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氷は冒険者になれなかった ――負価を抱いたまま、世界は進む  作者: たからの
凍理、外界へ

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17/20

問題なし

条件付き接触


正直なところ、拍子抜けだった。


箱を開ける前は、もっと厄介なものを想像していたのだ。

魔道具か、未分類の魔物か、あるいは封印対象。

だが――中にあったのは、ただの氷だった。


「……冷たいな」


手袋越しに触れて、そう口にする。

想定通りの反応。

痛みも、異常反射もない。


計器を見る。

温度変化、許容範囲内。

周辺環境、安定。


「問題なし、か」


記録係が淡々と書き込む。

“異常なし”

その四文字が、やけに心強い。


最初は慎重だった。

接触時間は五秒。

距離は三歩。

必ず二人以上で確認。


だが、三回、五回、十回と確認しても、

何も起きない。


「溶けもしないし、暴れもしない」

「保存氷にしちゃ妙だが……害はなさそうだな」


そういう結論に、自然と落ち着いていく。


一番危険なのは、

“分からないもの”だ。


だが、分からないままでも、

問題が起きなければ、それは危険ではなくなる。


そう、誰もが知っている。


「手袋、外してみるか?」

「……まあ、短時間なら」


判断は、軽かった。

いや、軽くなっていた。


直接触れる。

冷たい。

それだけ。


指先が痺れることもない。

意識が飛ぶこともない。


「ほらな」

「過剰だったんだよ」


誰かが笑う。

緊張が、ほどける。


記録は、簡略化される。

時間は延びる。

距離は縮まる。


それでも、何も起きない。


だから、誰も気づかなかった。


触れた瞬間、

氷の表面が、わずかに均されたことを。


室温が、ほんの少し安定したことを。


「……気のせいか?」


誰かが首を傾げる。

だが、その疑問は記録されない。


問題が起きていない以上、

問題は存在しない。


それが、この場所のルールだ。


「じゃあ、次は移動試験だな」

「隔離は解除方向でいいだろ」


決定は、速い。

反対意見は出ない。


危険物ではない。

少なくとも、そう“見える”。


箱は再び閉じられる。

だが今度は、封印ではない。


ただの運搬だ。


誰も知らない。

その中で何が起きているかを。


誰も必要としないから、

誰も知ろうとしない。


氷は、黙ってそこにある。


何も起こさないことで、

「安全」として扱われながら。


そしてその判断が、

後戻りできない一線だったことを、

この時点で理解していた者はいなかった。

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