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氷は冒険者になれなかった ――負価を抱いたまま、世界は進む  作者: たからの
凍理、外界へ

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19/20

全て正しい

隔離区画の記録は、増えていた。


数字。

チェック欄。

承認印。


どれも、問題はない。


「安定してるな」

「冷却幅、想定内」

「環境干渉、検出なし」


紙の上では。


箱は、以前よりも開けられていた。

完全にではない。

封を切り、蓋をずらす。

空気が、少しだけ触れる。


条件付き。


「時間は三分」

「距離一歩」

「直接触れるな」


手順は守られている。


誰も油断していない。

むしろ慎重だ。


(……あ……)


氷は、何も考えない。


音。

空気。

人の熱。


それだけ。


《凍理:局所反応》

《範囲:制限内》


数値が、僅かに下がる。


「……問題なし」

「想定通りだな」


誰も、立ち止まらない。


三分。

終了。


蓋が戻される。

封がされる。


(……行った……)


だが、

「来た」「去った」という区別は、

氷の中で、すぐに溶ける。


残るのは、

冷えた空気と、

整った結果だけ。


報告書が回る。


《影響:軽微》

《用途:限定的可》

《次段階:試験拡張》


「行けるな」

「上に回そう」

「このまま隔離は、効率が悪い」


効率。


その言葉が、

何の違和感もなく使われる。


(……また……)


氷は、

何かをした感覚がない。


ただ、

空気が均され、

熱が落ち、

人の思考が滑らかに進んだ。


《負価:進行》

《削減対象:介入実感》


介入した、という実感は残らない。


だから、

判断だけが前に進む。


区画が変わる。

担当が増える。

接触条件が、少し緩む。


誰も反対しない。

数値が、正しいから。


「これ、保管じゃなくて設備扱いでいいな」

「環境制御補助」

「名前、付けとくか?」


名前。


(……?)


だが、

呼ばれることはない。


箱のまま。

番号のまま。


設備として、

背景に溶ける。


《凍理:運用状態》

《位置:固定》

《用途:補助》


補助。


それは、

主体ではない、という意味だった。


人が動く。

判断が進む。

計画が広がる。


氷は、

冷やす。


誰かの命令ではない。

目的の自覚もない。


ただ、

「問題が起きない」方向に、

世界が滑る。


その滑りを、

誰も止めない。


なぜなら――

全部、正しいから。


記録は残る。

事故はない。

責任者も、明確だ。


だから、

この日を境に。


隔離区画は、

試験区画に名前を変えた。


氷は、

もう「置かれているもの」ではない。


だが、

それに気づいている者は、

どこにもいなかった。

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