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氷は冒険者になれなかった ――負価を抱いたまま、世界は進む  作者: たからの
名を持たぬ氷

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凍理. 応答

暗い。


だが、安心できる暗さだった。


木と石に囲まれた冷房の箱の中で、

ペルはじっと存在を保っている。


(……静かだ……)


外の音は、かすかにしか届かない。

足音。

風。

遠くの鳥の声。


それらすべてが、冷気の膜越しに歪んで聞こえる。


(……ここ、悪くないな……)


《凍理反応:安定》

《外界遮断率:上昇》


(……あ?)


ペルは違和感を覚えた。

今まで、凍理は「表示」されるだけだった。


だが今は――

何かが、返してきている。


(……聞こえてる……?)


意識を、内側へ向ける。


《凍理》

《存在の状態を確認しますか》


(……は?

 質問してきた?)


凍理が、初めて応答した。


(……確認する……?

 いや、そもそも……

 俺、どうやって操作してるんだこれ……)


試しに、

“保ちたい”

という感覚を強く思い描く。


溶けたくない。

崩れたくない。

ここに在りたい。


《意志入力:受理》

《維持優先度:上昇》


――キィン。


箱の内側で、

空気が澄んだ音を立てた。


(……冷たい……

 けど……気持ちいい……)


ペルの輪郭が、わずかに明確になる。

表面の霜が整い、

形が“安定”する。


《凍理状態:半覚醒》

《自律維持:可能》


(半覚醒ってなんだよ……

 完全覚醒したらどうなるんだ……)


だが、怖さよりも――

確かな手応えがあった。


(……俺……

 凍理を……使ってる……?)


そのとき。


箱の外で、

布が擦れる音がした。


「……ペル……?」


少女の声。


(……起きたか……)


箱の蓋が、少しだけ開く。

光が、細く差し込む。


(やば……

 光……)


だが。


《凍理反応:遮光補助》


ペルの表面に、

淡い霜が走る。


光が、柔らかく散った。


「……あ……」


少女は、目を見開いた。


「……光……

 はね返した……?」


(反射っていうか……

 拡散……?)


少女は、そっと蓋を閉じる。


「……大丈夫……

 今の……きれいだった……」


(褒められた……)


箱の中で、

ペルは確信する。


(……凍理……

 これ……ただの状態表示じゃねぇ……)


それは――

生きるための理ことわり。


氷として在るための、

唯一の武器。


《凍理:応答状態維持》


(……これで……

 少しは……

 長くいられる……)


箱の外で、

少女の足音が遠ざかる。


静寂が戻る。


だが今度の静けさは

独りではなかった。

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