いたことが無い。それは何故か?校内関係者は誰一人として口を閉ざし内情を語ることはない。何故なのか?答えを知りたいなら入学すればいい。
「という訳で、私は入学したわけだが・・・」
私は知った。この高校が一応、中高一貫のエレベーター方式を行っているのに、九割の生徒が違う高校に行く理由を。
「ああ、私は違う中学から来たんだよ。先輩に『リンならここがお勧めだよ』と言われてね。」
元々この高校の謎が知りたいという想いがあった。それを先輩が後押ししてくれたのだ。
「皆もそうなのか。・・・ん?朝の?・・・ああ、あれね。うむ、少々閉口した。」
入学式前のちょっとした時間、それだけでもこの高校の現状を知るには十分すぎた。長い坂を上った先にある校門を入ってすぐの所、私は、いや私たちは見てはいけないものを見た・・・のだと思う・・・。
「え~!新入生の諸君!ちょっと気が早い気もするが入学オメデトウ!!俺は当校の・・・」
「ちょっ!先生何やってるんですか!?」
「担当は国語だ。今日から君たち、厳密に言うと女子の諸君は俺のことをお兄ちゃんと・・・」
「てめぇ初日退学者最高記録でも作るつもりかよっ!」
「邪魔をするな!俺はみんなのためを思ってだな!」
「うるせぇっ!そういうのはみんなが学校に慣れてからにしろよ!!」
「そ、そういう問題でもないと思うんだけど・・・」
「は、放せっ!俺のマイシスターズ!さぁ、こっちに来るんだ!マイシスターずぉっ・・・・ぉふ・・・・!」
「ふう、これでよし。とりあえず職員室に幽閉しとこう。」
何か狂った発言をした教師とそれを何の躊躇いもなく沈める二人の上級生。歓声を上げる窓から見ていた教師たちと上級生。そしてそのまま何事もなかったように散っていく彼ら・・・。なるほど、こりゃあ他の高校に行くわ。
「しかし、退屈することはなさそうだ。」
ちなみに今私が話している相手であるところの前の席の子は初日退学者になった。理由は簡単。
「よし、皆揃ってるな。俺がこのクラスの担任になる・・・・・」
「ちょっと先生!今日は職員室から出ちゃいけません!!」
「いや、挨拶くらい・・・・」
「お黙りっ!」
女性の先生に一喝されてすごすごと帰っていく担任教師。朝の奴だ。あんなのが担任だと分かると前の席の子を含む数人が退学していった。他の高校は快く彼らを受け入れたという。
「では、皆さん、講堂のほうに移動してください。椅子には適当に座っていいっすから。」
なんともフリーダムな学校だ。とりあえず一人で講堂に向かうことにする。前の席の子はもういないのだから・・・。
廊下が長いから食事について考えてみることにする。両親が長期海外出張にいったまま海外に住み着いてしまった私にとって、自炊するというのは当然のことである。それでも飽きがくるものだから最近は他人には言えない食生活をしている。例えばここ二ヶ月の主な食事は、カップラーメンの中身を取り出して「これはカップラーメンではない!きっと健康にもいいはずだラーメン」だった。もちろん健康には悪かった。貴重な春休みが入院生活で過ぎてしまったのは大きすぎる誤算だった。塩分過多で腎臓が逝きかけていたそうだ。まあ、完治して何よりだ。故に健康に良く、且つ私を満足させる食事を開発せねばならない。
「おい。」
やはり野菜を中心に・・・
「おい、そこの寝癖頭。」
バランスよく・・・
「おい、そこの内ハネ。」
肉や魚を・・・・
「おい、そこの外ハネ。」
味噌汁も減塩で・・・
「おい、そこの三つ編みと見せかけて捻じっただけ。」
・・・・・・・・・
「おい、そこの奇抜なリボン。」
「逆さリボンだ。」
何だコイツは?私が食事について論文が書ける勢いで考察しているというのに。
「人を髪型で呼ぶとはいい度胸だ。だが、上から順番に言うなら捻じっただけの前にリボンだな。」
「ほう、それはすまぬな、奇抜な髪型。」
