全て正しい
隔離区画の記録は、増えていた。
数字。
チェック欄。
承認印。
どれも、問題はない。
「安定してるな」
「冷却幅、想定内」
「環境干渉、検出なし」
紙の上では。
箱は、以前よりも開けられていた。
完全にではない。
封を切り、蓋をずらす。
空気が、少しだけ触れる。
条件付き。
「時間は三分」
「距離一歩」
「直接触れるな」
手順は守られている。
誰も油断していない。
むしろ慎重だ。
(……あ……)
氷は、何も考えない。
音。
空気。
人の熱。
それだけ。
《凍理:局所反応》
《範囲:制限内》
数値が、僅かに下がる。
「……問題なし」
「想定通りだな」
誰も、立ち止まらない。
三分。
終了。
蓋が戻される。
封がされる。
(……行った……)
だが、
「来た」「去った」という区別は、
氷の中で、すぐに溶ける。
残るのは、
冷えた空気と、
整った結果だけ。
報告書が回る。
《影響:軽微》
《用途:限定的可》
《次段階:試験拡張》
「行けるな」
「上に回そう」
「このまま隔離は、効率が悪い」
効率。
その言葉が、
何の違和感もなく使われる。
(……また……)
氷は、
何かをした感覚がない。
ただ、
空気が均され、
熱が落ち、
人の思考が滑らかに進んだ。
《負価:進行》
《削減対象:介入実感》
介入した、という実感は残らない。
だから、
判断だけが前に進む。
区画が変わる。
担当が増える。
接触条件が、少し緩む。
誰も反対しない。
数値が、正しいから。
「これ、保管じゃなくて設備扱いでいいな」
「環境制御補助」
「名前、付けとくか?」
名前。
(……?)
だが、
呼ばれることはない。
箱のまま。
番号のまま。
設備として、
背景に溶ける。
《凍理:運用状態》
《位置:固定》
《用途:補助》
補助。
それは、
主体ではない、という意味だった。
人が動く。
判断が進む。
計画が広がる。
氷は、
冷やす。
誰かの命令ではない。
目的の自覚もない。
ただ、
「問題が起きない」方向に、
世界が滑る。
その滑りを、
誰も止めない。
なぜなら――
全部、正しいから。
記録は残る。
事故はない。
責任者も、明確だ。
だから、
この日を境に。
隔離区画は、
試験区画に名前を変えた。
氷は、
もう「置かれているもの」ではない。
だが、
それに気づいている者は、
どこにもいなかった。




