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氷は冒険者になれなかった ――負価を抱いたまま、世界は進む  作者: たからの
凍理、外界へ

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13/32

削られながら、到着

馬車は、峠を越えていた。


揺れは一定。

車輪の音も、蹄のリズムも、乱れがない。


――順調だ。


それが分かること自体が、

氷にとっては、異常だった。


(……安定……しすぎてる……)


《凍理:周辺環境安定》

《冷却効率:異常上昇》

《要因:不明》


不明。


だが、結果は出ている。


馬車の内部。

人の体温。

布にこもる熱。


それらが、

“あるべき範囲”に収まっている。


誰も寒がらない。

誰も苦しまない。

誰も気づかない。


――まるで、

最初からそうだったかのように。


(……俺が……

 やってる……)


そう思った瞬間、

思考が、わずかに遅れた。


(……?)


「俺がやっている」

その文の中で、

“俺”の部分だけが、曖昧になる。


《凍理:行為帰属判定》

《結果:未定義》


(……未定義……)


結果は、ある。

作用も、確認できる。


なのに、

それを“誰がしたか”が、

確定しない。


(……誰の……)


氷は、理解する。


これは外的干渉ではない。

異質な理でもない。


《負価:進行》


(……あ……)


負価。


成立した理に付随する、

削減。


払うものではなく、

削られるもの。


(……行為……か……)


力を使った。

環境を保った。


だが、

その“行為としての実感”が、

氷の内側に残らない。


(……冗談……だろ……)


感情が、揺れる。

焦り。

苛立ち。

そして――恐怖。


このまま進めば、

次に削られるのは、何だ?


《負価:予測不可》

《次回削減対象:未確定》


(……使えば……

 削られる……)


使わなければ、

存在が不安定になる。


使えば、

何かが、消える。


それでも――


「……よかった……

 暑くならなくて……」


少女の声。


安堵。


その音を聞いた瞬間、

氷は、反射的に思う。


(……これで……

 いい……)


――思った。


はずだった。


だが、

“それでいいと思った理由”が、

続かない。


守りたかった?

助けたかった?


違う。


“そうなった”という事実だけが、

冷たく残る。


《凍理:存在安定》

《負価:累積》


そのとき。


馬車が、

静かに、止まった。


揺れが、消える。


蹄の音が遠ざかり、

外から、人の気配が重なる。


「着いたぞ」

「ここだ」

「荷を下ろせ」


(……?)


氷は、

一瞬、理解できなかった。


(……着いた……?)


思考の途中だった。

負価の途中だった。


考えが、完結していない。


それなのに――

世界だけが、先に進んだ。


《凍理:移動終了》

《現在地:確定》


(……あ……)


いつの間にか、

峠は越えていた。

距離は、終わっていた。


目的地に、

到達してしまっていた。


理由も、

意志も、

納得も、置き去りにしたまま。


(……考えてる間に……

 着くのか……)


その事実が、

ひどく、氷らしかった。


馬車は動かない。

人は動く。

世界は、次に行く。


氷だけが、

思考の途中で、

置かれていた。


《凍理:存在成立》

《負価:継続》


(……まだ……

 成立してる……)


それが、

救いなのか、

呪いなのか。


――判断する前に、

世界は、もう次の段階へ進んでいた。

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