確かに私は奇抜な髪型ではある。側頭部あたりに万年寝癖がある。前頭部の髪は内側にはねてくる。後頭部の髪は真ん中を残して外側にはねる。残った真ん中を三つ編みにしようとして、めんどくさくなってまとめて捻じって小さなリボンをつけ始めたのはいつからだったか。それとは別に大きなリボンがしてみたくて頑張ったのはいいが、鏡を見たら逆さまだった。しかも私が結ぶと重力に逆らってくれるのだ。
「で、何の用だ?」
改めて目の前の男を見てみる。腕を組んで胸を張って、偉そうだ。見下すような目線まで装備している。だが、目つきの悪さなら負ける気はしない。
「講堂まで余を案内するのだ。喜べ、余は帝なり。世界を統べる前にまずはこの高校から支配するとしよう。そのような素晴らしき余を案内させてやるというのだ。歓喜以外にあるまい?」
一瞬口が開きかけたが、すかさず閉じて鼻で笑ってやった。
「ふむ、その素晴らしき帝が道に迷うとは滑稽だな。簡単な話、人の流れについて行けばいいだけじゃないか。」
何が帝だ。きっと頭が逝ってしまってるんだな。かわいそうに・・・・
「む、何だその哀れむような目は?」
「哀れんでいるんだ。」
「むむ、それはそれで・・・・」
俯いて震えだした。危険だ。危険極まりない奴だ。身の危険すら感じる。一応私だって女だ。幼い頃から「リンちゃんって可愛いけど性格的には・・・ねぇ・・・」とか言われてきたが女なのだ。だからこそ危険な奴には近付くべきではないはず・・・世間一般の視点で言えば・・・。
「待て!余の態度が気に入らぬのなら謝ってやらんこともない。故に講堂まで余を連れて行くのだ。」
「ああ、もう!少し寝てろ!」
「ぐおぅっ!」
股間を蹴り上げてやった。ただそれだけだった。これが全ての始まりになるとは思わなかった。
講堂には一人で行った。帝とやらは立ったまま気絶していたから置いてきた。
「はい、皆さん、そろそろ始まりますから席についてください。椅子はどれに座ってもいいっすから!」
先生、それはさっき教室で聞いたよ。せめてマイクを通して言った方がいいとは思うが。
「おお!俺の妹たちがこんなにも!」
お前は職員室から出てくるな。
「ちょっ!先生、来ないでくださいよ!」
「そうは言うがな、職員室で一人は辛いんだぞ。」
「知ってますよそれくらい!いいから帰れ!さっさと閉じ篭もれ!」
「先生がそんなだからボクたちがいつまで経っても卒業できないんだよ?」
二人に引きずられて教師?が一人退場した。なんとも複雑な事情のある先輩方なんだな・・・。
それを見計らったように入学式が始まった。いや、見計らっていたな。遠くで「はい、始めてください」と聞こえたからな。
順調に進むと思われた入学式だったが、やはりそうはいかないようだ。
「え~、ここで理事長の挨拶のはずでしたが、本人が渋った為に省略させていただきます。」
教師陣から「あ~やっぱりか~・・・」的な溜息が聞こえてきた。
「あ~、ここで学園長の挨拶のはずでしたが、めんどくさいとのことで無かった事にさせていただきます。」
教師陣から「あ~そうきたか~・・・」的な諦めが伝わってきた。この学校は大丈夫なのだろうか、色々と・・・。
正直な話、妹狂いのあのメガネ教師以外はまともだと思いたかった。いや、中学までまともな所にいたのだからそう思うだけだな。ここではアレがスタンダードなんだ。そうに違いない。
「え~っと、あれ?山田先生~次なんでしたっけ?」
「生徒会長の挨拶だよ。ははは、忘れちゃダ~メじゃあな・い・か・田山先生ぃ。」
「てへっ、ごめんなさい☆」
ほら、スタンダード。何やら講堂の外から「たやまん萌え~っ!!」という叫びが聞こえてくるのも雅じゃないか。
「では、気を取り直しまして生徒会長・如月一輝君による・・・・・・きゃあっ!如月君!?」
田山先生の視線の先を見ると成程、それはきゃあと言いたくもなる。講堂の一角に真っ黒な空間が出来上がり、一人の生徒(恐らく生徒会長の如月とやら)が膝を抱えて縮こまり泣いているのだ。そして、講堂の外から「たやまんの『きゃあっ!』萌え~っ!!」と聞こえてくるのも風流だと思うんだ。
