条件は守られた
隔離区画の一角が、仮設の作業場に変わっていた。
白線。
注意札。
簡易の遮蔽板。
完璧ではないが、
「やっている感」は十分だった。
「条件、再確認するぞ」
「直接触れない」
「時間は三分以内」
「温度変化が出たら即中止」
声は真面目だった。
手順も、紙の上では正しい。
箱は、台の中央に置かれる。
(……また……
置かれた……)
氷の思考は、続かない。
言葉にならないまま、散る。
「開けるぞ」
「慎重に」
蓋が、わずかにずらされる。
冷気が、逃げる。
だが、暴れない。
《凍理:露出》
《反応:制限》
制限。
誰が決めたわけでもない。
ただ、そうなった。
「……見えるな」
「形、氷塊だな」
「でも、結晶が……変だ」
覗き込む視線。
だが、距離はある。
条件は守られている。
(……見られて……
いる……)
だが、
触れられない。
その事実だけが、残る。
測定器が差し込まれる。
金属。
非生体。
《凍理:接触対象判定》
《対象:非生命》
《反応:低》
数値が、揺れる。
だが、跳ねない。
「……安定してる」
「想定内だな」
「危険反応、なし」
なし。
その言葉が、
少しだけ、空気を緩める。
(……問題……
ない……)
氷の中で、
何かが、働いた。
だが、
それを“やった”という感覚は、
最初から存在しない。
《負価:微量》
《削減対象:違和感》
(……?)
違和感が、
違和感になる前に、
消える。
「じゃあ、次」
「時間、まだあるな」
「もう一つ、試そう」
予定外。
だが、
誰も止めない。
成功しているから。
条件は、
破られていない。
触っていない。
時間も、守っている。
――だから、大丈夫。
その判断が、
静かに成立する。
(……また……
増える……)
何が、とは言えない。
数でも、冷気でもない。
ただ、
“成立したこと”だけが、
積み重なっていく。
「よし、終了」
「蓋、戻せ」
「記録は成功でいいな」
成功。
その言葉が、
帳簿に書かれる。
蓋が閉まる。
光が消える。
《凍理:封鎖》
《状態:安定》
何も壊れていない。
誰も傷ついていない。
条件付き接触は、
正しく行われた。
――だから。
この時点では、
まだ、
誰も間違っていない。
それが、
一番、厄介だった。