「ええ、皆さんに残念なお知らせがあります。」
如月先輩がなんとも機械的にぽつぽつと喋りだした。
「本日早朝を持ちましてわたくしきさらぎかずきはせいとかいちょうのざをはくだつされ・・・・・ううっ・・・・・」
台詞が段々と棒読みになっていき嗚咽によって途切れた。その続きを代弁する声がスピーカーから聞こえてきた。それと同時に講堂内の一部から沸きあがる悲鳴。そして私も今回だけは開いた口を塞げなかった。こんな事態に遭遇したのは初めてだったからな。
「うむ、皆の者余を見るのだ。そして心して聞くが良い。諸君等は歓喜に沸き立つことになるだろう!」
腕を組んで胸を張り、自分は偉いのだと言わんばかりの・・・いや、偉いのだと言っているオーラを噴き出しながら壇上に現れた姿は・・・
「耳垢を1ミクロンたりとも残さずに掻き出して聞け!余こそはこの地に降り立った神のごと き後光を放つ素晴らしき人、その名も『石崎 護』!さあ、皆の者、その貧相な諸手を打ち鳴らし、新しき生徒会長の誕生を、そして、余がこの世の帝となる為の礎になれたことを祝うのだ!」
現れた帝の姿と意味不明の言動に静まり返る人々と悲鳴を上げる人々、そして、
「あわわわわわどどどどどどしまままままままままま!!!!!!」
オロオロしている田山先生。もちろん講堂の外からは「・・・・・あ、アレは何でござるかっ!?」と・・・・何故萌えない!?期待外れだ、失望した!
「どうした?そうか、余のあまりの素晴らしさに声が出ず体が動かぬのだな?なに、難しいことは無い。手を広げ打ち合わせるだけでよい。どれ、余が実演して見せよう。」
「ぎゃあああ!帝だ!帝が出たぞぉ!!」
「それ、1・2・1・2・・・簡単ではないか?さあ、徐々にスピードを上げていくぞ?」
「中帝・・・・・いや、高校生になったから高帝だ!!」
「ほれ、1212121212121212121212・・・・どうした?諸君等の腕は拍手もできぬほど貧相なのか?」
「もう終わりだ・・・・母さんごめん・・・・俺中卒で良いよもう・・・」
「よし、それならば仕方ない。バンザイで良しとしよう。ほれ、どうした?両手を振り上げて『帝バンザイ!』と三回唱和するだけで良いのだぞ?余が三回で良いと言っておるのだぞ?」
「中学で縁が切れると思っていたのに・・・・・・よりによって・・・」
「む?なるほど、よく見れば馴染みの者がおるな。中学・高校と、共に余と過ごせることを喜ぶがよい。」
「「「「うわああああああああああああああああいやああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」」」」
叫びながら外に飛び出していった一群は、どうやら中学であの帝とやらと同じだったらしい。外からは彼らを迎え入れるべく集結した他校の偉い方々の熱演が始まっていた。良かったな、受け入れてくれる親切心にあふれる高校がたくさんあって。
さて、壇上では帝、いや、解放された彼らに敬意(中学三年分の)を表して最後に残した言葉から高帝とでも呼ぶとしよう。その高帝が拍手かバンザイかを選べと皆に強要し続けている。
「余が選ばせてやると言うのだ。さあ、思い思いの方式で余を祝福せよ!」
「ふぅ~、オレって生徒会長の器じゃなかったのかなぁ~・・・」
窓の外を見ながら如月元生徒会長が黄昏ている。周りを見渡せば現状が飲み込めない生徒一同と思い思いの方法で現実逃避する先生方、そして少し早い昼食を始めた田山先生と山田先生。それと同時に最寄りの窓に出現した肉塊・・・ああ、外の人たちか。
「むおぉたやまん弁当!萌えーーーーーーーーっ!!!羨まんす!羨まんすぅ!!」
凝縮された肉塊から伸びた触手が・・・・いや失礼、無数の腕が「たやまん弁当」に迫る。
・・・羨まんすって何だ?
「ははは、今日~も田山先生ぃのL・O・V・Eすなわち、ぁ愛が詰まっているね」
「てへへ、うれしいなぁ☆」
ああ、うん、理解した。いや、最初から分かっていたんじゃないか。
こ の 役 立 た ず ど も が っ !
これからこの高校で生活するに当たって決定したことがある。それは、「教師は尊敬に値せず」ということだ。もちろんこの高校でだけ通用する特殊な理論だな。多分、だが。
「さあ、選ぶのだ!さあ!さあ早く!!」
まだ居たのか。正直イライラしてきたところだ。私の心の平穏のためにも高帝を止めるとしよう。・・・私のためだからな!べ、別に皆をこれ以上苦しめるのは許せないとかそういう感情は無いからな!!
「よし、ならばこうしよう。拍手しながらバンザイを・・・ん?ほう、先程の逆さリボンか。どうした?余のプライベートな情報ならば後で・・・ぐぶっ・・・ぉぉ・・・・・・」
鳩尾に拳をめり込ませると呻きながら床に崩れていた。
「なんだ・・・」
がっかりだ。あれだけ偉そうに振舞っている割には体のほうがなっちゃいない。
「熊が気絶するかもしれない程度の一撃で墜ちるとは、その程度ということか。」
「「「く、くま・・・・・」」」
な、なんだ?この講堂全体に広がる「ええぇ~そりゃねぇだろ・・・」的な空気は!?
「いやぁ、ぉおいしかったよ~さ・す・が・は田山先生ぃ」
「いやん、照れちゃう☆」
お前達は口を閉ざせ。
「と、とりあえず君たちは席に戻りなさい。椅子はどの椅子に座ってもいいっすから・・・」
この先生は・・・名札によると生徒指導の田村先生か、覚えておこう。なにやら田のつく苗字が多い気がする・・・。
「それから、荒っぽかったけど、彼を止めてくれてありがとうね。」
「私がやりたかったからやっただけだ。べ、別に皆の精神に及ぼす悪影響の度合いがマズイことになりそうだから止めに行ったとかそういうわけじゃないからな!」
「・・ん?・・ツンデレ・・・・?」
「ツンデレでござるか!?」
「ツンデレに違いない!!」
「「「ありがとうツンデレさん!!」」」
・・・・私も違う高校に行こうかな・・・・・
「ぐふっ・・・・はぁはぁ・・・・いい・・・・・・・・・・・・。いや、なかなかやるな。おい、逆さリボン、名前を覚えてやる。名乗れ。」
高圧的な態度が気に食わないが、まあ、名前ぐらいはいいだろう。
「津寺 鈴。好きなように呼ぶといい。」
「つ、つでら・・・りん・・・か・・・覚えておこう・・・はぁ・・・はぁ・・・・」
その「はぁはぁ」が異常なものだと気づいたのはまた後日の話。今はそれよりも重要な事態が発生してしまっているのだ。
「好きなように呼んでいいそうでござる!」
「ならばああ呼ぶしかないでござる!!」
「フルネームもそれに近いでござる!!!」
たやまん萌え側近隊(正式名称らしい)の言葉に講堂内の全員が示し合わせたかのように息を吸い込み、全力で叫んだ。
『ツンデレさんっ!ありがとーーーーーーーーーーうっ!!!!!!』
彼らは素晴らしい一体感だったに違いない。互いに違う中学からきたことなどもう気にすることも無いのだろう。実すばらしいことじゃないか。うん、すばらしい。これからの高校生活において悩めるときも苦しいときも、きっと手を取り合って乗り越えていくのだろう。超素晴らしい。
私は家に帰って泣いた。